第70話 ダンシング百鬼夜行
俺達がスケルトンで足止めしている事を知ったラプターは、そのスケルトンを一掃する為に、特化部隊を編成して来た。
本来ならばそれに合わせて、自分達も有利な部隊を編成すれば良いのだが、寄せ集めである俺達に、そんな都合の良い部隊は作れない。
しかし、俺達には『異世界テンプレ』と言う名の加護がある。
このピンチの状況で、それを覆せる人間が都合良く現れた事が、その証拠だった。
「皆さーん! 準備は良いですかー!」
遺跡の屋上から下に居る俺達に手を振る、ネール=キャラバン。彼女は勇者ハーレムの一角で、魔法学園のアイドルである。
以前は舞台照明の件で俺に絡んで来たのだが、それ以外の会話が無かったので、俺は彼女の能力を未だに知らない。
本人が言うには、相手の浄化魔法を無効化出来るらしいのだが……
(あれは……?)
魔法で屋上にステージを作り、フリフリの衣装にチェンジするネール。
その姿を見て、ピンと来てしまう。
(ああ、そうか。アイドルだもんなあ)
アニメや漫画好きの人間ならば、この状況を見た時点で気が付くだろう。
間違いない。これは……ライヴだ!!
「よーし! 皆! 行くよー!」
ステージの後ろから爆炎が巻き上がる。
それと同時に、ミントがスケルトンの軍勢を遺跡前に召喚した。
「ワン! ツー! ワンツースリーフォー!」
ネールがマイクを手に取る。この後は、アイドルらしいポップな歌が始まるのだろう。
……そう思っていたのに。
「ああああああああ……!」
遺跡に轟く、布を切り裂いたような声。
(……そう来たか)
ネールが歌いだした音楽のジャンル。
まさかのデスロック!
「落ちる太陽ぉぉ! 割れる大地がぁぁぁぁぁ!」
張り裂けそうなイエローボイスに連動して、背景のレーザーが左右に動く。
「踊れ! 踊れ! 死の舞をぉぉぁぁ!」
マイクスタンドをグルグルと回して、近くにあった椅子を蹴り上げる。
ステージは完全にお祭状態だ。
「飛べ! 飛べ! 飛べぇぇぁぁ……!」
ネールの歌に導かれるかの如く、飛び跳ねながら敵陣へと向かう、スケルトンの大軍勢。
歌の能力のせいなのかは分からないが、仄かに黒いオーラを纏っていた。
(バリアみたいな能力なのか?)
スケルトンが射程に入ると、ラプターが三部隊に分かれて、囲むように浄化魔法を放つ。
地面から湧き上がる白い光。それに包まれるスケルトン。
しかし、スケルトンは浄化されなかった。
「盛り上がって来たぜぇぇぁぁぁぁ!!」
ステージ上で発狂するネール。それに呼応するかのように、ウエーブを始めるスケルトン達。
命を掛けて戦うはずの戦場は、完全にネールのコンサート会場と化していた。
「ムズムズムズ……」
いつの間にか横に居た、魔法少女のマーリン。
目立ちたがり屋の彼女も、ついに限界を迎えたようだ。
「私もぉぉぉぉぉぉ!」
魔法のステッキ振って宙に舞い、ステージ上に飛び降りる。そして、ステッキをクルリと回すと、ステッキがギターへと変化した。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
タイミング良く始まるギターソロ。
ステッキギターはエレキの音をかもし出し、メタルミュージックのように、機械的で深い重厚感を与えていく。
爆発するステージ。
頭を振り出すスケルトン。
止まらない。
波に乗ったスケルトンの軍勢は、浄化魔法ごときでは止まらない。
「エリスゥゥゥゥ!」
ステージ上でネールが呼びかける。
振り向くと、苦笑いでステージを見て居るエリスの姿があった。
「エリス、呼ばれてるぞ」
「知ってるわよ」
エリスが下を向き、小さくため息を吐く。
「全く、どうして私がこんな事を………」
ぶつぶつ言いながら屋上に飛ぶエリス。くるりと回って着地した後、呪文を詠唱する。
現れたのは、炎に包まれたドラムセット。
「行くわよ!」
手に持った炎のスティックをクルクルと回し、ドラムを叩き始める。
もの凄いリズムを叩き出しているようだが、音楽素人の俺には神業としか表現出来なかった。
(流石は魔法学園のアイドル達……)
その光景を見て、思わずため息が漏れる。
「やっぱり、勇者ハーレムは凄いなあ」
「何普通の感想を言っているのよ」
俺の横でステージを見上げているリズ。
その手には、ベースを持っていた。
「……リズ。お前」
「暇なのよ」
屋上へと飛び立つリズ。
心なしか背中がウキウキしているのは、気のせいでは無いようだ。
(それにしても……)
ボーカルにアイドルのネール。
ギターは魔法少女のマーリン。
ドラムは炎を纏ったエリス。
ベースはいぶし銀のリズ。
「これは……金が取れそうだな」
「私もそう思う」
横でベルゼが同意してくる。
彼は機械なのだが、そういうのも分かるんだな。
「マスター。そろそろ我々も仕事をしよう」
「ああ、そうだな」
ベルゼに促されて、置いてあった袋から武器を取り出す。
取り出した武器は、スナイパーライフル。
俺はそれを背中に背負うと、ミントに捕まって屋上の端に降り立った。
「ベルゼ。見えるか?」
「ああ、今マークする」
ベルゼがスナイパーライフルに信号を送る。すると、覗き込んだライフルのスコープに、敵の兵長達がマーキングされた。
「それじゃあ、予定通りに」
俺達が考えた作戦。
スケルトンで兵達を足止めをして、その隙に各兵長を落とす。
兵長を失った部隊は、統制が取れずに撤退する。
それが狙いだった。
「さてと……」
スナイピングを始める前に儀式を行う。
それは、俺自身のスナイプ能力を、極限まで高めてくれる儀式。
そう。魔物の里でも行った『自分を下げて冷静さを保つ儀式』だ。
「俺はゴミ……ゴミ野郎だ……」
ブツブツと言いながら、気を静めていく。
「学校ではいつも一人……唯一心が休まる場所は、トイレだけ……」
悲しい過去を思い出して、心を深くに沈める。
「一番の友達はパソコン……ゲーム内チャットはしない……」
「左三センチ。上一センチ」
ベルゼのナビに従って引き金を引く。
放たれた銃弾は風を切り裂いて飛び、兵長の足を貫いた。
「得意な事は紙飛行機を作る事……」
「下二センチ。右五ミリ」
このスナイピング。やっているのは俺自身だが、やり方が普通では無い。
何故ならば、ベルゼが俺の感覚を読み取ってナビをして、その通りに撃って居るだけだから。
それで弾が当たるのだから、ベルゼのナビが尋常じゃない事が良く分かる。
「凄いのはベルゼ……俺はキモオタモブ野郎……」
気持ちを沈めて無心で撃つ。
兵長を次々と失い、統制が崩れ始める軍隊。その軍隊をスケルトンが踊りながら押し返していく。
その光景を見て、ポツリと言葉を漏らした。
「ダンシング百鬼夜行……」
攻めて来た相手をあざ笑うような作戦。立場が逆だったら、本当に腹が立つだろうなあ。
だけど、これでお互いの被害が少なく終わるのだから、それで良い。
汚名やクレームは、全て俺が受け持とう。
「うん、とても良いライブでした」
そう言って、俺は敵の大将の脇腹を撃ち抜いた。
敵は全て撤退して、広い荒野に日が沈む。
他の仲間達は遺跡内に戻り、拠点の入り口に居るのは、俺とエリスの二人だけ。
俺はふうと息を吐いた後、小さく微笑んでエリスの事を見る。
「本当に、魔法学園に戻るのか?」
その言葉を聞いて、エリスがふっと笑った。
「私が居なくても、ここは大丈夫でしょ?」
金色のツインテールがふわりと揺れる。
本当に綺麗だ。
初めて会った時も思ったが、彼女が勇者ハーレムだと思うと、ヤマトに対しては嫉妬の念しか生まれてこない。
「私も帰るよ! ここは悪の居城だからな!」
「ぽーい」
「目が! 目がぁぁぁぁぁぁ!」
今魔法少女的な何かが通り過ぎたが、幻影だろう。
それよりも、エリスだ。
「ヤマトの事、よろしく頼む」
「そうね。あの子は強くなったけれど、まだ危なっかしいから」
魔法学園に居た時もそうだった。
エリスはどの勇者ハーレムよりも、ヤマトの事を心配してくれる。
俺にとってはエリスこそが、ヤマトの本命ヒロインだった。
(だからこそ、ヤマト許すまじ!)
こんな可愛い子でさえも、勇者ハーレムの一角。本当に極悪なシステムだよ。
「そうだ。これを……」
ポケットからコインを取り出してエリスに渡す。
「これは?」
「俺の世界のお金。五円玉って言うんだ」
麦の刻印が施された輪っか型のコイン。
刻まれている年号は、平成七年。
「まあ、お守りみたいな物だよ」
「ふうん」
エリスは五円玉を受け取ると、胸のポケットにしまう。
そして、俺を見て無邪気に微笑んだ。
「私、男子からプレゼント受け取るの、初めてよ」
「嘘だろ? あんなにモテモテなのに」
「人からプレゼントを貰わない主義なの」
「ヤマトからも貰った事が無いのか?」
「そう言えば……無いわね」
それで良いのか勇者よ。
しかし、一人のヒロインに入れ込んだら、他のヒロインとの間が持たなくなるかも知れないし、それはそれで良いのか?
それ以前に、あのヤマトだもんな。
(プレゼントなんて、思いつかないだろうよ)
無償でハーレムに支えられて居る勇者様。
だけど、それこそが勇者である証拠。
まあ……その勇者も実は女の子だけど。
(そして、俺以外はその事実を知らないと)
そう思い、鼻で笑ってしまった。
「それじゃあ、私は行くわね」
軽く手を振って背を向けるエリス。
フワリと風が吹き、彼女の背中を優しく押す。
そんな後ろ姿を見て、俺はほっこりとした寂しさを感じてしまった。
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