第8話 ヒロイン側にも悩みはある

 校内行事。それは、男女が交流を深める大事なイベント。

 勇者ハーレムを作らないと世界が滅ぶこの現状で、これらのイベントは世界の存亡に関わる重要なイベントと言えるだろう。

 勿論、俺達もそれ重要性を理解して、現在のハーレムをより強固にすべく、準備万端で林間学校に臨んだ。

 ……はずだったのだったが。


「ヤマト! そっちのお肉焼け過ぎだよ!」

「ごめん。シオリ」

「ヤマトさん、こちらのお野菜もどうぞ」

「サラさん。ありがとう」

「剣士たる者、食べ過ぎには注意ですよ」

「ミフネさん。気を付けます」

「実験していいですか?」

「フランさん。今日は林間学校ですから」


 勇者の周りを囲んで、楽しそうにBBQをしているヒロイン達。

 ……俺達の心配は何だったんだ?


「良い状況だけれど、腹が立つわね」


 全く同じ事を考えていたので、リズに激しく同意する。


「でも、どうして彼女達は、このハーレム状態を良しとするのかしら?」

「ふっふっふ……それに関しては、俺が答えようじゃないか」


 皿に盛られた肉を一枚食べた後、割り箸でリズを差す。


「つまり! 彼女達は勇者に対して……!」

「行儀が悪いわ」


 リズの割り箸が目に突き刺さる。


「目が……目がぁぁぁぁぁぁ!」

「うるさいわね。早く説明しなさい」

「あ、ああ……要するに、彼女達はまだヤマトを好きって訳じゃ無いんだよ」


 それを聞いたリズが、成程という表情を見せる。


「仕方ないわよね。まだ一カ月と少ししか経って居ないし」

「まあ、それはそうなんだが……」

「あら、何か他に気になる事でもあるのかしら?」


 ヤマトを遠目に見つめる。

 沢山の女子に囲まれて、楽しそうにBBQを楽しむヤマト。

 沢山の女子に囲まれて、肉や野菜を焼いてもらっているヤマト。

 沢山の女子に囲まれて、何の疑いも無く過ごしているヤマト。


「アイツ! 爆ぜればいいのにな!」


 割り箸が目に突き刺さる!


「目が……目がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「何も無いのなら、意味深なセリフを言わないで」


 いや、あるにはあるのだが。

 ……とにかく、今はまだ様子見だ。


「ところで、あの子はあんな所で、何をやっているのかしら」


 リズがヤマト達の奥を見つめる。

 そこに居たのは、一人でBBQをしているツンデレヒロイン。


「エリス……」

「珍しいわね。いつもなら他の男をはべらせて居るのに」


 いつもであれば、彼女の周りに彼女目当ての男共が集まって居るのに、今日は一人も見当たらない。

 しかし、俺はその理由を知っている。


「ミツクニ?」


 俺は皿を机の上に置き、黙ってエリスに向かって歩き出す。

 エリスの前に到着すると、彼女はビクリと体を震わせて、明後日の方向を向いた。


「な、何よアンタ……」

「いや、一人で居るのは珍しいなと思って」

「アンタには関係ないでしょ」


 不機嫌そうに返事をするエリス。それに対して、俺は無言で彼女の横に座る。


「何勝手に座ってるのよ」

「誘ってきた男を全員断ったって?」


 核心を突かれて言葉を失う。

 そう。彼女は林間学校で一緒に行動したがっていた男子を、全員断ったのだ。


「林間学校は一人でゆっくり楽しみたいって……流石に苦しいだろ」

「……う、うるさいわね。私だって一人で居たい時もあるのよ」


 頬を赤く染めながら肉を食べるエリス。


「ヤマト達の所に混ざって来いよ」


 それを言った瞬間、エリスが肉を喉に詰まらせた。


「おいおい、大丈夫か?」


 近くにあった飲み物を渡すと、慌ててそれを受け取って飲み干す。


「……あ、アンタねえ」

「悪い。少し調子に乗った」


 苦笑いをして見せると、エリスが小さくため息を吐く。

 そして、手に持った空のグラスを見つめながら、小声で話し始めた。


「……どうして、あんなに楽しそうに出来るのかしら」


 透明なグラスを瞳の位置まで持ち上げて、グラス越しにヤマト達を見る。


「私、他の人と一緒に居ても、そんなに楽かった事が無いの」

「そりゃあ、エリス自身が楽しいと思っていないからだろ」

「そうね。確かにそうだわ」


 グラスを揺らしながらふふっと笑う。


「だけど、私だって努力してるのよ? みんなが私に好意を持って接してくれるから、お互いに楽しく話せれば良いなって」

「まあ、実際お前と話している奴らは、楽しそうに見えるけどな」

「ええ。それは嬉しい事よ。でも……」


 エリスが小さくため息を吐く。


「それでも私は、心から楽しいと思った事は無い」


 その気持ち、俺には良く分かる。

 俺達みたいな人間は、他人と話す時に距離を取ってしまう。それは、相手に嫌われたくないという気持ちから来るものだ。

 それに慣れてしまうと、誰と話す時も相手が喜ぶ事ばかりを考えてしまい、自分が本当に楽しいかを疑問に思ってしまう。

 そして、いつの間にか、自分の気持ちを素直に話せなくなってしまうのだ。


(しかも、エリスは人気者だからなあ……)


 元々持っていた綺麗な容姿に加えて、相手を楽しませようとする優しい心。

 そのせいで、彼女の周りには色々な性格の人間が集まり、ますます素の自分で話せなくなってしまったのだろう。


(本当は分かっているけど、今更変えられないんだよな)


 素の自分を出すと、今までの自分を好いてくれた人達を、裏切るかもしれない。

 それが分かっているからこそ、結局素の自分を出せない。


(……やれやれ)


 寂しそうな表情をしているエリスを見て、静かに微笑む。


「何よ。突然笑ったりして」

「いいや、別に」


 人気者であるからこその悩み。

 人気者では無かった俺の悩みとは、同じようで正反対だ。


(……仕方ないな)


 本来ならば、自分で解決しなければいけない問題なのかもし知れない。

 でも、彼女は他人の為に努力をしている。

 だから今日の所は、親友役である俺が、エリスを楽しませる事にしよう。


「リズ! ミント!」


 こちらを見ていた二人を大声で呼ぶ。


「ア、アンタ! 何勝手に呼んでるのよ!」

「そりゃあ、飯は皆で食べた方が美味しいからな」


 待っていましたと言わんばかりに、高速でこちらに向かって来る二人。

 二人は俺達の元に辿り着くと、ニヤリと笑って肉を食べ始めた。


「……何、今の笑い」

「以心伝心」

「何それ。呪文?」


 この世界には、以心伝心という言葉が存在しないのか。

 面白い。少しからかってやろう。


「以心伝心と言うのは、石を電信柱に投げつけるという意味だ」

「意味が分からないわ。それ以前に、デンシンバシラって何よ」

「電信柱を知らないのか!?」

「知らないわよ! 知る訳無いでしょ!」

「仕方ないな。リズ、教えてやれよ」

「異世界の動力伝達道具よ」


 何で知ってるんだよ! つか、異世界とか危ない単語を使うんじゃねえ!


「ねえ。異世界って、どういう事?」


 そら見ろ! 食いついて来たじゃないか!


「ああ、俺達の間で流行ってる冗談なんだ」

「冗談?」

「そう。意味不明な言葉を言い合う冗談」

「怪しいわね。何か隠してない?」


 鋭い! しかし! 隠し通してみせる!!


「とにかく、良く分からない事を言うのが、俺達のブームなんだよ」

「それのどこが面白いの?」

「あら、面白く無い? ミツクニが慌てている姿」


 俺を見ていたリズが静かに笑う。

 成程。俺をからかって遊んでいるのか。


「……確かに、少し面白いわ」

「でしょう?」


 リズが微笑みかけると、エリスも微笑んだ。


「みつくに。お肉取ってえ」

「ん? ああ、ほら」

「違うの! これは焼き過ぎなの!」

「そうか? じゃあ、これか?」

「それは焼けなすぎー!」


 その後も何度か肉を選んでみたが、ミントは一向に首を縦に振ってくれない。


「全く、アンタは分かって無いわね!」


 エリスは鼻で笑うと、肉を選んで皿に取り分ける。全て取り終わってミントに渡すと、ミントは嬉しそうにそれを食べ始めた。


「……何が違うんだ?」

「肉の焼き加減なんて、生活の基本でしょう? そんな事も分からないの?」

「いや、普通は分かんねえよ」

「だからアンタは駄目なのよ」

「だからミツクニはキモオタなのよ」

「リズ。エリスのマネをしても、声で分かるからな」


 知らない振りをして首を傾げるリズ。

 つか、こいつら話し方が似ているなあ。一瞬だけど混乱したぞ。


「ふ……ふふ……」


 不意に声を出して笑い出すエリス。


「彼方達、いつもこんな感じなの?」

「まあ、そうだな」

「仲が良いのね」

「どちらかと言えば悪い気もするが」

「そんな事無いわよ」


 笑い終わり、ふうと息を吐く。


「……でも、分かった気がする」


 ああ、そうだよ。

 こうやって、何も考えずに言い合って笑える事が、楽しいって事だ。

 キモオタの俺でさえ出来るのだから、エリスにだって出来るはずだ。


「それじゃあ、そろそろ飯の時間も終わりだし、全部食っちまおうぜ」


 そう言って、四人でBBQにかぶりつく。

 それにしても、皆で食べるBBQって、やっぱり美味いんだなあ。

 元の世界でボッチだった俺には、生まれて初めての体験だったぜ!


「あ、あの……」


 声が聞こえてエリスの方を見る。

 エリスは頬を赤く染め、恥ずかしそうな表情で言った。


「……ありがとう」


 そんな姿を見て、俺は固まってしまう。

 流石はツンデレヒロイン。恐ろしい破壊力だ。


「ニヤニヤしてんじゃないわよ」


 お決まりの鉄球! 右頬が痛い!


「ほら、エリスも食べなさいよ。無くならないから」

「そうね。頂くわ」


 俺達に負けない勢いで食べ始めるエリス。

 そんな彼女の笑顔は、いつもと違って無邪気な笑顔だった。

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