第128話 逃走のカリスマ
特殊銃のワイヤーで屋根の上を飛び回り、街の郊外へと出る。
そこにあるのは、この街の貴族達が住む、高級住宅街。
地位の高い人間が多く住んで居るので、警備はより厳重かと思ったが、入ってみると予想よりも警備の数が少ない。
不思議に思い観察してみると、それぞれの屋敷の入り口に、街の兵士とは明らかに違う戦士達が待機して居るのが見えた。
「街の兵士達は信用出来ないって所か?」
「単純に守備を強化して居るだけとも考えられる」
「そうだな。一応兵士も巡回して居るみたいだし」
高級住宅街を巡回して居る兵士達。
街の騒ぎを聞きつけて警戒はして居るが、歓楽街の兵士達のように無造作に行動せずに、各々が持ち場をきっちりと守っている。
その姿は、明らかに歓楽街の兵士達より、上位の面持ちだった。
「ここを抜けるのは、厳しい感じだな」
「うむ、一筋縄では突破出来ないだろう」
とは言え、ここまで来て諦める訳にもいかない。
「ベルゼ。あの方法で行くから、後で空から追って来てくれ」
その言葉を聞いて、ベルゼが左右に動く。
「大丈夫なのか?」
「まあ、対人で試した事は無いけど、大丈夫だろ」
そう言うと、ベルゼは上下に動き、黙って空へと飛んで行った。
高級住宅街の入り口に取り残された俺。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後、静かに口を開く。
「ウェル」
俺の呼び声に答えて、何処からともなく現れる白い光。
時を操る精霊、マクスウェル。
「少し手伝ってくれるか?」
嬉しそうに飛び回るウェル。
どうやら、手伝ってくれるようだ。
「よし、行くか」
言葉と同時にウェルの能力を発動。
周囲が白と黒に変わり、動いていた景色が止まる。
(最初は……)
視線の先にある大きな樹木。
そこまで走り、特殊銃で上に登って時を動かす。
(八秒)
時を止めた時間。
その反動で、止めた時間分動けなくなる。
(次は……)
再び時を止めて、通りの端にあるゴミ箱に入る。
今度は七秒。
誰かがごみを捨てに来ないかと、少しだけドキドキした。
(いやー、見つからないなあ)
そんな事を思いながら、今度は止まっている馬車の下に潜り込む。
すぐ近くを兵士が歩いて行ったが、全く気が付く様子が無い。
精霊の森で獣にこれを試した時も、やはり気付かれなかった。
(魔力が無いから、気配を読み取れないんだろうな)
雫とも話した通り、この世界の生命力は魔力だ。
木や水などの自然物にさえ魔力が通って居るのだから、それが無いとなれば、存在が無いと同意義。
更に俺は、日本に居た頃(の記憶)はボッチだったから、周りに気付かれないのは得意中の得意なのだよ!
(さてと……)
再び何度か時間を止めて前進すると、ハルサキ家の入り口が見えて来る。
広い敷地の中心にあるハルサキの屋敷。
この先は身を隠す遮蔽物も見当たらない。
(……もう大丈夫かな)
都合の良い事に、周囲に兵士の姿は無い。入り口にはハルサキ家の武闘派メイドが居るが、兵士を呼ぶような真似はしないだろう。
そう思い、俺は時を止めるのを止めて、堂々とハルサキ家の入り口に向かった。
ハルサキ家の入り口に近付くと、メイド達が俺の存在に気が付く。
その瞬間、メイド達から放たれる殺気。
流石に異様な雰囲気を感じたが、面識が無い人達では無かったので、そのまま声を掛ける事にした。
「こんにちはー」
あいさつに答えてくれないメイド達。
おかしい。
今までの付き合いから考えると、もう少し歓迎されても良いと思うのだが。
「ええと……色々あって戻って来たので、師匠に挨拶したいのですが」
一応敬語で話してみる。
しかし、メイド達は俺を睨み付けたまま、全く微動だにしなかった。
「あの……」
「お前をここには入れられない」
聞き覚えのある声。
メイド達の後ろから現れたのは、勇者ハーレムの一角、メイドヒロインの零だった。
「零。久しぶり」
「ああ、そうだな」
相変らずの無表情。笑えばとても綺麗なのに。
まあ、それを言ったら殺されるのだが。
「白いな」
一瞬迷ったが、髪の事を言われたのだと分かり、小さく笑う。
「驚きの白さだろ?」
「そのまま消えてしまえば良いのに」
「よーし。相変らずだな」
キレのある突っ込みに満足する。
これですよ。
最近こういうのが無かったから、少し気持ちが良いです。
「それで、どうして俺は、ハルサキ家に入れないんだ?」
「……何も知らないのか?」
「知らないうちに、大量殺人犯になって居たのは知ってる」
それを言った途端、周りに居たメイド達が怒りを爆発させた。
「本当にそれしか知らないの!?」
「あれだけの事が起こったのに!」
「やっぱりただのキモオタなんだわ!」
言いたい放題だが、特に反論はしない。
何故ならば! 俺は自分がキモオタだと認めて居るからね!
「零! やっぱり信用出来ないよ!」
「追い返そう!」
メイド達の罵声に囲まれながら、真っ直ぐにこちらを見ている零。
その瞳は……真剣だ。
「追い返すのか?」
少し笑みを残したまま、問いかけてみる。
すると、零は全く表情を変えずに、ゆっくりと口を開いた。
「ヨシノ様からは、我々の自由にして良いと言われて居る」
なるほど。
それならば、俺がやる事は一つだ。
「それじゃあ、無理やり通る事にするよ」
通すな。では無く、自由にしろ。
その言葉は、通れるなら通っても良いという、ヨシノからの副音声だ。
「調子に乗るな!」
一人のメイドが武器を構えたその瞬間、景色がモノクロになり時間が止まる。
(悪いな。昔とは違うんだよ)
髪が黒い頃の俺だったら、メイド達の攻撃を躱して、屋敷に入る事など出来なかっただろう。
だけど、今の俺の髪は、驚くほど白い。
白くなるほど頑張って強くなったから、メイド達を傷付ける事無く、すんなりと屋敷に入る事が出来た。
(さてと……)
速足で屋敷の入り口を抜けて、中庭へと向かう。あそこは遮蔽物が多いから、時間停止を解いても隠れる事が出来るだろう。
(動けない状態で見つかったら、流石に捕まるからなあ……)
そんな事を思いながら、中庭に足を踏み入れた直後。
俺の視界に入る、一人の女性。
(……どうして)
彼女はリズと共に居ると聞いた。
だから、この場所には居ないと思って居た。
(ああ……そうか)
だけど、考えてみろ。
一緒に居ると言っても、四六時中一緒に居る訳では無い。
ここに彼女が居たって、何の不思議も無いじゃないか。
(……シオリ)
モノクロの景色が破裂して、ゆっくりと動き出す時間。
反動で動けなくなる俺。
そして、こちらに気付く彼女。
勇者ハーレムの一角。
王道ヒロイン、シオリ=ハルサキ。
勇者ハーレムの中で、俺が最も会いたかった……大切な人。
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