最終話 世界は救われて親友役は逃げました
世界中に居る勇者の力により、この世界は生命を取り戻した。
失われて居た自然は完全に復活して、世界中に食料や水が溢れて居る。
世界の魔力で動いて居た物は全て朽ちてしまったが、それは大した問題では無い。
文明はそこにある自然を利用して、そこに住む者達が築くもの。
最初から魔法に頼らずに生きて来た異世界人なのだから、直ぐにいつもの生活を取り戻すだろう。
まあ、一つ問題があるとすれば……
「魔法が……使えない?」
キズナ遺跡に居た一人の男が呟く。
「ほ、本当だ……!」
「ファイヤー! ファイヤー!!」
周りの人間が魔法を試してみる。
しかし、誰一人魔法を放つ事は出来なかった。
「まあ、当分は混乱するだろうなあ」
その光景を見て、嬉しそうに微笑む男。
最初から魔法使えない人、ミツクニ=ヒノモト。
「くっくっく……どうだ? 普通の人間になった気持ちは?」
混乱している周りの人間達を見ながら、優越感に浸る。
これで、お前等と俺は対等! むしろ、魔法無しの戦術を持つ俺の方が……!
「勝ち誇った顔をしてるんじゃないわよ」
鉄球!
馬鹿な!? 魔法は使えないはず!?
「言ったでしょう? 人は元々体内に魔力を持って居るのよ」
袖から無数の鉄球を出して、静かに微笑むリズ。
その光景を見て、額から冷汗が落ちる。
「……つまり、最初から魔力を多く持っている人間は」
「こういう事ね」
放たれる大量の鉄球!
その鉄球は俺の急所目掛けて、一ミリのずれも無く……!
(……?)
来ない。
蹴られた鉄球は、空に吸い込まれて行った。
「……リズ?」
下げた視線の先に居るのは、全ての鎖から解放されて、やっと本来の微笑みを取り戻した、一人の女性。
リズ=レインハート。
「ミツクニ」
小さな唇を一度キュッと紡いだ後、綺麗な笑顔で言う。
「ありがとう……」
その言葉は、俺の心に深く沁み込み。
彼女から託された『役』が終わった事を、俺に告げた。
(ああ、そうだな)
リズの笑顔を見ながら、静かに瞳を閉じる。
ここに辿り着くまでの、数々の出来事。
何度も死にかけて、何度も仲間達に助けられて、俺はやっとここまで辿り着いた。
「リズ」
静かに目を開き、彼女を見つめる。
そして、静かに微笑み、言った。
「ありがとう」
その言葉は、俺をこの世界に生んでくれた事への、心からの感謝。
それが例えレールの敷かれた道だったとしても、俺は沢山の仲間達と絆を結び、笑顔で前に進む事が出来た。
生まれて来て良かった。
皆と出会えて良かった。
世界が平和になって、本当に良かった。
「ミツクニ……私は」
彼女が言いかけた言葉を、右手で制する。
言わなくて良い。
言わなくても……分かる。
勇者の親友役として、力不足だった俺。
そんな俺を助けてくれた、優しい勇者ハーレムや仲間達。
その優しさに、俺は心から感謝して居た。
その反面で。
何も出来ない貧弱な自分が……辛かった。
だけど。
リズは優しくなかった。
俺をいつも罵り、無茶な事も当たり前のように言って来た。
そんな当たり前の事を、当たり前に言ってくれる事こそが、彼女にとっての優しさだったんだ。
俺が『弱い自分』を認めて、それでも前に進む事が出来たのは。
むきにならずに、皆の力を借りる事が出来たのは。
全て彼女のおかげだ。
(それに……俺はドМ体質みたいだからなあ)
罵られて元気が出る!
優しくされ過ぎるのはどうも苦手!
リズみたいな人間が居る方が、人生に張りがあるってもんよ!
「まあ、また誰かに鉄球を当てたくなったら、俺の所に来いよ」
「……馬鹿」
それだけ言って、真っ赤な顔を地面に落とす。
何だかんだ言って。
この世界の一番のツンデレは、目の前に居る女王様だったって訳だ。
遺跡に居た人間達が大いに賑わった、ある時刻。
不意に一人の女子が口を開く。
「ところで、役から解放されたミツクニさんは、この後どこに居付くんでしょうね?」
その一言が。
その場に居た勇者ハーレムに、波紋を響かせる。
「それは……」
誰かが口にしようとした、その時。
「僕と一緒に精霊の森で過ごすんじゃないかな?」
間髪入れずに口を開く、異世界勇者。
「だってミツクニ君は、勇者である僕の『親友』だから」
その言葉は。
周りに居たヒロイン達の心に火を灯した。
「ミツクニが一番世話になったのは、ハルサキ家だけど?」
笑顔で首を傾げて居るシオリ=ハルサキ。
表情こそ笑顔だが、そのオーラには圧力が籠って居る。
「何言ってるんですか? ミツクニさんは魔法学園の生徒ですよ? 皆と学園に帰るに決まってるじゃないですか」
言ったのは、フラン=フランケンシュタイン。
表情こそ笑顔だが、その手にはチェンソー的な物を持って居る。
「どこでも良いだろう。まあ、私は妻として、いつでも側に居るがな」
当たり前のように言ってふっと笑う、ウィズ=サニーホワイト。
完全に勝ち誇ったその表情に、皆が疑問の表情を見せる。
「全く、あんなキモオタのどこが良いのかしら」
ため息交じりに言うエリス=フローレン。
「少し頼りない感じが、逆に良いのでは無いでしょうか」
笑顔で言うサラ=シルバーライト。
そして……
「言ったでしょう?」
最後に皆を黙らせるのは、勿論この人。
「ミツクニは、私の所有物なの。だから、私の物なの」
ミツクニを作った張本人。
リズ=レインハート。
「……僕達の戦いは、これからみたいだね」
静かに言った後、ヤマトが剣に手を置く。
「私、全力で戦うのは初めてだから、皆死なないでね?」
桜の花びらを纏い、静かに微笑むシオリ。
「ふっふっふ。遂にこの地球破壊爆弾を、使う時が来たみたいですねえ」
この星ごと滅ぼす勢いのフラン。
他の面子も、各々が最終奥義の構えをして居る。
恐らく、この後この星は滅ぶだろう。
「……あのお」
そんな修羅場の端っこで。
小さく手を上げる、日本から来た勇者。
『後からのポッと出は引っ込んでなさい』
全員から総ツッコミ。
しかし、雫は苦笑いで言葉を続ける。
「そのミツクニさんですが……」
言葉と同時に、少しの沈黙。
やがて、ヒロイン達がその事態に気付いた。
「……居ない」
ポツリと言うヤマト。
「ミツクニ君が……居ない!?」
先程までその辺に居たはずなのに。
いつの間にか、居ない。
「……狙って居たわね」
不機嫌そうな表情で舌を鳴らすリズ。
他の人間も、リズと同じ考えを思い浮かぶ。
あいつなら、この状況を利用して逃げるだろう。
「見つけるわよ!」
リズの掛け声で、ヒロイン達が一斉に旅の準備を始める。
「み、皆さん……!?」
慌てて皆を止めようとする雫。
しかし、誰一人彼女の言葉を聞こうとしない。
「悪魔は居なくなりましたけど! まだ人間を襲う魔物は存在するんですよ!?」
「そんなのは知らないわ」
「ヤマトさん! まだ勇者の仕事は終わってませんよね!?」
「旅をしながら頑張る!」
「フランさん……!」
「今死ぬのと後で死ぬの。どっちが良い?」
ヒロイン達が全力で動く。
そんな全員を無視して。
「……やれやれ。忙しない娘達だねえ」
あくび混じりででそう言ったのは、いつの間にか雫の足元に居たリンクス。
「リンクスさん?」
「気にしなくて良いよ。勝手にやらせときな」
その一言に雫が苦笑する。
「あの……リンクスさん」
「何だい?」
「リンクスさんは、ミツクニさん達と行かなくて良いのですか?」
雫の内緒話に、はっと笑って見せるリンクス。
そして、ヒロイン達をやれやれという表情で眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「会おうと思えばいつでも会える。それが本当の『絆』ってもんさ」
異世界勇者の親友役になりました 桶丸 @okemaru
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