第11話 男も家事をする時代

 ミツクニ=ヒノモト。アニメと恋愛ゲームが好きなだけの凡人高校生。

 何の特技も無い俺だが、世界を救う勇者とその仲間を集める為に、勇者の『親友役』としてこの異世界に召喚された。

 召喚された当初は、文明の違いから生活も手探り状態だったが、最近は慣れてきて、普通に生活出来るようになってきた。

 しかし、そんな俺にも未だに悩みがある。


 それは……家事だ。


 実家暮らしだった俺は、家事をあまりやった事が無く、洗濯もまともに出来ない状態だった。

 最近は色々と勉強して簡単な家事くらいは出来るようになったが、それでも細かい家事は上手くこなせずに居る。

 そんな事で、俺は行動を起こす事にした。



 町で食材を購入して、家庭科室で食材を広げる。

 今日作るのはカレーライス。誰しもが一度は通る料理の登竜門。

 目標は人の手を借りずに、一人で作る事だ。


「よし! それじゃあ野菜を切るぜ!」


 料理本を開いてカレーの欄を見る。

 しかし、そのページを見て、いきなり言葉を失ってしまった。


(……食べやすい大きさ? 乱切り?)


 見慣れない文字の羅列を見て首を傾げる。

 乱切りって……何だ?


(乱……乱雑って感じの意味だよな)


 元の世界の学校で家庭科は習ってきのたが、切り方の名称など覚えていない。そんな俺が、本に書かれた通りの切り方を、出来る訳が無かった。


(……よ、よし! とにかく皮剥きだ! 皮を剥かないと始まらない!)


 気を取り直し、材料袋からニンジンを取り出す。そして、まな板にニンジンを置いた時、再び沈黙してしまった。


(……何処から皮を剥けば良いんだ?)


 良く考えてみたら、俺は家庭科でも、野菜を切る担当になった事が無かった。


(こ、これは男の料理! 男の料理なのだ!)


 考える事をやめて、ニンジンの先っぽに刃をかざした瞬間だった。

 ザクッ……

 俺の指に、包丁の刃が突き刺さる。


(……やったぜ)


 左手の親指から流れる血。

 野菜に血を付けてはいけないと思い、静かにニンジンをまな板に戻す。


(……)


 血を洗い流してニンジンを見つめる。

 初料理でカレーは難易度が高すぎたか?


(……否! 諦める訳には行かない!)


 カレーの素材はもう買ってしまった。ここで止めれば全ての素材が無駄になり、野菜を育てて下さった農家の方々に申し訳が立たない。

 これは挑戦! 男としての挑戦なのだ!


(うおおおおおお……!)


 気合を入れ直してニンジンを手に取る。


(やってやる! やってやるぞ!)


 俺をあざ笑うかのように、光を放つニンジン。

 これから俺は、こいつの皮を剥く。

 しかし、何も知らない俺では、食べられる場所も切り取ってしまうかもしれない。


(……う、腕が動かない!?)


 これは……恐怖?

 俺はこいつに恐怖して居ると言うのか!?


(分かってる! 材料を無駄にする事くらい! 分かっているさ!)


 食べ物を粗末にするのは悪い事だ。

 しかし、生きる為には、それを経て学ばなければいけない事もあるのだ!


「やってやる!!」


 震える腕でニンジンに包丁を当てる。

 その時だった。


「ミツクニさん」


 後ろから聞こえる女子の声。

 振り向いた先に居たのは、制服の上に黄色いエプロンをした、緑髪の女子。


「もう、見て居られません」


 にこりと笑うと、包丁とニンジンを静かに奪い取る。

 彼女の名前は、サラ=シルバーライト。勇者ハーレムの一角で、家事全般を完璧にこなす、家庭的な女の子だ。いつも家庭科室に居て、今日も後ろの方で料理の勉強をしていた。


「この具材から見るに、カレーですね?」


 ニンジンに視線を向けて、簡単に皮剥きを始めるサラ。少しの間その姿に見惚れて居たが、すぐに我に返って口を開く。


「ま、待ってくれ……!」


 俺の声を聞いて、サラが首を傾げてくる。


「俺は料理を勉強する為に来たんだ。サラの気持ちは嬉しいけど、手伝って貰う訳にはいかない」


 女子に料理をして貰うのは、男にとって夢のシチュエーションだ。

 しかし、それでは練習にならない。

 それに、俺には勇者ハーレムと仲良くしてはいけない、大きな理由がある。


 勇者ハーレムを作らなければ世界が滅ぶ。


 俺がこの世界に召喚された時に聞いた予言。

 勇者の親友役として召喚された俺が、勇者ハーレムと仲良くしたら、この世界が滅んでしまうかも知れない。

 だから、彼女とは仲良く出来ないのだ。


「サラの気持ちは嬉しいよ。でも、ごめん。ここは一人でやらせて欲しいんだ」


 そう言うと、サラはニンジンと包丁をまな板に降ろして、小さく頷いた。

 黙って後ろを向くサラ。そんな彼女の姿を見ながら、俺は唇を噛み締める。


(本当に……良い子だな)


 今までに出会った勇者ハーレムの女子達。それらは全員がとても魅力的で、優しい心の持ち主だった。

 そんな彼女達と仲良くする事が出来ずに、勇者との好感度を上げるだけの日々。

 正直言って、少し辛かった。


(だけど、間違えたら世界が滅ぶからな)


 世界が滅ぶ。それはつまり、彼女達も死んでしまうという事。

 俺には、そんな事は耐えられない。


(……よし!)


 大きく息を吐いて煩悩を吹き飛ばし、料理の練習を再開しようとする。

 その時だった。


「包丁の持ち方が違います」


 俺の横から聞こえる声。

 そこに居たのは、先程まで後ろを向いて居た、サラ=シルバーライト。


「ほら、こうやって握るんです」


 俺の右手に手を回して、包丁の持ち方を変えてくれる。

 そんな彼女を見ながら、俺は呆然とする。


「あの、俺は……」

「料理の勉強をしたいのですよね?」


 確かにその通りだ。

 だけど、俺とサラとは……


「一人でやるよりも、教えて貰いながらやった方が、効率的です」

「それはそうかも知れないけど、サラにもやる事があるだろ?」

「ええ、あります」


 小さく頷き、俺の事を見上げる。

 そして、優しく微笑んで、言った。


「ミツクニさんに、料理を教える事です」


 それを聞いて、何も言えなくなる。

 勇者ハーレムと仲良くなれば、世界が滅ぶかもしれない。

 だけど、その女子達の気持ちは?

 その女子達の善意は?

 世界が滅ぶという大義を果たす為に、それらを全て無視するのか?

 それを無視して滅ぶくらいの世界ならば、滅んだ方がマシだ!


「……お願いします」


 小さく笑って頭を下げる。

 自分のしていた行為が、愚かで恥ずかしい。

 世界を救う為だと思って、彼女達と意図的に距離を置いて生活して。

 俺はただの親友役だぞ?

 勇者ハーレムと少しくらい仲良くした所で、世界がどうこうなる訳無いじゃないか。


「それでは、教える前に……」


 サラがポケットから何かを取り出す。

 それは、小さな絆創膏だった。


「ミツクニさん。手を」


 言われるままに手を出すと、サラが親指に絆創膏を貼ってくれる。絆創膏には、猫の絵が書いてあった。


「……リズに見つかったら殺されるな」


 それを聞いて、サラがフフッと笑う。


「リズさん、心配性ですからね」


 リズ=レインハート。俺を親友役として召喚した魔法使い。いつも俺の近くに居て、勇者ハーレムと仲良くして居ないかを監視している。

 ちなみに、偽の許嫁でもある。


「まあ……見られていないし、大丈夫だろ」

「そうですね。きっと大丈夫です」


 楽しそうなサラの笑顔を見て、恥ずかしくなり頭を掻く。

 そして、俺達はカレー作りを再開した。



 無事にカレーが出来上がり、サラと一緒に試食をしてみる。

 初めての料理だったが、味は普通にカレーだった。余程の事にしない限り、不味くならないというのは、本当だったようだ。

 食べ終わった俺達は、後片付けをして家庭科室の中央で顔を合わせていた。


「今日は本当にありがとう。サラのおかげで、料理について良く分かったよ」


 調理台の上に置いてある、作り過ぎたカレーのパック。そのパックを用意してくれたのは、勿論サラだった。


「それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ」


 カレーのパックを手に取り、寮に帰ろうとする。

 その腕を、サラがそっと握る。


「……サラ?」


 首を傾げると、サラが俺の制服の袖を指差す。そこを見ると、袖のボタンが取れ掛かっていた。


「少し待って居てください」


 サラは近くにあった鞄から裁縫道具を取り出し、あっという間にボタンを縫ってしまった。


「あ、ありがとう……」

「いいえ。どういたしまして」


 可愛い。いや、可愛すぎる。

 そして、今日は俺を抑えるリズが居ない。

 ……堪えろ! 堪えるのだ俺!


「それじゃあ、俺はもう行くから……」

「また、来られますよね?」


 そう言って、首を傾げるサラ。

 ああ、そうか。

 彼女はこれからも、俺に料理を教えてくれるつもりなのか。


「……よろしくお願いします」

「はい、待っています」


 嬉しそうに微笑むサラ。俺も微笑み、二人で声を出して笑ってしまった。

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