第127話 知らないうちに指名手配

 厚い雲が空を覆って居る午後。

 俺達は目的地である帝都に辿り着き、入り口にある大きな街門を見上げる。

 付近に街人の姿は無く、居るのは門を守る兵士のみ。

 悪魔との戦いが激化しているせいか、かなりの数の兵士達が門を守って居た。


「……やっと、ここまで来たな」


 ポツリと言って、小さく息を付く。


 勇者の親友役として、俺はこの異世界で『作られた』。

 作ったのは、この帝都で女王をして居る女性。

 勇者の仲間を集めて、崩壊に向かって居るこの世界を守る為に、異世界から召喚された祖父の遺伝子を使って作られた。


 今思えば、俺の行動は滑稽だったと思う。

 異世界の記憶があるとは言え、自分の存在を全く疑わずに、彼女に言われるがままに、親友役として生きて居たのだから。


 だけど、それを悔やんで居る訳では無い。

 むしろ、今は感謝している。

 彼女の決断のおかげで、俺はこの世に生まれて、今ここに居られるのだから。


(リズ……)


 リズ=レインハート。

 俺を作った、この国の現女王。


(俺を作った事を、後悔して居るだろうか)


 真実を知り、彼女と別れたあの時。

 彼女は、悲しそうに笑って居た。


(……)


 その時の表情を思い出す度に。

 心が……痛む。


 だからこそ。

 もう一度会わなくてはならない。

 彼女の行いが、悪しき事では無かったと証明する為に。

 俺が作られた親友役では無く、一人の人間である事を証明する為に。


「よし!」


 気合を入れ直して前を向く。

 彼女の居る城までは、真っ直ぐ一本道だ。

 今の俺を妨げるものは何も無い!


 ……はずだったのだが。


「ちょっと待て」


 街門をくぐろうとした所で、兵士の一人に足を止められる。


「お前、どこかで……」


 窺うように俺を見て来る兵士。

 今は悪魔との戦いの最中だ。街の入り口に検問があったとしても、何も不思議は無い。


(これは……まずい)


 緊張しながら兵士に苦笑いを見せる。

 改めて考えてみたら、この街の現女王はリズだ。

 あのリズだ。

 キズナ遺跡で別れた時の事も考えると、締め出される可能性は大いにあり得る。


「お前……」


 いやいや。

 それでも俺は、リズの事を信じるよ?

 長く一緒に居た俺を、門前払いだなんて……


「ミツクニだな!?」


 ああ! 駄目っぽい!


「ミツクニだ! 手配書のミツクニだぞ!」


 怒りの表情で集まって来る兵士達。

 これは確定ですな。

 どうやらリズは、俺を帝都に入れる気が無いようだ。


「大量殺人犯のミツクニだ!」


 ……と、思って居たのだが。

 兵士の言葉を聞き、考えが一変する。

 幾らあのリズだとしても、俺を大量殺人犯に仕立て上げるのは、度が過ぎている。


(王の差し金か?)


 王。

 リズの祖父で、俺のクローン元。

 今こそ敵対しては居るが、俺自身の性格から考えると、そこまでの事はしそうに無い。


(そうなると……)


 再び考えを巡らせる。

 しかし、考えがまとまる前に、一人の兵士が俺に向けて剣を振り下ろして来た。


(おっと!?)


 頭上に降りて来た剣を避けて、周囲を窺う。

 明らかに俺を殺そうとして居る兵士達。

 この状況はどう考えても、リズや王が意図的に仕向けた感じでは無い。


(これは……帝都で何か起きてるな)


 俺にとって非常にまずい展開。それが、この帝都で発生してしまったようだ。


(まあ、それでも行くんだけど)


 次々と突進して来る兵士達。その攻撃を最小限の動きでかわしながら、街門を潜り抜けた。


(リズにしては警備が甘いな)


 魔力が無い為に、俺はこの世界の人間に察知されにくい。

 とは言え、今は悪魔との戦いの最中だ。

 それを考えれば、こんな街門の側では無く、もっと遠方で見つかって居ても不思議は無い。


(つまり、それが出来ないほどに、中で大変な事が起きて居ると言う事か)


 リズやこの街に居る重役達の事を考えると、それが正解だろう。

 それならば、尚更その誰かに、早く会わなくてはいけない。


「よっと」


 突っ込んで来る兵士のすり抜けて、特殊銃の弾丸を屋根に向けて飛ばす。

 ワイヤーを巻き取って空を飛ぶと、流石に兵士達は着いて来られなかった。


「相変らず空への警備が薄いなあ」


 くるりと一回転して、赤い屋根の上に飛び乗る。それと同時に、先に侵入して居たベルゼが、屋根の下から現れた。


「すまない。少々遅くなった」

「大丈夫。それより、どうしてこの街は、こんなに空の警備が薄いんだ? 空を飛ぶ悪魔や魔物だって存在するはずなのに」

「恐らく、空を飛べる存在が少数だからだろう」


 頭の上でクルリと回るベルゼ。


「この世界には魔法が存在する。その遠距離攻撃の多様性を考えると、空の守りを固める理由が無いと考えて居るのかも知れない」

「ふうん、そんなもんかね」


 軽く返事をして、次の屋根に飛び移る。


「それより、既にトラブルに巻き込まれてしまったようだな」

「その言い方だと、もう原因を掴んで居る感じ?」

「いや、全てを掴んだ訳では無い」


 後ろの屋根から兵士達が登って来たが、遺跡で(フランが勝手に)改造した特殊銃のスピードに、誰も追って来られない。


「街の至る所に、ミツクニの手配書が貼られていた。そのせいで、街中に兵士が大量に投入されていて、出歩いて居る街人も少ない」

「まあ、俺は大量殺人犯らしいから」

「心当たりは?」

「面白い事を言うなあ」


 俺の背中に張り付きながら、ベルゼがキュイっと音を鳴らす。

 いつも一緒に居てくれるベルゼが、俺の事を分からないはずが無いだろう。


「ベルゼが冗談を言うなんて、珍しいな」

「気を紛らわそうとしたのだが、杞憂だった様だ」

「いや。少し気がほぐれたよ。ありがとう」


 小さく笑い、背の高い屋根に飛び乗る。


「さてと、この騒ぎなら、誰かが迎えに来ても良い気もするけど」

「逆に、意図的に来ない可能性もある」

「そっちの方が可能性ありそうだな」


 これほどの大事になって居るのだ。俺の事を知って居る人間ならば、安全な場所で待って居る確率の方が高い。


「行くならハルサキ家だろうな」

「私もそれを支持する」


 ハルサキ家。

 俺の師匠が住む家。

 この街で強い権力を持って居るので、入り込めたら街の兵士も簡単には追って来られないだろう。


「この状況で入れてくれると思うか?」

「間違いなく」


 それを聞いて再び笑う。

 ハルサキ家の人間に、周囲の意見など通用しない。

 もし俺が本当に大量殺人犯ならば、招いて話を聞いた後に殺してくれるだろう。

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