第62話 竜将は百合属性

 賑やかな商店街を抜けて、大砦の前にある広場に辿り着く。

 そこは、砦の兵士達が集まる詰所のような場所。

 各々が広場の端で、自分の使う武器や防具の整備を行っていた。


「ふう……」


 落ち着いた場所に来た途端、一気に力が抜けてしまい、近くの岩に座ってしまった。


「ミツクニ、大丈夫か」


 不安そうな表情で見下ろして来るウィズ。心配させてはいけないと思い、何とか苦笑いを返す。


「大丈夫。少し驚いただけだから」

「まあ、そうだろうな」


 ウィズがふっと笑う。


「ここに居る奴等は強硬派なんて呼ばれて居るが、皆気の良い奴等ばかりだからな」

「そうだな。まさか、こんなに歓迎されるとは思っていなかったよ」


 ここの人達は、本当に良い人達だ。

 しかし、自分達の領土を失い、それを他の土地で補う為に戦争を始めた。

 そして、俺はその戦争を悪だと思っている。

 そんな善と悪の板挟みで、少し参ってしまった。


「それで、ミツクニはこの街に、何をしに来たんだ?」


 その言葉を聞いて、本来の用事を思い出す。


「俺がここに来たのは、ここを治めて居る人に会いたかったからだ」

「会ってどうするんだ?」

「話をする」

「何の話を?」

「まあ、色々。今の状態をどう思っているかとか」

「それだけの為に来たのか?」

「ああ」


 それを聞いたウィズが声を出して笑った。


「お前は会った時から、ずっと変な奴だな」

「そうか?」

「そうだろう。戦っている相手の大将と話したいなんて、普通は思わないぞ?」

「そんなもんかね」


 戦争に疑問を持つ者であれば、敵の大将と話したいと思うのは、普通だと思うのだが。

 まあ、一個人が敵陣に足を踏み入れてまで、する事では無いか。


「そう言う事だから、ウィズの紹介って事で会わせてくれないか?」

「ああ、大丈夫だ」


 ウィズが笑うのを止める。


「強硬派の大将は、私の父だからな」


 それを聞いて、一瞬言葉を失う。


「……は?」

「父だ」

「いや、父って……」


 俺の言葉を待たずに、ウィズが話し出す。


「最初、強硬派は各々が適当に戦って居たのだが、それを父が統合して一つの軍にした。今では私も副将の一人だ」

「それは、ウィズがここで二番目に偉いって事?」

「そうなるな」


 俺は大きくため息を吐く。

 各領土のトップは、俺の関係者の血族ばかりだな。

 こうなると、勇者であるヤマトもいよいよ怪しいぞ?


(もしかして、王の隠し子とか……)


 そんな事を思っていると、遠くから声が聞こえてくる。


「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 砂嵐を立てて、俺に迫り来る人物。

 この感じ……絶対に面倒事だ。


「おぉぉねえさぁまぁぁぁぁぁ!」


 直撃コースかと思ったが、ウィズが間に入って、走って来た魔物を止めた。


「お前は相変らずだな」


 ウィズの言葉に対して、大きく息を切らしながら微笑んで居る女子。

 赤い髪。大きな赤い瞳。そして、腕と足の脇に付いている赤い鱗。見た限りでは、竜族の娘と言った所か。


「お姉様……市場で……ミツクニと言う男が……」

「ああ、彼がそうだ」


 竜族の娘が俺を睨み付けて来る。


「お前が……ミツクニ」


 俺は黙って頷く。

 次の瞬間、竜族の娘が鋭い爪を掲げて、俺の顔目掛けて振り下ろした。


(アブねっ……!)


 岩の後ろにゴロリと転がり、受け身を取って立ち上がる。


「お前が……お前がミツクニかぁ」

「ニール。やめろ」


 ニールと呼ばれた竜族はちっと舌を鳴らし、一歩後ろに下がる。


「こいつはニール=アルゼン。私と同じ副将の一人だ」


 ニールはそっぽを向いて居たが、ウィズが無理やり頭を下げさせる。

 さっきリズの事をお姉様とか言って居たし、きっとあっち系の人なんだろうなあ。


「おい、ミツクニとやら」

「はい、何ですか」

「お前がお姉様の彼氏って、本当か?」


 答えを言う前に、ウィズが口を開いてしまう。


「そうだ」

「おい待て。俺はまだ彼氏になった覚えは無いぞ」

「まだという事は、可能性はあるという事だろう?」


 核心を突いて来るウィズ。

 彼女の言う通り、俺は完全に拒否はして居ない。

 だって、仕方が無いじゃないか。

 元の世界でキモオタだった俺が! こんな綺麗な人に告白されたんだぞ!!


「まあ、その、何だ……」


 そんな思いが交錯して、答えに困る。すると、ニールの怒りが爆発してしまった。


「この×××野郎がぁぁぁぁぁ!」


 汚い言葉を言い放ち、地面を切り裂く。


「こんな貧弱野郎が! お姉様に釣り合うはず無いだろうがぁぁぁぁ!!」


 両手を広げて空に向かって咆哮する。

 流石は竜族ですね。耳がビリビリと痺れます。


「コロス! コロスコロスコロス!」

「ミツクニを殺したら、私がお前を殺すぞ」

「じゃあ勝負! お姉様を賭けて勝負だ!」


 言った後、体を翻して広場の中央に立つニール。

 あの殺気……どうやら本気のようだ。


「相手にする必要は無いぞ」


 冷静なウィズの一言。その先で、ニールが真っ直ぐに俺の事を見詰めている。

 そんな彼女の姿を見て、俺は覚悟を決めた。


「まあ、死にそうになったら助けてくれ」


 それだけ言って、ゆっくりと歩き出す。


「ミツクニ……やるのか?」

「ああ。彼女は本気みたいだからな」


 赤く滲んだ瞳に映るニールの覚悟。そこまで本気ならば、俺もそれに答えなくてはいけない。

 広場の中央で彼女と対峙して、真っ直ぐにニールを眺める。


「殺しは無し。相手を制した方の勝ちでどうだ?」

「ああ! 良いぜぇぇぇぇ!」


 光を放つ瞳。先ほどまでとは違い、燃えているようにも見える。

 全力でやらないと本当に殺されかねないと思い、俺は便利袋から必要な装備を取り出し、各々の場所に装備した。


「良いぞ。いつでも来い」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!」


 合図も無しに飛び掛って来るニール。そう来ると思っていたので、俺も既にグレネードのピンを抜いていた。


「……なっ!」


 俺の足元で破裂するグレネード。その瞬間、キーンという音が周囲に木霊する。


「う、ぐうううう……!」


 魔物専用のスタングレネード。光は出ないが相手の五感を削ぐ。

 そして、ニールがたじろいだ瞬間に、俺は間を積めて電気警棒を叩き込んだ。


「ぐうううう……!」


 痺れながら後ろに下がるニール。

 流石は竜族。一撃では倒れないようだ。


「お前……! 一体どんな魔法を……!?」

「魔法じゃない。俺専用の武器だ」

「こ、このぉぉぁぁぁぁ!」


 感覚を封じられたニールが突進してくる。

 闇雲な連撃。両手に展開したシールドで、それらを落ち着いて捌く。


「うああああぁぁぁぁ!」


 焦りからニールの攻撃が大振りになる。

 俺は攻撃の合間を縫って懐に潜り込むと、シールドバッシュでニールを突飛ばし、追加で両足にハンドガンの弾を撃ち込んだ。


「ぐっ……!」


 痛みに耐えきれずに、ニールが膝をつく。

 そして、少しの静寂。


「ミツクニ。お前……」


 ポツリと言ったウィズに対して、少さく微笑みを返す。


「……俺だって、色々と頑張ってるんだよ」


 俺はこの世界の人間に比べて、身体強度が低い。攻撃をまともに食らったら、簡単に壊れてしまう。

 だからと言って、いつまでもそれを言い訳にしては居られないんだ。


「チクショウ! チクショウチクショウ……!」


 地面を叩いて悔しがるニール。

 正面から堂々と攻撃して来る相手に対して、からめ手主体の戦い方。

 正直、卑怯だとは思う。

 だけど、これが俺の戦い方だ。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 空に向かって咆哮するニール。

 次の瞬間、ニールの体が炎に包まれた。


「コロス! コロスコロスコロス!」


 荒ぶる空気。小刻みに振動する大地。周囲の温度が急激に上がり、息をするのも苦しいくらいだ。


「ころぉぉぉぉぉぉぉぉす!」


 爆炎を纏い、俺に向かって突進してくる。

 これは、避けられそうにない。


(……殺すの無しって言ったのになあ)


 俺に向けられる、ニールの真剣な眼差し。

 その瞳にうっすらと映る、涙。


(……だよなあ)


 好きな人の為に、全てを賭けて戦う。その気持ちを邪険にする事など、俺には出来なかった。


「よぉぉぉぉし!!!!」


 両腕のシールドを全開まで広げて、体の前でクロスする。

 全力には全力で答える!

 俺はニールの攻撃を……! 全力で受け止める!


「こいやああああああ!」

「ああああああ!」


 広場の中央で二人が激突する!!

 ……はずだったのだが。


「……ん?」


 いつの間にか、俺の後ろに居るニール。

 そして、俺の前に居たのは、勇者ヤマト。


「炎奏の舞」


 抜いた剣をユラリとかざし、周囲に散った炎を剣先から空に放出する。

 その幻想的な姿は、まるで演武を舞っているかのようだった。


「二人とも、やり過ぎだよ」


 圧倒的な力を誇示した後、こちらを見て微笑む。

 流石は勇者様。俺達の戦いなんて、今のヤマトからすれば、児戯に等しいのかも知れない。


「ほら、二人とも武器を収めて」


 言われるままに武器をしまう。

 それに対して、呆然としているニール。


「ニールさん?」


 ヤマトがニールの前に回り込む。

 ニールは爪を収めると、顔を真っ赤に染めた。


「あ、あの……」

「何?」

「凄く……格好良かった……です」


 言った後、俯くニール。

 ……

 勇者ハーレム一名……陥落!


(やれやれ……)


 二人の姿を遠目に見て、小さく息を吐く。

 これが、勇者ハーレムの強制力。

 久しぶりに勇者自らのヒロイン陥落を見て、思わず声を出して笑ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る