異世界救済編

第141話 異世界テンプレは勇者を救う

 異世界。

 それは、アニメや漫画が好きな人間ならば、一度は夢見る世界。

 その場所に降り立つ事が出来れば、きっとチートのような能力を手に入れて、物語の主人公として世界や仲間を救える。


 それこそが、異世界物語のテンプレ。


 だけど、俺の場合は違った。

 俺に与えられた使命は、異世界を救う勇者のサポートをする事。


 最初はその使命にうんざりした。

 だけど、物語が進むにつれて、その考え方は変わって行った。


 俺を変えたのは、この世界を本気で救おうとして居た仲間達。


 仲間達のおかげで、俺は親友役という役割に、誇りを持つ事が出来た。

 そして、その気持ちが、この異世界を本気で救いたいと言う気持ちに変わり、勇者と一緒に世界を救う為に努力する事が出来た。


 そして、今。


 物語は新たなる勇者を迎えた。

 その勇者は、世界を救う為に、人類の敵になった人間。


 日本からの異世界召喚者、姫神雫。


 彼女には、人間の仲間が居なかった。

 周りに居たのは、人間達を殺す事によって、異世界の生命力である魔力を大地に還元させる『悪魔』と呼ばれる存在だけ。

 つまり、俺が今までサポートして来た勇者とは、対になる存在。


 自分と同じ人間を殺める事で、世界を救う勇者。

 その運命は……余りにも切ない。


 だから俺は選択した。

 それによって、救うべき人類に憎まれようとも。一緒に戦って来た仲間達と、敵になろうとも。


 ……違うか。


 敵対では無い。

 真の意味で世界を救う為に。

 そして、大切な仲間達を守る為に。


 姫神雫という勇者の親友役になる事を、俺は選んだのだ。




 さて、そう言う事で。

 俺は本当の意味で『異世界勇者』の親友役となった訳だが。


 ハッキリ言って、状況は悪い。


 目の前には、この異世界でも選りすぐりの実力者が三人。周りは大量の街人に囲まれて居て、逃げ場は無し。止めに後ろに居る異世界勇者は、既に満身創痍の状態。

 この状態から脱出するのは、容易では無いだろう。


(だけど……)


 絶望はして居ない。

 何故ならば、ここは俺が大好きな『異世界』で、後ろに居る勇者は、この異世界に選ばれた勇者だから。


(それじゃあ、やるか!)


 腹を決めて、ゆっくりと正面を見る。

 そこに居るのは、人間が集う帝都の女王をしている、リズ=レインハート。

 そんな彼女の事を見詰めながら、俺はゆっくりと歩き出した。


(大丈夫……大丈夫だ)


 ざわつく周囲。恐らく、女王に対して攻撃を仕掛けるとでも思っているのだろう。

 だけど、当人であるリズは、そうは思わない。


「……全く」


 広場の中央で対峙する二人。

 互いに殺気を発する事もなく、いつもの調子で向かい合った。


「ミツクニ……彼方には本当に呆れるわ」


 うんざりとした表情で言葉を漏らす。


「それで、この状況をどうするつもり?」


 腕を組みながら俺の事を睨む。どうやら、既に俺達を捕まえる気は無いようだ。


「そうだなあ……」


 俺も腕を組み、少し考える。

 しかし、答えはもう決まって居た。


「このまま戦うか」


 その答えに、リズが少しだけ目を見開いた。


「このまま戦えば、彼方達は絶対に捕まるわよ?」

「戦力差を考えれば、そうなるだろうな」

「理由は分からないけど、あの子が捕まると、世界が危険なのでしょう?」


 流石はリズ。今までの話の内容から、その答えには辿り着いたようだ。


「大丈夫。むしろ、このまま全力で戦う事こそ、このピンチを切り抜ける唯一の手段だ」

「自信を持ったキモオタの言葉なんて、私は信じられないわ」


 真っ向からディスられたのだが、気持ち良いので笑顔で頷く。


「まあ、信じられないかも知れないけど、この場面は戦う事が正しいんだよ」

「正しい?」


 俺の言葉に首を傾げる。

 この世界の住人であるリズに、その言葉の意味は分からないだろう。

 だけど、俺には分かる。

 この世界が『異世界』だと知って居る俺だからこそ、分かるんだ。


「……本当に、本気で良いのね?」

「ああ、良い」


 あっさりと納得してくれるリズ。

 こんな状態なのに、理由も聞かずに俺の事を信じてくれる。

 やはり、女王になってもリズはリズのままだ。


「それじゃあ……」


 目を見開き、後ろにステップするリズ。それと同時に、ドレスの袖から鉄球が落ちる。


「はっ」


 リズからの第一球!

 俺はシールドを斜めに展開して、空の彼方に鉄球を弾き飛ばした。


「まだよ」


 二球。三球。四球……

 三メートルほど離れた距離で、鉄球を逸らし続ける戦いが続く。


「ミツクニ、大丈夫?」

「ああ……大丈夫」

「だけど、あと一撃でも鉄球が直撃したら、危険な状態なんでしょう?」


 おっと、気付いて居ましたか。

 実は、回復出来ない状態でずっと戦って来たので、俺も満身創痍なんです。

 他の誰も気付かなかったのに、流石はリズと言った所か。


「それでも手加減しない所が、リズなんだよなあ」

「して居るわ。三割くらいかしら」


 これで全力の三割!?

 出会った頃とは比較にならないぞ!?


「フゲン!」


 そんな事を考えて居ると、リズが誰かの名前を呼ぶ。

 ……ああ、シオリの親父さんの名前か。

 フゲンは俺の横を高速で駆け抜けると、刀を抜いて雫に刃を向けた。


(本当に全力だな!)


 震える腕で双剣を構える雫。

 フゲンの容赦ない刃が、雫の頭めがけて振り下ろされる。

 その時。


「ガアアアアアア!」


 フゲンと雫の間に割り込む黒い影。

 雫が手懐けて居た犬型の悪魔だった。


「フェンリル!」


 体毛を硬化させて刃を弾く犬。それを見て、俺は小さく吹き出してしまった。


(フェンリルって……)


 北欧神話に登場する、神々に災いをもたらすと言う狼。

 そんな名前を当たり前に付ける辺り、雫も立派な異世界転移者だよなあ。


「悪魔だ! 悪魔があの女を庇ったぞ!」


 再びざわつき始める街人達。


「この女! 悪魔も手懐けて居るのか!」

「やっぱり魔女なのよ!」


 雫に対して言いたい放題言う。

 それに気を取られて居る間に、いつの間にかシオリが横に回り込んで来た。


「ミツクニ! ごめん!」


 わざわざ声を掛けてから、氷魔法を放ってくるシオリ。既にリズから伝達は受けて居るのだろうが、本当に容赦が無いな。

 まあ、それでも……


「だめええええ!」


 一筋の黒線が走り、シオリの氷魔法を打ち砕く。

 それは、高速で振り下ろされた漆黒の翼。


「けんかしちゃだめなの!」


 翼を地面から放して、地面に降りる幼女。

 魔王、ミント=ルシファー。


「ま、魔王だ……」


 街人の一人が言葉を溢す。


「何で魔王が大量殺人犯を……?」

「いや、魔王だから当然と言えば当然……」

「だ、だけど……」


 静かになる街人達。

 まあ、そうだろうさ。

 魔王が現れた事によって、人間側に有利だったはずの状況が一変したからな。


「まだよ」


 そんな事も関係無しに、攻撃を続けて来る三人。

 彼女達はミントが本気で攻撃して来ない事を知って居る。

 特にリズは魔法学園に居た時に、ミントの保護者的存在だったので、自分達を傷付けられない事を確信しているだろう。


「りず! いたいのだめえ!」

「良いのよ。ミツクニは痛いの好きだから」

「それはしってるけどお!」

「知ってるのかよ!」


 冗談を交わしながら攻撃を続ける。

 決め手に欠ける攻撃の応酬。

 しかし、スタミナ勝負になるにつれて、俺のガードが遅れてしまう。


「みつくに!」

「大丈夫だ! ミントはシオリを頼む!」

「でもお!」

「大丈夫!」


 不安そうな瞳を向けて来るミント。

 それでも、俺に言われるがままに、シオリの攻撃を防御し続ける。

 それで良い。

 それが『正解』なんだ。


「ミツクニ、息が切れて居るわよ」


 無数の鉄球を飛ばしながら、リズが余裕の口ぶりで言う。


「まあ……そうだな」


 それに対して、何とか言葉を返す。

 既に腕は鉛のように重く、足も震えて上手く動かない。

 あと少しで、俺はガードを完全に弾かれてしまうだろう。


「ミツクニ……」


 俺を見て表情を曇らせるリズ。

 しかし、一度瞳を閉じて、再び真剣な瞳をこちらに向けて来た。


「……信じているから」


 その言葉と同時に。

 今までに無い規模の鉄球乱舞。


「ミツクニさん!」


 雫が俺の後ろから叫ぶ。


 詰んだ。

 これは、避けようが無い。

 この攻撃を受ければ、俺は死んでしまうだろう。


(だけど……)


 無数の鉄球が俺を圧殺しようとした、その瞬間。空から金色の閃光が降り注ぎ、全ての鉄球を弾き飛ばした。


(……うん)


 閃光によって割れた帝都の魔法障壁。

 ガラスのように弾け飛び、中央広場にハラハラと舞い落ちる。


(フラグは……ずっと前に立って居た)


 全身の力が抜けてしまい、ドサリと座り込む。

 そんな俺の横に、ふわりと降り立つ二人の女子。


「全く……相変らず情けないんだから」


 一人は金色のツインテール。


「ですが、頑張りましたね」


 一人は金色の翼。


 ここは異世界。

 そして、俺は今、勇者と共に戦って居る。

 そんな俺達の窮地に、仲間が助けに来てくれるのこそ、異世界のテンプレだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る