第109話 だがしかし、娘はやらんぞ

 強硬派の街で孤立して居た魔物達を救い、魔物の首都であるベネスに到着した俺達。

 街に入ってすぐに、住んで居た魔物達が俺達を見て、歓声を上げる。


「見ろ! 勇者だ!」

「勇者のパーティーが! 孤立した俺達の仲間を連れて来た!」

「勇者様が仲間を助けてくれたわ!」


 入り口にある広場に魔物達が集結して、ヤマトがもみくちゃにされる。

 それに少し遅れて、魔物であるリンクスやウィズも囲まれて、気が付けば俺一人が街の入り口に取り残されていた。


(うんうん……)


 それでも俺は、目の前で起きた結果に満足する。

 孤立していた魔物達を救えたのは、『勇者御一行』の手柄。

 勇者や仲間達が居てこその結果なんだ。


「何よ、嬉しそうな顔をして」


 外壁に背を当てて皆を眺めて居た俺に、エリスが声を掛けて来る。彼女も俺と同じで知名度が低いので、どうやら囲まれなかったようだ。


「私達を助けてくれたのは、ヤマトじゃなくてミツクニ達でしょ?」


 不機嫌そうな表情を見せるエリス。


「それなのに、皆勇者勇者って……」

「まあ、そう言うなって」


 俺は小さく笑う。


「エリスだってさ、もし自分が魔物達を助けても、それを自分だけの手柄だって強調しないだろう?」

「それは……そうね」

「俺達のリーダーはヤマトなんだから、ヤマトが感謝されて当然じゃないか」

「……」


 口を紡ぐエリス。理解はしたが、納得して居ないという表情だ。

 だから、俺は付け加えた。


「それに、俺から言わせて貰えば、今回一番頑張って居たのはエリスだろ?」


 エリスが目を見開き、少し俯く。

 その気持ち、分かるよ。

 俺達は皆に褒められたくて、何かをしている訳じゃ無い。自分がそうしたいから、そうしているだけ。

 だけど、それを仲間に褒められる事が、何よりも嬉しいんだ。


「な、何言ってるのよ……!」


 動揺しているエリス。

 流石はツンデレヒロイン。褒めたら怒られるのは、最早様式美だ。


「まあ、そう言う事だから……」


 ヤマトに視線を向けて、いつものトーンで話す。


「ヤマトー。俺達は先にゼンさんに会って来るから、後から来いよー」


 賑わっている広場では、とても伝わらないような声量。それでもヤマトはこちらに向き、いつもの笑顔で頷いた。


「よし、それじゃあ行くか」


 何事も無かったように歩き出す俺。それに遅れて、エリスが小走りで追い付いて来る。

 エリスは俺の横に辿り着くと、呆れたような表情で言った。


「アンタ達、まともじゃないわ」



 街の中央にある城に入り、謁見の間へと足を運ぶ。

 そこで待って居たのは、魔物の長であるゼン=ルシファーと、その腹心であるアーサー=サニーホワイト。

 他の魔物は厄介払いされたらしく、広い部屋には二人しか居なかった。


「よう来たのう」


 ひげを擦りながら、ニヤニヤと笑う老人。

 黒い半そでシャツに茶色の短パン。

 その風貌は、初めて会った時と全く変わって居なかった。


「お久しぶりです」

「そうじゃのう。千年ぶりくらいか?」


 冗談のように言ってゼンが笑う。俺も笑いそうになったが、ハッとして口を紡ぐ。

 ……千年だと?


「ゼンさん。やっぱり、彼方は……」

「皆まで言わんで良い。長生きしとりゃあ、色々あるって事じゃよ」


 目を細めて俺を見ているゼン。

 やっぱり、そうなのか。

 ゼンの命令でアーサーが俺を助けてくれた時から、ずっと考えていた。

 彼は最初から、俺がどういう『存在』なのかを知って居たのだ。


「ええと……」


 聞きたい事が沢山あったが、今まで助けてくれた事への感謝の気持ちが強かったので、その言葉を口にする。


「今まで色々と助けて頂いて、本当にありがとうございます」

「気にするな。ワシャあ好きでやっとるだけじゃ」


 長い年月を重ねた者が見せる、深い慈悲の瞳。その瞳に圧倒されてしまい、過去の話を聞く事が出来なくなってしまった。


「それよりも、お主には、また助けられてしまったのう」


 それを読み取ったかのように、ゼンが話を進める。俺もこれ以上の事は考えずに、いつものように振る舞う事にした。


「助けたのは俺じゃなくて、仲間達です」

「うむ、そうじゃの」


 そう言い切って、かかっと笑うゼン。


「何にせよ、お主等のおかげで、魔物達の士気も再び上がったわい」


 それを聞いて少し安心する。

 安心ついでに、魔物の王である彼に、現在の世界情勢を聞いておく事にした。


「悪魔との戦いが劣勢だと聞いたのですが、実際はどうなんですか?」


 ゼンは頷いた後、ゆっくりと天井を見上げる。


「そうじゃのう……」


 少し言葉を溜めるゼン。

 そして、日常会話のように言い放った。


「まあ、その気になれば、ワシ一人で悪魔を全て殺れる」


 それを聞いたエリスがびくりと反応する。

 それに対して、俺は……


「そうですか」


 淡々と答える。

 驚いた表情で俺を見るエリス。

 それを無視して話を続ける。


「それで、殺るんですか?」

「やらんよ。それをやってしまったら、ワシが次の『敵』になるだけじゃからの」

「なるほど。それで、これからどうするんですか?」

「今までと変わらんよ。兵を出して悪魔を減らす」

「大丈夫なんですか?」

「そうじゃのう。今のままでは、ちとキツいかもしれんが……」

「ちょぉっと待ったぁぁぁぁ!」


 大声でツッコミを入れて来たのは、勿論エリスだった。


「ねえミツクニ! 今の会話がおかしいと思うのは私だけ!?」

「うん」


 はいビンタ!


「アンタねえ! 悪魔を倒せるなら倒した方が良いでしょ!」

「だから、それをやってしまったら、ゼンさんが皆に敵として見られる訳で……」

「そんなの! 悪魔を倒してからどうにでもなるでしょ!」


 いやいや、どうにもならないから。

 大きすぎる力は、この世界を生きる人達にとっては、恐怖にしかならないんだよ。

 俺の中にある『元の世界』の記憶をたどっても、それは明らかだ。


「ふむ、元気な女子じゃのお」


 無邪気に笑うゼンを睨むエリス。

 気持ちは分かるけど、さっき言った悪魔を一人で殺せるって言葉、冗談じゃないからね?


「とにかく、ワシは戦わんよ。これは、皆で解決しなくてはいけん事じゃ」


 言った後、真っ直ぐにエリスを見る。

 その深い漆黒の瞳が、語らずともゼンの想いをエリスに伝える。

 エリスはツンデレヒロインだが、それを理解出来ないほどツンデレでは無かった。


「……分かったわよ」


 渋々納得するエリス。

 それに頷いてから、ゼンが再びこちらを見た。


「そんでのお。話を戻すが、将が足らん」

「説明無しでいきなり来ましたか」

「もう面倒じゃ。お主なら分かるじゃろ」


 はいはい。分かりますよ。

 要するに、大規模戦闘をするには、軍を指揮する人材が足りないって事でしょ?


「本来なら有能な将が三人ほど居たんじゃがのう。どこかの誰かが独り占めしたせいで、軍の士気が上がり切らんと言うか……」

「あーはい。俺ですね」

「いや、誰とは言わんよ? しかしのお、どこぞのシャバ僧がハーレム気取りで、わしらの大事な戦力を……」

「もう分かりましたから」


 一人で世界を滅ぼせる魔王の癖に、チクチクと攻撃して来るなあ。

 でもまあ仕方ないか。

 あの三人、ゼンが頼んでも聞いてくれないだろうし。


「正直俺でも厳しいけど、何とか説得してみます」

「おお! そうか! それは助かる!」

「でも、ミントは無理です」


 それを聞いた瞬間、ゼンが椅子の肘置きを叩き割った。


「むしろミントこそメインじゃろうが!」

「いやー無理無理。ミントを危険な戦場に送り出すなんて、俺には出来ない」

「ミントに手を出す輩は! ワシが消し炭にするに決まっとるじゃろうがぃ!!」

「いやいや。消し炭にするのは俺ですから」

「むしろお主を消し炭にしてやろうか!?」

「ああ!? かかってこいやぁぁぁぁ!!」


 例え相手が魔王だろうが! ミントに関しては絶対に譲らねえ!

 例えどんな手を使おうとも……!


「まあ待て」


 冷静な言葉でなだめて来たのは、ウィズの父であるアーサー。

 アーサーは俺達の間に割って入り、ため息交じりに口を開いた。


「どうせミント様は、戦場に出た所で、直ぐにミツクニの元に戻るだろう?」


 ……まあ、本当の理由はそれです。

 それと、ミントが戦場に出ても、マスコットとして扱われるだけだからね。

 将としては大事なスキルだけど、そういうのはお父さん許しませんよ。


「ミツクニも仲間を説得してくれると言っているんだ。それで痛み分けとしましょう」

「……まあ、仕方ないの」


 ゼンがやれやれと息を付く。

 何と言うか、俺も本当は分かって居たよ?

 だけど、恒例行事だからやっただけさ。

 まあ……言った事は本気だったけどな!


「それじゃあ、俺はもう行きますから」


 そう言うと、ゼンがふっと笑って俺に近付く。

 そして、肩をぽんと叩いて言った。


「今度来る時は、ゆっくりして行け」


 ……

 全く、この人は。


「はい」


 短く言った後、頭を下げて部屋を出る。

 締まる謁見室の扉。

 無事に大物達との会談が終わり、俺は大きくため息を漏らした。


「ミツクニ」


 名前を呼ばれてそちらを向く。

 向いた先に居たのは、真剣な表情でこちらを見ているエリス。


「本当に、それで良いの?」


 その言葉に対して、苦笑いを返す。


「良くないに決まってるだろ」


 そして、本音を語る。


「だけど、ゼンさん達は、俺の気持ちを全部分かった上で、それでも頼んで来たんだ」


 そう。

 あの人達は、俺がウィズやリンクスと離れたくない事くらい分かっている。

 だけど、魔物達が一致団結して戦うには、あの二人のカリスマ性が、どうしても必要なのだろう。


「いやあ……辛いよね」


 笑いながらため息を吐く。


 二人と離れる事が辛いという訳では無い。

 辛いのは、二人が俺の気持ちを分かった上で、二つ返事で了解しれくれる事。

 だけど、真に世界を救う為には、どうしようも無い事だった。


「それじゃあ、二人に頼みに行くか」


 そう言って、エリスを見ずに歩き出す。

 多分エリスは、まだ俺に言いたい事があるだろう。

 だけど、それは聞かない。

 聞いてしまえば、ウィズとリンクスと別れるのが、もっと辛くなってしまうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る