第110話 予言と言う名の伝言板
ゼン=ルシファーに仲間を貸してくれと言われた俺は、皆と合流してその旨を話した。
当事者であるウィズとリンクスは、予想通り二つ返事で了承してくれたが、ヤマトとエリスが反発して、そちらの方をなだめるのに苦労した。
しかし、何とか二人も了承して、俺達はウィズとリンクスを残し、魔物領と人間領の間にある交流都市へと足を運ぶ事にした。
エリスをバイクのサイドカーに乗せて、交流都市に繋がる道を走る。
空には飛んで追いかけて来るメリエルとミント。後ろには神器である天叢雲剣に乗り、謎の推進力で付いて来るヤマト。
ヤマトは既にいつもの表情に戻って居たが、エリスはベネスを出てから、ずっと不機嫌な表情を見せて居た。
「いい加減に機嫌直せよ」
サイドカーに繋がっているマイクに向かって声を掛ける。
すると、エリスがこちらを睨み付けて、マイクに向かって口を開いた。
「私はご機嫌よ。まあ、残された二人はどうか分からないけど」
痛い所を突かれて言葉を失う。
それに畳み掛けるように、エリスが声を続けた。
「私には危険な事をするなって言っておきながら、仲間には容赦ないんだものね。本当に御立派だわ」
「……」
「どうせなら、私もあの街に置いて来れば良かったんじゃない? 私なんて、どうせ居ても邪魔にしかならないでしょ?」
「そんな事無いって」
「そうかしら。私は彼方達が簡単に助けた魔物達すら、助けられなかったのよ? どう考えても、置いて来た二人より足手まとい……」
「そんな事無いって!」
思わず大声を出してしまう。
エリスは少しの沈黙の後、ポツリと言葉を溢した。
「どうせ、私なんか……」
森の生活で感覚が研ぎ澄まされたせいで、エリスの感情が手に取るように分かってしまう。
彼女は今、自分の不甲斐なさに、落ち込んで居るようだ。
(エリスは……)
言おうとして止める。
今の彼女に何かを言っても、逆効果になるだけだろう。
だけど、これだけは言える。
力の強弱に関係無く、人には個々に優れた所が、必ず存在している。
エリスは置いて来た二人よりも力は弱いが、それ以上の物を持って居るんだ。
「……エリス」
思い直して、それを言いかけたその時。
ポケットの中に入れていた手帳が、ピコピコと甲高い音を立てた。
(これは……)
この手帳は、リズが俺に持たせて居た、世界崩壊の予言を伝える物だ。精霊の森に居た時は一度も鳴らなかったので、流石に驚いてしまった。
「何か鳴ってるわよ」
エリスに頷き、バイクを止めて手帳を開く。
そして、そこに書かれている文字を見て、俺は更に言葉を失ってしまう。
『遠き場所よりいずる雲。全ての生命を狂わす』
それは、疑いようもない世界崩壊の予言。
予言システムは、キズナシステムが成就した時に、完遂したんじゃなかったのか?
「何よ。不味い事でも書いてあるの?」
「え? ああ、そうだな……」
言葉を濁して手帳を見つめる。
すると、そこに文字が追記されていく。
『こっちじゃ何とも出来そうに無いから、ミツクニが何とかしなさい』
……。
笑ってしまった。
「何笑ってるのよ。気持ち悪い」
「ああ、ごめんごめん」
駄目だ。
ニヤニヤが止まらない。
(思ってたより元気そうじゃないか)
手帳をしまい、遥か遠くを見つめる。
見つめた先にあるのは、人間の住む首都。
あいつが女王をやって居る街だ。
(ったく……)
世界崩壊の予言を、私用で使ってんじゃねえよ。
だけどまあ、仕方ないか。
あいつがそう命令するならば、俺は黙ってそれに従うだけだ。
(そう言う事で……)
改めて予言について考えてみる。
生命を狂わす雲とは、一体どういう物だろうか。
生命に巻き付いて精気を奪う?
それとも、毒の雨でも降らせるのか?
「ミツクニ!」
エリスが突然叫び、前方を指差す。
そこに見えるのは、目的地である交流都市。
そして、更にその先には、紫色の入道雲。
「何? あれ……」
エリスが大きく息を飲む。
間違いない。
あれが予言に書かれていた、生命を狂わす雲だろう。
「どう見ても、危険な感じがするな」
双眼鏡を取り出して雲を観察する。
まるで、爆破した後に巻き上がる煙のように、膨張しながらこちらへと向かって来ている。
少し眺めて居ると、その雲から紫色の雨が降り始めて、交流都市全体を覆って行った。
「ミツクニ!」
「分かってるよ」
既に周りに集まって居た皆に言う。
「メリエルとミントとエリスは、あそこに見える祠で一旦待機。ヤマトはシールドを持ってるから大丈夫だな。ベルゼも機械だから大丈夫か」
そう言いながら、便利袋からガスマスクとマントを取り出す。
「俺はこれで雨を防御する。この三人で交流都市の様子を見て、状況が分かったら戻って来て再度相談。それで良いな?」
その提案に皆が頷く。
ただ、一人を除いては。
「エリス……」
「私も行くわ」
言うと思ったよ。
だけど、何が起こるか分からない状況で、エリスを連れて行く訳にはいかない。
「エリス。頼むから……」
「止めても無駄よ。例え置いて行かれても、私は一人で行くわ」
彼女は、自分が足手まといになる事を、分かって居る。
それでも、彼女は着いて来てしまう。
何故ならば、彼女がそういう人間だから。
(……仕方ないなぁ)
遠くから命令して来るあいつといい、目の前に居るエリスといい……
俺の周りに居る女子達は、凛とし過ぎだろう。
「ほら、エリス」
便利袋からガスマスクとマントをもう一セット出して、エリスに渡す。
「これを装備しても、効果が無い可能性もあるんだからな」
「分かってるわよ」
エリスがガスマスクとマントを装備する。
可愛い女の子がその装備をすると、色々と台無しだなあ(だが、嫌いでは無い)。
「ほら! とっとと行くわよ!」
ガスマスクの奥から声を発するエリス。
俺は小さく笑った後、バイクのアクセルを全開にして交流都市を目指した。
紫の雨を体に受けながら、ゆっくりと交流都市に入る。
ここには前に、一度来た事がある。
魔物と人間が対立する事無く生活している、素晴らしい都市だった。
しかし、現状は……
「何……これ」
俺達の目に映る凄惨な景色。
魔物と人間が戦って居る訳では無い。
ただ、動かない。
誰しもが地面にうずくまり、必死に呼吸をして、生命を維持していた。
「ミツクニ」
俺の事を呼んだのは、未来型ドローンのベルゼ。
「皆の魔力が体内で暴走している」
この世界の人間は、魔力が生命力の源になって居る。その魔力が制御出来なければ、動けなくなるのは当然だ。
「建物の中に居た者達は大丈夫のようだが、外に居た者は全滅のようだ」
「衣服や傘では防げないって事か?」
「うむ。我々のように特殊な加工をした装備で無いと、この雨は防げない」
「そうなると、他の人達じゃ外に居る人達は助けられない……」
その時だった。
バイクから飛び降り、真っ直ぐに走り出す女子。
その女子は走りながらマントとマスクを脱ぎ、今にも絶命しそうな魔物の子供に、自分の装備を付けた。
(エリス……)
紫の雨を受けながら、苦しんでいる魔物に微笑みかけるエリス。
そして、言う。
「大丈夫。お姉さんが助けてあげるから」
エリスが子供を抱え上げて、雨の当たらない軒下に運ぶ。そして、近くに居た獣人に介抱を頼むと、子供の装備を外して、再び雨の中に戻った。
「大丈夫! もう大丈夫だから!」
エリスが叫ぶその言葉に根拠は無い。
それでも、彼女は笑い、皆に声を掛ける。
大丈夫。
もう大丈夫と。
「ヤマト」
「うん」
天叢雲剣に飛び乗り、倒れている人達を避難させるヤマト。その間にも、エリスは自分の装備を倒れている人に着せて、一人ずつ軒下へと運ぶ。
「エリス」
俺の言葉を無視するエリス。
「エリス!」
「うるさいわね! 今忙しい……!」
振り向くと同時に、俺は自分の着て居たマントを、エリスの頭から無理やり被せた。
「ちょ、ちょっと……!」
「助けて居るお前が倒れたら、助けられる人が減ってしまうだろ?」
マントのから顔を出したエリスに、今度はマスクをつける。
「ミツクニ! これじゃあ彼方が……!」
「俺は大丈夫なんだよ」
エリスに対してニコリと笑う。
俺にこの雨は効かない。
何故かって?
「元々魔力が無いからな」
そう。
俺はこの世界の人間とは違い、魔力が生命力では無い。
つまり、この雨は俺には効かないのだ。
「エリス」
ポカンとして居るエリスに声を掛ける。
「俺はベルゼと一緒に、あの雲の事を調べて来る。エリスはこのままヤマトと二人で、都市の人達を避難させてくれるか?」
まだ動けずに居るエリス。
それに笑いかけて、もう一度言う。
「頼めるよな?」
それを聞いて、エリスがやっと我を取り戻した。
「……本当に、任せて大丈夫なんでしょうね?」
「まあ、やれるだけやってみるさ」
その言葉で、やっとエリスが微笑む。
これだ。
この笑顔が、皆の苦しみを和らげる。
そして、彼女のひたむきさが、彼女の言葉を強く輝かせるんだ。
「絶対にその装備は外すなよ」
「分かってるわよ」
「絶対だからな!」
「何それ? 外せって言ってるように聞こえるわよ?」
「フリじゃないからな!」
「しつこいわね。分かってるわよ」
そう言いながらも、簡単にマスクを外すエリス。マスクを着けたままだと、安心させる為の笑顔が見せられないからだろう。
本当は嫌だが、彼女はきっと譲らない。
だから、俺は……
「それじゃあ、行って来る」
それだけ言って、自分のするべき事に集中した。
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