第47話 異世界人に階級無し

 ゴトゴトと音を鳴らしながら、道の中央を抜けていく荷馬車。

 歩行者用通路の端に、隙間なく並ぶ出店。

 少し歩くとすれ違わなければいけない程に、人が溢れている歩道。

 そして、中世を思わせるような建物群。

 これが、帝都。人間達が生活を営む中央街。


(……ファンタジーだなあ)


 沢山の人で賑わう中央通路の入り口に立ち、流れて行く人をぼうっと眺める。

 帝都も魔法学園のように、近代的な建物が並んで居ると思っていた。

 しかし、実際の帝都は、生活感溢れる下町のような場所だった。


「少しだけ、期待外れだったな」

「あら、どういう事かしら?」


 横でパックジュースを飲んで居たリズが、こちらを見ずに聞いて来る。


「だってさ。魔法学園は魔法で色々な物を動かしたりして、もっと未来的だったろ? それなのに、人間が集う帝都がこうだと、拍子抜けじゃないか」

「魔法学園は魔法使いのエキスパートが集まる場所だから、魔法技術が最先端なだけよ。世界全体で見たら、この街のような作りの方が普通だわ」

「へえ、そうなのか」


 それだけ言って、再び通行人を眺める。

 鼻をたらしながら通路を駆け抜ける子供。

 果物を叩き売りして居るおじさん。

 高級そうな魔動車に乗り込もうとして居る、貴族風の青年。


「何と言うか、技術が偏ってるよな」

「そうね」


 リズはそっけなく返事をした後、飲み終えたパックジュースを近くのゴミ箱に捨てる。


「この世界は魔法を主な原動力としているけど、それで全てを補える訳じゃ無い。貴族や王族は魔法に囲まれて楽な生活を送って居るけど、身分の低い人間は、魔法に頼らない生活を送っているわ」


 身分の違いによる生活の格差。

 どこの世界にでもある事だが、この世界では特に大きいようだ。


(気が重いなあ……)


 リズに見えないように、ため息を吐く。

 大勢の人間が集まっている帝都。当然のように、他の街より身分の差が激しいだろう。

 そうなると、それに比例するように、貧富の差も発生している訳で……


「通りを抜ければ暗黒街とか……絶対にあるだろ」

「あら、良く分かっているじゃない」


 リズがふっと笑う。


「この辺りは比較的安全だけど、裏通りと城の近くは危険よ。間違っても安易に近付かない事ね」

「間違うも何も、俺はまだこの街の事を、何も知らないんだが?」

「そうね。だから、絶対に一人で歩かないで。面倒な事が起こるから」


 面倒事が起こるのは確定かよ。

 でもまあ、貧弱な俺が裏通りに迷い込んだら、簡単に命を落とす可能性は十分にあり得る。ここは素直に、リズの言葉に従う事にしよう。



 偵察に出ていたベルゼとシオリが戻って来たので、少しの遅めの昼食を取る為に、近くにあった食堂へと向かう。

 食堂に入って目に映ったのは、昼間から酒を飲んで居る豪快な男達と、その端で静かに食事を取って居る老人。まるで、アニメで見ていたファンタジーの風景を、そのまま切り取ったような光景だ。

 俺達がカウンターに向けて歩き出すと、周りで食事をして居た男達が、下品に笑いながらこちらを見て来る。

 恐らく、リズとシオリがこの場所で浮いて居るから、興味を持ったのだろう。


「なあ、入る店を間違えたんじゃないか?」

「大丈夫よ。何かあったら魔法で殺るから」

「殺る事前提かよ……」


 そんな会話していると、カウンターの前に居た大柄の男が立ち上がり、ヘラヘラと笑いながら近付いて来た。


「よぉ姉ちゃん。昼間からこんな場所にゃあぷろぁ……!」


 会話が終わる前にリズが鉄球をブン投げて、男が店の端まで飛んで行く。


「何すんだてめおろぶろぼぉ……!」


 意気揚々と立ち上がった男も、シオリの掌底で吹き飛んで行く。

 と言うか、シオリさん? そう言う豪気なキャラでしたっけ?


「お前らぁ! 優しくすりゃあ付け込みやがっておぼろぶえぇ……!」


 三人、四人、五人……立ち上がった順番に、鉄球と掌底で吹き飛ぶ。

 余談ではあるが、魔法で殺ると言っておきながら、彼女達は魔法を一度も使っていない。


「あ、悪魔だ! 悪魔がぐぼべあぁ……!」


 二人が次々と男達をなぎ倒して、俺達は無事にカウンター席へと辿り着いた。

 何事も無かったかのように注文を取るマスター。メニューすら見て居ない俺を無視して、リズとシオリが勝手に食事を注文する。

 頼んだ食事が机の上に置かれた時、襲い掛かって来た男達は、自分達の席に戻って大人しく食事を取って居た。


「……なあ、リズ」

「何かしら?」

「この世界では、これが普通なのか?」

「そうね。女の方が強いから、大抵はこうなって終わるわ」


 世界では自分の知らない所で、様々な事象が起こっている。そこから考えると、これも不思議な事では無いと思い、それ以上は考えない事にした。


 食事を済ませた俺は、お茶を飲みながら横目で周りの人達を眺める。

 時刻は昼をかなり過ぎているというのに、食堂内は相変らず賑やかだ。平日なのに人が絶えない所は、流石は帝都と言った所か。


(……?)


 そんな事を考えて居た俺の目に映る、一つのテーブル。座って居るのは、貴族風の男が一人と、兵士風の若い男が数人。


「こんな不味い食事に金など払えるか!」

「そ、そうは申されましても……」


 貴族が顔を真っ赤にして、ウエイトレスに罵声を浴びせている。


「これだから下民の食堂は! 服も汚れてしまったではないか!」

「それは、お客様が食事を零したから……」

「はあ!? 貴族たる俺が! 食事を零す訳など無いだろう!!」


 思いつく限りの文句を言う貴族と、それに謝り続けるウエイトレス。その光景は、貴族物のアニメで良く見るテンプレそのままだった。


「なあ、ああいうのって、いつもあるのか?」

「そうね。貴族のボンボンが、たまにお遊びでこういう事をやっているわ」

「ボンボンて……」


 絵に書いたような階級制度の闇。

 やはり異世界。見せてくれるじゃないか。


「もう良い! 私は帰る!」

「お客様! まだお代が……!」

「うるさい!」


 貴族が立ち上がり、ウエイトレスに平手打ちをする。取り巻きの兵士達も、それを見て下品に笑い始めた。


「……やっぱり、そうなるよなあ」


 俺はゆっくりと立ち上がり、その席に向けて歩き出す。

 相変らず笑い続けて居る貴族達。

 その横を素通りして、倒れて居るウエイトレスに手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「……え? は、はい。大丈夫です」


 俺の手を掴んで、ウエイトレスが立ち上がる。その頬は、赤く腫れ上がっていた。


「あの、お客様……私に構うと」

「何だお前は!」


 声が聞こえたので、ゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは、平手打ちをした貴族。


「貴族に逆らった者に手を差し伸べるなど、良い度胸だな!」

「へえ、差し伸べるとどうなるんだ?」

「勿論、こうなる……!」


 貴族が拳を振り上げる。

 その動作が終わるのを待たずに、俺は腰から電気警棒を引き抜き、貴族に電気を食らわせた。


「あ、ああ……」


 悲鳴を上げて倒れる貴族。それを見た兵士達は、慌てて席から立ち上がる。


「お、お前! 何をした!?」

「何って、見ての通りだけど」


 ピクピクと体を痙攣させて、地面に伏せる貴族の男。それを見下ろしながら、兵士達に向かって口を開く。


「こいつが偉い奴だって事は分かる。そして、回りに居る人間が、こいつに逆らえないのも分かる。だから、俺が代わりにやっただけだ」

「お、お前! こんな事をして、どうなるか分かってるのか!!」

「分かってるよ。だけど……」


 恐らくこの後は、この兵士達と戦う事になる。最悪の場合は、指名手配をされてしまうだろう。

 それでも、俺は……


「人の上に立つ人間が! こんな下らねえ事してんじゃねえ!!」


 我慢出来ずに言ってしまった。


「や、やれ! 殺せぇ!」


 隊長らしき人物の号令で、周りに居た兵士達が一斉に剣を抜く。

 相手は鍛え抜かれた兵士だ。貧弱な俺がまともに戦った所で、勝機は少ないだろう。

 だけど、後悔は微塵も無い。

 何故ならば、今この場所で貴族に攻撃が出来たのは、異世界人である俺だけなのだから。


「かかってこいやぁぁぁぁぁぁ!」


 怒号と共に、兵士達に向けて電気警棒を構える。

 その時だった。


「はーい! 喧嘩はここまで!」


 俺と兵士の間に入る一人の女子。

 ピンク髪の優等生、シオリ=ハルサキ。


「もう、ミツクニったら。何も考えずに飛び込んで」


 いつものように微笑むシオリを見て、思わず気が抜けてしまう。


「女! そこをどけ!」


 大声で叫ぶ兵士。しかし、手は出さずに剣先だけをこちらに向けている。

 彼等は店に入った時に、シオリの実力を見ている。敵わない事が分かって居るのだろう。


「聞こえなかったか! そこをどかないと……!」

「はい! これ!」


 話の途中で兵士達の方を向き、手に持っていた物を兵士達に見せる。


「そ、それは……」


 シオリが見せたのは、シオリのトレードマークでもある、桜の花が描かれた手帳。

 それを見た瞬間、兵士達が目を丸める。


「この人は私の客人なの。文句がある人は、是非ハルサキ家にいらしてね」


 パチンとウインクするシオリ。それを見た兵士達の顔が青ざめていく。

 静かに剣を鞘に納めて、貴族を抱える兵士達。


「す……」


 二歩、三歩と後ろに下がる。


「すみませんでしたぁぁぁぁ!」


 そう叫びながら、兵士達は貴族を抱えて店の外に走り抜けて行った。

 静かになった店を見回して、ふうと息を吐くシオリ。それを眺めながら、俺は首を傾げて見せる。


「……実はシオリって、もの凄く偉い家系の人間なのか?」

「ふふ……秘密」


 言った後、ニコリと笑うシオリ。

 ……この後シオリの家に行く予定だけど、何か嫌な予感がするなあ。


「あ、あの……」


 声が聞こえて振り向く。

 そこに居たのは、先程のウエイトレス。


「助けて頂いて、ありがとうございます!」


 丁寧に頭を下げるウエイトレス。

 茶色のボブヘアー。幼い顔立ち。華奢な体格。守ってあげたい系の女子だった。


「貴女の名前は?」

「は、はい。ケイ=ロアンと言います」

「ケイさんですか。綺麗な名前ですね」


 恥ずかしそうに頭を掻くケイ。シオリが後ろでもの凄く睨んで居るけど、それは気にしないでおこう。


「店で問題を起こしてしまったけど、大丈夫ですか?」

「そう……ですね。はい、大丈夫です」


 言った後、少しだけ俯くケイ。

 彼女自身は貴族に逆らっては居ないが、それを俺達に助けられてしまった。だから、もうこの店では働けないのだろう。


「ケイさん。これを」


 袋から一枚の紙を取り出して、ケイに差し出す。

 それは、国境の町で勇者達と作った、小さな名刺だった。


「異世界同盟?」

「はい。魔法学園に居るヤマト=タケルって奴が作った、会社みたいな物です」


 それを聞いた瞬間、ケイが目を丸める。

 流石は勇者。お前の名前は帝都にも広まっているようだぞ。


「これを持って魔法学園に行けば、ヤマトが学園を通して仕事を斡旋してくれるから、良かったら行ってみて下さい」

「……は、はい。分かりました」


 ケイは名刺を受け取ると、大事そうに胸ポケットにしまう。普通に考えたら胡散臭いのだが、彼女は絶対に魔法学園に行くだろう。

 何故ならば、彼女も勇者ハーレムの一角だから。


「いやー、やっぱり名刺って便利だなあ。作っておいて良かった」

「だからって、簡単に渡してるんじゃないわよ」


 タイミングを見計らったかのように、リズの鉄球が飛んで来る。

 流石はリズ。これでシオリに怪しまれずに、勇者ハーレムの回収が出来た。

 まあ……俺は背中が凄く痛いけどね!


「それじゃあ、俺達もそろそろ行くか」


 落ちている鉄球をリズに返した後、俺達は店を後にする。

 外に出ると、相変らずの賑やかな街並み。

 食堂で起きた騒動など、部屋の隅にある壊れた玩具のような扱いなのだろう。

 だけど、その壊れた玩具に気付いて直す人間も、何処かには存在して居るんだ。

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