第142話 ツンデレは空気を読まない

 金色の女子二人が空から降り立ち、静まり返った中央広場。

 そんな状況の中、うんざりした表情の金色ツインテールが、何事も無かったかのように、俺へと近付いて来る。


「あんたの為にわざわざ来てあげたんだから、もう少し感謝の笑顔を見せなさいよ」


 ツンデレヒロイン、エリス=フローレン。

 メリエルから治癒魔法の手ほどきを受けて居たのだが、ここに来たという事は、それも終わったのだろう。


「それで? どうしてミツクニは、そんなにボロボロなのかしら?」


 エリスが思い切り睨み付けて来る。


「それはまあ、色々な戦闘を経てだな……」

「どうせ無茶したんでしょ」


 はい、ご名答です。


「回復してくれる人間が居るからって、甘えてるんじゃないの?」

「ええと、まあ、はい。そうだと思います」

「全く……」


 ため息を吐き、俺の目線までかがむ。

 そして、やれやれという表情で微笑んだ。


「馬鹿なんだから」


 ……パーフェクト。

 これこそ、ツンデレの様式美ですよ。


「ほら、治してあげるから、きちんと座りなさい」


 言われるままに胡坐を掻く。

 俺の正面に回り、手をかざすエリス。

 その手から金色の光が溢れて、俺の体を包み込んだ。


「まずは、拘束魔法の解除ね」


 回復を阻害していた黄色いチョーカー。

 エリスの放った光に包まれて、ボロボロと崩れ去る。


「本当に回復魔法を覚えたんだな」


 それを言うと、エリスは苦笑いをしながら口を開いた。


「ええ、そうね。本当に……色々あったわ」


 エリスが大きくため息を吐く。

 どうやら俺が思っていたより、ハードな修行が行われたようだ。


「それじゃあ、拘束は解けたから、今度は回復魔法を……」


 言いかけたエリスの言葉に、街人達がポツポツと言葉を被せ始める。


「あれは……交流都市の聖女じゃないか?」

「そうだ! 俺、あの人に助けられた!」

「俺も! 前に魔物に襲われた時に……!」


 ざわつき始める街人達。

 なるほど、聖女ですか。

 周りから見れば、そうなんだろうなあ。


「どうして聖女があいつの事を……?」

「知り合いっぽかったぞ?」

「もしかして、大量殺人も何か理由があったんじゃ……」


 俺に対する不評がエリスの登場で揺らぎ始める。

 と言うか、こんな簡単に、あの状態からここまで緩和されるのか。

 エリスは俺が見て居ない間に、どれだけの人を助けたんだ?


「アンタ達!」


 そんな街人達に向かって、エリスが叫んだ。


「悪魔との戦いで怪我した人が居るでしょう! ここはもう大丈夫だから! 手分けして怪我人の救助をしなさい!」


 響き渡るエリスの綺麗な声。

 静かになる中央広場。


「動けええええええ!」


 エリスの号令と共に、街人達が一斉に動き出す。

 ある者は怪我人を背負って近くの病院に。ある者は軽症者を地面に寝かせて、応急処置を。

 誰しもが目の前の戦いを忘れて、怪我人の救助に全力を注ぎ始めた。


「全く……」


 いつもの口癖を言って、フンと鼻を鳴らす。そんな彼女の姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「……何よ」

「いやあ……エリスは凄いなと思って」


 その言葉にエリスが首を傾げる。

 彼女の前では、悪魔との戦いなど二の次。

 全ての人間が彼女に気付かされて、今やるべき事へと向かう。

 相変わらず危なっかしい所もあるが、人々を動かす凛とした姿は、正しく聖女と呼ぶに相応しいと思った。


「ほら、周りは黙らせたから、今度はミツクニの番よ」


 再び手をかざすエリス。

 しかし、途中で目を見開き、俺のシャツの袖を勝手にめくる。

 現れたのは、青あざや切り傷だらけの右腕。


「何……これ」


 エリスが小さく息を飲む。


「どうすれば……こんな事になるのよ」

「え? いやいや。こんなの普通普通」

「普通じゃないわよ!」


 エリスが睨み付けて来る。


「アンタ! どれだけの攻撃を受けたのよ!」

「いやまあ、程々に……」

「程々な訳無いでしょ!」


 袖を掴む力が強くなる。


「回復魔法が効かないのに! どうしていつも体を張って……!」

「それは違います」


 エリスの言葉を遮る、透き通った声。

 その声の主は、いつの間にかエリスの後ろに立っていた女性。

 生と死を司る天使、メリエル。


「これは、攻撃を受けた傷ではありません」


 優しい口調で言いながら、俺の横に座る。


「師匠……どういう事ですか?」


 師匠!?

 メリエルはあのエリスに、自分の事を師匠って呼ばせて居たの!?

 怖いわあ。その事実が何よりも怖いわあ。


「ミツクニ。良かったら彼女に、説明してあげてください」


 メリエルがこちらを見て微笑む。

 ……いやいや。

 説明したくないんですけど。


「してあげてください」


 なるほど。

 これは、強制イベントなのか。


(仕方ないか……)


 本当に説明したくないんだけど、長い間離れていた罰だと思って、正直に答える事にしよう。


「これは、自分の体で攻撃した反動だよ」


 ボロボロの右腕を左手で擦る。


「敵の攻撃は避けられるようになったんだけどさ。相変らず体の方は貧弱で、許容量を超える攻撃をすると、自分がダメージを受けるんだよね」

「許容量って……」


 エリスが再び息を飲む。


「だからって、ここまでなる攻撃を、普通する?」


 その言葉に黙る。

 黙ったのだが。


「まさか、私の……」


 いつの間にか近くに居たシオリが、黙って居た事を言ってしまった。


「私の為に、偽物のミツクニを攻撃した時の……」


 そこまで言って黙るシオリ。

 まあ、何と言うか。

 正解なんだけど。


「謝るのとかは勘弁してくれ。俺は殴りたかったから殴った。それだけ」


 こうなる事が分かっていたから、言いたくなかったのに。

 メリエルめ……分かっていて言わせたな?


「ついでに私から言っておきますが、ミツクニは私達と離れてから、一度も悪魔の攻撃を受けていませんよ」

「……こんなに傷だらけなのにですか?」


 エリスが丁寧な口調で尋ねる。

 そんな彼女を見て、メリエルが嬉しそうに言った。


「ミツクニが悪魔の攻撃を受けて居たら、その時点で死んで居ますから」


 ご名答。

 しかし、本当に嬉しそうだなあ。

 もしかして、自分の方が俺に詳しい事を、皆にアピールしたいのだろうか?


「そうですよね?」


 コクリと首を横に傾げるメリエル。

 なるほど。これは間違いなくアピールだ。

 不本意ではあるが、メリエルには世話になっているから、話を合わせるか。


「まあ……そう言う事かな」


 とは言え、言葉は濁しておく。これ以上シオリの悲しい顔は見たくないから。


「ミツクニ……」


 唇を噛み締めて、こちらを見詰めて来るシオリ。

 この後、シオリが取った行動は……


「……ありがとう」


 謝罪では無く、感謝。

 その言葉が何よりも嬉しかったが、表情に出すとリズの鉄球が飛んで来そうだったので、気合いで普通に微笑んだ。


「はいはい! もう分かったから!」


 雰囲気をぶち壊すエリスの声。


「後がつっかえて居るんだから! とっとと始めるわよ!」


 パンと手を鳴らして金色の光を手に纏う。

 それは、空気を読まない聖女の、回復タイムの始まりだった。

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