第111話 天使って言葉にすると何か恥ずかしいよね
魔力を暴走させる紫の雨。
元々魔力の無い俺はその効果を受けないが、この世界の人達は魔力が生命力なので、次々と倒れて行く。
そんな中で、俺とベルゼはその雨の発信源を特定する為に、街の中央にある高台へと足を運んだ。
(これは……酷いな)
高台から街を眺めて唇を噛む。
建物内に居た人達は無事のようだが、野外に居た人達はその場に倒れて、何とか生命を維持している状態だ。
「ベルゼ。外に居る人達は、このままで大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、ベルゼが一回転する。
「今の所は問題無い。だが、長時間雨に当たると、危険だと思われる」
「まあ、そりゃそうだろうな」
生命の源を乱す雨を浴び続けて居るのだ。無事で済む訳が無い。
そんな中で、街を縦横無尽に走り回り、倒れている人達を救助して居る二人。
勇者ヤマトとツンデレヒロインのエリス。
(全く……)
二人を見下ろして、大きくため息を吐く。
ヤマトは勇者専用のシールドを装備しているから、問題は無い。しかし、エリスは俺の渡したマスクを外して、マントだけを羽織っている。
倒れて居る人に笑顔を見せる為に外した様だが、エリスは既にフラフラで、とても救助された人が安心するようには見えない。
それでも、彼女は……
(笑って居る……)
そして、救助された人達は、彼女の笑顔を見て安心しきっている。
まるで、もう大丈夫だと言わんばかりに。
「面白くありませんね」
声が聞こえて、ゆっくりと振り向く。
そこに居たのは、街の外にある祠で待機していたはずの、メリエルとミントだった。
「ミツクニの親切を受けながら、それを無視して自分勝手な事をして」
メリエルがエリスを見下ろしながら、静かに殺気を放って居る。
これは……非常にマズい。
彼女は興味の無い者には容赦無いからな。
「エリスも俺の気持ちは分かって居たと思うからさ。それで勘弁してくれよ」
「まあ、ミツクニがそう言うのなら……」
んん!? 簡単に折れたよ!?
メリエルにしては素直すぎて、逆に怖いんですけど!?
「みつくにぃ!」
そんな俺の心情を無視して、ミントが胸に飛び込んで来る。
はっはっは、可愛い奴め。
でも、毎回胸が強打されて凄く痛いから、そろそろ力加減を覚えような?
「ミント、雨は大丈夫だったか?」
「ふぇ?」
首を傾げるミント。
まあ、そうですよね。魔王と天使ですから。
普通の人がダメージを食らっても、彼女達からすれば、蚊に刺されたようなものですよ。
「それじゃあ、メンバーが揃った所で……」
俺はベルゼに視線を戻す。
「どうだ?」
「うむ、解析は既に終わっている」
流石は未来型ドローン。こういう時にチートの仲間が居ると、本当に助かるなあ。
「どうやらこの雲は、悪魔が発生させているようだ」
ハッキリと悪魔の仕業と判別した事に、思わず目を丸める。
「ベルゼ、分かるのか?」
「分かる。悪魔はこの世界に住む存在とは、魔力の質が少々違う」
「へえ、そうなのか」
それを聞いて、不謹慎にも微笑んでしまう。
何故、微笑んでしまったのか。
それは、悪魔を特定出来るか否かで、これからの苦労が大きく変わるからだ。
(これなら、この世界の生物に擬態されても、判別が出来るって訳だ)
起こりうる事態に備えているか否かで、その時に動ける速さが変わる。だからこそ、これは大きな収穫だった。
俺は気持ちを改めて、質問を続ける。
「それで、その悪魔とやらは、どこに居るんだ?」
「それなのだが……」
言葉を濁すベルゼ。
首を傾げて見せると、ベルゼがクルリと回って声を発した。
「悪魔は、大気圏に居る」
「……は?」
予想外のスケールに、一瞬思考が止まった。
「大気圏って、あの大気圏か?」
「そうだ」
「大気圏って雲作れるっけ?」
「正確に言えば、あれは雲では無く特殊なガスだ」
「成程。そういうシステムですか」
出たよこれ。
異世界特有の『都合の良い展開』だ。
「全く……」
最近は口癖のように、このセリフを言っている気がするなあ。
だけど、仕方の無い事ですよ。
戦いにルールが無いとはいえ、大気圏なんて無茶苦茶過ぎるんですから。
(さて、どうするかなあ)
そう思いながら、再び街を見下ろす。
相変らず街の人を救助して居る二人。
その時、エリスが道の出っ張りに躓き、紫色の水溜りに飛び込んだ。
(エリス……!)
思わず飛び出しそうになったが、何とか踏み留まる。俺が今やるべき事は、彼女を助ける事では無く、このガスを早急に何とかする事だ。
「あの女の事が、そんなに心配ですか?」
それを言ったのは、細い目でエリスを見下ろして居るメリエル。
彼女に嘘を吐いても仕方が無いと思い、素直な気持ちを口にした。
「ああ、凄く心配だ」
「この雨の中でミツクニの元に駆け付けた、私達よりも?」
「……今は、そうだな」
「そうですか」
メリエルが小さくため息を吐く。
いつも優しく接してくれるメリエル。その優しさに甘えている自分が、今ここに居る。
それでも、俺はエリスが心配なんだ。
「気に入りませんわ」
「……ごめん」
「ミツクニの事ではありません」
メリエルがふわりと金色の髪を揺らし、ゆっくりとこちらに向く。
「私が気に入らないのは、仲間の想いを無視して、自分勝手に行動をしている、あの女です」
おっと、ここでミツクニ贔屓ですか。
正直な所、俺も今のエリスみたいな行動を、しまくって居ましたよ?
「それなのに、あの女は私達の高みへと、近付いて来て居る」
私達の……高み?
「それって、まさか……」
俺の拙い言葉を理解して、メリエルが頷く。
「彼女は、天使になりつつあります」
言葉だけを聞けば中二発言なのだが、目の前に本物の天使が居るので、流石に笑えない。
天使って、最初からなっている訳では無いのか?
「自らを犠牲にして他を癒す。さしずめ……慈愛の天使と言った所ですか」
「うん。真面目な所申し訳ないが、聞いて居て少し恥ずかしくなって来たぞ?」
俺を無視してエリスを見続ける。
「気に入りませんわ。まるで、他人に無理やり愛を押しつける、あの自分勝手な天使のようで……」
メリエルが恨めしそうな目で小言を呟く。
しかし……今もの凄く気になる事を言ったな。
(他人に愛を押しつける天使……)
俺、その人知ってる気がします。
多分その天使って、青い修道服を着た、もの凄く強い……
「ミツクニ」
ベルゼに声を掛けられて我に返る。
「どうした?」
「ガスが濃くなってきている」
それを聞いて、慌てて周囲を見る。
確かに、先程よりも紫色が濃くなっていた。
「このままでは、建物内にもガスが侵入する恐れがある」
「成程。時間が無いって事か」
流石は予言の悪魔。今までに出会った悪魔とは、被害の規模が段違いだ。
(うーん……)
腕を組んで空の彼方を眺める。
今から大気圏まで行くのは、当然不可能。
とは言え、大気圏まで届く遠距離武器など、この世界には存在して居ない。
そうなると……
(……あれをやるしかないか)
選べる選択肢は、一つしか無かった。
「メリエル」
それを行う為に、俺はメリエルに声を掛ける。
しかし、メリエルは相変らずブツブツ言っていて、こちらに気付かない。
「メリエルー」
「……は、はい?」
やっと我に返り、慌てた表情をこちらに向ける。そんなメリエルに対して、俺は一呼吸置いた後、真剣な表情で言った。
「あれをやろう」
「嫌です」
「即答かよ」
「だってあれをやれば、ミツクニがボロボロになるのですもの」
「ボロボロにはならないだろ。ちょっと体に物凄い激痛が走るだけだ」
「嫌です」
「そこを何とか」
メリエルがため息を吐く。
だけど、彼女も既に分かって居るはずだ。
この状況を打開するには、この選択肢しか無いという事を。
「……仕方ありませんね」
そう言って、メリエルが少しだけ微笑む。
「その代わり、覚悟してくださいね」
交換条件のように付け加えたその言葉に、思わず苦笑する。
まあ、役得と言えば役得なのだが……
あれは物凄く痛いから、プラスマイナスゼロって所だろう。
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