第12話 第一次世界崩壊

 放課後。共用の風呂から上がり、鼻歌を歌いながら部屋に戻る。

 最近は色々あって大変だったが、勇者ハーレム計画も順調で気分が良い。この後は牛乳でも飲んで、軽く勉強してから寝ようと思って居た。

 自分の部屋に辿り着き、扉を開けて中へと入る。


「さてと、今日も美味しい牛乳を……」

「ふぅん。一人の時は、そういう動きをするのね」


 声が聞こえてビクリと体を震わせる。


「元々キモオタだとは思っていたけれど、油断して居る姿を見たら、よりキモオタっぽく見えるわ」


 部屋内から声は聞こえているのだが、肝心の人物が見当たらない。


「この発言は……リズか!」

「あら、姿を確認しないと分からない?」

「幽霊とかの可能性もあるだろ!」


 ここは異世界。何が居てもおかしくない。

 そう思っていた矢先に、背中にお約束の鉄球が飛んで来た。


「お、お前……今何時だと思ってるんだ?」

「さあ? 二十時くらいかしら?」


 背中の痛みを堪えながら立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を見渡す。

 相変わらずリズの姿は見えなかったが、ベッドの布団が不自然に膨らんでいる。

 馬鹿め! 頭隠して尻隠さずとはこの事よ!


「ここかぁぁぁぁ!!!!」


 俺は強引に布団をめくる。

 そこには、普通にリズが居た。


「……いや、ここは外れとか書いた紙があって、その後に爆発だろう」

「ごめんなさい。爆弾は用意していなかったの」

「うん、普通に返されると返って困るんだが」


 ベッドの上に座り直して、上目遣いに俺を眺めて居るリズ。

 何だろうこの状況。普通にドキドキするぞ?


「こんな時間に、女一人で男の部屋に来るなよ」

「だって、ミツクニに会いたかったから」


 ……はっ。

 だ、騙されるな! これは勇者ハーレムに関する何かに決まっている!


「ヤ、ヤマトは部屋に帰っただろうし、今日はもう良いんじゃないかなぁ?」

「馬鹿ね。そんな下らない用事で、ここに来る訳無いじゃない」

「下らないって、お前……」

「それよりも、見て欲しいものがあるの」


 リズがゆっくりとベッドから降りる。

 この流れ……この雰囲気……まさか!?


「これよ」


 差し出されたのは、生徒手帳。

 ……うん、これで良い。これでこそ普通のラブコメだ。


「ええと、なになにぃ?」


 がっかりしながら生徒手帳を眺める。

 そこには、こんな一文が書かれていた。


『赤き月の一の夜。大地が朽ちて、終わりの始まりが訪れる』


 ファンタジーの定型文みたいだな。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「なるほど。それで、赤い月って言うのは、いつ現れるんだ?」

「今日よ」


 それを聞いた瞬間、心臓がドクンと鳴り響く。

 異世界、予言、フラグ……


「リズ! 外に出るぞ!」

「どうして?」

「大きな地震が来る! 時間が無い!」

「あら、ミツクニにしては唐突ね」

「良いから早く……!」


 ゆっくりと揺れ出す大地。

 駄目だ! 入り口から外に出るには、時間が足りない!


「リズ! 悪い!」


 リズを抱えて机の下に滑り込む。次の瞬間、揺れが一気に大きくなり、部屋の小物が地面に飛び散った。

 一分ほど経っただろうか。揺れが少しずつ小さくなり、辺りは静寂を取り戻す。


「……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫」


 冷静に答えて来るリズ。どうやら怪我はしていないようだ。


「凄い揺れだったわね」

「ああ、他の場所は大丈夫かな」


 リズの手を取って机の下から出る。部屋の中は、飛び散った小物やガラスで、惨劇な状態になって居た。


「とりあえず、一度外に出よう」

「そうね。ヤマト達の事も気になるし」


 お互いに頷き、入り口から外に出る。

 ……と、思ったのだが一度止まる。


「……よし、窓から出よう」

「どうして?」

「この時間に、男女が同じ部屋に居るのを見られたら、色々と不味いだろ」

「あら、私は良いわよ?」

「お前は良くても、俺が良くないんだよ」


 ただでさえ緊急事態なのに、これ以上の問題が発生するのはゴメンだ。

 そう言う事で、俺はリズの手を引き、泥棒のように窓から外に出た。



 外に出て辺りを見回すと、生徒達が慌てた表情で魔法学園へと向かう姿が見える。学生寮の入り口も人で満杯だったので、窓から出たのは正解だったようだ。

 周囲の生徒達が混乱している中、俺はゆっくりと空を見上げる。


(赤い月……)


 ファンタジーの定番。凶兆の象徴。

 それが出たとなれば、ただの地震で終わるはずが無い。


「ミツクニ君!」


 声が聞こえて振り返ると、ヤマトが小走りで近付いて来た。


「良かった。無事だったんだね」

「ああ、他の皆は?」

「分からない。今探している所なんだ」

「そうか……」


 あの勇者ハーレムが大事に至っている事は無いだろうが、心配な事に変わりは無いので、ヤマトにはこのまま探して貰おう。

 それよりも、俺には確認しなければならない事がある。


「リズ。魔法学園で一番情報の集まる場所は?」

「情報会議室ね。だけど、一般の生徒は入れないと思う」

「俺達が入れそうな場所なら?」

「フランの研究室。あの子の事だから、もう地震の解析を始めているはずよ」

「よし、そこに行こう。ヤマトは皆を見つけてから来てくれ」


 ヤマトが小さく頷き、女子寮の方へと走り出す。俺とリズは人混みをかき分けて、研究室へと急いだ。



 研究室に辿り着き、ドアベルを鳴らす。すると、直ぐに反応して、スピーカーからフランの声が聞こえて来た。


「こんばんはー。やっぱりミツクニさん達が最初でしたか」

「ああ、察しが良くて助かる。開けてくれないか?」

「勿論ですよ。少し待ってください」


 少しの間を空けて扉が開く。

 そこに現れたのは、情報会議室顔負けのモニター群。どうやらこの短期間で模様替えをしたようだ。


「フランの部屋、会議室バージョンとでも言っておきましょうか」

「色々と都合が良すぎる気もするが……グッジョブだ!」


 今の状況でこれほど心強いものは無い。マッドサイエンティストとは言え、早めに勇者ハーレムに招き入れたのは僥倖だった。

 俺達はフランに導かれて、会議室の中央に陣取る。


「それで、どういう状況なんだ?」

「それがですねー。中々面倒な事になって居ます」


 フランがリモコンを操作して、中央モニタの画面を切り替える。

 そこに映ったのは、異世界の地図だった。


「これは、地震が起こる前の状態です。そして、これが地震発生後の状態」


 フランがボタンを押すと、大陸の端にある幾つかの島が赤く光った。


「この赤く光った場所は、特に被害の大きかった場所か?」

「いえ、違います」


 フランの笑顔が消える。


「海に沈んだ場所です」


 それを聞いて言葉を失う。

 大地が朽ちる……そういう事か。


「でも、不思議なんですよねー」


 フランが右手にレーザーポインタを持ち、赤い場所をなぞる。


「この場所には、共通点があるんです」

「共通点?」

「はい」


 再びフランがボタンを押すと、大陸の色が緑と青に切り分けられる。

 それを見たリズが小さく息を飲んだ。


「これって……」


 拙いリズの言葉に、フランが頷く。


「そうです。海に沈んだ場所は、魔物の領土だけなんです」


 それを聞いた瞬間、脳裏に言葉が過る。

 勇者ハーレムを作らなければ、この世界が滅ぶ。

 つまり、その予言が影響して、人間側には被害が出なかったと言う事か?


「……これは、良い状況と判断しても良いのか?」

「そうですねえ。実は先程、その事が学園側から放送されたんですが、学生の方々は喜んでいましたよ。ほら」


 画面が学園前の映像に切り替わる。

 そこには、喜びをあらわにした学生達が映って居た。


「この地震によって、魔族と人間の戦力差が拮抗状態に戻りました。元々大きな争いはありませんでしたが、これで更に平和になったと思って居るのでは無いでしょうか」


 物事を表面的に捉えれば、そう考えてしまうのも仕方が無い。

 だけど、それは大きな間違いだ。


「戦争が起こる確率は……上がっている」

「あ、ミツクニさんもそう思います?」


 楽観的な学生達を見ながら、俺はやれやれと溜め息を吐いた。


「領土が減ったからと言って、そこに居た魔物が全滅した訳じゃないだろ」

「そうですね。飛べる魔物や、地震を察知できる魔物も居ますし」

「その魔物達が残った領土に集まれば、当然問題が起きる」

「まあ、領土面積だけを見れば余裕ですけど、領土自体は減っていますから」

「そうなれば……」

「人間の領土を攻める……ですよね!」


 フランと視線を合わせて小さく微笑む。

 流石は科学者。言わずとも勝手に理解してくれて助かるなあ。


「あーあ。折角ヤマトさんの研究が面白くなってきたのにー」

「まだ戦争が起こると決まった訳じゃ無い」

「そうは言ってもですねえ。このままだと不味いですよねえ」


 俺の頭の中で、様々な考えが交錯する。


 予言の通り、俺達はこのまま勇者ハーレムを集めて居れば良いのか?

 それ以前に、勇者ハーレムを集めるだけで、本当に世界が救えるのか?

 地震の被害は予言の通りなのか? それとも軽減されたのか?


(……どれも答えが無い)


 そう言えば、地震が起きてから、ミントとジャンヌの姿を見ていない。

 彼女達は無事なのか?

 無事だったとしても、大丈夫なのか?

 彼女達は学生逹と仲良くして居たが、魔物側の人間だぞ!


「ミツクニ」


 リズの声が聞こえて、我を取り戻す。


「色々と思う所はあるだろうけど、今は落ち着いた方が良いわ」

「……大丈夫。落ち着いてるよ」


 俺は別の世界から来た人間だ。この世界の勢力図なんて、正直どうでも良い。

 だけど、この異世界にも、助けたい人達が出来てしまった。

 その人達を助ける為に、俺は勇者の親友役として、やれる事をやるしかない。

 

「フラン。またここに来ても良いか?」

「ええ。今回の件は私も興味がありますから、色々と調べておきます」

「ありがとう。助かるよ」


 お礼を言うと、フランがふっと笑った。


「ミツクニさん。まるで世界を救おうとしているみたいですねえ」

「何言ってんだ。俺が世界を救える訳無いだろ?」


 俺はただの貧弱な親友役だ。

 この異世界を救う人間は……別に居る。


「世界を救うのは……」

「ミツクニ君!」


 声が聞こえてゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは、ヤマトと勇者ハーレム。


(そう、世界を救うのは俺じゃなくて……ヤマトと彼女達なんだ)


 各々が会議室に散り、情報収集を始める。その光景を見て、勇者ハーレムが本格的に動き出したように思えた。


「まるで、世界を救う特殊部隊ね」


 そう言って、リズが微笑む。


「こんな事が起きて言うのも何だけれど、私は今、自分達のしてきた事の成果を感じて居るわ」

「ああ、俺もだよ」


 会議室の端に移動して、何も出来ずに皆を眺める俺達。

 だけど、そんな俺達にだって出来る事がある。

 今はただ、その行為に意味がある事を、強く信じる事にしよう。

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