第115話 勇者ハーレムはビンタがお好き

 シスターティナ=リナと合流した俺達は、勇者ハーレムが拠点としているキズナ遺跡へと向かう。

 道中では沢山の悪魔と出会ったが、その度にティナが一撃で葬ってしまい、俺達の出番は全く無し。

 戦力が落ちて厳しい旅路になると思われたが、かすり傷すら受けずに、目的地であるキズナ遺跡に辿り着いてしまった。



 キズナ遺跡に辿り着いた俺達は、大きな門がある入り口の前で立ち止まる。

 俺が知って居るキズナ遺跡。それは、まだ発掘されたばかりの遺跡で、外壁や建物がボロボロの状態だった。

 しかし、今見て居る遺跡は、それらが修復されていて、強固な要塞に見える。きっと勇者ハーレムや集まった人達が協力して、修復をしたのだろう。


「皆、頑張ってたんだなあ……」


 それを聞いたヤマトが、誇らしそうに微笑む。


「ミツクニ君が僕達に残してくれた拠点だから、絶対に壊されないようにしようって、皆が自分の意思で直したんだ」


 それを聞いて、少し照れてしまう。

 しかし、この遺跡はヤマト達が拠点とする為に作られた場所だ。

 だから、俺を理由にする事無く、自分達の為に頑張って欲しかったなと、少しだけ思った。


「さあ! 皆が待ってるよ!」


 俺の腕を引っ張るヤマト。

 俺は久しぶりに勇者ハーレムに会えるという喜びと、多少の恐怖の間に揺れながら、大きく開いた門をくぐった。



 門をくぐってすぐに、広い敷地が目の前に広がる。そこは、悪魔に外壁を抜けられた時に、抗戦する為のスペースだ。

 本来ならば、ここに罠や攻撃道具が設置してあるはずなのだが、目の前に広がる景色は、どう見ても綺麗に整備された美しい庭園だった。


(……まあ、勇者ハーレムの拠点だからなあ)


 勇者の仲間である勇者ハーレム。言ってしまえば、女子の集まりだ。

 戦闘をする場所とは言え、一工夫して綺麗な外観にしている所は、女性ならではの感性と言えるだろう。


(しかし……こんな作りで悪魔に勝てるのか?)


 そんな事を思って周囲を見回して居ると、ある事に気付く。

 良く見ると、花壇の間に隙間がある。

 しかも、その隙間からは、禍々しい鉈のような物がチラリと顔を出していた。


(ああ、なるほどね)


 一瞬で理解する。

 恐らく、この庭園は武装されている。

 きっと戦闘が始まると、花壇の間が割れて、何かしらの兵器が飛び出すのだろう。


(……うん、勇者ハーレムの拠点だからな)


 その辺抜け目ないというか。

 この拠点にあのマッドサイエンティストや錬金術師が居る時点で、これくらいの武装は当然か。


(……正直、会うのが怖い)


 勇者ハーレムの顔を思い出して、背筋が凍る。

 彼女達と会えなくなって、三か月以上。

 やむ負えない理由があったのだが、完全に音信不通の状態で居た事を考えると、何かしらのイベントが起こる事は必至だろう。


(マズいなあ……今は回復をしてくれる人が居ないんだよなあ)


 怒られる事は確実。それ以上も十分に有り得る。


(もしかしたら、俺はここで死ぬんじゃ……)


 その時だった。


「ヤマトだ!」


 遺跡の入り口から声が上がる。


「ヤマト!」

「ヤマトさん!」

「皆! ヤマトさんが帰って来たぞ!」


 次々に湧き上がる歓声。

 それを発して居たのは、魔法学園に居た学生達と魔物達。

 恐らく、俺が居なくなってから集まった、対悪魔の戦士達だろう。


(うんうん、きちんと勇者して居たんだな)


 次々と現れてヤマトを囲む学生と魔物達。その端っこで、俺は小さくなる。


(よし、この混乱に紛れて入場しよう)


 ここでヤマトから皆に紹介などされたら、たまったものでは無い。俺は気配を消して、庭園の端を渡って遺跡の中に侵入する事にした。



 足音を立てずに庭園の端を歩き、窓から遺跡の内部へと侵入する。

 そこは、食堂へと続いている広い廊下。

 ヤマトを迎える為に誰しもが外に出て居て、がらんとしている。


(うむ、素晴らしい)


 ここまでは、予定通り。

 後は食堂に必ず居るであろう『あの人』と合流して、他の勇者ハーレムからの攻撃に対抗する、盾となって貰う。

 そうすれば、きっと俺は生き残る事が……


「待ってましたよ」


 ビクリと体を震わせる。


「ミツクニさんの事ですから、絶対にここから侵入して来ると思って居ました」


 そうか! こいつが居るんだったな!

 どこから侵入しても駄目だった!


「久しぶりの再会なのに、予定調和過ぎて本当にがっかりですよ」


 機械のように首を横に動かす。視線の先には、大きくため息を吐いて居る一人の女子。

 勇者ハーレムの頭脳、フラン=フランケンシュタイン。


「や、やあフランさん。久しぶりだね……」

「はいはい、分かりましたから」


 フランがうんざりした表情で腕を掴む。


「こ、これは一体なんでしょうか?」

「何って、拘束ですよ」

「こんなのは拘束のうちに入らない……」

「逃げられないでしょう?」


 そうですね!


「ほら、行きますよ」


 腕を引っ張り食堂へと向かうフラン。

 もしかして、これは……


「皆、食堂で待ってますから」


 ああ! やっぱり!

 全て読まれた上での食堂待機か!


「フラン。俺まだ心の準備が……!」

「はい到着」


 フランが食堂のドアを足で開く。

 目の前に広がるのは、沢山の人が食事出来るように改装された大食堂。

 そして、その中心でこちらを見ている、複数の女子。


(……終わった)


 そこに居たのは、勇者ハーレムの中でも特に縁の深い、魔法学園のヒロイン達だった。


「……今回の話は長くなりそうだなあ」

「ええ、過去最高の長文になるでしょうね」

「あんまり長いと、見るのがしんどいと思うんだけど……」

「全てミツクニさんのせいです」


 ……何も言えない。


「それじゃあ、どうぞ」


 フランが背中を強く押す。俺は倒れそうになりながらも、食堂の中央で踏み止まる。

 さあ、改めて勇者ハーレムの自己紹介も兼ねた、親友役報復祭の始まりだ。


「最初は私だ」


 魔法学園の制服をピシッと着こなして、俺の前に凛と立つ女性。

 生徒会長、シズノ=アメミヤ。


「これは暴力では無い。教育だ」


 長い青黒髪を左手で払い、そのまま大きく振りかぶる。


「安否確認は学生の義務だ! 馬鹿者が!」


 ビンタ!

 倒れそう!

 でも倒れない!


「……ふむ、良いだろう」


 シズノが満足そうに頷き、後ろに下がる。

 流石は生徒会長! キレのあるビンタだったぜ!


「次は私でーす」


 ふわりとした動きで手を上げて、こちらに近付いて来る女子。

 錬金術師、ミリィ=ロバート。


「私はそんなに強く叩かないので……」


 はい途中で躓く!

 そしてそのまま強ビンタ!


「痛た……また失敗しちゃった」


 目をパチパチさせながら微笑むミリィ。

 うん、凄く可愛いです。

 やはり俺は錬金術師に弱い……


「次は私だぁぁぁぁ!」


 ミリィを魔法でぶっ飛ばし、こちらに飛び込んで来る元気娘。

 魔法少女、マーリン=デスゲイズ。


「ふっふっふ……覚悟しろよぉ」


 右手に持ったステッキをクルクルと回しながら、悪そうな笑顔で近付いて来る。


「死ねええええええ!」


 頭目掛けて思い切り振り落とされるステッキ!

 それを捌いて腹に掌底!


「ぐっふうううう!」


 食堂の奥に吹き飛ぶマーリン。

 ふっ、悪いな。

 これが俺とお前の正しい挨拶だ。


「次は私ですね!」


 ピョンと俺の前に飛び降りる女子。

 元気後輩、ヒバリ=タケミヤ。


「大丈夫! 痛くないですから!」


 いやいや、痛いから。

 つか、能力的にお前が一番危険だから。


「はい!」


 迷いの無いビンタ!

 一瞬体が浮いたが、何とか持ちこたえた。


「ありがとうございました!」


 大きな礼で赤い髪がバサリと降りる。前はショートだったのに、伸ばしたのか。


「これで半分くらいか?」


 ふらついた体を回復させる為に、横で待つフランに声を掛ける。


「そうですね。三分の一くらいでしょうか」

「長いっすね」

「全部ミツクニさんのせいです」

「それは本当に済みません」

「でもまあ、ポッと出のヒロインが居ないだけマシでしょう?」

「……それを言ってしまうか」


 確かに。ここには魔法学園で会ったヒロインしかいない。

 勇者ハーレムは全員で30人以上居るからなあ。

 今の時点で既にしんどいのに、全員居たら流石に地獄だったな。


「つ、次は私ですね」


 そう言って、静かに近づいて来る女子。

 ヤマトの妹、イリヒメ=タケル。


「えい」


 ぺちん。

 うむ、出演時間から考えると、こんなものだろう。


「あ、ありがとうございました」


 小さな唇で言った後、ニコリと微笑む。その笑顔がヤマトに似ていて、思わず微笑んでしまった。

 ……まあ、ヤマトと血は繋がって無いんだけど。


「ミツクニ君」


 綺麗な声で俺を呼ぶ女子。

 学園のアイドル、ネール=キャラバン。


「じゃあ、歌うね?」

「待て待て。流れを壊すな」


 俺の言葉にキョトンとするネール。

 アイドルだからって、突然歌うのは違うだろ。


「そう……残念」


 魅力的な口元で笑い、何もせずに戻って行く。

 正直、歌わないで頂いて良かった。

 一見すれば清楚系アイドルだが、歌うのはデスメタルだからな。


「さて、そろそろ後半戦ですね」


 そう言って、フランがニコリと微笑む。


「そう言えば、学園長とかテレサさんとかは、居ないんだな」

「彼女達は大人なので、却下とさせて頂きました」

「アキは? 俺、彼女の眼鏡が飛ぶ所とか見たかったんだけど」

「アキは次の回で出てきますから、端折りました」


 色々と酷いな。


「まあ、そんな余裕で居られるのも、ここまで何ですけどね」


 ああ……うん。

 残りは四人か。

 この面子に対しては、余裕で居られそうに無い。


「それじゃあ、あたいの番だな」


 ゆっくりと近付いて来る女子。

 ギザギザ茶髪、鋭い目、長いスカート丈。

 ヤンデレヒロイン、ザキ=セスタス。


「……」


 何も言わずに天井を仰ぐザキ。

 そして、頬を掻きながら言った。


「ずっと待ってたんだ……からな」


 ……よし。

 今すぐ彼女を抱きしめたい。


「だから、これはケジメだ」


 ふっと息を吐き、左手を振り抜く。

 バチンと音を立てる右頬。その強烈な一撃に、意識が一瞬飛びそうになった。


「倒れないんだな」


 倒れない。

 俺は絶対に倒れない。


「うん……許してやるよ」


 それだけ言って振り向くザキ。

 自分の場所に戻った彼女は、そのままこちらに振り返らなかった。


「では、次は私です」


 凛とした口調で言い、静かに近付いて来る女子。

 和剣士ヒロイン、ミフネ=リンドウ。


「覚悟は良いですか?」


 綺麗なロングの黒髪を揺らしながら、真っ直ぐに俺を見つめて居る。


「今日は制服じゃなくて巫女服なんだな」

「ええ、とても特別な日ですから」


 艶めく赤い唇をキュッと締める。

 さて、俺も覚悟を決めなければいけない。


「行きますよ!」


 振り上げられる白い腕。俺は両足を大きく広げて、思い切り踏ん張る。


「はっ!」


 一撃。

 ザキとは違い、重く足に響くビンタ。

 それでも、俺は倒れなかった。


「……良いでしょう。許します」


 言った後、ミフネが静かに微笑む。

 うん、凄く痛かった。

 頬も……心も。


「次は私の番ですね」


 ミフネと入れ替わり、近付いて来る女子。

 この順番……ずるくないか?


「おかえりなさい。ミツクニさん」


 優しく微笑み、俺の頬を両手で抑える女子。

 家庭的ヒロインであり、俺の家事の師匠。

 サラ=シルバーライト。


「髪の色……真っ白ですね」


 右手を頬から離して、ゆっくりと髪に触れる。


「似合わないかな?」

「いえ、とても似合っていますよ」


 彼女ならば、例えどんな色になっても、そう言ってくれるだろう。

 だけど、嬉しい。

 嬉しすぎて、心がはち切れそうだ。


「色々と苦労をなされたんですね」

「……そんな事は無いさ」

「そうですか?」


 小さく首を傾げるサラ。

 駄目だ。

 感情を……隠せない。


「……遅くなって、ごめん」


 それだけ言って、俯く。

 それに対して、サラは……


「良いんですよ」


 許してくれる。

 ああ……帰って来た。

 俺はこの場所に、帰って来られたんだ。


「サラ、俺は……」


 横からビンタ!

 ビンタビンタビンタ……!

 何これ!? 感動の場面じゃないの!?


「はいはい! 良い雰囲気にならない!」


 俺とサラの間に割り込んで来て、ビンタをしまくる女子。

 狂科学者ヒロイン、フラン=フランケンシュタイン。


「ちょ、フラン……!?」

「全く! 皆の気持ちも知らないで!」


 ビンタビンタビンタ……!

 止まらないぞ!!


「本当に! 全く……!!」


 ……

 彼女は勇者ハーレムの中で、一番俺の事を理解してくれて居た存在だ。


「本当に……! ミツクニさんは……!!」


 ……うん。

 フランの言う通りだ。

 悪いのは……俺だから。


「……」


 何も言えなくなり、俯くフラン。

 やがて、左手で自分のポニーテールを掴み、そっと表情を隠す。


 だけど、俺には見えてしまった。

 茶色い髪を伝いポツリと落ちた、小さな雫が。


(……やれやれ)


 大きく息を吐き、辺りを見回す。

 そこには、こちらを見て微笑んで居る、勇者ハーレム。


 お前等は勇者のハーレムだろう?

 親友役である俺に再開したくらいで、そんなに喜んでんじゃねえよ。


(……だけど)


 足が持たなくなり、前のめりに倒れ込む。


 負けた。

 最後まで立って居られなかった。

 だけど、これで良い。

 こうすれば、彼女達に俺の感情を隠す事が出来るから。

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