第14話 眼鏡っ子は眼鏡を掛けて居ても可愛い

 先日から俺の部屋に猫が住み着いた。

 その猫は全てを見透かす猫で、俺が居た元の世界の事も知っている。

 魔法使い。魔王。賢猫。

 勇者では無いはずの俺の周りにも、優秀な人材が集まってきている。

 もしかしたら、俺にも何か特別な役割があるのかも知れない。


「スカしてるんじゃないわよ」


 リズの鉄球が腹にめり込み、体ごと壁に打ち付けられる。

 これは……いつもの二倍の威力だ!


「彼方はただのモブなの。わきまえなさい」

「お前……俺の心を読んでないか?」

「そうね。最近はミツクニを見ると、何を考えているか分かるようになってきたわ」


 流石は魔法使い。人の心を読むのもお手の物という事か。

 しかし、これは非常に不味い。

 このままでは不純な事を考える度に、リズの鉄球を食らう事になる。


「無だ……俺は無になるのだ」

「そのまま消えてしまえば良いのに」

「消える事は出来ないが、空気になる事なら出来るぞ?」

「自分で言わないで。悲しくなるから」


 ボッチが使える空気になる技術。俺はそれを、忍者が使っていた隠形術と同じだと考えている。


「馬鹿な事を考えていないで行くわよ」

「はい、了解です」


 今日は図書館の前で、ヤマト達と会う約束をして居る。あまり遅くなっては申し訳ないと思い、俺達は速足で向かう事にした。



 長い廊下を延々と歩き、俺達はやっとの事で図書館に辿り着く。

 図書館の前には、待ち合わせをしていた三人が、既に到着していた。


「みつくにー!」

「はっはー。ミントは今日も元気だなあ」


 地震が起こって以来、ミントは今まで以上に俺に懐いている。喜ばしい事ではあるのだが、そのせいで魔法学園内では、ロリコン疑惑が浮上しているらしい。

 しかし、それは仕方の無い事だ。

 何故ならば! 俺が出会う同世代の女子達は、全員勇者の方に行くんだからな!


「みつくにー! 抱っこ!」

「はっはー。貧弱だから無理!」

「分かった! 我慢する!」


 ミントは物分かりが良くて助かるなあ。

 だけど、一応言っておくぜ?

 抱っこをしなかったのは、この後図書館で勉強をするからさ。

 決して貧弱だからでは無い!


「貧弱。早く行くわよ」

「名前が消えた!」


 リズの辛辣なツッコミに笑った後、俺達は図書館へと入った。

 中に入ると丸い空間が現れて、その壁にずらりと本棚が並んでいる。

 流石は魔法学園の図書館。広さは俺達の世界で言う所の、国立図書館並みだ。


「凄い本の量だな……」

「そうね。ここは世界中の本が集まって来るから」

「これじゃあ、目的の本が見つけられないんじゃないか?」

「自分で探すのはほぼ無理よ。だから、ここには専用の司書が居るの」


 中央にあるカウンターに座っている、眼鏡を掛けた女子。

 黒髪のおさげ。赤縁の眼鏡。清楚な物腰。

 分かっているさ。勇者ハーレムだろ?


「こんにちはー」


 声を掛けると、女子がビクリと体を震わせる。


「は、はい! 何でしょうか!」

「同じ制服を着ているけど、もしかして同級生?」

「はい! 司書見習いで入学しました! アキ=ニノミヤです!」

「俺はミツクニ。よろしく」


 軽く笑って手を差し出す。アキは緊張した面持ちで手を握り返して来た。


「俺の右に居るのがヤマト。左がリズ。足元に居るのはミント。後ろに居るのがジャンヌ。そして、俺の右に居るのがヤマトって言うんだ」

「はい、ヤマトさんですね。よろしくお願いします」


 何度も礼をするアキ。とても姿勢が良くて、まるでホチキスのようだ。

 しかし、俺の流れるような話術で、簡単に勇者掃除機に吸い込まれたな。素直な子は楽で助かる。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」

「魔物と人間の歴史について、教えて欲しいんだけど」

「分かりました。では、あちらの席で待っていてください」


 俺達が席に向かうと、アキはカウンターから出て、図書館の奥へと消えて行く。

 少しすると、何冊か本を持って俺達の席に戻って来た。


「魔物と人間の歴史については、これくらいですね」


 そう言って、机の上に本を並べる。

 各々が本を取って読み始めたが、俺が手に取った本は小難しい内容だった為、読むのを諦めてアキに話を聞いてみる事にした。


「アキは人間と魔物の歴史について詳しいのか?」

「はい。本の知識で良いのであれば、一通りは読みました」

「それじゃあ、幾つか質問して良いかな?」

「どうぞ」


 俺は本を閉じると、一番聞きたかった事を最初に聞く。


「いきなりだけど、魔物って何?」

「人間と同種の魔力を持った、人間以外の種族の事です」

「それは、動物とか植物も入るの?」

「人間と同種の魔力を持っている物なら、それに該当します」


 ここまでは予想通りだ。


「それで、人間と魔物って何が違うんだ?」

「大まかに言えば、体の構造です。人間は生まれた時から強い肉体と一定以上の魔力を持っていますが、魔物は肉体と魔力が弱い状態で生まれます」


 ヤマトやリズの身体能力から考えれば、それも納得出来る。

 問題は、ここからだ。


「それじゃあ、人間と魔物は、どうして争っているんだ?」

「それは……」


 言いかけて、アキは一度視線を落とす。

 そして、次に彼女の口から出た言葉は、衝撃の言葉だった。


「……魔物の一部が、人間と同等の地位を主張してきたからです」


 これに関しては、流石に動揺を隠しきれなかった。

 震える拳を必死に抑えながら、アキの言葉に耳を傾ける。


「昔、魔物は人間の支配下にありました。ですが、ある時魔物が人間と同等の地位を主張して、そこから争いが始まったと聞きました」

「つまり、人間逹にとって、魔物は下位の存在でしかない訳だ」


 それを聞いたアキが黙る。

 ようやく理解出来た。

 この世界の人間と魔物の立場は、旧時代の貴族と平民だ。


「……アキも魔物の事を、下位の存在として見ているのか?」


 俺が聞くと、アキは少しだけ俯き、小さく首を横に振る。


「私はそうは思いません。魔物の中にも私達と同じような文明を持ち、争わずに生きて行こうと考えている方々が、数多く存在しています」


 言った後、アキが顔を上げる。


「この学園の考えも同じです。ですから、ジャンヌさんのような魔物方を招いて、争わずに問題を解決出来るように努力しています」


 成程。だからこの学園は、ジャンヌ達を快く受け入れた訳だ。

 しかし、この国の人間達には、まだ魔物が『下位の存在』という風潮は強く残っているようだ。そして、これは簡単に拭いされる事では無いだろう。


「……良く分かった。アキ、ありがとう」


 お礼を言った後、大きく息を吐いて怒りを空に散らす。こんなに気分が悪くなったのは、本当に久しぶりだった。

 何とか気持ちを落ち着かせて、今度はヤマトに質問する。


「ヤマト。お前はどう思う? ジャンヌやミントを見て、下位の存在だと思うか?」


 質問に対して、ヤマトが難しい表情を見せる。

 しかし、直ぐに真剣な表情に戻り、ハッキリとした口調で言った。


「僕と彼女達は同じ存在だよ」


 それを聞いて、思わず笑ってしまう。

 それで良い。

 それでこそ、俺が望む勇者だ。


「ミツクニはどう思ってるのかしら?」


 リズが笑顔で聞いて来る。

 その質問を俺にするとは……良いのか?

 悪いが、俺は熱く語るぞ!


「彼女達の中には、人間以上に優れた五感を持った種族や、空を飛ぶ事すら出来る種族が存在する。それを一様に魔物と言う括りにするのは適切な表現では無く、それぞれが人間と同等、いや、それ以上の存在であり……」

「黙りなさい」


 お約束の鉄球! ありがとうございます!


「……とにかく、俺はミント達の事を、下位の存在とは思ってないよ。それどころか、人間より優れた種族だと思っている」


 だって、そうだろう?

 ジャンヌはヤマトと同じくらい剣の腕があるし、ミントの魔力は無限大だ。

 そして、何よりも……


(……みんな可愛いからな!)


 白髪! ロリっ子! 猫娘!

 そんな方々を生み出している魔族が、俺達より下なはずが無い!

 つうか、上とか下とか面倒臭え!


「動悸が不純なのよ」


 右頬に鉄球! また心を読まれたぜ!

 だけど、もうどうでも良いか!

 最近は鉄球の痛みも、少し気持ち良くなってきたしな!


「……お前は、本当に不思議な男だな」


 俺達の漫才を見てジャンヌが笑う。


「この学園の人間達は、私達を同等の存在と見ようとしながらも、どこかぎこちない視線で見ている。だが、ミツクニは最初から私達の事を、同等の存在として見ていた」

「同等じゃない。俺以上の存在だ」

「何故だ? 何故お前はそこまで言い切れるのだ?」


 そんなのは簡単だ。


「ジャンヌ達の事が、好きだからだよ」


 ジャンヌは勇者ハーレムの一角。俺が仲良くなる事は許されない。

 だけど、今日くらいは素直に答えても良いだろうと思った。


「そうか」


 それだけ言って、ジャンヌが天井を仰ぐ。

 その姿は、まるで何かの重荷を降ろしたような、そんな姿に見えた。



 放課後。いつものように屋上に出て、ヤマトの事を監視する。

 今日はジャンヌと合流して、楽しそうに話をしながら、訓練場の方へと歩いて行った。


「まあ、全部俺のおかげだけどな!」

「誰でも好きになるケダモノの癖に、随分と偉そうな事を言うのね」

「……すみません」


 今回の俺は、ジャンヌに告白をしただけ。

 いやー、危ない危ない。

 あそこで『私もだ』とか言い返されて居たら、リズに殺されて居ただろうな!


「それにしても、眼鏡っ子の眼鏡を外した姿が、見られなかったな」

「何よそれ」

「ラブコメの常識。眼鏡っ子は眼鏡を外せば美人」


 リズがいつものように、パックジュースを投げて来る。


「まあ、眼鏡をしていても、結局は可愛いんだけどな!」

「あら、ヤマトが羨ましいの?」

「イエス!」


 リズがいつものように鉄球を投げて来る。俺はパックジュースを素早く地面に置き、それを受け止めた。


「馬鹿め! タイミングさえ分かれば……!」


 二個目の鉄球!

 分かっていても避けられない物もある!


「……だ、大丈夫だって。勇者ハーレムとは絶対に恋愛しないから」

「本当でしょうね?」


 恋愛すれば世界が滅ぶ。

 彼女達が住んで居るこの世界を、壊す訳にはいかないからな。


「とりあえず、知りたい事は分かったし、俺は親友役に戻るとするよ」

「戻るも何も、彼方は最初から親友役よ」


 鼻で笑ってジュースを飲むリズ。

 そんなに俺は勇者っぽくないか?

 まあ、それ以前に、俺はこの世界の人間では無いからな。

 とにかく、今日もハーレム計画は順調だ。

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