第75話 どっちも大切だから

 望もうと望むまいと、時は流れて事は起こる。

 それは、異世界でも元の世界でも変わらずに、生きて居る者全てに降りかかる。

 人はそれを、運命と呼ぶ。


 俺は運命と言う言葉が嫌いだ。

 何故か。

 それは、初めから定められているような気がするからだ。

 もし、初めから物事が決まっているのならば、何かを成した時に、それも運命という言葉で片付けられてしまうではないか。

 そんなのは御免だ。

 俺は自分で行動して、その結果を自分の成果として受け止めたい。

 だから、運命なんて言葉で、物事を絶対に片付けたりはしない。


(……これも、俺が自分で選んだ行動の結果だ)


 広い荒野の中心で、一組の男女が対面する。

 片方は勇者の親友役、ミツクニ=ヒノモト。

 片方は勇者ハーレム、ミフネ=シンドウ。

 二人はかつて、魔法学園で共に過ごした同胞だった。


「よう」


 軽く挨拶をしてミフネに近付く。それに対して、ミフネは姿勢良く立ったまま、微動だにしない。


「今日はいつもの道着じゃないんだな」


 赤と白の巫女服。

 その姿は、彼女が俺と戦う覚悟を決めた装いにも見える。

 いや、きっと覚悟を決めたのだろう。

 俺に向けられて居る彼女の真剣な瞳が、それを語っていた。


「ミツクニさん、私達が初めて出会った時の事を、覚えて居ますか?」


 唐突に昔話を始めるミフネ。俺は小さく笑い話を合わせる。


「確か、魔法学園の訓練所で、ヤマトと戦闘訓練をして居た時に現れたんだよな」

「そうです」

「あの時は突然を装ってミフネが来て、俺がそれを茶化したんだっけ」

「ええ。あの時の私は、彼方の事を嫌な人だと思いました」


 ミフネが腰まで伸びた髪をサラリと払う。


「ですが、何度も会って話すにつれて、彼方が本当は優しい人なのだと、強く感じました」

「そんな事は無いさ。俺は許嫁が居たのに、色んな女子に声を掛けて居たからな」


 その冗談に対して、ミフネがふふっと笑った。


「魔法学園のイベントで模擬戦をした時も、彼方は私の弱点を教えてくれましたね」

「あれは俺が卑怯な手段で勝っただけだ。それに気付けたのは、ミフネの強さだよ」


 それを聞いたミフネが視線を下げる。

 しかし、すぐにいつもの凛とした瞳で、こちらを真っ直ぐに見た。


「そして、貴方は今、敵として私の前に居る」

「そうだな」


 敵。

 そんな事、望んでは居なかった。

 俺は……いや、俺達はその波に抗おうとして、闇雲に泳いで来ただけなんだ。


「どうして、こんな事に……」


 唇を噛み締めるミフネ。

 彼女は理解している。俺達が何の考えも無く、こんな状況にした訳では無いと言う事を。

 それでも、彼女は……


「……覚悟は宜しいですか」


 俺に敵意を向けて来る。

 何故ならば、彼女は人間を守る為に創られた、魔法学園の生徒だから。

 何故ならば、彼女が世界を救う勇者ハーレムの一角だから。


「ミツクニさん……勝負です!」


 空から弓を取り出して、こちらに向けるミフネ。真っ直ぐに向けられた決意の瞳を見て、思わず表情が綻んでしまう。

 凛として居て、とても綺麗な姿だ。

 そんな彼女と戦わなければいけない事を、心から残念に思う。


(でも……そんな彼女だからこそ)


 俺も信念を貫く為に、全力で戦おう。


「行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 空に向かって力の限り叫ぶ。

 次の瞬間、俺の前にスケルトンの軍勢が現れた。


「はっ!」


 ミフネの弓から放たれる一筋の矢。その矢は空中で光を纏い、スケルトンを貫きながら飛んで来る。

 両手のシールドで弾けないと判断した俺は、大きく左に飛んでそれを回避した。


「まだです!」


 二本目の矢を空に向けて放つ。

 放たれた矢は空中で拡散して、周りに居るスケルトン達を殲滅した。


「遠距離攻撃も出来るんだな!」

「お喋りをして居る暇はありませんよ!」


 続けて放たれる弓矢の雨。

 俺は必死にそれを躱し続けたが、ついに躱しきれなくなり、左腕に一発食らってしまった。


「ぐうううう!」


 左腕に刺さった矢が弾けて、空へと消える。

 次の瞬間、何故か過去の記憶が、俺の頭の中にフラッシュバックして来た。


(こ、これは……!?)


 年明けのお昼過ぎ。

 一人で田舎の神社に足を運び、賽銭箱に五円玉を入れる。

 孤独の正月。

 吹き荒む冷たい風。

 今日も俺は一人ぼっち。


「寂しくない! 寂しくなんかい無いんだぁぁ!」


 過去の記憶が消えると同時に、身体中に激痛が走った。


「この矢は破魔矢と言って、アンデットを一瞬で浄化する力があります」

「お、俺には違うダメージが入ったんだが……」

「人間に対しては、過去に起きた心の闇を思い出させる効果があります」

「えげつねえな!」

「真面目に生きて来たならば、それでダメージは受けないはずです」


 いやいや、真面目に生きた所で、黒歴史の一つや二つあるだろう。

 しかも、俺はボッチのモブ野郎だったんですよ?

 それを考えたら、ある意味でアンデットよりも大ダメージを食らうのは必然だ。


「な、何て危険な技なんだ……」

「まだまだ行きますよ!」


 再び矢の雨を降らせてくるミフネ。その矢を食らう度に思い出がフラッシュバックして、俺の心にダメージを与える。


「クリスマス! 誕生日! 学園祭!」


 ダメージ! ダメージ! 大ダメージ!

 俺の心は無防備で攻撃を受け続けている!

 このままでは心が壊れてしまいますよ!?


「メリエルゥゥゥゥ!」

「何でしょうか」

「一回スケルトン解除!」

「……仕方ありませんね」


 メリエルがスケルトンの操作を止める。

 すると、スケルトンは砕けて、地中へと溶けて行った。


「はあ、はあ……」


 荒野に再び男女が一人。

 女は武器を弓から刀に切り替える。


「スケルトンは、もうお終いですか?」

「ああ、思って居た以上に、俺へのダメージが大きかったからな」

「良いのですか? 一対一ならば、私は絶対に負けませんよ?」


 その言葉を聞いて、俺は悪そうに微笑む。


「……今までに俺が一度でも、ミフネに負けた事があったかな」


 そう。

 実は俺は、一度もミフネに負けた事が無い。

 全て卑怯な事をしてだけどね!


「勝負じゃぁぁぁぁぁぁ!」


 大声と同時に、服の袖からスタングレネードを落とす。

 爆発。

 流石に気付いて居たようで、ミフネは目を閉じてそれを防いだ。


(馬鹿め! 目を閉じたな!)


 素早く腰から双銃を抜き、ミフネに向かって撃ちまくる。

 これは流石に当たるだろうと思って居たのだが、ミフネは持って居た刀を回転させて、全ての銃弾を弾き飛ばしてしまった。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 目を閉じたまま攻撃をして来るミフネ。俺は放たれた横薙ぎをシールドで受け流して、くるりと回って蹴りを繰り出す。ミフネはその攻撃を屈んで躱すと、そのまま下段蹴りをしてきた。


「くっ!」


 足を取られて尻餅をつく。それを見越していたかの如く、今度は頭に目掛け刃が振り下ろされた。


「うおっ!」


 俺は横に転がって回避すると、小型爆弾を取り出してミフネの足元へと転がす。

 爆発。

 しかし、ミフネは爆風を利用して空高く舞い上がり、大きく刀を振りかぶった。


(まずい!)


 落下の力が加わったミフネの鋭い斬撃。

 間一髪。

 刃は俺の鼻先を掠めて、地面へと突き刺さった。


「あ、危なかった……」

「そんなものですか?」


 上から睨み付けて来るミフネ。

 それに対して、俺は精一杯苦笑いを返す。


「ふっ、昔よりは強くなったようだな。それならば、俺もそろそろ本気を……」


 などと言いながら、こっそり持って居たスタングレネードのピンを外そうとする。

 その瞬間、ミフネが刀を地面に刺して、俺の腹に掌底を食らわせて来た。


「ぐうううううう!」


 華奢な体に似合わない鋭い一撃。

 その力は俺の体を貫通して、背中の地面を深く削り取る。


「が、がはっ……」


 痛みに耐えきれずにもがいて居ると、ミフネは地面から刀を抜き、鞘に納めて距離を空けた。

 真っ直ぐに俺を見詰めて居るミフネ。俺は腹の痛みで、まだ立ち上がる事が出来ない。


「どうして……」


 やがて、ミフネが口を開く。


「どうして、ミツクニさんは強いのに、いつも弱い振りをしているんですか?」


 その言葉を聞いて、思わず首を傾げてしまう。


「……何の事だ?」

「ですから、どうして弱い振りを……」

「強くなんか無えよ」


 呼吸を整えて、ゆっくりと立ち上がる。


「俺は……弱いんだ。自分でも腹が立つ位に」

「ですか! こうやって私と戦えて居るではないですか!」


 ……ああ、そう言う事か。

 確かにミフネの言う通り、俺はそれなりには戦う事が出来るよ。

 だけどな。


「ほら」


 上着を大きく捲って腹を見せる。

 掌底が直撃した腹。

 大きく赤く腫れあがり、今は息をするだけで激痛が走る。


「この世界の人間であれば、これでも痛いだけで済むのかも知れないな」


 倒れそうになった所を、気合で持ちこたえる。


「だけど、俺にとっては致命傷だ。このまま治療して貰わなかったら……多分死ぬ」


 俺の体は生身だ。この世界の人間の様に、魔力で構成されて居る訳では無いので、通常のヒーラーでは回復させる事すら儘ならない。

 傷付いたら簡単に回復出来るこの世界の人間とは、根本的に違うんだよ。


「今まで生きて来られたのだって、メリエルの治療と、仲間が戦ってくれたおかげだ」


 肩で大きく息をしながら、ミフネに向かってゆっくりと歩き出す。


「それじゃあ……続きをやろうか」


 景色が歪む。

 息が苦しい。

 だけど……それでも歩く。


「俺を倒すのが、ミフネの役目なんだろ?」


 分かって居るさ。

 彼女が背負って居る責任の重さと、俺に対しての優しさ。その狭間で彼女が苦しんで居る事くらい、最初から分かって居る。

 だからこそ、俺はそれに答える為に、全力で戦って居るんだ。


「……どうして」


 ミフネの手が震えている。


「どうして、彼方はそこまで……」

「大切だから……!」


 ミフネの目を見て、ハッキリと言う。


「この世界も! ミフネとの戦いも! 俺にとってはどっちも大切だから……!」


 足がもつれて倒れる。

 立ち上がれない。

 息も苦しい。

 どうして……!

 どうして俺は! こんなにも……!!


「戦いは、もうお終いです」


 突然背中に降りかかる温かい光。

 それは、メリエルの治療術だった。


「メリエル! 俺は……!」

「言ったはずです。ミツクニが危険に晒されたら、私は勝手に動くと」


 またしても! またしても!

 結局俺は! 人の手を借りなければ生きられない!!

 大切な人に答える事すら出来ない!!!!


「確か……ミフネ? でしたか」


 メリエルが口を開く。


「これ以上攻撃を繰り返すのであれば、私達が全力でお相手致します」


 俺の周りに集まる五人。

 メリエル、ミント、ベルゼ、リンクス。そして……リズ。

 全員が静かに殺気を放ち、ミフネの攻撃に備えている。


「どうします? 戦いますか?」


 やめてくれ!

 ミフネなら戦いかねない!

 俺は……! 大切な人を失いたくない!!


「……です」


 退いてくれ!

 頼むから!

 本当に……! 頼むから……!!


「私には……無理です」


 ぽつりと口にするミフネ。その言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げる。

 見えたのは、俺を上から見下ろして、ポロポロと涙を流して居るミフネ。

 その瞳に、既に戦意は無かった。


「私だって! 本当は戦いたくない!!」


 自分の信念と人間達の期待を背負って、彼女はここに来た。それを放棄して退く事は、彼女の生き方を捻じ曲げる事になる。

 だけど、それでも彼女は……


「……ミフネ」


 俺は口を開く。


「本当に大切な事は……自分自身で決めるべきだ」


 この異世界に来てから、ずっと思って来た。

 どんなに周りや世界がそう望んでも、自分が望む事を放棄してはいけない。

 例えそれが、勇者の親友役と言う役割から外れて居たとしても。

 そうしないと、いつか絶対に後悔するんだ。


「ミツクニさん……」


 ミフネが俺の頬を撫でる。

 白く透き通った細い腕。

 その細腕に、己の信念と他人の期待を背負い、ずっと戦って来たのだろう。

 だけど、彼女はもっと自由に戦うべきだ。


「俺は弱い。だけど、それでも戦い続ける。だから、ミフネも……」

「分かっています。分かって……」


 言葉に詰まるミフネ。

 頬を伝う一筋の雫が、俺の額へポタリと落ちる。

 それは、彼女を縛っていた鎖を解かす、小さな心の雫だった。

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