第107話 ツンデレビンタ頂きました

 精霊の森での生活を終えて、仲間達を助ける為に旅に出た俺達。森の入り口でウィズと合流して、魔物達が住んで居る魔物領を目指す。

 その途中の出来事。


「強硬派の街?」


 俺の言葉にウィズが頷く。


「今は誰も住んで居ないんじゃなかったのか?」

「少し前まではそうだったのだが……」


 間を空けてウィズが再び口を開く。


「ミツクニは、魔法学園が悪魔に落とされた事は、知って居るよな?」

「ああ、知って居る」

「魔法学園では、魔物達と協力して攻めて来た悪魔達に対抗して居たのだが、学園が落とされた時に、学生達と魔物が散りじりになってな」


 そこまでは知って居たので、黙って頷く。


「多くの人間や魔物は帝都や遺跡に避難したのだが、少数の学生と魔物達が非難に失敗して、強硬派の街に避難して居るんだ」


 それを聞いて、ヤマトの方を向く。


「ヤマト、救助出来なかったのか?」

「それが……」


 ヤマトが困った表情に変わる。


「色々と事情があって、救助が出来ていないんだ」

「ふうん、そうなのか……」


 その事情が気になったが、ヤマトが言おうとしないので、追及しない事にする。


「それじゃあ、まずはそこに行くか」


 特に考える事も無く即答。

 その言葉に、ウィズがふっと笑った。


「流石は我が夫だ」

「だから、俺はそれを了承して無いぞ」

「関係無い。もう私の中ではそうなって居るのだ」


 これは、押しかけ女房と言う奴だろうか。

 とにかく、その救助されて居ない魔物達を助ける為に、俺達は強硬派の街に向かう事にした。



 視線の先に強硬派の街が見える。

 厚い石壁に囲まれた堅固な街。

 そのはずだったのだが、石壁は無残にも崩れ去り、その奥に見える街も建物が崩れていた。


「本当に、ここに魔物達が居るのか?」


 俺の問いにヤマトが頷く。


「建物は壊れて居るけど、街自体が要塞化しているから、中に居る人達は無事だよ」


 それを聞いて少しだけほっとする。

 しかし、目に見える崩壊を前にして、安心しては居られない。

 とにかく、街に入って様子を見なければ……


「……!」


 街の中がはっきりと見え始めたその時。

 入り口に居た人間がこちらに気付き、猛スピードでこちらに走って来る。


「あれは……」


 遠目であっても、彼女を見間違える事は無い。

 金髪ツインテール。魔法学園の人気者でありながら頑張り屋で、ツンデレヒロインの王道を行く、その名は……


「ミツクニィィィィィィ!」


 突っ込んで来た勢いのままビンタ!

 俺はそれを左頬に受けて、三メートルほど吹き飛んでしまった。


「馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!」


 その場で地団駄した後、倒れている俺の胸倉を掴み、宙へと持ち上げる。

 そして……再びビンタの応酬!


「馬鹿! バカバカバカァァァァァァ!」


 いや、うん!

 分かった! 分かったから!

 このまま続けられたらガチで死ぬから!


「馬鹿ぁ……」


 ビンタが終わり、ポロポロと涙を流す女子。

 勇者ハーレムの一角、エリス=フローレン。


「精霊の森に逃げ込んで……一人でぬくぬくと生きて……」


 ボロボロの顔で鼻をすする彼女を見て、心が締め付けられる。


「……ごめん」


 謝罪と同時にビンタ!

 すんごい速い! 避けられない!


「本当に大変だったんだから!」


 瞳に涙を溜めたまま睨み付けられる。


「学園は占領されて! 皆散りじりに逃げて! 私は戦えない魔物を先導して! こんな所に追い詰められて……!」


 こちらを見詰める目はとても怖いが、今の話で何となく分かった。

 つまり、彼女は戦えない人達を先導して、ここに行き着いてしまったという事か。


「もう……本当に……」


 エリスが言葉に詰まる。

 何か言葉をかけたいが、これだという言葉が浮かんで来ない。

 だから、俺はもう一度言った。


「ごめん……」


 はいビンタ!

 仕方ない! これは仕方ない!


「それで、どういう状況なんだ?」


 俺が尋ねると、エリスは涙を拭い切り、凛とした表情で口を開いた。


「学園が占領された後、悪魔の追撃を避けながら、ここまで辿り着いたの。そしたら、ヤマトが丁度助けに来てくれた。それで、ヤマトと一緒に魔物の首都であるベネスに向かおうとしたんだけど、一つ問題があって」


 エリスが街の先を見つめる。


「この街とベネスの間に、超大型の悪魔が居て進めないの。攻撃しようにも魔法が効かないし、何より戦力が少なすぎて……」


 言っている途中で、エリスが再び俯く。

 何も言わなくなったので、今度はヤマトに尋ねる事にする。


「他の場所に逃げる選択肢は無かったのか?」

「そうしたかったんだけど、ここに居る人達の体力では、他の街まで行ける状態じゃなかったんだ」

「なるほど」


 つまり、その超大型の魔物を倒して、最短でベネスに行くしか、皆が助かる方法は無かったと。

 しかし、勇者であるヤマトが倒せない敵となると、俺達が来てもどうなるか分からないぞ?


「とりあえず、その魔物を見てみるか」


 何事も見ない事には分からない。

 俺達に何が出来るかは分からないが、やれるだけやってみよう。



 街の裏手に辿り着き、高台からベネスがある方向を見つめる。

 視線の先には、うっすらと見える悪魔の姿。

 俺は便利袋から望遠鏡を取り出すと、倍率を上げてその悪魔を眺める。


(あれは……)


 黒い煙をまき散らしながらその場に佇んでいる、巨大な白い塊。

 その姿は、やはり妖怪の形を模していた。


(がしゃどくろ……)


 異世界では死者の残骸が集まって出来た骨の塊と称されているが、骨の一つ一つがはっきりとしていて、残骸が集まって出来たようには見えない。

 例えるならば、巨人の骨格がそのまま動いているという感じか。


「健康的な骨だな」


 エリスのビンタ!

 よーし! こいつに冗談は通じないぞ!?


「あれ、本当に魔法が効かないのか?」

「効かないわよ」

「そうか。炎の魔法とか、もの凄く効きそうなんだけどなあ」


 そう言うと、エリスががしゃどくろの方を向き、何やら呪文を唱え始める。

 そして、両手を天に掲げるエリス。


「メギド!」


 両手から空に放たれる光。

 次の瞬間、がしゃどくろの上に光が差し込み、猛烈な量の炎が降り注いだ。


(……マジか)


 少しの沈黙。

 やがて炎が消えると、全くものともして居ないがしゃどくろの姿が現れた。


「ほらね?」


 ほらね? じゃないですよ。

 サラリと魔法を使ったけれど、とんでもない規模でしたよ?

 どこまで成長したんだ君は。


「とにかく、魔力を含んだ攻撃は全て効かないの」

「ヤマトの精霊魔法は?」

「僕の精霊魔法は近距離迎撃用だから、あんなに大きい敵には通用しないんだ」


 つまり、相性が悪いと。

 それじゃあ仕方ないですよね。


「もう少しでこの街の食料も尽きそうだし、八方塞がりよ……」


 エリスがため息を漏らす。

 正直な話、ここに居る戦えない人達を置いて、逃げるという選択肢もあっただろう。

 だけど、彼女はそれをしなかった。

 普段はお高くとまっているように見えるが、本当は誰よりも優しい女性なのだ。


「何よ。じろじろ見て」

「いや、エリスは格好良いなと思って」


 はいビンタ!

 褒めると怒る! これぞツンデレの王道!


「馬鹿言ってないで、何か良い方法考えなさいよ」

「考えなさいよって……」


 俺は小さくため息を吐く。

 表情に出さないようにしているけど、エリスはもう安心しきって居るようだ。

 まあ、そういう所も彼女の魅力の一つ……


「ミツクニ」


 背中に突き刺さるウィズの声。

 ああ、そうね。

 彼女は俺の心をピンポイントで読みますものね。


「ああ、うん。そうだなあ」


 小さくせき込み、皆の方に振り返る。


「とりあえず、食料の問題を解決しようか」


 さらりと言うと、エリスが目を見開いた。


「ア、アンタねえ……そんなに簡単に解決出来るなら、私がこんなに苦労するはず……」

「はい」


 俺は横にあった便利袋を差し出す。


「……何よこれ」

「便利な袋」


 はいビンタ!


「ふざけてるなら、もう一発行くけど?」

「いや、その前に、説明をさせて下さい」


 そう言った後、便利袋をまさぐる。

 取り出したのは、一個のリンゴ。


「なるほどね。どうやらもう一発……」


 二個。三個。百個……

 便利袋をひっくり返すと、大量のリンゴがその場にゴロゴロと落ちて来た。


「この袋は、見た目以上に物を入れられる、魔法の袋なんだ」


 これ以上出すと邪魔になりそうなので、一度袋を閉じる。


「精霊の森に居た三か月間。皆でひたすら食料を集めまくった。この街に居る全員が腹一杯食べてもまだまだ余るから、とりあえず腹ごしらえをしよう」


 ポカンとした表情を見せるエリス。

 俺だって、森で何もしていなかった訳では無い。こういう事が起こるだろうと予想して、仲間と色々と準備をして居たのだ。


「さあ、街に戻って炊き出しだ」


 便利袋にリンゴをしまって歩き出す。

 あの邪魔な悪魔の退治は、今まで苦労して来た皆の笑顔を見てからにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る