第156話 声

 悪魔との戦いは、人類側が勝利をした。

 しかし、悪魔を生む為に大幅な魔力を使用した世界は、破滅へと向かって居る。

 赤く染まる空。

 地響きと共に崩れ去る大地。

 その光景を見た人々は、先程の勝利も既に忘れて、ただ茫然としていた。


「もう……駄目だ」


 唯一地盤がしっかりしている、キズナ遺跡の中庭。

 そこに退避した人々が、ポツリ、ポツリと呟く。


「俺達は……世界に見捨てられたんだ」

「私達は何の為に戦ってたの?」

「終わりだ……もう、終わりだ」


 肩を落として地面を見つめる。

 そんな皆の中心に集まる勇者達。

 皆先程までの戦いで疲弊して居るが、その表情に絶望の色は無い。

 皆が希望の瞳で見つめる男。

 勇者の親友、ミツクニ=ヒノモト。


「……と、言う訳で、世界に魔力を還そうと思うんだ」


 一連の説明を終えて、一息付く。

 説明を聞いて、笑顔で頷く勇者ハーレム。

 ヤマトも俺の言葉を聞いて、いつもの元気を取り戻して居た。


「それで、テトラさんがここにある魔法陣の仕様を変更すれば、後は俺達の仕事なんだけど……」

「おーわったよぉぉぉぉ!」


 元気な声と共に、遺跡内から現れるテトラ。

 疲弊している人々の頭の上をピョンと飛び越えて、俺達の前に辿り着く。


「いやー。久しぶりにあの魔法陣見たから、使い方忘れてたよー」

「でも、大丈夫なんですよね?」

「もっちー」


 ウインクしながら親指を立てるテトラ。


「今までの魔法陣は悪魔が出て来れない仕様だったけど、今回の魔法陣は魔力が出て来れない仕様にしたよ! これで私達も魔法が使えなくなるね!!」


 それを聞いて、首を傾げる。


「魔力が出て来なければ、人類も生命を維持出来ないのでは?」

「そんな事無いよお! だって、私達は本来、自分達に内蔵されている魔力で生きてるんだから」

「へえ、そうだったんですか」


 それを聞いて、一応納得して見せる。

 それならば、最初からそれだけで生活する世界にすれば、良かった気もするのだが。

 まあ、そうもいかないのが世界と言う奴で。

 結局の所、そこに存在する生命が、その世界と共存する為に、色々と調整するしかないのだ。


「それじゃあ、準備は出来たという事で」


 気持ちを切り替えて、後ろに振り向く。

 広場の中心に居るのは、この世界に存在している二人の勇者。

 宝剣を操る異世界勇者、ヤマト=タケル。

 日本から異世界を救う為に召喚された、姫神雫。

 ヤマトは既に広場の中心に宝剣を刺して、準備完了という表情をして居た。


「手順は分かってるな?」

「うん、大丈夫だよ」

「雫も大丈夫か?」

「はい、何時でも行けます」


 俺を見詰めて微笑む二人。

 それを見て、大きく頷いて見せる。


「よし。それじゃあ……行くか」



 キズナ遺跡の中央に刺さる剣。

 その周りに、三人の人間が集まる。


「まず、ヤマト」


 俺が声を掛けると、ヤマトは小さく頷き、剣の柄に手を掛ける。

 ゆっくりと、青い光を放つ剣。

 それを確認した後、俺は何も言わずに、ヤマトの手の上に自分の手を被せる。


「雫」


 俺の言葉に雫が頷き、柄の先に掌を置く。

 これで、準備は完了だ。


「ミツクニ君、大丈夫だよね?」


 ヤマトが不安そうな表情を見せて来る。

 それに対して、俺は笑顔で口を開いた。


「まあ、大丈夫だろ」


 その一言で、ヤマトがいつもの笑顔に戻る。

 それに遅れて頷く雫。

 どうやら、二人の準備も出来たらしい。


「よし……行くぞ!」


 ヤマトが剣の柄を強く握る。

 強い輝きを放つ剣。

 その光が地面を走り、キズナ遺跡に居る人間達を青い光線で繋ぐ。


「はっ!」


 掛け声と共に、更に光を広げるヤマト。

 その光は、遺跡内の人間から遺跡の外へと飛び出して、世界中に居る人間達に繋がった。


「ミツクニ君」


 ヤマトの合図に頷き、ふうと息を吐く。

 これからヤマトが俺の力を利用して、世界中の人間から魔力を吸い取る。

 その魔力は再び俺を経由して、足元から世界へと還って行く。

 雫は大量に戻って来た魔力が溢れないように、自分の魔力で抑える役割だ。


「行くよ!」


 ヤマトが合図を送る。

 同時に強い輝きを発する絆の光。


 しかし。

 何故か世界中の人間からは、魔力が集まって来なかった。


「これは……?」


 疑問の表情を見せる三人。

 そんな、三人の心に。

 繋いだ青い光から、世界中の人々の感情が流れ込んで来た。


『もう……駄目だ』

『何をしたって、もう助からない』

『俺達は……このまま終わるんだ』


 次々と溢れて来る負の感情。

 その感情に感情が引っ張られそうになり、唇を噛み締める。


「ヤマト……!」

「だ、大丈夫だよ……」


 苦しそうな表情をして居るヤマト。

 俺は何度か他人の魔力を共有した事があるので、耐性がある。

 だけど、二人は……


「……して」


 そんな事を思って居た、その時。

 ポツリと言葉を溢す一人の女子。


「どうして……!」


 それは、日本から召喚された異世界勇者。

 姫神雫。


「どうして諦めるんですか!!」


 柄に手を置いたまま、悔しそうな表情で叫ぶ。


「そりゃあ絶望的ですよ! この状況で助かるなんて奇跡に近いですよ!」


 拳を強く握り、地面に視線を落とす。


「だけど! 私の知って居る『異世界の人達』は、諦めなかった!!」


 地面を踏みしめて空を仰ぐ。


「アニメでも! ゲームでも! 漫画でも! 私の大好きな異世界の人達は! 絶対に諦めなかった!」


 握って居た拳を開き、両手で柄を強く握る。


「だから私は認めない! この世界の人達が! 自らの世界を諦める事を! 絶対に認めない!」


 雫の声が剣に共鳴する。

 雫の声が世界の人間の心に響く。


「私の大好きな人達がぁぁぁぁぁぁ!!」


 響く。

 世界に。

 全ての異世界人に。



「生きる事を!! 諦めるなぁぁぁぁぁ!!!!」



 その声は宝剣を揺り動かし。

 この世界に生きる全てのものへと。

 強く、強く響き渡った。


 静かになるキズナ遺跡。

 誰しもが言葉を失い、勇者を見つめる。


 そして……


「ミツクニ君!」


 溢れ出す。

 希望を取り戻した人々の、生きる光が。

 絆の光を走り、剣へと集う。


「おおおおおお……!」


 集った光がヤマトの手を通り抜けて、俺の体の中を走る。

 その光から聞こえる、異世界人達の声。


『……そうだよな』

『俺達は、まだ生きてる』

『生きて居れば、また始められる!』

『例え世界に見捨てられたって!』

『俺達が頑張れば! きっと世界だって!』


 溢れる希望。

 一度は打ちのめされた人々。

 だけど、そんな人々の心を。

 日本から来た一人の女子が……蘇らせた。


「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 俺は両手で柄を掴み、掌に力を込める。

 俺の足から噴き出す生命の光。

 その光は刹那に世界中に広がり、全ての大地が青に染まる。



 皆が信じれば、望めば、絶対に世界は蘇る。

 何故ならば。

 それこそが、俺達が大好きな『異世界』のテンプレなのだから。



「……」


 青い光を体に受けながら、ゆっくりと空を見上げる。

 空に広がるは、絆の光と同じ色。

 青。

 雲一つ無い、晴れ晴れとした晴天。


「これこそが……異世界だろ」


 静かに瞳を閉じて、ふうと息を付く。

 辺りに湧き上がる緑。

 大地の窪みを流れて行く青。

 それを見て湧き上がる、この世界の住人達。


 今この異世界は、本当の意味で救われた。

 救ったのは、二人の異世界勇者。

 そして、この世界の救済を心から信じた、世界中に居る勇者達。


 俺は異世界勇者の親友役として、やっと自らの役を成したのだ。

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