第98話 親友役は不必要になりました

 勇者の親友役として、俺は召喚された。

 何も疑わずにそれを引き受けて、勇者の仲間達を集める為に奔放した。


 今思えば、何故俺はすんなりと、それを引き受けたのだろうか。


 勇者を助ける為に、世界中を回った。

 沢山の人と出会い、勇者との絆を作った。


 今思えば、何故俺はそれ以外の事に、興味を持たなかったのだろうか。


 世界を守る為に、戦争を止めた。

 そこに悪魔が現れて、世界の敵は魔物から悪魔へと変わった。


 今思えば、何故俺はこの世界の為に、そこまで頑張って居たのだろうか。



 答え。


 そうなるように、俺が作られたから。



 召喚される前の日本という国も。

 召喚された後のこの世界も。

 全ての記憶が曖昧だったのに、俺は当たり前の様に受け入れて居た。

 それを全く疑問に思わなかった。


 何故か。


 そうなるように、俺は作られたから。



「……」


 中央にあるモニターを眺める。

 世界を守る為に必死に戦っている、この世界の住人達。

 自分の存在を聞くまでは、あんなに近くに感じて居たのに、今はとても遠くに感じる。


「まあ……うん。そうか」


 それだけ言って、小さく笑う。


 人工生命体。

 夢のような存在。

 そんな存在が……俺。


 否定したいのに、否定出来ない。

 心がそれを疑わない。

 むしろ、それが真実なのだと、今までの記憶が言って居るかのようだ。


「意外と呑み込みが早いのう」


 モニターの下に居た王が言う。


「しかし……わしのDNAを使うとは、リズも考えたものじゃ」


 リズ。

 リズ=レインハート。

 俺を異世界から召喚した……と、騙していた魔法使い。


「わしの時代の人間は、異世界召喚という言葉に疑問を持ちにくい。まあ、そこまで計算したつもりはないのじゃろうが」


 俺の世界では、異世界召喚の物語が、漫画やアニメで人気だった。だからこそ、その非現実な出来事を、全く疑わなかった。


「さて、答え合わせはここまでじゃ」


 少しの沈黙。

 次の瞬間、俺の体が重くなり、地面に縛り付けられてしまう。


「キズナよ」


 王の一言で、遺跡のシステムが反応する。


『異世界召喚者、大場一郎を確認。用件をどうぞ』

「ミツクニシステムの追加システムを起動」

『かしこまりました』


 その返事と共に、地面を流れていた赤い光が、俺の元に集まる。


『英雄システム起動』


 その声と共に、俺の体を赤い光が包んだ。


『10カウント後、人工生命体の活動を停止します』

「は……?」


 思わず見開いた瞳の先に見える、王の冷たい瞳。

 王は俺を上から見下ろしながら、そのままの口調で話す。


「お主は、勇者の親友としては弱すぎる」


 何だ?

 何を言って居るんだ?


「これから勇者に守られ続けるよりも、ここで消えて英雄となった方が、勇者達の為になるじゃろう」


 消える?

 俺は……消えるのか?


『カウント開始』


 俺の思いなど関係無く、キズナがカウントを開始する。


『10、9、8……』


 声が出ない。


『7、6、5……』


 抗えない。

 いや、抗おうとする気持ちが沸かない。


『4、3、2……』


 俺が作られた存在だからか。


『1……』


 それならば、仕方が無い。


『……0』


 仕方が無いよな。


『0』


 ここで消えた方が、勇者の為になる。


『0』


 そう思って居るのに。


『0』


 思って居るのに。

 何故か、俺は消えない。


『人工生命体の消滅機能が見当たりません』


 纏わり付いて居た赤い光が弾け飛ぶ。

 それと同時に、俺の拘束が解かれた。


(……これは)

「どういう事じゃ?」


 俺が言う前に、王が声を発する。


「おかしいの。わしが調べた限りでは、消滅機能が確かにあったはずなんじゃが」


 顎髭を擦り、笑顔で首を傾げて居る王。

 いや、違う。

 彼は……笑って居ない。


「消滅機能なら、父さんが外したわ」


 そう言って、俺と王の間に立つ女性。

 リズ=レインハート。


「アーサーが? そんな話、わしは聞いとらんぞ」

「ええ。私も知らなかったわ」


 リズの周りに赤い光の玉が浮遊し始める。


「でも、少し前に父さんがここに来た時、それを教えてくれた」


 リズを見ながら、少しだけ黙る王。

 そして、静かにため息を吐く。


「……ゼンの差し金か」


 その言葉を聞いて理解する。

 突然遺跡に現れて、俺を攻撃したアーサー。

 あれは、俺の中にある消滅機能を外す為だったのか。


「アイツはわしの前任者達とも面識があるからのう。知って居ても不思議は無い」


 その言葉に少し遅れて、王の周りに青い光が浮遊し始める。


「しかし……ワシに黙って勝手に動くのは、良くないのう」


 対峙するリズと王。

 静かに、静かに大気が震え始める。


「そやつはここで消えた方が良い。その方が、この世界の為になる」

「確かに、そうかも知れないわね」


 後ろ姿だけが見えるリズ。

 その手は、小さく震えて居た。


「だけど、周りの人間は、ミツクニに生きて欲しいと思って居る」


 相手は、この世界を救う為に召喚された異世界人。作り物の俺とは違い、本当に世界を救える力を持って居る。

 つまり、相当な強者。


「そして……私もミツクニに、生きて欲しいと思って居るわ」


 震える手を握るリズ。

 ……やめろ。

 お前じゃ、絶対に勝てない。


「……仕方ないのう」


 王がもう一度ため息を吐く。

 少しの沈黙。

 次の瞬間、王の周りに浮遊していた光が、俺目掛けて飛んで来た。


「はっ!」


 それに少し遅れてリズが赤い光を飛ばし、青い光を空中で爆散させる。


「孫と戦うつもりは無かったんじゃがのう」


 淡々と話しながら青い光を放つ王。それに対抗してリズも光を飛ばして居るが、少しずつ押され始めている。


「リズ! やめろ!」


 立ち上がってリズを止めようとしたが、光が一つ飛んで来て吹き飛ばされてしまった。


「逃げなさい!」


 リズが背を向けたまま、俺に向かって叫ぶ。


「リズ!」

「私の事は良いから! 早く逃げて!」

「出来る訳無いだろ!」


 言いながら腰の双銃を取ろうとしたのだが、リズの魔法で弾かれてしまった。


「リズ!!」

「ここで死んだら! ミツクニを助けようとした人達の気持ちはどうなるの!」


 そんな事は分かっている!

 だけど! それでも!

 お前を置いていける訳が無いだろう!!


「もう良い! 俺の事は良いから!!」

「良くない!!!」


 今まで聞いた事も無い、悲痛な叫びをあげる。その言葉の強さに、言おうとしていた全ての言葉が、吹き飛ばされてしまった。


「お願い……! お願いだから……!」


 王の攻撃に耐えながら、ゆっくりとこちらに向くリズ。

 そんな彼女は……笑って居た。


「逃げて……お願い……」


 それは、俺を騙していた事への懺悔か。

 それとも、他の感情から来るものか。

 人工生命体である俺が、それを理解する事など、出来るはずも無い。


(だけど……)


 体が……動いてくれない。

 勇者の為に、ここで消えた方が良いと、己の体が言っている。


「みつくにぃ!!!!」


 叫び声。

 それと同時に、俺の体が空に浮く。


「みつくに! 死んじゃダメぇ!」


 浮かせたのは、ミント=ルシファー。

 それに遅れて白い光が空に放たれて、天井に大穴が開いた。


「行きますよ!」


 同時にメリエルが脇を掴み、一気に加速する。

 追い打ちを仕掛けて来る王。

 しかし、その攻撃は突然吹いた強風に弾かれた。


「はっ! 異世界人は相変らずだねえ!」


 俺の肩に乗ってあくびをするリンクス。


「精霊の森に悪魔の反応が無い。逃げるならば、そこが良いだろう」


 ミントの背中でピピッと鳴るベルゼ。

 皆勇者と飛び出したはずなのに、戻って来てくれたのか。

 だけど……


「……離せ」


 リズが居ない。


「離せ!! 離せぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 リズが戦って居る!

 下でリズが王と戦って居るんだ!


「リズ! リズ……!!」


 伸ばした手は、彼女に届かない。

 小さくなって行くリズ。

 そんな彼女は俺を見て、静かに微笑んで居た。

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