第49話 メイドイン武術研究会

 己の力不足を感じた翌日。

 俺とベルゼは朝食を済ませた後、メイドに戦闘訓練が出来る場所を聞いて、早々に足を運ぶ。

 紹介された場所は、俺が泊まって居た奥座敷の裏手にある広い庭。

 その場所は、塀が高くて障害物なども無く、戦闘訓練をするには持って来いの場所だった。


 最初に何をするか悩んだ俺達だったが、今までに使って来た武器が使えないかと考えて、便利袋に入って居た武器を庭に並べてみる。


「……これで全部か」


 白い砂利の上に並べられた武器の数々。

 スタングレネード。チャフグレネード。スモークグレネード。電気警棒。スナイパーライフル。伸縮式シールド。地球破壊爆弾。そして、鉄球。


「……何か、凄く偏ってるよな」

「それは仕方が無い。今までの戦闘は、相手に近付かずに制圧する事を目的として居た」


 今までの俺は、距離を取って戦える戦法を使って居た。そんな事もあって、敵に密着した状態で使える武器は、極端に少なかった。


「これじゃあ、帝都では戦えないよな」

「うむ、もっと近距離で使える武器が必要だ」

「そうなると、やっぱり刀やナイフとか?」


 それを聞いたベルゼが左右に動く。


「マスターには剣術の才能が無い。よって、刃物はお薦め出来ない」

「よーし、全くオブラートに包まれて居ない解説、ありがとう」

「そこから考えて、私はハンドガンを薦める」


 そこ答えに対して、俺は首を傾げる。


「ハンドガンは中距離武器じゃないのか?」

「一般的にはそう思われがちだが、近距離でも使用が可能だ」


 ベルゼはアームを伸ばすと、便利袋からハンドガンを取り出す。

 この便利袋……本物に何でも入ってるな。


「マスターはこの世界の住人より身体能力が低い。よって、刀やナイフだと打ち負ける。しかし、ハンドガンであれば、近距離でも火力負けしない」

「確かに。撃てば終わりだからな」

「その分防御力は落ちるが、それも他の武器と併用すれば、ある程度はカバー出来るだろう」

「へえ、例えば?」


 ベルゼが地面から伸縮シールドを取る。


「シールドバッシュで相手を押し出し、間合いを開けた所でハンドガンを撃つ」

「なるほど……それじゃあ俺も」


 スタングレネードを手に取る。


「スタングレネードの発動時間を減らして、瞬時に爆破させてから発砲とかどうだ?」

「有効だ。似た方法であれば、シールド自体にスタン機能を付けて、防御しながらスタンさせる方法などもある」

「おお、なるほど」


 新しい武器を覚えるのでは無く、使い馴れた武器を組み合わせて戦闘手段を増やす。今の時点では、それが一番実用性が高そうだ。


「スモークグレネードを使ったら、こっちも攻撃出来ないよな」

「逃走用であれば有効だろう」

「チャフは……人間には効かないか」

「それなのだが、昨日戦闘に関する話をした後、魔法を阻害するチャフを開発しておいた」

「流石はベルゼ。行動が早いなあ」


 そんな事を言い合いながら、二人で様々な戦闘方法を考える。

 俺達は考えるのが楽しくなってしまい、気が付けば三十分以上も話をしてしまった。

 やがて、話が一段落して一息つく。


「何か、思ってたより色々出来そうだな」


 話し過ぎて喉が渇いたので、便利袋から水筒を取り出して一口飲む。


「これなら何とかなるんじゃないか?」

「残念だが、そうでもない」


 ベルゼが左右に動く。


「今までに話した戦闘手段は、相手と理想的に対峙出来た場合の戦闘手段だ。突然乱戦になった場合、咄嗟にこの手段は使えないだろう」

「そうなると、今は武器の使い方よりも、武術を学ぶ必要があるって事か」

「その通りだ。そこでだが……」


 ベルゼがクルリと回る。


「そこに居る彼女達に、我々の話に参加して貰うのはどうだろうか」


 その言葉を聞いて、クルリと後ろを見る。

 そこに居たのは、シオリの母親であるヨシノと大勢のメイド達。


「な……!」


 音もなくそこに居た彼女達を見て、思わず水筒を落としてしまった。

 クスクスと笑って居るメイド達。そんな彼女達に苦笑いを返しながら、俺は水筒を拾って便利袋にしまう。


「あの……何時からそこに居たんですか?」


 頭を掻きながら尋ねると、ヨシノが口を開いた。


「そこに並んでいる武器を、袋から取り出し始めた時からですね」

「最初からかーい!」

「ですが、正直驚きました。それらは本当に武器なのですか?」


 この世界には無い武器の数々。ヨシノ達が疑問に思うのも当然だろう。

 そう考えた時、俺の頭に一つの悪だくみが思い浮かんだ。


「ヨシノさん」

「はい、何でしょうか」

「例えば、この武器なんですが……」


 無造作にスモークグレネードを手に取ると、メイドの一人が視界から消える。

 次の瞬間、消えて居たメイドが、俺の喉にナイフを突き立てて居た。


「お、おう……」

「零、おやめなさい」


 ヨシノが指示すると、零と呼ばれたメイドがナイフをしまう。

 危うく悪だくみで死ぬ所だったぜ!


「それで、それはどういう物なのですか?」

「ええと……」


 生死の世界を彷徨った直後に、再び同じ事をして大丈夫だろうか。

 下手をすれば、本当に殺されかねないぞ?


「これはスモークグレネードと言って、煙で視界を遮る効果があります」


 そんな事を思いながらも、悪だくみを続行する。


「どうやって使うのですか?」

「それはですね。ここにあるピンを、こうやって外すと……」


 ピンを外して地面に置く。

 しかし、直ぐに何かが起きる訳では無く、それを知らない異世界の住人達は、当然のように首を傾げてくる。


「何も起きませんが……」


 ヨシノが言葉を放つと同時に、スモークグレネードが破裂した。

 大量の煙が発生して、見えなくなっていく周囲。俺は場所を覚えていた電気警棒を手に取ると、素早く行動を開始する。


(さっきのお返しだぜ!)


 俺を殺そうとしたメイド! 後ろに居るのは分かって居るのだよ!

 こっそり回り込んで、この電気警棒で……!


「……動くな」


 そんな俺の喉元に突き立てられる、ナイフの刃。

 突き立てて居たのは……零。


「これくらいの煙で、私達は目標を見失わない」


 ゆっくりと晴れていく視界。煙が完全に消えた時、メイド全員が俺に刃物を向けて居た。


「お、おう……」


 ヨシノが軽く手を上げると、メイド達が刃物をしまって距離を空ける。

 実践だったら、俺はもう二回死んで居たな。


「ベルゼ」

「何だ?」

「凄く勉強になったな」

「うむ、そうだな」


 武術の手練れにスモークは効かない。その情報は、俺の心に深く刻み込まれた。


「はー」


 ため息を吐き、地面にドサリと座る。


「いやー、ここのメイドさんは凄いですね」


 笑いながら言うと、ヨシノも微笑む。


「うちは武闘派一家ですから、全員がこうなのよ」


 なるほど、ベルゼが言った通りだったか。

 流石はシオリの実家。

 893の屋敷!(妄想)


「これなら、奇襲とかを受けても大丈夫ですね」

「そうかしら?」

「そうですよ。だって、こんなに強いメイドさん達が居るし……」


 まるで全てが終わったかのような、フレンドリーな会話。

 ここまでは、ただの悪巧み。

 そして……ここからが、俺がどこまで出来るかの真剣勝負だ。


「しかも、メイドさんが全員可愛いのも……」


 会話の途中でコトリと落ちるグレネード。

 当然のように、その場に居た全員が反応する。


「俺にとっては何とも言えない……」


 爆発。

 それと同時に、メイド達が動き出す。


 ここに居る彼女達は、俺が使っていた武器を、始めて目にしたと言って居た。

 そして、今爆発したグレネードは、先程使ったスモークグレネードと、全く同じ形をしている。

 そこから導き出される、次の動きは……


「なっ……!」


 凝視。

 目標を見失わない為に、目を見開いて周囲を確認する。

 そして、そんな彼女達に、スタングレネードの閃光が直撃した。


「うう……」


 硬直するメイド達。

 俺は改めて素早く動き、今度はヨシノに向けて電気警棒を伸ばす。


(取った……!)


 そう思った直後だった。

 足元から氷が吹き出し、一瞬で俺を拘束する。

 それをやったのは……ヨシノ=ハルサキ。


「……惜しかったですね」


 いつも通りの微笑みを見せるヨシノ。どうやら、目も眩んで居ないようだった。


「お遊びは、これでお終いですか?」


 額からポツリと落ちる汗。

 さて、俺はこの後どういう目に合うのだろう。


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」


 視界を取り戻した零が、ナイフを手にして突進して来る。

 真っ直ぐに伸びる腕。喉元に触れる刃。

 しかし、その刃が俺の喉を捌く事は無かった。


「おやめなさい」


 零の腕に巻き付く氷の塊。その氷を操っているのは、勿論ヨシノだった。

 場が落ち着きを取り戻すと、ヨシノが静かに氷の魔法を解く。

 俺は電気警棒を地面に落とした後、ドサリと地面に胡座を掻いた。


(駄目だったか……)


 完全に虚を突いたはずの攻撃。それでも、本丸であるヨシノには届かなかった。

 本物の手練れには、これくらいの奇襲は通用しないと言う事が、良く分かった。


「ヨシノさん。本当にすみませんでした」


 正座に座り直して、深く頭を下げる。

 少しの沈黙。

 やがて、ヨシノの笑い声が聞こえてくる。


「頭をお上げなさいな」


 言われた通りに、ゆっくりと頭を上げる。そこには、無邪気に笑うヨシノと、目を輝かせるメイド達が居た。


「良い戦闘訓練でしたね」


 ……まあ、そうだよな。

 あのシオリの母親だもんな。

 俺の命懸けの戦闘訓練なんて、見透かして居たに決まっている。


「ヨシノさん」

「何でしょう?」

「良かったらこれからも、俺の戦闘訓練に付き合って貰えませんか?」

「ええ、良いですよ」


 ヨシノが嬉しそうに頷いてくれる。

 よっしゃ! 帝都での師匠ゲットだぜ!

 いやー、命を懸けた甲斐があった……


「それでは、早速今の攻撃の反省をしましょうか」


 ……はい?


「先ほどの攻撃は、もう少し間合いを詰めてから行えば、有効でしたね」


 な、何ですと?


「でも。私達は完全に隙を突かれちゃいましたね」

「そうだな。不覚だ」

「ですけどー、次は大丈夫ですねー」


 楽しそうに反省会を始めるヨシノとメイド達。

 あの殺気立った状況から、こんなに和やかな反省会を始めるとは思わなかった。

 この人達は、本当に武術が好きなんだな。


「ミツクニさんは、どう思いますか?」


 ヨシノに言われて、苦笑いを見せる俺。

 何はともあれ、俺は帝都で最高の訓練環境を手に入れたようだ。

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