第100話 自ら役を背負い、俺は初めて人となる
空を飛び交う精霊達に囲まれながら、目の前に現れた彼女は無邪気に笑い、大樹に横たわっている俺に歩み寄る。
「見つかって……本当に良かった」
ほっとした表情。
今までも何度か俺のピンチに現れたが、今回は少し違う。
どことなく、悲しそうな表情。
「勝手に居なくなって……世界中を探し回ったんだからね」
俺の前で立ち止まり、上から見下ろす。
「良くここが分かったな」
短く言って微笑むと、ヤマトが少し怒った表情に変わった。
「分からなかったよ! だから! 世界中を必死に回って……!」
言葉の途中で口を紡ぐ。
涙。
彼女の目からポロポロと落ちる、小さな雫。
「回って……やっと……」
震える肩。
強く握られている拳。
ああ、そうか。
こいつは本当に、世界中を探したんだな。
「ごめんな。勝手に居なくなって」
そう言って小さく微笑むと、ヤマトが涙を拭き、悲しそうな表情で俯く。
「……ううん。僕こそごめん」
それだけ言って、黙る。
少しの沈黙。
その沈黙が、ヤマトの心情を伝えて来る。
「ヤマト……」
沈黙を通すヤマト。
彼女が切り出す前に、尋ねる事にする。
「俺の話を、聞いて来たか?」
ヤマトがピクリと動く。
そして、目を閉じて、小さく頷いた。
「……そうか」
俺は空を見上げる。
遂に、俺の役割がヤマトにバレた。
何も知らなかった彼女を、勇者に育て上げた俺。
そんな彼女は、一体どう思って居るのだろうか。
「ごめんな」
そんな事を思いながら、謝る。
理由は分からない。
だけど、先に謝っておかなければ、俺の気持ちが収まらなかった。
「……謝らないで」
そんな俺に、ヤマトが言う。
「僕はミツクニ君に出会えて、本当に良かった。例えどんな立場でも、ミツクニ君と一緒に居られて、本当に楽しかった」
ヤマトが顔を上げる。
「だから、ミツクニ君」
濡れた頬を拭き、優しく微笑むヤマト。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
「一緒に帰ろう?」
差し伸べられる、彼女の右手。
その行動が俺にとって、どれほど温かい行動か。
それでも、俺は……
「……」
その手を握らない。
いや、握れない。
彼女は受け入れてくれたが、俺は自分の役割を実行して、なろうともして居なかった勇者にしてしまった。
これから彼女には、勇者として様々な困難が降り掛かるだろう。
それを考えると、俺に手を握る資格など無いと感じてしまった。
「ミツクニ君……?」
首を傾げるヤマト。
俺は俯き、口を開く。
「お前とは……一緒に行けない」
張り裂けそうな胸を抑えながら、必死に言葉を漏らす。
「俺はお前の役には立てない。足手まといには……なりたくないんだ」
俺は……弱い。
それだけは、決して覆らない事実。
これから様々な困難に立ち向かうヤマトに着いて行けば、必ずヤマトの足枷となる。
それだけは、親友役など抜きにして、俺自身が許せない。
「だから……」
「嫌だ!」
俺の言葉をヤマトの叫びが遮る。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ!」
「ヤマト……」
「一緒に居たい! ミツクニ君と! ずっと一緒に居たい!!」
ヤマトの目から、再びあふれる涙。
「ミツクニ君と一緒に居られないのなら! 勇者になんて……!」
「ヤマト!!」
言いかけた言葉を大声で遮る。
驚いた表情を見せるヤマト。
俺は大きく息を吐き、冷静さを保ちながら話す。
「俺は、勇者の親友役として生まれた」
……汚い。
「そして、お前が俺の勇者だ」
汚い汚い……!
「そんなお前が勇者を拒否したら、俺の存在理由は無くなる」
汚い汚い汚い!!!
「だから、お前がそれを口にしたら、俺は……」
最低だ!!
これが俺という存在か!
一人の女性を強制的に勇者にして!
絆を利用して拒否権を封じて!
それでも生きようとする!
だけど!
……だけど。
生きたい。
俺は生きたい。
周りに居るみんなの為に。
違う。
俺自身の為に。
だから……
「……ごめん」
謝る。
それしか、俺には出来ない。
「……そっか」
小さく口を開くヤマト。
「僕が勇者で居られなくなったら、ミツクニ君は困るんだね」
困る。
いや、困らない。
どちらの選択肢も……困る。
「じゃあ、僕は勇者で良い」
痛い。
ヤマトの言葉が痛い。
それを強制させている、自分の心が痛い。
「それで、ミツクニ君が生きられるのなら、僕はそれで良い」
微笑むヤマト。
俺を真っ直ぐに見て。
本当に、嬉しそうに。
そして……
「僕はミツクニ君の事が……大好きだから」
言う。
泣きながら、満面の笑顔で。
(……チクショウ)
目を閉じる。
(チクショウ……!)
どうしてこうなった?
(チクショウ! チクショウ! チクショウ!!)
どこで間違えた?
何を間違えた?
こんな事! 望んでは居なかったのに!!
「……ヤマト」
静かに目を開けて、空を上げる。
「俺もお前の事が好きだ」
飛び交う精霊達。
さざめく木々達。
静かに流れる時間。
「……親友として」
湧き上がる、焦燥感。
何という事は無かった。
ヤマトと親密にならなかった事も。
勇者ハーレムと親密にならなかった事も。
俺がそう作られただけ。
それだけだったんだ。
「……良いよ」
ゆっくりと顔を下げる。
下げた先には、ヤマトの笑顔。
「親友でも良い」
先程までのような、悲しみの感情は無い。
「例えどんな形でも、ミツクニ君と繋がって居られるなら、僕はそれが良い」
これが、勇者の答え。
結局、俺と勇者の立場は変わらない。
彼女が勇者で。
俺は『親友役』という親友で。
それ以上は、決して近付かない。
「……分かった」
そう言って、俺も笑う。
無理やりに。
「俺はお前の親友だ」
引きつる口元を必死に動かして、ゆっくりと口を開く。
「例えどこに居ても、何があっても、俺はお前の親友だ」
その言葉に、勇者が頷く。
「例え何が起きても、何があっても、ミツクニ君は僕の大切な存在だよ」
大切な存在。
その言葉を聞いて、歯を食い縛る。
笑え! 笑顔を崩すな!
それが親友役などでは無く、本当の親友である俺の証だ!
「それじゃあ……僕は行くね」
最後まで笑顔で話して振り返るヤマト。
静かに震えている小さな背中。
それを黙って見届ける……最悪の親友。
(それでも、俺は……)
生きる。
仲間に望まれたから。
勇者に望まれたから。
そして……俺がそう望んだから。
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……望んだから。
望んだ……から?
大切な人達が必死に戦っている中で。
俺はただ生きるだけ?
……
そんな事……
そんな事が……
そんな事が!!!!
『出来る訳無いだろう!!!!』
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