第9話 親友役として望む事
「肝試しをしようぜ!!」
軽いノリで勇者を誘い、周りの女子を巻き込んで、自分もおいしい思いをする。
それは、勇者の親友役である俺が、必ずやるべき林間学校の掟だ。
当然の如く、ペアを決めるくじにも細工を施しており、都合の良い状況を作る準備は既に完了していた。
「はい! ヤマトはエリスとな!」
ここまでは予定通り。
まあ、くじに細工をしたのは俺だしな。
後は俺が引いた青札をミフネに引かせて、俺とミフネは楽しい肝試しに……
「青よ」
……んん?
「あら、ミツクニも青なのね。こんな所まで一緒なんて……最悪だわ」
おかしいな。青札はまだ引かれていない、一番右側に配置したはずなのだが。
……ま、まさか!?
「でも、仕方ないわよね。公平にくじで決めた事だもの」
悪そうにニヤリと微笑むリズ。
駄目だ。このくじは既に掌握されていた。
これからどんなに小細工をした所で、俺とリズのペアは絶対に崩れないだろう。
「それじゃあ、スタート地点に行きましょうか」
何の疑いも無く移動し始める一同。
俺はリズに首根っこを掴まれて、引きずられながら着いて行った。
スタート地点である神社に辿り着き、それぞれが順番にスタートし始める。
「それじゃあ、次は俺達の番だな」
順番が回って来たので、リズとミントを連れてコースを進み始める。
残っている組はヤマトとエリスのペアだけ。これも予定通りだ。
コースを途中まで行くとY字路が現れて、中央には右向きの矢印がある。
俺達はその場所で一度止まり、その矢印を左向きに変えた。
「これで準備はオーケーだな」
「そうだけれど、何か定番過ぎてつまらないわね」
不満そうなリズに対して鼻で笑う。
「ラブコメってのは定番の連鎖なんだよ。それに独自のスパイスを加える事で、新しい展開が生み出されるんだ」
「ごめんなさい。私、ミツクニが何を言っているのか分からない……」
「うん? さっき自分で定番とか言ってたような気がするのだが?」
「さあ、何の事かしら?」
ふっと笑って歩き出すリズ。俺もそれに笑い返し、彼女の背中を追いかけた。
左向きに変えた矢印の先に進むと、やがて開けた場所が見えて来る。
そこが、今回の目的地。
無事に辿り着いた俺達は、一度周囲を警戒した後、道の脇にある茂みに隠れて、開けた場所に視線を戻した。
「よーし。お前ら準備は良いか」
「リーダーぶってるんじゃないわよ」
「みつくに! モブ! 一般人!」
「おいおい誰だ? ミントに悪い言葉を教えたのは?」
「しっ! 来たわよ」
少しの間を置いて、俺達が来た方向からヤマトとエリスが現れる。
歩いている順番は、エリスが前でヤマトが後ろだった。
(……ったく)
言いたい事は山ほどあったが、どうせこの後身を持って体験して貰うので、大人しく二人の動向を見届ける。
そして、二人が開けた場所の中央付近に来た所で、俺は勢い良く茂みから飛び出し、二人の前に転がり込んだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
異変に気付き、エリスが駆け足で近付いて来る。
「ミツクニ! どうしたの!」
「ま、魔物が……!」
俺の言葉を遮るように、地面が振動する。
震える大気。周囲を警戒する三人。
次の瞬間、俺が飛び出した茂みの先から、茶色の巨大な物体が現れた。
「ロックゴーレム!?」
エリスが目を丸める。
ロックゴーレムは岩場や山脈に現れる魔物で、今俺達が居る森林地帯に現れるような魔物では無い。
そんなモンスターが、どうしてこんな場所に現れたのか。
正解は……ミントが召喚したからだ!
「エリス、ミツクニ君、下がって」
冷静な口調で言った後、ヤマトが剣を抜く。
そんなヤマトの口元がヒクリと上がったのを、俺は見逃さなかった。
(ああ、やっぱりか……)
予想が的中してしまい、ため息を吐く。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
高速でゴーレムに近付き、剣を振り下ろすヤマト。
その鋭い斬撃はゴーレムの左足を切り裂き、バランスを崩したゴーレムがその場に崩れ落ちた。
「まだまだぁぁぁぁぁぁ!」
右足、腕、胴。切られた部位は地面に落ちて砂となり、3メートル程の体躯を持っていたゴーレムが小さくなっていく。
やがて、ゴーレムが完全に砂に変わり、ヤマトが剣を鞘に納める。
その表情は……笑っていた。
(ヤマト……)
一番見たくなかった表情が現れて、唇を噛む。
ヤマトは本当に強くなった。剣の腕だけならば、もう敵う者は居ないのかもしれない。
だけど、それだけでは駄目だ。
お前は『勇者』なのだから、ただ強いだけでは駄目なんだ。
「ヤマト! ゴーレムが……!」
勝利の余韻に浸っていたヤマトの後ろで、ロックゴーレムが形を取り戻す。
そして、油断していたヤマトに向かって、巨大な右拳を振り下ろした。
「ヤマト!」
エリスがヤマトに飛び掛り、ゴーレムの拳を何とか躱す。
しかし、打ち付けられた拳で大地が抉られて、飛び散った石の破片がエリスの右足に直撃した。
「エリス!」
俺はゴーレムの動向に注意しつつ、エリスに駆け寄る。
細く白い足の上を流れる、真っ赤な鮮血。
それを見て、ヤマトの呼吸が荒くなる。
「あ、ああ……」
目を大きく見開き、体を震わせる。
そして、ヤマトは……
「ああああああああああ!」
我を忘れて、ゴーレムに飛び掛った。
ヤマトが狂ったように攻撃を繰り返すが、ゴーレムはその度に形を取り戻す。
それでもヤマトは攻撃を繰り返し、止めようとしなかった。
(ヤマト……)
己を見失っているヤマトを見て、俺は大きくため息を吐く。
BBQの時、周りに居た女子に全てを任せて、何もしなかったヤマト。
肝試しの時、ペアになったエリスを気遣わずに、後ろを歩いていたヤマト。
そして、エリスが怪我をしているのに、敵を倒す事しか考えていないヤマト。
(どうして……こんな事になっちまったんだろうな)
いつからだろう。ヤマトが『優しさ』を失ってしまったのは。
出会った頃のヤマトは、自分から行動する事こそ少なかったが、誰にでも優しく、他人を気遣える人間だった。
しかし、勇者ハーレムと交流して強くなり、自分の力に自信を持ち始めると、次第に持っていた優しさや気遣いを失って行った。
(なあ、ヤマト。俺が知って居る勇者ってのはさ……そんなんじゃねえんだよ)
勇者。
それは、単に戦闘が強い人間だけに使う言葉では無い。
ラブコメだろうが、恋愛ゲームだろうが、人の為に戦って居れば、それは勇者だ。
だから! 頼むから気付いてくれ……!
「ヤマト!」
戦場に響き渡る一陣の叫び声。
声の主は、傷付いた足で凛と立つ、エリス=フローレンだった。
「その魔物は物理攻撃が効かないわ! 一度下がりなさい!」
エリスの声を聞いて、やっとヤマトがこちらを向く。
「だけど! こいつはエリスの事を……!」
「馬鹿! そんな事はどうでも良いのよ!」
「そんな事って! 僕は……!」
「良いから来なさい!」
歯を食いしばって痛みに堪えながら、真っ直ぐにヤマトを見つめる。
やがて、ヤマトは睨み合いに負けて、悔しそうな表情で戻って来た。
「エリス、僕は……!」
出会い頭、エリスがヤマトにビンタ!
予想外の出来事だったのだろう。ヤマトが放心している。
「敵が見えた途端に一人で突っ込んで! 勝てるとでも思っていたの!?」
「ぼ、僕はそんな……」
「アンタは周りの人間を何だと思ってるのよ!」
瞳に涙を溜めたエリスが、叫び続ける。
「確かにアンタは強いわよ! だけどね! 一人じゃ出来ない事だってあるのよ!」
さあ! 見ろ!
エリスの足から流れる血を見ろ!
これが、その結果だ!
「だから……! だから……」
言葉を無くして俯くエリス。
俺はエリスにゆっくりと近付き、肩にそっと触れる。
「ヤマト、あいつは剣では倒せない」
そして、真っ直ぐにヤマトを見つめる。
「だけど、俺達が使えるのは、剣術だけじゃ無いだろ?」
親友役の俺が言えるのは、ここまでだ。
続きはヤマトが言わなくてはいけない。
本物の『勇者』である、ヤマトが。
「……エリス」
青ざめた表情。震えている唇。強く握り締められた拳。
満身創痍の状態で、それでもヤマトは口を開いた。
「僕に……力を貸して下さい……!」
それを聞いた瞬間、エリスが最高の笑顔を取り戻す。
「勿論よ!」
その声でヤマトにも本来の笑顔が戻る。
これで、もう大丈夫。
今のヤマトならば、どんな困難にも打ち勝てるだろう。
「ロックゴーレムは砂になった時に、魔法が効きやすくなるの! だから、ヤマトは攻撃を繰り返して、ゴーレムを砂に変えて!」
「分かった!」
目に光を取り戻したヤマトが、ゴーレムに向けて走り出す。
腕、足、胴、頭……
先程までの動きとは、まるで違う。
剣の残像だけを残して、光の速さでゴーレムを砂へと変えた。
「エリス!」
ヤマトの声でエリスが詠唱を開始する。
そして、詠唱が終わると、両手を空に掲げて思い切り叫んだ。
「エクスプロージョン!」
エリスの両腕から巻き上がる炎。その炎は周囲の空気を飲み込んで膨れ上がり、ゴーレムに襲い掛かる。
しかし、焼き切れない。足を怪我したせいで、魔法の精度が落ちている。
(駄目なのか……!)
そう思った次の瞬間、ヤマトが剣を空に掲げる。
「獄炎のぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
声と共に炎を纏うヤマトの剣。
その剣はエリスの炎を吸収して、爆炎を纏う赤き刃へと進化した。
「刃ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
振り落とされる刃。
砂になったロックゴーレムは一瞬にして塵となり、夜の闇えと消えて行った。
戦いが終わり、気の抜けたエリスが倒れそうになる。
俺が慌てて支えると、ヤマトが心配そうな表情で駆け寄って来た。
「エリス……」
ポツリと言って見つめるヤマト。
エリスは小さく息を付いた後、いつものように微笑んだ。
「……やれば出来るじゃない」
それを聞いて、ヤマトも微笑む。
どうやらヤマトは、俺が伝えたかった事に気付いてくれたようだった。
(ったく……)
小さくため息を吐いた後、ふっと笑う。
とりあえず、これで一段落だ。
「それじゃあ、皆も心配しているだろうし、そろそろ帰るか」
エリスの肩から手を離して、ヤマトの方に押す。
「エリスが怪我したのはお前のせいなんだから、お前がおぶって帰れよ」
「な……!」
顔を真っ赤にする二人。
しかし、すぐに互いにクスリと笑い、エリスがヤマトの背中におぶさった。
「エリス……ありがとう」
「そうね。沢山感謝しなさい」
ゆっくりと歩き出す二人。
そんな二人の背中を、俺は黙って遠目に見つめていた。
二人が夜の闇に消えるのを確認してから、静かに空を見上げる。
「お前のせいなんだから……か」
自分で言っておきながら、笑ってしまう。
ヤマトの暴走。エリスの怪我。
全部、俺が仕組んだ事じゃないか。
(何が勇者だ! 何が親友役だ……!!)
綺麗事で二人を煽って! 二人の心を弄んで!
一番最低なのは……! 俺自身だ!!
(これが、親友役の役目なのか? 俺がしなければいけない事なのか?)
勇者ハーレムを作らないと、世界が滅ぶ。
それを阻止する為ならば、他人の心を弄んで、傷付けても良いのか?
そうだとすれば、俺はこれからどれくらいヤマト達の事を……!!
「お疲れ様」
声が聞こえて、ゆっくりと振り向く。
そこに居たのは、俺を召喚した魔法使い、リズ=レインハート。
「良くやったわね」
いつものように、パックジュースを投げて来る。
今日はリンゴ味のジュースだった。
「リズ、俺は……」
「言わないで」
リズがゆっくりと近付いて来る。
「今日は……何も言わなくて良いから」
そして、優しく俺の肩に触れる。
情けない。
女子に心を見透かされて。強がれなくて。
だけど、今日だけは……
「……ごめん」
少しくらい、俺にも弱音を吐かせてくれ。
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