第99話 抜け殻の存在価値

 光。

 赤。青。黄色。

 三色の光の玉が蛍のように、俺の周りを浮遊している。


 笑い声。

 赤い声。青い声。黄色い声。

 三色の精霊達が俺の周りを浮遊しながら、クスクスと笑って居る。



 俺を笑って居るのか。

 存在を否定されて、こんな場所に放り出された俺を。



(……何も無い)


 精霊の森の中央ある大樹に背を預けて、ぼうっと空を眺める。


 異世界勇者の親友役として、俺はこの世に生を受けた。

 だけど、勇者は無事に成熟して、俺の役割は無くなった。


(本当に……何も……無い)


 思考が働かない。

 親友役としての役割が終わったせいなのか、それ以外の事に頭が回らない。

 俺はこれから、何をすれば良い?

 親友役として生を受けた『だけ』の俺は、これから何をすれば良い?



 何も無い。



 静かに瞳を開く。

 視線の先では、相変らず精霊が飛び回っている。


 精霊はこの世界の自然を司っていると、誰かが言って居た。

 その時は何とも思わなかったが、今は少しだけ羨ましい。


 この世界を存続させる為に必要な存在。

 俺のちっぽけな役割とは、大違いだ。


「全く……負抜けちまったねえ」


 下から声が聞こえて、視線だけを下げる。

 そこに居たのは、白と茶色のサイベリアン。


「お前がしょげて居ると、こっちも調子が出ないんだよ」


 サイベリアンが小さくあくびをする。


「師匠……」


 全てを見通す賢者猫、リンクス。

 彼女には勇者を助ける為に、沢山のアドバイスを貰った。

 だけど、もうそれも必要無い。


「俺の事は放って置いて、自分の為に行動してください」


 彼女は猫族と呼ばれている魔物の長だ。俺なんかとは違い、これからもやる事がある。


「私のやる事は、お前の近くに居る事さ」


 そう言って、リンクスが俺の前に座る。

 黙ってそれを見ていると、リンクスは静かに語り始めた。


「……もう、何年前になるかねえ」


 空を見上げるリンクス。


「私が目覚めた時、アイツは本当に喜んで居たよ。遂に人工生命体の製造に成功したってね」


 それを聞いて、思考が少しだけ反応する。


「世界の流れを髭で察知して、未来を見通す猫。本人からすれば面倒な能力さ。考えなくても、未来の流れが何となく分かっちまうんだから」


 人工生命体。

 俺と……同じ?


「おかげで今まで生き長らえて来られたが、正直生きる事に意味なんて感じなかった。だから、とりあえずで、私と同じ猫の奴等を助けてやってたのさ」


 そうか。

 彼女も……俺と同じなのか。


「そして、長い年月が経ち、お前が現れた」


 リンクスとの初対面を思い出す。

 あの時は、何故か彼女が話す猫だと分かった。

 今思えば、彼女が俺と同じ存在だったからなのかも知れない。


「その時に、私は思ったよ。お前に会う為に、私は生まれて来たんだって」


 ……?

 何を言っているんだ?


「私とお前は同じ存在さ。だからこそ、一緒に居る理由がある」


 それを聞いて、小さく笑ってしまう。


「無理やりじゃないですか」

「そうだねえ」

「そんなの理由になりませんよ」

「そんな事は無いさ」


 ふっと笑うリンクス。


「理由なんて、自分を納得させる為の道理でしか無いのだから」


 その言葉に、俺の心が反応する。


「勇者の親友役。確かにお前は、それだけの為に作られたさ。だけど、その役を誰かが否定しただけで、お前という存在が消える訳じゃ無い」


 真っ直ぐに俺を見つめるリンクス。

 吸い込まれるような緑の瞳。

 その瞳には……力がある。


「それならば、理由を作れば良い。私のように。お前も、自分で」


 理由。

 勇者の親友役である、俺が存在する理由。

 何かあるだろうか。


「……」


 何も言えない。

 だけど、リンクスはそれを分かっているかのように笑い、寝そべる。

 まるで、ここが自分の居場所なのだと、言わんばかりに。


(理由……か)


 考えてみる。

 だけど、上手く思考が働かない。

 心は目覚め始めて居るのに、頭に霞が掛かっている感じだ。


「あら、やっと目覚めたのですか?」


 それを見透かしたように、空から現れる女性。

 死を司る天使、メリエル。


「全く……人間と言うのは、どうしてつまらない事で、いちいち悩むのでしょうね」


 呆れたように言いながら、俺の右側に降り立つ。


「まあ、そこがまた愛おしいのですけれど」


 メリエルがフフッと笑い、当たり前のように横に座る。

 触れた右肩に感じる体温。

 死を司る天使とは言え、感じる熱は人間と同じだ。


「最初は、面白半分でした」


 微笑みながら、メリエルが語り始める。


「人間に作られた人間。この世界では、考えられる事すら無かった存在。そんなものが、どのような生き方をするのだろうと」


 俺を『もの』と言った彼女。

 それは、恐らく『物』。

 彼女にとっても、俺は『者』では無かったのだ。


「彼方は私の考えて居た通り、与えられた使命に大した疑問も持たず、淡々と行動して行きました」


 そうだな。

 俺は深く考えなかった。

 だけど、仕方ないだろう?

 そう言う存在なのだから。


「正直、見ていて滑稽でした」


 そうだろうな。


「ですが、彼方の行動は、次第に私の心を変えていきました」


 ……うん?


「彼方は、使命に基づいて行動して居ただけかもしれません。ですが、彼方の他人に対する思いやりや、私達に対する優しさは、一緒に居て心地が良かった」


 やめろ。

 止めてくれ。

 何故なら、俺は……


「……俺は、王のDNAで作られた存在だ」


 王のクローンのような存在。

 その感情の根源は……王の感情だ。


「メリエルが感じて居たそれは、俺自身の優しさじゃない」


 俺の行動は、全て王が選択する行動。

 そこに、俺の感情は存在しない。


「ミツクニ=ヒノモト」


 俺の名前をメリエルが口にする。

 まるで、愛おしいものを呼ぶかのように。


「例え元が同じであっても、個体が違う限り、それは同じ者ではありません」


 ……者。

 確かに、そう聞こえた。


「例えどのように作られても、ミツクニはミツクニであり、ミツクニの行動はミツクニ自身のもの」


 止まっていた思考が静かに回り始める。

 俺はミツクニ=ヒノモト。

 王では……無い。


「ミツクニがそれを否定しても、私はそれを否定しませんから」


 そう言って、メリエルが笑う。

 とても嬉しそうに。


(俺は……)


 良いのか?

 王のクローンと言う存在では無く、ミツクニ=ヒノモトと言う存在で……良いのか?


「マスター」


 頭の上から声が聞こえる。

 見上げた空に、クルクル回る丸い機械。

 未来型ドローン、ベルゼ。


「ベルゼ……」


 頭が回り出したおかげで、言葉が素直に出始める。


「ベルゼは、主の元に帰らないのか?」


 ベルぜがピピッと音を鳴らす。


「その必要は無い」


 そう言って、俺の腿にふわりと降りる。


「何故ならば、私は既に主の元に居る」


 その言葉が、動かない体を熱くさせる。

 繋がり始めた意識と体を確かめるように、俺は首を傾げて見せる。


「俺は仮の主で、本当の主じゃ無いだろう」


 ベルゼはこの世界を救う為に、俺と一緒に行動して居ただけ。

 ましてや、ベルゼは機械だ。プログラムされただけの感情が、己で判断を変えられるはずが無い。

 そのはずなのに……


「私は私の判断で、ミツクニを主にするように、プログラムを書き換えた」


 あっさりと自分の意思を伝えて来る。


「元の主には、随分前にそれを伝えた。主は私の行動に驚いていたが、笑ってそれを認めてくれた」


 どうして。

 どうして、そこまで俺を……


「マスターと居る事に、私は私の存在意義を感じる。私を便利な機械では無く、友として扱ってくれるマスターと、これからも共にありたい」


 ああ、そうだ。

 例え機械でも、ベルゼは大切な仲間。

 肉体があろうが無かろうが、それだけは絶対に否定しない。


「俺は……弱いぞ?」

「戦闘力だけで判断するほど、私は愚かでは無い」

「愚かって、お前……」


 こみ上げる。

 失っていた笑いが、腹の底から。

 感情が……俺の中に戻って来る。


「みつくにぃ!」


 俺の懐に飛び込んで来る黒羽のロリっ子。

 魔王、ミント=ルシファー。


「みつくに! 元気になった!」


 懐で嬉しそうにはしゃぐミントの頭を、優しく撫でる。


「そうだな。少しだけど、元気になった気がするよ」

「みつくに元気! 私も元気!」


 頭をグリグリと押し付けて来るミント。

 本当に無邪気な子供だ。

 ……百歳越えの魔王だけど。


「ミント。お前は俺と居て良いのか?」

「うん! 良いの!」


 顔を上げて俺を見るミント。

 そして、満面の笑顔で言った。


「みつくに大好き! だから! ずっと一緒に居る!」


 その言葉で、俺の心が弾ける。

 本当に……こいつは。


「……そうか」


 言った後、はっとして瞳を閉じる。

 いつもそうだ。

 真っ直ぐなミントの言葉は、俺の心を温かくしてくれる。


「ありがとう」


 それだけ言って、静かに笑う。


 あれだけ沈んでいた意識は、もう明確になって居る。

 動かなかった体も、意思の通りに動く。

 残るは……理由。

 根底にある親友役という役割を満たし、ミツクニ=ヒノモトとして生きる、明確な理由だけ。


(あるはずだ……)


 大切な仲間達が、存在を証明してくれた。

 そして、その存在を、俺自身が否定する訳にはいかない。


(何か……)


 そんな事を思って居た、その時。

 正面の木陰から現れる、一人の人間。


「ミツクニ君……」


 精霊王から貰ったペンダントのおかげで、俺達はここに入れた。

 普通の人間ならば、ここに辿り着く事は、絶対に出来ない。



 そう。

 普通の人間ならば。



「やっと……見つけた」


 小さく息を切らしながら、嬉しそうに微笑む人間。


 彼女の名は、ヤマト=タケル。

 俺の存在意義である……勇者。

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