第112話 白線一殺

 精霊の森に引きこもって居た俺達は、森で様々な戦術を研究していた。

 理由は勿論、森の外に居る悪魔達と、対等に戦う為だ。

 最初は個々の戦術を研究していたのだが、話は次第に仲間同士の連携の話になり、気が付けば連携攻撃の研究ばかりをしていた。


 そんな中で、俺達は一つの発見をした。

 それは、俺自身は魔力を持って居ないが、魔法攻撃や治癒魔法が効くという事だ。


 今更かと言えばそれまでなのだが、これを仲間との連携に使えないかと考えた時、その特殊体質は大きな意味を持った。

 その一例が、今から行うこの連携攻撃だ。


「では、行きますよ」


 メリエルの言葉に頷いて、悪魔の居る方向を見る。

 少しの沈黙。

 やがてメリエルが翼を大きく広げて、俺の脇の下から両腕を伸ばして来た。


(ふふぉおおおおおお……!!)


 お分かりになるだろうか。

 天使と呼ばれている絶世の美女に、背中から優しく抱きしめられる感覚を。

 しかも、脇の下から胸にかけてですよ?

 女性特有の柔らかい場所が、俺の背中にフワリと当たり、それはもう天国にも昇るかと思われる至福の時間が……


「ふうぅぅぅぅ」


 み、耳!? 耳に吐息ですか!?

 それどうなのよ! 倫理的にどうなのよ!?


「ふふ……嬉しいですか?」


 ……それを今聞きますか。


「ねえ、ミツクニ。正直に答えて下さい」


 いや、まあ、何と言うか……


「嬉しいです」

「では、ずっとこうしていますか?」

「気持ちはありがたいのですが、このままでは俺が持ちませんので、そろそろ次のステップに移って頂きたいです」

「あら、せっかちなのですね」


 メリエルが嬉しそうに微笑む。

 ああ、何と幸せな時間なのだろう。

 今回は鉄球を投げて来たり、頬を膨らませて睨んで来る人も居ない。

 こんな時間がずっと続けば良いのに。


「では、行きますよ」


 しかし、そんな事を考えて居る暇は無い。

 俺は頷き、訪れる痛みに備える。


「はっ!」


 掛け声と共に、メリエルの翼から多数の羽根が舞い散る。

 フワフワと宙を舞う白羽根。

 次の瞬間、羽根が一斉に俺の方を向き、全身に羽根の根が突き刺さった。


(ぐううっっ……!)


 全身に走る強烈な痛み。

 まるで、全身に注射を刺されたようだ。


「ミツクニ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……続けてくれ」

「では……」


 メリエルがゆっくりと深呼吸をする。

 それに少し遅れて、広がって居た翼が折れて、俺の脇腹に突き刺さった。


「ぐうううううう……!」


 我慢が出来なくなり、ついに声を出してしまう。


「ミツクニ……」

「……大丈夫。大丈夫だから」


 心配そうに見るメリエルに笑顔を返す。

 そして、小さく頷いた後、今度は飛んでいるベルゼに声を掛けた。


「行けるか?」

「大丈夫だ」

「それじゃあ、頼む」


 ベルゼはクルリと一回転すると、背中のシャッターを開けて、メリエルの右目前にふわりと降りる。

 これで、準備は完了だ。



 さて、これから俺達が何をするのか、ここで先に説明しておこう。

 最初にも言った通り、俺の体は魔力を貯め込まない性質を持っている。

 しかし、魔力自体を受ける事は出来る。

 では、受けた魔力はどこに行くのか?


 正解は、魔力は体を抜けて地面に落ち、魔法で具現化された効果だけが残る、だ。


 ここで、一つ面白い事に気付く。

 純粋に魔力だけの攻撃を受けた場合、俺はどうなるのか。

 結果を先に言えば、魔力は地面に抜けて、俺に魔法のダメージが残る。

 しかし、このダメージは具現化した魔法とは違い、痛みが少ない。


 それらを踏まえた上で、話は次の段階へと進む。


 今、メリエルは自分の体と羽根を使って、俺の全身を包んで居る。

 この状態で俺が魔力を受けると、メリエル自身が防御壁となり、放出されるはずの魔力が体内で滞留する。

 それこそ、底なしに。

 そんな状態で、俺の体の一か所だけに、魔力を放てる場所を作り、メリエルが攻撃魔法を放てば、どうなるか。


 つまりは、そういう事だ。


「……では、始めます」


 魔力を流し始めるメリエル。

 それと同時に、俺の体が白く発光する。


「位置表示開始」


 ベルゼの言葉と同時に、メリエルがベルゼの背中にある望遠レンズを覗き込む。


「発射口の位置調整を開始」


 ベルゼがアームで俺の左腕を持ち上げて、ゆっくりと動かし始める。

 そして、空へと向けて、ある程度の角度が出た所で、ピタリと止まった。


「位置調整完了」


 メリエルが両手で俺の左腕を掴む。

 これで、準備は完全に整った。


「ミツクニ、覚悟は良いですか?」

「ああ、大丈夫」


 口ではそう言ったが、体は震えている。

 この技を精霊の森で試した時の事を、思い出してしまったからだ。


(考えるな。黙って前だけを見ろ)


 自分に言い聞かせる。

 気を張らずに、力を抜いて待機するんだ。

 そうすれば、一瞬で終わる。


「行きますよ」


 腹の底から押し寄せる恐怖。

 誰だって、痛いのは嫌なんだ。


「カウントダウン」


 考えるな!


「5、4、3……」


 何も考えるな!


「2、1……」


 何も……


「零」


 左手の指先から放たれる一線。

 その光は紫色の雲を軽々と切り裂き、宙の彼方へと飛んで行く。

 飛んで行く。

 俺の意識も……飛んで行く。



 ゆっくりと、目を覚ます。

 ぼんやりとした視界。

 視野が戻り始めて、最初に俺が認識したのは、綺麗な金色の瞳だった。


「目を覚ましましたか?」


 優しい微笑み。

 周囲には、綺麗な白羽が舞っている。


「大丈夫です。全て終わりました」


 視線の先に、眩しい光が射し込む。

 割れた雲から零れ出した、太陽の光だ。


(……綺麗だなあ)


 まるで、絶望の中に降り立つ希望の光。

 いや、あれは正しくそれなのだろう。


「体は痛くないですか?」


 痛い。

 もの凄く痛い。

 四肢は痺れて動かないし、突き刺さるような痛みが、体中を駆け回って居る。


 後から聞いた話なのだが。

 この連携攻撃を使った後、俺は一度死ぬらしい。

 死んだ後、ベルゼが電気ショックで心臓を動かして、メリエルの治癒魔法で生き返らせるのだそうだ。

 これぞ正しく、生と死を司る天使との連携攻撃。


(笑えないよなあ……)


 そう思いながら、笑う。

 体中が痛いけど笑ってしまう。


「気持ち良いですか?」


 メリエルの治癒魔法。

 ヤマトの使う瞬時回復とは違い、ゆっくりと回復する。とても温かくて、天国にでも居るかのような気分だ。


「天使ですから」


 そう言って、メリエルが笑う。

 心を読まれたか。

 この世界の女子は、絶妙な所で心読んで来るんだよなあ。


「街の人達は全員無事のようです」


 それは良かった。


「ヤマトさんとあの女も無事ですよ」


 そうか。

 良かった。

 本当に……良かった。


「喜びに格差を感じますね」


 だから、心を読むなって。

 でも、そうだな。格差はあるさ。

 誰だって知らない人間よりも、知って居る人間の事を心配するだろう?


「そうですね」


 メリエルが上品に笑う。

 そう言えば、この状態。

 伝説の『膝枕』って奴じゃないですか?


「お気に召しましたか?」


 ええ、とても。

 ヤマトやエリスがこの光景を見たら、怒るだろうなあ。

 だけど、今はこのままで良いや。

 気持ち良いし。

 幸せな気分だし。


 この幸せを堪能出来るのならば、ビンタの一発や二発くらい、喜んで受けますとも。

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