第114話 青の強襲
交流都市でメリエル達と別れて、再び旅に出た俺達。
精霊の森を出てから、最高で八人まで増えたパーティーも、今や半分となった。
本来ならば、この後は人間達の首都である帝都に向かうはずだったのだが、大幅な戦力ダウンやその他諸々の理由により、俺達は先にキズナ遺跡へと向かう事にした。
キズナ遺跡に続いている道を歩く俺達。
ミントとベルゼは楽しそうに俺の周りを飛んで居るのだが、ヤマトの表情は暗い。
その理由は、勿論交流都市で起きた一件にある。
「……はあ」
視線を落としてため息を吐くヤマト。交流都市を出てから数えて居たのだが、これで二十回目だ。
気持ちは分からなくもないが、流石に苛立ってしまい、思わず口を開いた。
「天叢雲剣を奪われた事が、そんなに嫌だったのか?」
皮肉を込めて言った言葉に対して、ヤマトは相変らず地面を見ている。
「別に……剣は無くても良いよ」
ため息交じりに言うヤマト。
「でも、八尺瓊勾玉が使えなくなったのは、正直辛いなあ」
そう言って、二十一回目のため息を吐いた。
「使えなくなった訳じゃ無いだろ? 俺にだけ使えなくなっただけだ」
「その時点で、僕にとっては使えなくなったと同じだよ」
その言葉を聞いて、更に苛立ってしまう。
八尺瓊勾玉とは、勇者だけが使えるチートアイテムの一つだ。
効果は、勇者が対象にした者の瞬時完全回復。
本来であれば傷付いた仲間に使う道具だが、ヤマトは俺を回復させる為の道具だと、勘違いして居るようだ。
(やれやれ……)
塞ぎ混んで居るヤマトを見て、今度は俺がため息を吐いてしまう。
ヤマトを勇者にしたのは、親友役である俺だ。
半ば強引に勇者にした手前もあって、ヤマトがどういう勇者になっても、文句を言える立場では無いとは思っている。
しかし……だ。
幾ら何でも、今のヤマトは親友役である俺に『依存』し過ぎて居る気がする。
(勇者が親友だけを守ってどうするよ……)
今思えば、悪魔から逃げる為に精霊の森に入った時から、その兆候はあった。
俺もそれに気付いて居たのだが、ヤマトに勇者で居て貰いたい一心で、見て見ぬふりをしていた。
その結果が、今の状態を招いてしまった。
(……困ったなぁ)
二度目のため息を吐く。
人によっては『依存するな』みたいな事を言ってしまえば良いと思うのだろうが、俺にはそうする事が出来ない。
その理由は、ただ一つ。
今のヤマトにそれを言うと、ヤマトが壊れてしまう可能性があるからだ。
その兆候が出始めたのは、同じく精霊の森に住み始めてからだ。
長い森の生活で、ヤマトは俺に対しての気持ちを、前面に押し出すようになった。
その行為を勇者と言う大役のプレッシャーから逃れる為の行為だと感じた俺は、ヤマトを勇者にした責任を感じて、素直に受け止めて居た。
そして、それを受け止める度に、ヤマトの心の奥にある闇が、少しずつ肥大して行くのも感じて居た。
恐らく、今のヤマトは俺に依存する事で、自らの役割を何とかこなして居る状況。
例えるなら、パンパンに膨らんだ風船だ。
小さな刺激一つで、そのストレスは簡単に爆発しかねない。
だから、今は言えない。
ヤマトの事が大切だからこそ、何とかしてその風船を、少しずつ小さくしなければならない。
(とは言え、だ……)
ハッキリ言って、状況は厳しい。
悪魔達は引っ切り無しに世界を襲っているし、パーティーの戦力が落ちて、今や自分の身を守る事すら難しい。
この状況で、どこまでヤマトに本来の自分を取り戻して貰えるか。
その鍵は、恐らくキズナ遺跡に居る、勇者ハーレムなのだろうが……
「ミツクニ君!」
ヤマトに叫ばれて我に返る。
異変に気付いて上げた視線の先には、銀色に光る鋭い刃。
俺はマクスウェルを瞬時に発動して、その刃を何とか回避した。
「……っはあ!」
止めた時間は五秒。
マクスウェルの力を使う代償として、その秒数リアルタイムで動けない。
敵と対峙して居る状態で、その秒数は致命的だ。
「ゴオオオオァ!」
咆哮しながら突進して来る悪魔。そのいで立ちは、中身の無い鎧騎士。
頭を抱えている所を見ると、あちらの世界のデュラハンと言う名前が浮かんで来た。
(くそっ……!)
そんな事を考えながらも、まだ動けずに居る俺。他の仲間達も、複数のデュラハンに足止めをされていて、動けずに居る。
この状態は……非常にまずい。
(動け! 動け動け……!!)
必死に腕を持ち上げようとするが、どうやっても動かないのは、精霊の森で修業して居た時から分かっている。
つまり、既に詰んだ状態だった。
(ああ、駄目だこれ……)
近付いて来るデュラハンを見ながら、やれやれと笑ってしまう。
人間は何かを諦めた時に、様々な状態に陥るらしいが、俺の場合は笑ってしまうようだ。
(まあ……これが現実だよなあ)
この世界は異世界とは言え、ゲームの世界では無い。不意の出来事で命を奪われる可能性など、幾らでも存在する。
ましてや俺は、この世界の人間に比べて、体の強度が格段に低い。
それを考えれば、今まで生きて来られた方が、不思議なくらいだ。
(……なんてな!!)
などと思いながら、歯を強く食いしばる。
絶対に死ねない!
ここで諦めてしまったら! 何の為に今まで生き続けたのか!
「ぐっ! ぐうううう……!」
諦めない!
望まれて居るから!
俺の大切な人達が! 俺が生きる事を望んでくれて居るんだ!!
「ああああああ……!」
鉛のように重い腕を動かして、両腕のシールドを展開する。
恐らくこの状態では、デュラハンの重い一撃には耐えられない。
それでも、生き残れる可能性があるならば、やれる事をやるしかない!
「ミツクニ君!!」
振り下ろされる白銀の刃。
それに備える俺。
シールドと刃が交差して光が走る。
その時だった。
『愛!!!!』
周囲に轟く、女性の叫び声。
視線の横から放たれる超高速の拳。
それに遅れて、ヒラリとはためく青い布。
「ガアアアア……!!」
突き出された拳はデュラハンの体を的確に捉え、デュラハンはバラバラに吹き飛んだ。
静かになる周囲。
その中心で、青き者が拳を降ろして天を仰ぐ。
「愛。それは……不意に奪われるもの」
最早疑うまでも無い。
舞い降りた。
愛の天使が、俺の元に舞い降りて来た。
「ミツクニ……君?」
ポカンとした表情でこちらを見るヤマト。
俺はふうと息を吐いた後、ゆっくりとヤマトの事を見る。
「ヤマト」
そして、言った。
「絶対に動くなよ」
一呼吸。
視界から消える青き者。
青い軌跡だけが、石の地面を駆け巡る。
「愛!」
ヤマトの周りに居る悪魔が弾け飛ぶ。
「愛!!」
ミント達の周りに居る悪魔が空に舞う。
『愛!!!』
周囲に居た悪魔達の動きがピタリと止まる。
スローモーション。
そして、青き者が再び現れると同時に、全てのデュラハンが粉々になり、土へと帰って行った。
「……」
完全に言葉を失っているヤマト。
そう言えば、ヤマトは彼女が戦っている姿を、見た事が無いんだったな。
「愛。それは……人を繋ぐもの」
こちらを見て、ニコリと微笑む修道士。
シスター、ティナ=リナ。
「ミツクニさん、元気そうですね」
俺の元へと歩き、手を差し伸べて来る。
色白の綺麗な左手。
その手を掴み、ゆっくりと起き上がった。
「シスター、どうしてここに?」
ティナは手を離すと、修道服の裾に手を入れる。
取り出されたのは、見覚えのある白い羽。
「旧友に頼まれまして」
メリエル……
あれほど嫌そうに愚痴って居たのに。
「さあ、参りましょう。愛の試練が待っています」
羽根を俺に渡して歩き出すティナ。その背中を見て、再びため息を吐いてしまった。
「ミツクニ君……?」
ヤマトがゆっくりと近付いて来る。
「あれって、シスターティナだよね?」
ティナはメリエルとは違い、勇者ハーレムの一角なので、ヤマトとも面識はある。
「あんな人だったっけ?」
苦笑いを見せるヤマト。
それに対して、俺は笑顔を返した。
「あんな人だったよ」
そう。
彼女は初めて会った時からあんな感じだ。
お前のハーレムだってのに、何も分かって無いんだなあ。
「ほら、行くぞ」
だけど、大丈夫。
今は分からなくても、キズナ遺跡に行けば、きっと分かる。
お前の為に集まった勇者ハーレムは、お前が思っているよりも、ずっと凄い人達なのだと。
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