第48話 893って言いたいだけ

 食堂でのいざこざを解決した俺達は、シオリに導かれるままに中心街を抜けて、郊外へと出る。

 その郊外は、今まで見て来た街並みとは全く違い、宮殿のような形をした建物や、都心にあるビルのような建物など、俺の世界ではありえない組み合わせの建物が並んで居る。

 そんな異様な光景の中で、シオリ=ハルサキが紹介してくれた実家は、俺に馴染みのある形でありながらも、特に異彩を放っていた。


(……日本庭園だ)


 ポカンと口を開いた俺の前にある豪邸。それは、純和風の日本邸宅だった。


(懐かしいけど……何かしっくり来ないなあ)


 散々異世界を見て来たせいか、突然見慣れた物が現れると、逆に違和感を感じてしまう。それまでに、俺もこの異世界に馴染んでしまったという事なのかも知れない。


「シオリの実家は極東作りなのよね」

「うん。父さんの故郷が極東だから」


 極東……確か、ヤマトの故郷だったな。

 名前から考えても、俺の住んで居た場所に似ている所なのだろう。

 シオリの名前も和風だし、この世界は微妙に俺の世界とリンクしている所があるな。


「それじゃあ、皆に紹介するね」


 そんな事を考えて居る間に、シオリが木造の大きな正面玄関を開ける。

 その先に広がった光景を見て、俺は完全に言葉を失ってしまった。


「おかえりなさいませ! お嬢様!」


 砂利が敷き詰められた通路。小奇麗に切られた背の低い木々。そして、その横にズラリと並んで居る、メイド服を着た使用人達。


(これは……ありだな)


 これぞ現代ジャパニーズマッチング。ある意味で、ベストな組み合わせと言えるかもしれない。


「ただいま。皆、元気にしてた?」


 使用人に声を掛けながら、玄関へと歩くシオリ。それに少し遅れて、俺達も玄関へと向かう。

 向かう途中で、俺はリズに小声で話し掛けた。


「……なあ、リズ」

「何かしら?」

「シオリの家系って、どんな家系なんだ?」

「そうね……ミツクニに分かるように例えるなら、一部の城下町を仕切る元締めって所かしら」


 893!?

 ジャパニーズ893って事ですか!?


「うーん……俄然ご家族と会いたく無いぞ」

「あら、とても優しくて素敵なご両親よ?」


 なるほど。それならきっと大丈夫……


「おじ様はヤマトに剣術を教えた方で……」


 大丈夫……?


「奥様は世界的にも高名な魔法使いで……」


 大丈夫!?


「領地で問題が起きても、大抵の事はお二人で片付けてしまうの」


 腕力!!


「でも、筋の通らない事がお嫌いだから、ミツクニは十分に注意する事ね」


 893!

 もう893の香りしかして来ないぜ!?

 そんな事を考えて居る間に、俺達は玄関に到着してしまった。


「ただいまー」


 軽い口調で言って、シオリが扉を開ける。

 そこに居たのは、黒い紋付き袴を着た、左目に傷のある大男。


「……おかえり」


 それだけ言って、長い廊下を戻って行く。

 渋い。そして、顔がとても怖い。


「シオリ、良く帰って来たわね」


 そんな俺の心を一瞬で奪う、廊下の端に居た一人の女性。

 桜の刺繍を施した黒色の着物。凛とした立ち姿。髪の色は綺麗な桜色。

 間違いなくシオリの母親だろう。


「お友達も、良く居らっしゃいました」


 優しく微笑む口元がシュッとしていて、思わず見惚れてしまう。


「私はヨシノ。先ほどの男はフゲン。シオリの両親です」

「お、俺はミツクニ=ヒノモトです。よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げると、ヨシノが口元に手を当ててクスリと笑った。


「そんなに緊張しなくても良いのよ」

「あ、ありがとうございます」

「ほら、上がってくださいな」


 言われるままに靴を脱いで、シオリ達の後ろを付いて行く。長い廊下を歩いて居ると、シオリ達の会話が前から聞こえて来た。


「リズさんもお久しぶりね」

「はい。ご無沙汰しておりました」

「お母様は元気?」

「はい。元気のようです」

「それは良かったわ」


 ヨシノはリズの母親を知って居るのか。まあ、リズとシオリは親友だから当然か。


「それにしても、シオリったら……」


 ヨシノがチラリとこちらを見る。


「男の子を家に泊めたいだなんて、母さん最初驚いちゃったわ」

「か、母さん!?」

「ヤマト君でさえ、一度も泊めた事が無かったのにねえ」

「そ、それは昔の話でしょ!」

「ふふ……そうねえ」


 手玉に取られて慌てて居るシオリ。魔法学園の優等生も、母親には勝てないと言う所か。

 そんな事を話している間に、俺達は奥座敷に辿り着いた。


「こちらが、ミツクニさんのお部屋よ」


 ヨシノがスッと襖を開ける。

 そこに広がっていたのは、八畳ほどのサッパリとした和室だった。


「お布団は押し入れの中。着物はタンスの中に入っています。他に何か欲しかったら、何でも言って頂戴ね」

「はい。ありがとうございます」

「リズさんはいつも通り、シオリの横の部屋ね」

「はい」


 ヨシノが部屋に入って行ったので、それに続いて俺達も入る。

 懐かしい畳の香り。自分の家を思い出して、少しだけ寂しさを感じる。


「それと、お食事は食堂にいつでも用意しておくから、食べたい時に食べに来てね。お風呂も男女別でいつでも沸いているから、好きな時に入って良いわよ」


 流石は領地を持つ貴族のお家。食事や風呂を自由にして良いと言うのは、ご家族に気を遣わずに済むので、本当にありがたい。

 至れり尽くせりとは、正にこの事だな。


「ああ、それと。うちの露天風呂は混浴だから、今度皆で入りましょう」


 それを聞いて思わず吹き出す。そんな俺を見て、ヨシノがフフッと笑った。


「ごめんなさい。冗談じゃないわよ?」

「冗談じゃない!?」

「大マジよ」

「ほ、本気だ! あれは本気の目だ!」


 真っ直ぐに俺を見ているヨシノ。その胆力に耐え切れずに、額から汗が零れ落ちる。


「か、母さん! 何言ってるのよ!」

「良いじゃない。皆で入るお風呂って楽しいし。父さんも是非そうしなさいって、言って居たわよ?」

「もう! 父さんったら!」


 腕を組んで頬を膨らますシオリ。と言うか、何でお父様は混浴を否定しないの?

 冗談だよね? シオリのお父様が、ちょっとお茶目なだけだよね!?


「ええと……」

「あら、ごめんなさい」


 戸惑う俺の顔を見て、ヨシノが本当に嬉しそうに微笑む。

 この人……俺の反応を見て楽しんで居るな?


「そう言う事ですから、何かあったら遠慮無く、私に言って下さいね」

「は、はい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げる。ヨシノも小さく頭を下げた後、部屋から出て行った。

 台風が無事に去り、俺は大きく息を吐く。


「はあ……」


 音を立てて畳に座り、中央の机に頭を乗せる。


「何か……凄いご両親だったな」

「ごめんなさい。うちの両親、少し変わってるの」


 確かに変わっては居る。だけど、その佇まいはとても穏やかで凛として居た。これが、数々の修羅場を潜って来た人の、落ち着きと言うものなのか(妄想)。


「とにかく、自分の家だと思って寛いでね」


 ありがたい言葉だが、素直にハイとは言えない。

 だって、893様のお宅ですよ?(妄想)

 とても良いご両親だというのは感じましたけど、ご無礼は出来ませんよ。


「ええと……ありがとう」


 とは言え、お礼はしっかりとしておく。

 これからお世話になるのだ。お嬢様にはご無礼の無いようにしないとな。



 リズとシオリが部屋から出て行き、俺とベルゼが部屋に残る。

 女子が居なくなった途端に、寒さを感じる和室。近くにポットと茶葉があったので、お茶を煎れてゆっくりと飲んだ。


「何か……色々と凄かったなあ」

「うむ、私も正直驚いて居る」


 机の先に居たベルゼが上下に動く。


「ここに住む全ての住人……全く隙が無い」

「そこかーい」

「いや、これは驚くべき事だ」


 ベルゼがクルリと回る。


「普通であれば、どんな組織であれ、隙の生じる者が必ず存在している。しかし、ここに居る住人達は、それを微塵も感じさせなかった」


 言葉の意味が分からずに、首を傾げて見せる。


「つまり、どういう事だ?」

「恐らくここに居る住人達は、全員が何かしらの武術を会得している。しかも、相当な腕前だろう」


 それを聞いて、背筋が寒くなる。

 もしかして、俺達はとんでもない家に居候をしたのか?


「……でも、武術か」


 ぽつりと言って、小さく唸る。


「なあベルゼ。少し相談があるんだけど」

「何だ?」


 それは、食堂で騒ぎを起こした時に感じた事。


「俺はベルゼにCQBを習ったけど、人の多いこの帝都では、少し使い難くないか?」


 CQB(クローズクォーターバトル)。市街地や建物内のような場所で行われる、歩兵主体の戦闘術。

 だけど、ここまで人が密集している場所では、関係の無い人間も巻き込んでしまう可能性がある為、有効な手段では無いと思った。


「ふむ。確かにその通りだ」


 ベルゼがキュイと鳴る。


「この街で有効なのは、CQBよりCQCと考えられる。しかし、肉体の無い私では、CQCを教える事が出来ない」

「え? 何? CQ?」

「CQC。極めて近い距離での格闘術の事だ」

「ああ、なるほど」


 ベルゼがそう言うのだ。この街ではCQBよりCQCの方が有効なのは、間違い無いだろう。

 とは言え、身体能力が低い俺が半端な格闘術を覚えた所で、敵に勝てるとは思えない。


「俺が扱える近接武器も少ないし……困ったなあ」

「そう悲観する事も無い」


 ベルゼが左右に揺れる。


「ここの住人達は、それぞれが何かしらの武術に長けている。それを学んでマスターが工夫をすれば、良い戦闘手段が見つかるのではないだろうか」

「なるほど……」


 異世界召喚された副作用なのか、俺は元の世界に居た時よりも、物覚えが良くなって居る。もしかしたら、自分に合った戦闘手段が見つかるかも知れない。


「そうなると、また訓練の毎日だな」

「そうだな」


 そう言って、お互いに笑う。

 魔法学園に居た時も、ヤマトやベルゼと毎日戦闘訓練をしていた。どうやら俺は、訓練というものが好きな人間だったらしい。


「まあ、頑張るか」


 元の世界に居た時は、外に出る事も嫌だった。

 でも、この世界で何かを学び、吸収出来るようになってからは、それが楽しい。

 元の世界でもそれに気付けば楽しかったかもしれないが、過ぎた事を考えても仕方ないと思い、その気持ちは黙って飲み込んだ。

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