第10話 後輩キャラは大抵元気
林間学校が終わり、俺達は魔法学園に帰って来た。
ロックゴーレムの一件は学園でも話題になったのだが、撃破したという功績の方が大きかったようで、問題にはならなかった。
しかし、ヤマトにとっては衝撃的な出来事だったらしく、俺達は時間が合えば放課後も特訓をするようになっていた。
ゆっくりと目を閉じた後、両腕を前に突き出して、大きく息を吸う。
「んんんんふぁいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
腹の底から思い切り叫び、念を両手から外へと押し出す。
しかし、やはり魔法は出なかった。
「なぜ出ないんだ!」
芝生に倒れ込み、ゴロゴロと転がる。
「やっぱり俺には才能が無いのか!?」
「才能以前に魔力が無いのだから、無理に決まっているじゃない」
木陰で本を読んでいたリズが、厳しいツッコミを入れて来る。
「そもそも、ミツクニが魔法を使えた所で、何の戦力にもならないのよ」
リズの言う通り、この世界の人間と俺とでは、体のスペックが大きく異なる。
分かり安い例が、リズの鉄球攻撃だ。
リズはいつも鉄球を軽々と投げて来るが、この世界の人間であれば、誰でもあれくらいの事は出来るらしい。
つまり、筋力においても、俺はこの世界で底辺の存在なのだ。
「くそっ! この貧弱な体が憎い!」
「良いじゃない。生活には問題無いのだし」
「馬鹿野郎! 男なら強さを求めるものだろう!」
「私は女だから分からないわ」
……うん、それなら仕方が無いよね。
しかし、どうしてこの異世界は、ここまで俺に優しくないのだろうか。
せっかく異世界転移されたのだから、建物を簡単に飛び越えるくらいの身体能力を授けてくれたって、良いではないか。
「あぶなぁぁぁぁい……!」
そんな事を考えていた俺に向かって、どこからともなく声が響く。
「避けて下さぁぁぁぁい!」
その声は、俺に向かってどんどん大きくなって行った。
(このパターンは……)
咄嗟に空を見上げる。
そこに見えたのは、予想通り人間だった。
(ヤバい!)
落下予測位置は俺の真上!
これを食らったら確実に死ぬ!
「うおおおおおおおお!」
素早く起き上がり、思い切り横に飛ぶ。次の瞬間、俺の居た場所に人間が飛び降り、着地の爆風で吹き飛んでしまった。
立ち込める煙。それを手で払いながら、元居た場所を確認する。
「ふう、あっぶなかったぁ!」
清々しい表情で額の汗をぬぐう女子。
赤髪ショートカット。小麦色の肌。健康的な肉体。一言で言えば、スポーツ少女という感じ。
「すみませーん! 怪我は無かったですかー!」
スポーツ少女が無邪気な表情で俺を見る。
「お、お前なあ……」
「あ、生きてたんですね!」
「軽く言うな! 何なんだよお前は!」
スポーツ少女は敬礼ポーズをした後、ニコリと微笑んだ。
「中等部三年B組! ヒバリ=タケミヤです!」
その名前はどこかで聞いた事があるぞ?
もしかして、こいつは……
「ハーレム候補ね」
「やっぱりか!」
芝生に寝転がったまま頭を抱える。
ハーレム候補が自分から現れてくれた事は、ありがたい。
しかし、何でみんな普通じゃないんだ?
「どうしたんですか? ミツクニ先輩」
名乗って居ない名を呼ばれて首を傾げる。
「俺の事を知ってるのか?」
「はい! 先輩は中等部でも有名なので!」
ヤマトは色々あったから有名だろうけど、俺が有名なのは知らなかったな。
もしかして、俺もヤマトみたいに、良い噂が広まっているのか……
「魔力ゼロで運動能力も最低の、飛べない豚野郎だって!」
「良い所一つも無えな!」
でも飛べない豚って言うのは、少しだけ良いな。
「けなされているのに、ニヤニヤしているんじゃないわよ」
「うるさいな。俺はキモオタだから、空気扱いされないだけで嬉しいんだよ」
立ち上がって服に付いた埃を払う。
「それで? ヒバリはどうしてこんな所に落ちて来たんだ?」
「魔力強化訓練で魔力調整に失敗して、ここまで飛んで来てしまいました!」
「魔力強化訓練って、放課後にやってるあの?」
「はい!」
魔力強化訓練。それは、一部の優等生だけが参加出来る、肉体や物体に魔力を流し込んで強化するという、特別な課外訓練。
しかし、あの訓練はここから相当離れた場所で行われていたはずだ。
「まさか、あんな遠い場所から、ここまで飛んできたのか?」
「はい! ちょっと危なかったです!」
「危なかったのは俺だ。つか、あんな場所から飛んでこられるのかよ」
「私、肉体強化だけは得意なんです!」
軽い口調で言っているが、こんな事は勇者であるヤマトでも出来ないぞ。
もしかして、彼女は凄い奴なのか?
「先輩が飛ない豚なら、私は飛べるメス豚って感じですね!」
「言いたい事は分かるが、自分でメス豚発言するのはやめておけ」
「どうしてですか?」
「倫理に反するからだ」
てへっと舌を出すヒバリ。
流石は勇者ハーレムの一角。仕草がとても可愛いですね。
「あ! ヤマト先輩じゃないですか!」
ヒバリがヤマトに気付き、自分から小走りで近付いて行く。
どうやら、今回は俺の出番は無さそうだ。
「ヤマト先輩! 先日の林間学校で女子を怪我させたって、本当ですか!」
ああ! 駄目だこいつ!
人の気にしている事を、ズバッと言っちゃう奴だ!
「ヤマト先輩ほどの実力者が怪我をさせるなんて、敵がとても強かったんですね!」
そうそう、凄く強かったんだよ。
だから、お願いします。それ以上突っ込むのは止めてください。
「私がそこに居たら、死んじゃってたかもしれませんね!」
小刻みに震えているヤマト。
効いてる! こいつは効いていぞ!
「あれ、ヤマト先輩? どうかしましたか?」
ヒバリの容赦の無い言葉を受けて、ヤマトがどんどん小さくなっていく。
これ以上は自信を無くすかもしれないと思い、話に割って入る事にした。
「それくらいにしておけよ」
「え? 何がですか?」
ヒバリがキョトンとした表情を見せる。やはり、相手を傷付けているという自覚は無かったようだ。
このままでは今後が不安なので、少しだけ脅しておく事にしよう。
「うっ! 何だ! この脇腹の痛みは!」
「せ、先輩!?」
「さっきヒバリを避けた時に、俺は怪我をしたのかも知れない!」
「そんな! どうしよう!」
「何だか痛い! 凄く痛いぞぉぉぉぉ!」
脇腹を抱えて芝生に倒れ込む。
「これは……全治一日だな。今日はもう訓練は出来ないだろう」
「先輩……すみません」
「いや、良いんだ。あれは不慮の事故だった」
本気でへこんだ表情をしているヒバリ。
うん。やっぱりこいつ、単純な奴だ。
「しかし、俺はヒバリの言う通り、飛べない豚だからな。この一日で皆に置いて行かれてしまうかもしれない」
「私、何て事を……」
心配そうな表現で見てくるヒバリに、ふっと笑って見せる。
「そんなに悲しい顔をするなよ。ヒバリは訓練を頑張っていたんだろ?」
「でも、私……」
「大丈夫。この事で周りがどう言おうと、俺はヒバリを責めたりしないさ」
「先輩……」
「だからヒバリも、人の事を思いやれる人間になってくれ」
「はい! 分かりました!」
よーし。つじつまは全く合っていなかったが、話は通じたぞ。
単純タイプのヒロインは、感情操作が楽で本当に助かるなあ。
「つまり! さっきヤマトさんに言った言葉が、言い過ぎだったって事ですね!」
成程! こいつ単純だけど物分かりが良いぜ!
そういう素直な所! 逆に危ないからね!?
「……うん、まあ、そういう事だ」
「分かりました! これからは、もっと相手の事を気遣う事にします!」
言葉では理解出来たようだが、きっと駄目だろうなあ。
でも、俺はこういう奴が好きだから、このままで良いや。
「それじゃあ、俺は帰って休む事にするよ」
本当は仮病なのだが、今日の所は仕方が無い。寮に戻って勉強でもしよう。
「先輩! 私、送ります!」
「大丈夫。一人で歩けるから……」
「駄目です! 怪我させたのは私なんですから!」
ヒバリが俺に素早く近付き、お姫様抱っこをしてくる。
何これ! 凄く恥ずかしい!
「じゃあ、行きますよ!」
「行くってお前! まさか……!」
「せーのぉ!」
足に魔力を集中させて、ヒバリが思い切り飛び跳ねる。
離れて行く地面。体に圧し掛かる重力。
(ぐおおおおおお……!)
俺の意識が無くなる直前で、ヒバリは地面に着地した。
「とうちゃーく!」
楽しそうに頷き、俺を地面に下ろす。
空を飛んだ恐怖と着地時の振動で、俺の心と体は既にボロボロだった。
「あれ、先輩?」
「……気にするな。ちょっと疲れただけだから」
震える足を引きずりながら、自分の部屋へと歩き出す。
「せんぱーい! 今日はありがとうございましたー!」
無邪気な表情で手を振って来るヒバリ。
散々な目には合ったが、それはそれで面白かったので、今日はそれで良しとしよう。
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