第16話 ヤンデレと抗えない掟

 世界を救う為に勇者ハーレムを作り始めて、二ヶ月が経った。

 まるで星の引力に吸い込まれるが如く、女子達が勇者であるヤマトの周りに集まり、ついにヒロインは十人を越えた。

 ハーレムリストに載っている名前も半分くらい埋まったのだが、実はこのリストは少しずつ更新されていて、気が付けば名前が増えている事がある。

 つまり、まだ終わりは見えていないという事だ。


「あと何人居るんだよ……」


 生徒手帳に掛かれているリストを眺めながら、大きくため息を吐く。

 終わりの見えない作業と言うのは、精神的に辛い。

 せめて、一定数を越えたら報酬が貰えるとか、ご褒美でもあれば、気合も入るのだが。


「十人達成で伝説の剣とか、チート能力の付与とかさぁ……」

「そんな都合の良い展開、ある訳無いでしょう?」


 俺の理想をバッサリと否定するリズ。


「ぼやく暇があったら、次の勇者ハーレムを探しなさい」

「そうは言っても、今はまだ朝のホームルームだぜ? そんなに都合良く……」


 言っている途中で、生徒手帳がぼんやりと光る。そして、ハーレムリストに新しい名前が浮かび上がって来た。


「良かったわね。十人達成の報酬よ」

「これは報酬じゃない。追加の仕事だ」


 この感覚はあれだ。

 週末のノルマで仕事の終わりが見えない所に、追加の仕事が飛び込んで来る感覚。

 俺はまだ高校生だぞ! そういうのは社会人になってからで良いんだよ!


「いっそリストを破ってしまおうか!」

「破ったらミツクニの額にリストが出るわ」

「やっぱり破らない!」


 愚痴を言っても仕方が無い。黙って勇者ハーレム探しに専念しよう。

 それにしても、突然現れたリストの追加。これは一体どういう事なのだろうか。


(ヤマトが気に入った人間が、リストに出て来るとか?)


 ヤマトの性格から考えると、それは無さそうだ。


(異世界人が転移して来た時とか?)


 それだと、ヤマトと恋愛する為に転移して来たという事になる。

 ……これは、少しありそうで怖いな。


(無難に考えれば、世界の動きによって、必要な人材が増える……か?)


 そうなると、世界を救う人間は、全てヤマトに惚れるという事になる。

 大体、何でハーレムなんだ? 世界を救うのであれば、女子だけでは無く、優れた男子も探すべきだろう。


(まあ……男を集めたくは無いけどな!)


 ああ、良かった。とても腹は立つけれど、集める人間が女子で本当に良かった。


「おらー! お前ら席に座れー!」


 教室の前の扉が勢い良く開き、担任が入って来る。担任の名前は……勇者ハーレムになると困るからやめておこう。


「今日は転校生を紹介すっぞー!」


 ……そういう展開!?


「おら、入れ」


 教室の中に入って来る一人の女子。

 ギザギザの茶髪。鋭い目つき。長いスカート丈。一言で言えば、古い時代のヤンキーだった。


「ザキ=セスタスだ。仲良くしてやれよ」


 担任の言葉に合わせて首礼をした後、フーセンガムを膨らます。

 うわー。古典的なヤンキーだ。怖いなー。


「ザキは……そうだな。ヤマトの横だ」

「うーい」


 カバンをクルリと背負い、腰を曲げて歩く。通り過ぎる度に生徒が彼女の事を話していたようだが、お構いなしだった。

 ザキが席に座ると、担任が話を始める。


「そんじゃあ、今日は一時限目自習。よろしくー」


 そして、話を終えて教室からいなくなる。

 特に指示を受けなかった自習時間。各々が勉強や遊びに勤しむ。俺は生徒手帳を眺めながら、何度もため息を吐いていた。


「ため息を一つ吐く度に、幸せが一つ逃げるのよ」

「大丈夫だ。ちょうど今逃げたから」


 もう一度ため息を吐き、先程ハーレムリストに増えた名前を指差す。

 その名前は、ザキ=セスタス。


「ご愁傷さま」

「他人事みたいに言うなよ。つか、何だこれは。予言者の嫌がらせか?」

「そうね。今回はポッと出感が大きいし」

「ポッと出でヤンキーと絡ませられるのか……」


 流石に今回の展開にはうんざりしたが、予言書に文句を言っても仕方が無いので、大人しく指示に従う事にした。

 覚悟を決めて、俺は斜め後ろに振り向く。


「よう転校生! 俺はミツクニ=ヒノモト! よろしくな!」

「ああ? 死ねよ」


 ひぃ! 一言目で死ね言われたぁぁ!


「こいつはヤマト。その横はシオリ。俺の横に居るのはリズな」

「てめえ、話聞いてんのか?」


 聞いてます! だけど、無視しています!

 私はチキンなので! こうでもしないとお話が出来ないのです!


「こう見えても、ヤマトは剣の使い手なんだぜ?」

「聞いてねえし」

「この間も授業で魔法兵千人切りを達成して……」

「聞いてねえよ」

「そう言えば、ザキはどこから転向して来た……」

「聞いてねえっつってんだろ!」


 ザキが何も無い空中から木刀を取り出す。

 これは……武器召喚か!?


「ふっ!」


 ザキが木刀を振り下ろす。

 俺の額に当たるかと思ったその瞬間、ヤマトが静かに手を差し出して、指一本でそれを止めた。


「……へえ、やるじゃねえか」


 ヤマトを見て微笑むザキ。

 何も無い所からの武器召喚は、召喚術の中でも難易度の高い術だと聞いた。それを詠唱無しで行うなんて、こいつは相当凄い奴なんじゃないか?


「それじゃあ、これならどうだ!」


 ザキが小さなリボルバーを召喚して、ヤマトに向けて構える。

 しかし、ヤマトは直ぐに手を伸ばして、撃鉄を抑えて弾の発射を止めた。


「……面白えな」


 満足そうに微笑み、リボルバーを消す。


「お前、確かにやるようだな」

「いや。ザキさんの武器召喚も凄かったよ」


 木刀から手を放すヤマト。ザキもゆっくりと肩に木刀を戻す。


「この学園の奴らは、皆お前くらい強いのか?」

「うん、強いよ」

「そうか。そりゃあ、来た甲斐があったな」


 満足そうな表情を見せるザキ。この女、他の人間とも戦う気満々のようだ。


「おい、ミツクニっつったか」

「はい!?」

「お前は何が出来んだ?」

「何って……何ですかね?」

「はあ? この学園の奴らは強いんだろ? お前も何か特技くらい持ってんだろ」


 いや、あれはヤマトが勝手に言い出した事でして。俺なんて、本当に何も出来ないキモオタ……


「見せてみな!」


 ザキが再び木刀を振り下ろす。

 その木刀を、俺は額で受け止めた。


「……ふっ」


 額から血を流しながらニヤリと笑う俺。


「凄く痛い」

「真面目な顔で言うんじゃないわよ」

「だって、物凄く痛いんだぜ?」

「はいはい。良かったわね」


 何事も無かったように本を読むリズ。

 俺は意識を保つので精一杯だ!!


「とまあ、このように、全ての人間が強いとは限らないんだ」

「……あ、ああ。そうなのか」


 ポカンとした表情のザキ。俺は小さく頷いた後、額から血を出したまま正面を向く。

 目標は無事に達成した。これ以上彼女に関わるのは止めておこう。


「お、おい……」


 そう思ったのに、再び呼ばれてしまったので、仕方なく振り向く。


「何でしょうか」

「何で周りの奴は騒がないんだ?」

「それは、どういう事でしょうか」

「どういう事って……同じ組の奴が、額を割られたんだぜ?」

「ああ、こんなのは日常茶飯事だから」


 リズの鉄球。ヤマトのうっかり。シオリの力加減ミス。この組の生徒達は、貧弱な俺が怪我をするのに慣れて居るのです。


「そういう事だから、ザキも気にしなくて良いから」

「……」


 微笑んだ俺に対して、何も言わないザキ。しかし、直ぐに木刀を消して、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、ポケットからハンカチを取り出して、俺の血を拭い始めた。


「……悪かったな」


 ぽつりと言って、血の付いたハンカチをポケットに戻す。

 なるほど。彼女はヤンデレ(ヤンキーデレ)だったのか。

 ……うむ、可愛いな。凄く可愛い。


「ザキは優しいんだな」

「な、何言ってんだよ……こんなの普通だろ?」


 自分の席に座って視線を逸らすザキ。

 いかん! 俺の勇者ハーレムとイチャイチャしたい病が!


「その鞄に付いてる犬の人形、ザキの手作りか?」

「……あ、ああ。何で分かるんだ?」

「俺、そういうの分かるんだ」


 ヤンデレは可愛い物が好きで家庭的。俺のラブコメ知識から考えれば、そんなのはすぐに分かるのだよ。


「友達に可愛い物好きな奴が居てさ。良かったら俺にも作ってくれないかな」

「そうなのか? それなら……」


 ザキが鞄に手を突っ込む。

 そこから出てきたのは、猫の人形だった。


「これで良ければ……」

「良いのか?」

「ああ、大切にしてくれるなら……」


 差し出される人形。それと一緒にザキの手も握る。


「ありがとう。嬉しいよ」

「そ、そうか……良かった」


 照れた表情で頬を掻くザキ。


「この子の名前は?」

「な、名前なんて付けてるはず……!」

「あるんだろ?」

「……ニャン吉」

「ニャン吉か。分かった。友達に渡す時に、きちんと教えておくよ」


 人形を受け取って微笑みかける。それを見て、ザキも嬉しそうに微笑んだ。

 こうして、俺とザキの間には、友情以上の何かが芽生えて……


「死ね」


 おおっと! ここでレフェリーストップ!

 セコンドから飛んできたのは、タオルじゃなくて鉄球だぁぁぁぁ!


「それ以上やったら、百回殺すわよ」

「……すみません」


 頬を撃ち抜いた鉄球を戻して、何事も無かったかのように本を読むリズ。

 相変らず容赦の無い奴だ。


(やれやれ……)


 ザキに軽く挨拶をして正面を向く。

 リズは俺がハーレムと仲良くなる事を心配しているようだけど、大丈夫だよ。

 どんなに彼女達に惹かれようとも、俺が彼女達と仲良くなる事は無い。

 彼女達の世界を救う為に、俺自身がそうすると決めているのだから。

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