第13話 和猫も良いがここは洋猫

 赤い月の翌日。地震で損傷した校舎の修繕も兼ねて、魔法学園は休みとなった。

 早々に部屋の片付けを終えた俺は、同じく片付け終わったヤマトを誘って、訓練場へと足を運ぶ。昨日の事を考えると、体を動かさずにはいられなかった。


「はっ! はっ!」


 小刻みに呼吸をしながら、剣を振る練習をする。ヤマトに比べれば子供のお遊びのようだが、やらないよりはやっておいた方が良い。

 それに、体を動かしていると、余計な事を考えなくて済む。


(……ミント)


 そう思っていたのに、昨日からミントの事が、どうしても頭から離れない。

 俺の周りを跳ねまわっていた彼女。肩書きこそ魔王だが、その無邪気な笑いには、いつも心を和まされていた。


(俺は……こんな事をしていて良いのか?)


 ミントの笑顔を思い出す度に、心が強く締め付けられる。

 彼女は人間の敵、魔物の一族。しかし、異世界人である俺には関係ない。


「くそっ!」


 全力で剣を振るう。力任せに振っても駄目だとヤマトに教えられていたのだが、それでも止める事が出来なかった。

 やがて、腕が痺れて剣を振れなくなり、地面に剣を刺して寝転がる。


(駄目だ! やっぱり待っていられない!)


 世界の事を考えれば、大人しくここに留まって、勇者ハーレムを作る事に尽力するべきなのかも知れない。

 しかし、俺にだって大切なものがある。


「……行こう。探しに」

「だれをー?」

「勿論、ミントだよ」

「どうしてぇ?」

「心配だからに決まってるだろ……!」


 大きく目を見開き、ゆっくりと横を向く。

 そこに居たのは、しゃがんで首を傾げている、ミント=ルシファー。


「ミント!」

「ふぇ?」


 素早く立ち上がり、ミントを思い切り抱き上げてぶん回す。


「お前……! 全く……! どこに行ってたんだよ!」

「あのねー。おうちに帰ってた!」


 ぶん回し疲れたので、ミントをゆっくりと地面に降ろす。


「……大丈夫だったか?」

「うん! みんな元気だったよぉ!」

「そうか。良かったな……」


 無邪気に笑うミントの頭を、優しく撫でまわす。

 本当に……無事で良かった。


「でも、こんな所に居て大丈夫なのか?」

「ふぇ?」

「だってお前、魔王なんだろ?」

「それについては、私から答えよう」


 後ろから声が聞こえて振り向く。

 そこに居たのは、魔族の剣士、ジャンヌ=グレイブだった。


「無事だと思ってたよ」

「まあ、ヤマトと鍛えているからな。あれくらいでは死なんさ」


 お互いにふっと笑う。


「それで? ジャンヌ達はここに居て良いのか?」


 ジャンヌが首を縦に振る。


「実は、魔族側で穏健派と強硬派が睨み合っていてな。穏健派のミント様は、本土に居ると返って危険だから、ここに滞在させて貰う事にしたのだ」

「俺としては大歓迎だが、魔法学園のお偉いさん達は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。元々魔族と人間は、和解に努めていたからな。穏健派の魔族長の孫ともなれば、拒否する理由など無いだろう」


 それを聞いて、俺はもう一つの可能性を考えてしまう。


「……ジャンヌ。学園側の思惑は、多分それだけじゃないぞ」

「分かっているさ。人質だろう?」


 真剣な表情のジャンヌ。どうやら全てを理解した上で、受け入れて貰ったようだ。


「何かあったら、すぐヤマトに言えよ」

「お前じゃないのか?」

「ああ、俺じゃあすぐには助けられない。緊急時はとにかくヤマトだ」

「分かった。心に留めておこう」


 言っていて少し情けなかったが、俺は自分の武をわきまえているつもりだ。

 大切な人を守る為ならば、俺は喜んで可能性の高い方を選ぼう。


「所で、今日は他にも用事があるのだが」

「珍しいな。ジャンヌが俺に用事だなんて」

「こういう事は、ヤマトよりお前だと思ってな」


 ジャンヌが俺の後ろを指差す。

 振り返って見ると、そこには信じられない光景があった。


「こ、これは……!」


 白と黒の癖毛に、口の端から突き出た八重歯。チューブトップのシャツに、ホットパンツからすらりと伸びる美脚。

 そして……何よりも猫耳!

 猫耳! 猫耳! ん猫耳だぁぁぁぁぁぁ!


「こんにちわだニャ」


 ご、語尾がニャだと!? 良いのか!?

 そこまでテンプレで良いのか!


「お、お嬢さん……お名前は?」

「テトだニャン!」


 にゃんですと!?

 こいつは危険だ! リアル猫耳は凶器だ!


「彼女はテト=キャット。私達と同じ穏健派の魔物で、今日からここにお世話になる事になった」

「そうか。それは大変でございましたね」

「分からない事も沢山あるだろうから、お前から色々と教えて貰いたい」


 思わず頷きそうになったが、名前を思い出してハッとする。

 信じたくない。信じたくは無いが……!


「ハーレム候補ね」

「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 空に向かって思い切り叫ぶ!


「空が青いぜコンチクショウがぁぁぁぁ!」

「発狂してもどうにもならないのよ。このキモオタ」


 いつの間にか横に居たリズが、辛辣なツッコミを入れてくる。これのおかげで、俺は何とか正気を保てて居るのかも知れない。


「……リズ。世の中って言うのは、上手く出来ているんだな」

「そうね。分かって貰えて嬉しいわ」


 所詮俺は親友役。可愛い女の子は、全て勇者に惚れる運命なのさ。

 しかしだ! 俺はただでは猫耳を手放さないぞ!


「ヤマト!」


 木陰で剣を振っていたヤマトを呼び寄せる。


「ミツクニ君、どうしたの?」

「突然だが、これを持つのだ!」


 ヤマトに渡したのは、都合良くその辺に生えていた巨大猫じゃらし。


「さあ、振れ!」

「え?」

「それをゆっくりと振るのだ!」


 言われるままに猫じゃらしを振るヤマト。

 くっくっく……馬鹿め! かかったな!


「うにゃぁぁぁぁぁぁ!」


 我を忘れてヤマトに突進するテト。

 この後のヤマトは、テトの鋭い爪でズタボロに引き裂かれて……!


「はっ!」


 突進して来たテトを華麗に躱す。


「よっ! ほっ!」


 躱す。躱す。華麗に躱す。

 ……ああ、何だろうこれは。

 まるで、本場スペインの闘技場で、軽やかに猛牛を躱す闘牛士のような、美しくも凛々しいその姿に、観客は甘く切ない一時の幻想を……


「現実に帰って来なさい」


 目覚めの鉄球! ありがとうございます!


「……でもまあ、これで良いだろ?」

「そうね。あの猫もギラギラした目でヤマトを見ているし」


 勇者というのは、吸引力の高い掃除機のような存在だ。ヒロインを道に置いておけば、強引に吸い込んでくれるのだよ。


「ふふ……」


 俺達を見ていたジャンヌが、珍しく声を出して笑った。


「やはり、お前達は面白いな」

「ああ。鉄球を使った漫才なら、誰にも負ける気はしないね」

「そういう事では無いよ」


 ジャンヌがヤマト達を眺める。


「普通の人間ならば、初めて出会った魔物を警戒する。しかし、お前達は魔物を全く警戒していない」

「魔物って言っても亜人種だしな。そりゃあ警戒しないだろ」

「亜人種? 何だそれは?」


 それを聞いて、一つの事に気が付く。


(そう言えば……この世界の人間は、亜人種の事も『魔物』って呼ぶな)


 そこから湧き上がる違和感。

 この世界は、俺の思っている世界とは、少し違うのか?


「ジャンヌ。ちょっと聞きたいんだけど、魔物って……」

「そこまでよ」


 リズが話の途中で割り込む。


「その話はフラグが立ちそうだから、次回にしましょう」

「ついに次回とか言い出したか……」

「この感じから考えると、次は図書館ね」

「はいはい。図書館に眼鏡っ子ね」


 ついに来たか眼鏡っ子。

 良い機会だから、ついでにこの世界の事を勉強する事にしよう。



 ジャンヌ達と別れた俺は、ミントをリズに託して学生寮に戻る。

 戻る途中で、一匹の猫が目の前に現れる。

 少し太め。白と茶色のサイベリアン。


「木陰で俺達を見ていた方ですよね」


 声を掛けると、サイベリアンがふっと笑った。


「面白いガキだねえ。どうして私が喋れると思ったんだい?」

「異世界の猫は喋る。俺の住んで居た世界では常識です」

「はっ、勘の良い奴は嫌いじゃないよ」


 特別な事は何も無い。

 目の前に猫が現れて、話してみたら話し返してきた。異世界なのだから、これくらいは当然だろう。


「テトと一緒に来たんですか?」

「ああ、猫族の長老だよ。リンクスという」


 ボイオティアの大山猫。全てを見透かす視線の持ち主……だったかな?

 アニメとかゲーム好きの人間は、神話とかにも結構詳しいのだ!


「お前、名は?」

「ミツクニ=ヒノモトです」

「へえ、こっちの名前と大して変わらないねえ」


 やはり、この猫は俺の元の世界を知っている。

 面白いなあ。これだから異世界は面白い。


「もしかして、勇者ハーレム集めに協力してくれるんですか?」

「どうやらそういう宿命みたいだからねえ。まあ、物分かりの良いガキのようだし、退屈せずに済みそうだよ」


 一緒に歩き出すリンクス。

 多分、もの凄く頭が良いんだろうなあ。

 名前で呼ぶのは失礼な気がするから、とりあえず師匠と呼ぶ事にしよう。


「師匠は何を食べるんですか?」

「とりあえず、ミルクで良いさ」

「酒はありませんからね」

「はっ! 分かってるじゃないか」


 リンクスと一緒に部屋へと戻る。

 ここは異世界。夢の場所。

 俺の世界の人間が考えつく事なんて、当たり前のように起こるのだ。

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