第29話 弱さと戦術

 武術大会当日。

 メインステージでは各学年の代表達が集まり、各々が日頃鍛えた力を発揮して、大いに盛り上がっている。

 そして、その裏でひっそりと開かれている部隊戦。

 それこそが、今日俺が戦うべき戦場だ。


「それにしても……」


 目の前に立って居る三人を見て、思わずため息を漏らす。

 才色兼備、シオリ=ハルサキ。

 ツンデレ魔法使い、エリス=フローレン。

 和剣士、ミフネ=シンドウ。


「一年女子のオールスターじぇねえか!」


 全員が勇者ハーレム。しかも、各々がメインステージで戦うに値する実力者だった。


「……な、何だこの組み合わせは? 俺には悪意すら感じられるんだが」

「日頃の行いのせいでしょ?」


 エリスが楽しそうにふっと笑う。


「でも、そっちのメンバーも面白いわね」


 俺達のメンバーを紹介するぜ。

 未来型ドローン、ベルゼ。

 全てを見渡す猫、リンクス。

 貧弱キモオタ野郎、ミツクニ=ヒノモト。


「これって、何かのショーかしら?」

「いやいや、模擬戦でメリエルとかミントは、流石に出せないだろ」


 死の天使や魔王が模擬戦に出たら、それこそ模擬戦では無くなってしまう。

 本当はリズという選択肢もあったのだが、リズとはまともに共闘した事が無かったので、奇しくもこのメンバーに収まってしまった。


「正直、私も少し残念です。ミツクニさんとならば、良い戦いが出来ると思っていましたのに……」


 不機嫌そうな表情を見せるミフネ。きっと、熱い戦いが出来る事を期待していたのだろう。


「俺達を見た目で判断してはいけないぜ?」

「そうかもしれませんが、これは……」


 ふむ、もう一度冷静になって考えてみようか。

 勇者ハーレムのオールスターVS機械と猫と貧弱キモオタ。


「よーし。勝てる気がしねえ」


 ミフネがガックリと肩を落とす。


「まあ、なんだ。折角の模擬戦なんだし、正々堂々頑張ろうぜ」

「そうですね。お互いに頑張りましょう」

「そうそう。そこで提案なんだが」


 話の流れをそのままに、サラリと交渉を始める。


「この部隊戦だけど、室内戦にしないか?」

「室内戦?」

「ああ。室内戦なら遮蔽物が多いから、大きな魔法が使えないだろ? そうすれば、この面子でも戦えるんじゃないかと思ってさ」


 それを聞いたミフネが、エリスとシオリに首を傾げて見せる。

 すると、二人も黙って頷いた。


「分かりました。室内戦にしましょう」


 その言葉を聞いて、静かに微笑む。

 くっくっく……まんまと罠にはまったな。


「それじゃあ、場所は使われてない旧校舎で。あそこなら多少壊しても大丈夫だからな」

「分かりました。それでは移動しましょう」


 エリスとミフネが移動を始める。

 それに対して、微動だにしないシオリ。


「ミツクニ……」


 不安そうな表情で俺を見つめて来る。きっと、まだ下宿で起きた事を、引きずっているのだろう。


「シオリ」


 真っ直ぐにシオリを見つめる。


「シオリの言った通り、俺は凄く弱い。魔物達と居ると、また辛い思いをするかも知れない」


 それを聞いて俯くシオリ。きっと俺の事を心から心配してくれて居るのだろう。

 だけど……だからこそ、俺は。


「だから、俺は強くなるよ」


 この戦いで、シオリに証明してみせる。

 弱者には弱者の戦い方があるという事を。



 全員が旧校舎に移動し終わり、中央廊下で顔を合わせる。

 試合開始までは、あと三分。

 ジリジリとした緊張感が、俺達の周囲に立ち込めて居る。


「折角の模擬戦なんだから、瞬殺だけは勘弁してくれよ」


 場を和ます為に冗談を言ってみたが、誰も笑ってはくれない。


「ええと、折角の模擬戦だし、瞬殺だけは……」

「そうね。せいぜい頑張りなさい」


 そう言って、エリスが悪そうに微笑む。


「エリス……手加減する気無いな?」

「当たり前でしょう? 相手はミツクニなのよ?」

「高評価はありがたいけど、一歩間違えば、俺は簡単に死んじゃうからね?」

「大丈夫よ。魔法学園の医療班は優秀だから」


 いやいや、大丈夫じゃないって。

 エリスの爆発系魔法なんてまともに食らったら、俺は一瞬で塵になりますから。


「ミ、ミフネは流石に手加減をしてくれる……」

「全力でお相手するのが、武士の礼儀だと思っています」


 お前、いつから武士になったんだよ。


「シオリ。俺達は仲間……」

「ミツクニ。私、負けないから」


 あれれ? いつもの優しいシオリじゃない?

 もしかして……こいつら本気で俺の事を殺るつもりなのか!?


「おやおや、モテモテじゃないか」


 三人の真剣な表情を見て、リンクスが面白そうに鼻を鳴らす。


「これじゃあ、ミツクニは瞬殺だろうねえ」

「師匠……冗談に聞こえないです」

「冗談で言っているつもりは無いよ」

「やっぱりか!」


 絶望にため息を吐くと、リンクスがケラケラと笑った。


「良いじゃないか。こういう緊張感があってこその模擬戦だろう?」

「そうは言ってもですね。簡単に勝負がついてしまったら……」


 俺とリンクスのやり取りに、うんざりとした表情を見せて居る三人。

 良いのか? そんな余裕ぶっていて。


「大体、師匠はいつも冷静過ぎるんですよ」

「当然じゃないか。冷静な居る方が、良い判断を下せるのだから」

「いやいや、時には熱い気持ちで……」


 三分経過。

 試合開始。

 それと同時に、懐からスタングレネードをコトリと落とす。


「え……?」


 全く予想していなかった三人の前に、激しい光が放たれた。


「なっ……!」


 突然の閃光に油断した三人に対して、俺達は冷静に動き始める。

 まず、リンクスが風の魔法で、シオリとエリスを吹き飛ばす。

 そして、ベルゼが真っ直ぐに突進して、ミフネの注意を誘う。


「このっ……!」


 ミフネが剣を抜いて反撃したが、目が眩んだ状態での攻撃はベルゼに届かない。その隙に、俺はミフネの後ろに回り込んでいた。


「悪いな。ミフネ」


 警棒をミフネの背中に当ててボタンを押す。

 次の瞬間、ミフネの体に電撃が走り、ガクガクと体を揺らしながら地面に膝をついた。


「な、何を……」

「電撃攻撃だ。体が弛緩して動けないだろ」


 倒れそうになったミフネを優しく支える。


「ひ、卑怯な……!」

「ミフネ。お前は正々堂々とし過ぎだ。それじゃあ、いつかの俺みたいに背中を刺されるぞ」


 ミフネをお姫様抱っこして、ゆっくりと廊下を歩き出す。


「師匠。ミフネを安全な場所に運びます」

「任せときな」


 リンクスが風魔法でけん制している間に、ミフネを安全な場所まで運ぶ。ミフネは悔しそうな表情で、俺の腕を握り締めていた。


「不覚……不覚です」

「そう言うなって。こうでもしなきゃ、俺はミフネに勝てないんだから」

「しかし、私は油断をしていました……」

「そうだな。もしこれが戦場だったら、死んでいたかも知れない」


 そう。これが現実。

 戦場では卑怯などという言葉は存在せず、ただ勝ち負けがあるのみ。

 そして、これからこの異世界では、大きな戦争が起こる可能性がある。

 だからこそ、ミフネにはそれを知っておいて欲しかったんだ。


「……ごめんな。ミフネが望むような戦い方が出来なくて」

「……いいえ」


 ふうと息を吐き、ミフネが小さく微笑む。


「勉強になりました。今日は私の負けです」

「何言ってんだよ。これは模擬戦なんだから、卑怯な真似をした時点で俺の負けだ」


 ミフネをゆっくりと廊下の隅に降ろす。


「そういう事で、あと二回負けて来るから、ミフネはそこで休んで居てくれ」


 小さく微笑み、ミフネに背を向ける。

 そんな背中にミフネが言った。


「ミツクニさんは、弱くありませんよ」


 それを聞いて、ゆっくりと振り返る。


「生きる為に、必死に考えて戦う彼方は……強いです」


 それは違う。

 俺は剣が使えない。魔法も使えない。ミフネが考えて戦うようになったら、俺は絶対に勝てない。

 だから、これからもずっと、騙し騙し戦っていくしかないんだ。


(それでも、俺は……)


 戦う。

 そして、生き残る。

 俺を心配してくれる人に、これ以上心配を掛けない為に。

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