第15話 猫が居るなら兎も居るだろう

 地震によって起こった魔族領地の縮小により、魔族内では政治が悪化して、中立である魔法学園に重要人物を保護して貰う種族が増えて来た。

 犬、猫、蛇、狐……今では様々な種族が、この学園に滞在している。

 しかし、俺が来るだろうと思っていた種族の姿は、未だに見つかって居なかった。


「猫が居るなら兎も居るだろう……」


 小声で言って芝生に寝転がる。

 今日はヤマトが課外授業に出ていて、放課後の訓練はお休み。しかし、俺はそれ以外にやる事が無いので、訓練場で昼寝をしていた。


(なぜ兎が来ないんだ? 猫が来たら次は兎じゃないのか?)


 猫と兎は多くの男子が望むであろう、二大獣人スターだ。それなのに、他の種族ばかりが集まって来て、肝心の兎が現れて居ない。


「兎は最近主流じゃないからか? しかし、昔は擬人化と言えば兎。バニーガールと言う衣装があるくらい、我が世界では兎が……」

「みつくにー!」


 突然空に少女が舞い上がり、俺の腹にドスリと飛び込んで来る。

 大ダメージだ! 鉄球より重いからな!


「ミ、ミント……今日は一人か?」

「うん! ジャンヌ忙しい!」


 ジャンヌは地震の前から学園に居たので、今や魔族側の代表となって居る。最近は他の種族の受け入れが多くなってきたので、忙しいのも仕方が無い。


「ミント。リズはどこに行った?」

「撒いたー!」

「はっはー。そうかそうか。逞しくなったなあ」


 あのリズを撒くとは。流石は魔王だぜ。

 だけど、学園内を一人で歩き回るのは、危ないからやめて欲しいな。


「それじゃあ、今日は俺と一緒に昼寝でもするか」

「うん!」


 ミントが俺の横に寝転がり、すやすやと寝息を立てる。俺もゆっくりと目を閉じて、そのまま意識を失っていった。



 不意に意識が戻り、ゆっくり目を開ける。

 目に映ったのは、オレンジ色の空。

 そして、兎耳の女の子。


(これは……夢か?)


 ぼんやりとした目で右を向く。

 そこには、気持ちよさそうに寝息を立てている、ミントの姿があった。


(……うん、夢だな)


 根拠は無いが、そういう事にしておいた。

 再び目を閉じると、今度は左側に気配を感じる。

 ゆっくりと目を開けてそちらを見ると、先程の兎耳女子が、何故か寝転がってこちらを見ていた。


「あの……どちら様ですか?」

「パル=バニー」

「ああ……よろしく」


 にこりと笑って再び眠りにつく。

 ……いや、つかない!


「兎!!!!」


 思い切り目を見開き、女子を真っ直ぐに見つめる。

 薄桃色の長い髪。はちきれんばかりのバスト。露出された美脚。


「き、君は、兎族の子かい?」

「うん。今日からここに居る」

「どうして俺の横で寝ているのかな?」

「気持ちよさそうだったから」

「そうか……」


 そうだなよあ。芝生の上で寝るのって、最高に気持ち良いからなあ。

 よし! 分かった! 俺と一緒に寝よう!


「死ね」


 上から鉄球! 今回は大きさが二倍!

 腹筋を鍛えるボクサーか!


「ミントが消えて慌てて居たら、イチャイチャしている許嫁が居たわ」

「ど、どうも……今日も夕日が綺麗だね」


 それを聞いたリズはニコリと微笑み、俺の腹から鉄球を持ち上げる。

 そして、また落とす。


「おぶし!」

「おぶし? 何それ。面白いわね」


 二回! 三回! 続けて落とす!

 ヤバい! 殺される!


「ま、待った……!」


 慌てて起き上がり、鉄球を持ち上げようとした両腕を掴んだ。


「これは偶然だ! ミントと昼寝をして居たら、突然彼女が現れたんだ!」

「あら? 私はこの兎の事なんて、一言も言っていないけど?」


 墓穴!


「どうしたの? 言いたい事があるのなら、ハッキリと言いなさいよ」

「……すみませんでした」


 再び落とされる鉄球!

 続けて落とされると思い、腹筋に力を入れたが、リズはそれ以上鉄球を落として来なかった。


「まあ、素直に謝ったから許してあげるわ」


 鉄球を持ち上げて、木陰にポイと捨てる。

 しかし、あの鉄球……一体どこから持って来て居るのだろうか。


「それで、結局この兎は何なのかしら?」

「ああ、今日からこの学園に来たみたいで、名前は……」


 そこまで言って、ハッとする。

 この展開は、もしかして……


「……名前は」

「パル=バニー。勇者ハーレムね」

「知ってたのかよ!」


 どうして最近の勇者ハーレムは、ヤマトでは無く俺の前に現れるんだ?

 などと思いながらも、このまま寝ているのは危険と感じて起き上がる。


「一緒に寝よ」


 起き上がったのに、パルに抱き着かれて、再び寝転がる。

 どうすれば良いんだよ。


「リズ、助けてくれ」

「今のミツクニには触りたくないわ」

「そうか」


 仕方が無いので、パルに抱き着かれたまま、気合いで起き上がった。


「このままヤマトの所に連れて行くか?」

「あら、出来るの?」

「ああ。こうやって、足を持って……」


 ゆっくりと背中に手を回した後、両足を抱えて持ち上げる。

 伝説のお姫様抱っこの完成だぜ!


「上手く抱える事は出来たが、このままではとても危険な気がする」

「そうね。兎だものね」


 リズもどうやら知っているようだな。

 兎。それは、動物界で最強の繁殖力を持つ動物。その血を受け継いで居るこの娘を、俺は今抱きかかえて居るのだ。


「そうだ! 縄だ! 縄で縛れば良い!」

「混乱しているわね」

「そりゃそうだろ! 兎だぞ! ウサ耳なんだぞ!?」


 今は眠っているが、起きたら本当に何が起こるか分からない!

 そして、何かが起きてしまったら、世界が滅ぶかも知れないのだ!


「世界が! この世界の運命が! 今俺の腕の中にある!」

「壮絶ね」

「笑えない! 笑えないぞぉぉぉぉ!」


 幸せと滅亡のスパイラル!

 ここに都合良くヤマトでも現れてくれれば……!


「あれ? ミツクニ君?」


 来たぜぇぇぇぇぇぇ!

 流石は異世界! ご都合主義ありがとう!


「ヤマト! 受け取れぇぇぇぇ!!」


 抱えていたパルをヤマトに投げつける。

 空中に舞ったパルはヤマトまで届かなかったが、ヤマトが素早く芝生に滑り込み、地面に落ちる寸前でキャッチした。


「ミツクニ君! 何をやってるんだよ!」

「すまん! しかし! これは世界の為なんだ!」

「せ、世界……?」


 ヤマトは分からなくて良い。

 とにかく、これでもう大丈夫だ。

 後はパルが目覚めてくれれば……


「ううん……」


 ゆっくりと目を覚ますパル。ぼんやりとした表情でヤマトを見て、フフッと笑う。


「私はパル=バニー」

「……ぼ、僕はヤマト」

「ヤマト。一緒に寝よ」


 首に手を回して、再び眠りにつく。

 オーケーだ。これでまた世界平和に一歩近付いたな。


「ねれ、ミツクニ君。この子どうすれば良いのかな?」

「そうだな。ジャンヌを見つけて預ければ、大丈夫だと思う」

「分かった。そうするよ」


 素直に頷き、歩き出すヤマト。

 ……いや、ちょっと待て。

 このままでは駄目だ。


「ヤマト」


 呼ばれたヤマトが振り向く。


「ジャンヌに会ったら、彼女が芝生で寝ていて、危なかったから連れて来たと言え」

「どうして?」

「良いから言え。余計な事は言うなよ」

「うん、分かった」


 よし。これでジャンヌに対するフォローはオーケーだ。

 ……いや、まだだ!


「ヤマト!」


 ヤマトに近付き、肩をガシリと掴む。


「これからジャンヌの所に着くまでに、お前は様々な女子に声を掛けられるだろう」

「そうなの?」

「ああ、間違いない」


 それこそが、ラブコメの王道にして伝統のイベント。『何よ、その女』だ!

 そして、素直なヤマトでは、慌てて答えを間違えるのは明白だ!


「良いか? もし他の女子に会って質問されたら、彼女が芝生で寝ていて、危なかったからジャンヌの所に送っている……と言え!」

「それ、さっき言ってた事と同じだよね」

「そうだ! そして、何を言われても、それ以外に理由は無いと貫くのだ!」

「本当にそれ以外に理由は無いけど……」

「分かっている! でも、そうするのだ!」


 ヤマトの目を真っ直ぐに見つめる。少しの沈黙の後、ヤマトは小さく頷いた。


「……分かってくれたか」

「うん。詳しくは分からないけど、ミツクニ君が本気なのは分かった」


 それで良い。

 それでこそ、お前はナチュラル勇者だ!


「さあ、行け! 勇者よ!」

「え? うん。分かった」


 パルを抱えて歩き出すヤマト。その小さな背中を、俺は細い目で眺め続けた。



 ヤマトの姿が完全に消えた事を確認した後、俺は再び芝生の方を向く。

 そこに居るのは、スヤスヤと寝息を立てるミントと、横で佇むリズ。

 俺はふうとため息を吐き、二人の元まで歩く。


「終わったの?」

「ああ、ヤマトの試練はこれからだけどな」


 ふっと笑ってミントの横に座る。


「悪いな。いつもミントを任せきりにして」

「良いのよ。ミツクニに任せたら、犯罪になってしまうもの」


 既に学園内ではロリコン扱いされて居るが、それはもう諦めた。


「こんなに小さいのに……魔王か」


 無邪気に寝息を立てるミント。

 その姿は何処からどう見ても、ただのゴスロリ幼女にしか見えない。


「こんな小さな子を、何で政治に巻き込むかね」

「仕方ないわ。そういう世界なのだもの」


 優しく微笑み、ミントの頭を撫でるリズ。

 異世界人である俺に、この世界の政治は適応しない。

 だから、ミントを政治の道具にしようとする輩は、俺が絶対に許さない。

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