第108話 何をもって強さとするか
街の人達に食事を施した俺達は、改めて避難の邪魔をしている悪魔を眺める。
魔法が効かない悪魔、がしゃどくろ。
その大きさは小さな山ほどあり、近付いて戦った所で、大したダメージなど与えられそうに無い。
とは言え、遠くから攻撃しようにも、この街には長距離で大きなダメージを与えられる武器は存在して居ない。
まさに、八方塞がりとはこの事だった。
(これは、流石にきついよなあ……)
ふうとため息を吐き、ちらりと横を見る。
横に居るのは、今までこの街の人達を守り続けていた女子。
勇者ハーレム、エリス=フローレン。
「何よ」
視線に気付いたエリスが睨み付けて来る。
「いや……」
一度は首を横に振ったのだが、やはり気になったので、聞いてみる事にする。
「ウィズから聞いた話では、ここには戦えない魔物と、魔法学園の学生が数人居たはずだけど、他の学生達はどこに行ったんだ?」
「逃がしたに決まってるじゃない」
当たり前のように答えたエリスに対して、眉をひそめる。
「逃がした?」
「ええ。私の他に学生は五人居たんだけど、ヤマトと私が説得して、キズナ遺跡に逃げて貰ったの」
キズナ遺跡。それは、この世界の中心にある、勇者ハーレムの拠点。
現在は対悪魔の最前線基地として、機能していると聞いたが……
「その学生達は、ここに居る人達を置いて逃げたのか?」
「何よその言い方。逃げたんじゃなくて、逃がしたの。彼らだって、残って戦おうとしたわよ」
その行為は、エリス達の説得が上手だったからこその結果だとは思う。
それでも俺は、その行為を消化出来ずに、唇を強く噛み締めた。
(……ああ、うん)
湧き上がる怒りを消す為に、大きく息を吐く。
何に怒っているのか。
一つは、エリス達を置いて遺跡に行った学生達が、精霊の森に居た自分と重なる事。
もう一つは、自分達の状態を顧みずに、学生達を遺跡に逃がしたエリス達にだ。
「……あのなあ」
思う事は多々あったが、その全てを押し殺して、エリスに向かって口を開く。
「このまま誰も応援が来なかったら、エリス達はどうするつもりだったんだ?」
「勿論、最後まで戦うつもりだったわ」
「命を懸けて?」
「ええ」
これだ。
仲間が大切だからこそ、自分を犠牲にしてでも助けようとする心。
少し前までは、俺もそうだった。
(でも、それじゃあ駄目なんだ……)
俺は過去に、ある人に教えられた。
自分が誰かを大切に思うように、誰かも自分を大切に思って居ると。
自己犠牲が悪い行為とは言わないが、それが絶対的に正しい行為とは限らないのだ。
(言っても分かってくれないだろうなあ)
相手はツンデレヒロインのエリスだ。言葉で伝えても、否定されて終わるだろう。
とは言え、言葉以外で伝える方法が、今の俺には見つからない。
だから、俺は……
(ゴチャゴチャ言わずに、黙ってエリスを助ける)
結局の所、出来るのはそれだけだった。
「それじゃあ、やるか」
それだけ言って、置いてある便利袋をまさぐる。
「やるかって……まだ何の作戦も決めていないじゃない」
うんざりした表情でこちらを見るエリス。
彼女はいつもニコニコして居るのに、俺にだけは笑ってくれない。
まあ、それこそが、彼女からの信頼の証だと言う事は、分かって居るのだが。
「ミツクニ、聞いてるの?」
「ああ、うん。大丈夫だから」
心配なのだろうけど、ここは任せて欲しい。
エリスが一人で抱えようとした問題は、俺達が必ず解決して見せるから。
「リンクス」
俺が呼びかけると、塀の上に居たリンクスが小さく頷く。
そして、便利袋から取り出される茶色い塊。
「……何それ」
「G4」
「じーふぉー?」
エリスが首を傾げる。
「簡単に説明するなら、凄い威力の爆弾」
それは、ベルゼに作り方を教わり、この世界の素材で作った爆弾。まだこの世界では作られた事の無い、特殊な爆弾だった。
「本当は罠として先に設置して、踏ませて起爆する方が良いんだけど」
そう言いながら、茶色い塊をこね始める。
「……ふざけてるの?」
「いや、大真面目」
黙々と茶色い塊をこねる。
「ミツクニ! いい加減に……!」
「ちょ! 駄目だって! マジでヤバいから!」
真剣に叫ぶ俺を見て、エリスがキョトンとした表情を見せる。
「この爆弾はこねるほど威力が上がるんだよ! 本当に凄い威力で危険だから! マジで大人しくしていてくれ!」
真剣な俺を見てエリスが息を飲む。
どうやら、理解はしてくれたようだ。
「……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だから。本当に頼む」
エリスがやれやれとため息を吐き、黙ってその場に座る。
確かに傍から見れば、遊んでるように見えるかも知れない。
だけど、俺のやっている事は命懸けだ。
「……ふう」
こねる作業が終わり、安堵の息を吐く。
そして、最後に遠隔爆破用のスイッチを刺して、全ての準備が完了した。
「さてと、それじゃあ始めるか」
その言葉に合わせて、リンクスが横に飛び降りて来た。
「ミツクニ、やるのかい?」
「ああ、打ち合わせ通りに」
G4を塀の上に慎重に置き、皆に声を掛ける。
「危ないから、少し下がっていてくれ」
その言葉に反応して、皆が後ろに下がる。
……エリス以外は。
「エリス」
「分かってるわよ」
エリスがふんと息を鳴らす。
「でも、ミツクニがここに居るなら、私もここに居るわ」
それを聞いて、少し考える。
同じ状況であれば、多分俺もそうするだろう。
だから、俺は……
「分かった」
素直に同意して、正面を向き直した。
「リンクス」
言葉に反応して、緑色の光を纏うリンクス。
使うのは風魔法。リンクスの得意魔法だ。
「集中するから、話しかけるんじゃないよ」
リンクスの体毛が逆立つ。
緑色の風に包まれて、ゆっくりと空に浮き上がるG4。
優しい風に包まれながら、フワフワとがしゃどくろの方へと飛んで行く。
「……凄いわね」
ぽつりと言ったのは、横に居たエリス。
「魔法って言うのはね、基本的に発動の規模が決まっていて、詠唱後にその現象が起こるだけなの」
G4を眺めながら腕を組む。
「でも、彼女は魔法の規模を制御して、あの塊を運んでる。そんな事が出来る人なんて、今までに一人しか見た事が無いわ」
そうだったのか。
俺はそうだな……実は結構見て居る。
周りにそういう人しか居ないから、当たり前の事だと思って居た。
(流石は師匠と言った所か)
リンクスは俺の第一の師匠。それ以外にも、俺には師匠が二人いる。彼女達のお陰で、今の俺が居ると言っても、過言では無かった。
「一気に行くよ!」
リンクスの掛け声と同時に、風が荒ぶる。
G4は荒ぶる風の中心を飛び抜けて、がしゃどくろの腹の中にポトリと落ちた。
「エリス」
声に反応してエリスがこちらを向く。
「自分を犠牲にして仲間を救おうとする気持ちは、凄く綺麗だと思う」
その言葉に、エリスが反論しようとする。
しかし、俺は先に言った。
「だけど、俺の事は巻き込んでくれ」
本音を。
「例え、どんな事にでも」
そして、起爆スイッチ……オン。
がしゃどくろの腹から閃光が走る。
それに遅れて轟音。
さらに遅れて衝撃波。
最後に砂煙と炎熱。
化学兵器によって巻き起こった爆発は、骨だけの悪魔を簡単に焼き尽くし、その場に砂煙と残熱だけを残した。
「……」
言葉を失っているエリス。
そりゃそうだろう。
もしあれがここで誤爆して居たら、俺達は一瞬でこの世から消えて居たのだから。
「……ミツクニは」
遠方で燃え盛る炎を眺めながら、エリスが言葉を漏らす。
「ミツクニは……何処まで強くなったの?」
その言葉に対して、小さく首を横に振る。
彼女は目の前の事象だけで判断して、本当の事に気付居て居ない。
強いのは、俺の周りに居る仲間達と、使っている道具だけ。
俺自身は今まで通り……弱いままだ。
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