第113話 お姉さんのガチ説教

 連携攻撃の反動で動けずに居る俺の元に、ヤマト達が戻って来る。


「ミツクニ君!?」


 俺の状態を見てヤマトが叫ぶ。

 エリスも目を大きく見開いて、俺の元に駆け寄って来た。


「今すぐに回復魔法を……!」


 ヤマトが慌てて八尺瓊勾玉を取り出す。

 しかし、俺は震える手を動かして、その行為を制した。


「俺は……メリエルが回復してくれてるから……大丈夫。だからヤマトは……エリスと街の人達の回復を……」


 メリエルの回復のおかげで、俺はもう生死の峠を越えている。それを考えると、エリスや街の人達を回復した方が良い。

 それなのに……


「駄目だよ! まずはミツクニ君をしないと!」

「そうよ! アンタ弱いんだから!」


 二人がそれを拒絶する。


「待ってて! 今僕が回復するから……!」


 勾玉を俺にかざそうとするヤマト。俺は唇を噛み、もう一度それを拒否しようとする。


「ミツクニの声が聞こえませんでしたか?」


 俺より先に口を開いた女性。

 それは、俺に治癒魔法を掛けてくれている、メリエルだった。


「ミツクニは私が居るから大丈夫です。ですからヤマトさんは、まずエリスさんを回復してあげてください」


 冷静な口調でヤマトに促す。

 それでも、ヤマトは首を横に振った。


「メリエルさんより僕の治癒魔法の方が強いんだ! だから僕が……!」


 感情の赴くままに言ったその刹那。メリエルの翼が素早く動き、羽根先がヤマトを捉えた。


「聞こえませんでしたか? ミツクニは私が居るから大丈夫です」


 メリエルがもう一度言う。

 今度は、深い怒りと殺意を込めて。


「ヤマトさん。貴女は横に居るエリスさんの消耗が、見えて居ないのですか?」


 そう言われて、やっとヤマトが横を見る。

 俺を見ながら肩で息をしているエリス。顔色が真っ青で、今にも倒れそうだ。


「街の人達もそうです。貴方達が介抱してあげたと言っても、安全な場所に避難させただけでしょう? これから何が起こるか分からないのですから、ヤマトさんが回復してあげた方が安全です」

「それはそうね」


 その言葉に素直に頷いたのは、エリス。

 しかし、その言葉の後に付け加えた。


「でも、私は大丈夫だから」


 それを聞いて、俺の中で何かが弾ける。

 ……大丈夫だから?

 そんな真っ青な表情をしていて?


「……お前等」


 もう、我慢が出来ない。

 動かない体を無理やり動かして、立ち上がろうとする。


「いい加減に……!」


 俺が文句を言おうとした、その時。

 再び彼女が口を開いた。


「お二人とも」


 メリエルは短く言った後、二人に向けて笑顔で手招きをする。

 その笑顔に疑問を持ち、メリエルに近付く二人。

 次の瞬間、メリエルが二人に思い切りビンタをして、二人は左右の壁に叩き付けられた。


「……!?」


 一瞬の出来事に目を見開く。吹き飛ばされた二人も、ぽかんとした表情で頬を抑えて居た。


「お二人とも、こちらに来て下さい」


 言葉に反応出来ない二人。


「聞こえませんでしたか? こちらに来て、座りなさい」


 優しい声で威圧するメリエル。

 ここで、改めて言っておこう。

 彼女は生と死を司る天使だ。

 勇者や勇者ハーレム等とは、根本的に格が違う。


「座りなさい」


 逆らえるはずも無い。

 ヤマトとエリスはゴクリと息を飲み、メリエルの前に座った。


(……正座かい)


 うん、分かるよ。

 今のメリエルの状況を見たら、自然と正座になっちゃうよね。


「よろしい」


 俺を膝枕したまま、メリエルが深く頷く。

 何だろうこの構図。傍から見たら、俺がとても偉そうだぞ?


「ヤマトさん」


 そんな俺の気持ちを無視して、メリエルが静かに語り始めた。


「貴女とエリスさんは、どういう関係ですか?」


 分かり安い質問。

 だけど、それが逆に二人を不安にさせる。


「……仲間です」

「では、エリスさんは?」

「……仲間です」

「そうですか」


 メリエルが頷く。


「ヤマトさん。ミツクニとエリスさんの状況を見て、回復魔法を掛けなければいけないのは、どちらですか?」

「……」

「ヤマトさん」

「……エリスです」


 メリエルが笑顔で頷く。


「違うわ! 体の弱いミツクニが先……!」


 エリスが立ち上がろうとする。その鼻先を、メリエルの羽根先が素早く捉えた。


「黙りなさい」


 大気圏に居た悪魔すら貫いた、メリエルの攻撃魔法。その矛先が向いて居るにも関わらず、エリスは食い下がらずに口を開く。


「撃ちたければ撃てば良いわ! 私は間違った事を言ってないもの!」


 ……

 おいおい、いい加減にしろよ。

 俺を大切に思ってくれるのは嬉しいけど、それが過ぎて過保護になるのは……


「そうですか」


 そんな事を考えて居た俺の頭上で、メリエルがため息を吐く。

 そして、次の瞬間。

 メリエルの羽根先が、俺の額に向けられた。


「では、次に何か反論をしたら、ミツクニを撃ち抜く事にします」


 成程、良い作戦だ。

 そう言う事らしいから、二人とも絶対に反論してはいけないよ?

 この天使様は、冗談でこういう事をしないからね!?


「……」


 うん。分かって頂けて幸いです。


「全く……」


 メリエルが再びため息を吐く。


「貴方達は仲間と言う言葉を、少しはき違えていませんか?」


 首を傾げて見せるメリエル。


「お互いを大切にする事は、良い事だとと思います。ですが、それが過ぎて本来の目的を見失うのであれば、それはもう仲間では無く、互いが好きで集まっただけの集団です」


 とても的確な言葉ですなあ。

 だけど、ぶっちゃけ勇者ハーレムって、そういう集まりな気もするけど……


 ……いや。

 そうか。

 今やっと、俺も気付かされた。

 だからこそ、こんな事になって居るのか。


(メリエルは……気付いて居たのか)


 メリエルだけでは無い。リンクスやベルゼも、きっとそれに気付いて居ただろう。


(親友役は俺なのに……何をやってんだか)


 勇者ハーレムを作れば、全てが勝手に上手く行くと思っていた。

 だけど、それは間違いだった。

 俺がやらなければいけない事は、そう言う事では無かったのだ。


「そう言う事ですので……」


 メリエルの両手が、俺の首を優しく包む。

 黄色く発光する両手。

 光が消えると、メリエルは再びヤマト達の方を向いた。


(……何だ?)


 首元が少しだけムズムズする。

 何かこう、マフラーをしたかのような……


「今、ミツクニに呪いをかけました」

「……んん?」

「この黄色いチョーカーが付いている限り、私以外の人間がミツクニに回復魔法を掛けると、ミツクニの首が締まります」

「ええと……つまり?」

「私以外がミツクニに回復魔法を掛けると、死にます」


 いきなりだな!

 ああっと! でも反論はするなよ!

 したら俺今死ぬからね!?


「この呪いを解きたいですか?」


 口を紡いだまま大きく頷く二人。

 俺も頷きたい所だが、仲間としてメリエルの動向を黙って見守るしか無い。


「では……」


 メリエルが俺に向けていた翼をたたむ。


「エリスさん。貴女はこれからこの街に留まって、私の修業を受けて貰います」


 ……へい?


「ヤマトさんは……そうですね。その剣を置いて行って貰いましょうか」


 何ですと?

 それはつまり、俺はここでメリエル達と別れて、強力な武器を失ったヤマトと、この危険な旅を続けるという事ですか?


(死ぬて!!)


 旅の難易度が一瞬で跳ね上がったぞ!?


「メ、メリエル? 流石にそれは……」

「大丈夫です。エリスさんが回復魔法を使えるようになれば、その魔法でチョーカーも外せますから」

「つまり! メリエルは外す気が無いと!」

「最近はミツクニも無理をし過ぎて居ますから。良い薬です」


 俺に対しての戒めでもあったのね!?

 流石は死の天使! 仲間にも容赦無しですな!


「ミツクニ。構いませんよね?」


 そんな考えを無視して、メリエルが俺に微笑み掛けて来る。

 ……ああ、分かってるよ。

 俺とメリエルは『仲間』だからな。


「エリス。ヤマト」


 俺は二人の方を見る。

 そして、真剣な表情で言った。


「どうするかは、お前達に任せる」


 全ては二人が決める事。

 二人が本気で嫌ならば、俺はこのチョーカーを付けたまま、一生を過ごすだけだ。

 そして、俺はそれでも全然かまわない。


「……やるわ」


 先に声を上げたのは、エリス。


「いえ、やります。よろしくお願いします」


 言い方を変えて、深く頭を下げる。

 それに対して、ヤマトは……


「僕は……」


 躊躇する。

 これが、今まで勇者ハーレムを集める事だけに尽力した結果。

 俺は親友役として、勇者に大切な事を教える事が出来なかった。


(ヤマト……)


 だけど、頼むから。

 今だけは、自分の力で乗り越えて欲しい。

 親友の力に頼らずに。

 自分の力で。


「……分かりました」


 絞り出すように言った、その一言。その言葉に、俺は大きく安堵の息を付いた。


(……やれやれ)


 思わず小さく微笑んでしまう。そんな小さな隙を、メリエルは見逃さなかった。


「……ミツクニも、色々と大変ですね」


 耳元で囁くように言うメリエル。

 どうやら、そのようですね。

 俺が思って居た以上に、色々と大変な状況だったみたいです。

 だけど……


「大丈夫だよ」


 そう言って、微笑む。

 何故ならば……


(俺には頼れる仲間が居るから)


 口にするまでも無い。

 目の前に居る天使の微笑みこそが、それを確信させてくれるんだ。

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