異世界究明編

第89話 一番怪しい人は一番近くに居る

 世界を救う為に、勇者の親友役として召喚された男、ミツクニ=ヒノモト。


 最初は世界を救うと言われていた勇者ハーレムを集めていたのだが、様々な経験を経て、勇者ハーレムを集めるだけでは世界は救えないと感じ、世界の事を知る為に旅に出る。


 旅の中で様々な人達と出会ったミツクニは、この世界に住む人間と魔物の不仲こそが、世界崩壊の原因ではないのかと考え、和平を結ばせる為に行動したが、あと一歩の所で人間側の王が魔物に殺されてしまい、人間と魔物の間で戦争が始まってしまう。


 このままでは世界が崩壊してしまうと考えたミツクニは、超古代文明の遺跡を拠点とした第三戦力を作り戦争に介入。最初は脆弱な第三勢力だったが、勇者と勇者ハーレムが遺跡に集った事により、魔族と人間の戦争を硬直状態にする事に成功。


 さらに、勇者の卵であったヤマト=タケルは、選ばれた者のみが使える精霊魔法と、世界を救うと言われる三種の神器を手に入れて、真の勇者へと成長を遂げた。



 ここまでが、この物語の現在までのお話。



 この流れから考えると、勇者であるヤマトが第三勢力の先頭に立ち、世界を統一して平和に導くというのが、典型的な物語のパターンだろう。


 しかし、この物語には、まだ解明されていない『謎』が幾つかある。


 元の世界で漫画やアニメを見続けて来た俺としては、その謎こそが異世界を平和に導く最大の課題であり、それを解決しない限り、この世界に真の平和は訪れないと考えている。


 簡単に言えば、ノーマルエンドかトゥルーエンドかという事だ。


 そんな事で、俺は勇者の親友役として、世界を真の平和に導く為に、残っている謎を解明する事にした。




「その歳で日記を書くとか、キモオタの極みね」


 遺跡の片隅にある自室。プライベート空間と言うべき場所。

 それなのに、彼女は当然のように現れて、俺の手帳を後ろから覗き見て居た。


「……リ、リズ!?」

「何これ? あらすじ風? 書いていて恥ずかしくないの?」


 俺をこの異世界に召喚した魔法使い、リズ=レインハート。

 彼女は小さくあくびをすると、肩まで伸びた紅黒髪をサラリと払い、机の上に置いてあった手帳を素早く奪い取った。


「世界を救う為に、勇者の親友役として召喚された男……」

「止めろ! 声に出して読むな!」

「このままでは世界が崩壊してしまうと考えたミツクニは、超古代文明の遺跡を拠点とした第三戦力を作り、戦争に介入……」

「ああああああ!」


 恥ずかしさのあまり、叫び声を上げながら部屋をのたうち回る。


「簡単に言えば、ノーマルエンドかトゥルーエンドかという事だ」

「殺せ! 殺してくれぇぇぇぇ……!」


 今までの出来事を振り返る為に書いた日記。まさかリズに見られてしまうとは……

 恥ずかしすぎて、もうここには居られないぜ!?


「よし! 俺は旅に出るよ!」

「駄目に決まっているじゃない」

「黙れ! 最早ここに俺の居場所は無い!」

「最初から居場所なんて無いでしょう?」

「今日のリズはとてもキツイ!!」


 両手で顔を隠す。

 何これ? 章変わりでいきなり拷問ですか?


「大体、彼方はただの親友役なのだから、世界の事を考える必要なんて無いのよ」


 それを聞いて、冷静さを取り戻す。

 世界の事を考える必要なんて無い?

 今更それを俺に言うのか。


「……どうなんだろうな」


 ため息を吐き、ゆっくりと起き上がる。

 目の前には、ベッドに座って俺を見て居るリズ。こうやって二人で居るのは、本当に久しぶりだ。


「なあリズ。久々に二人きりだし、少し話をしないか?」

「嫌よ」

「ああ、うん。勝手に話すから良いや」


 最近ギャグパートが少なかったせいか、リズがグイグイ来るな。

 だけど、関係無い。話してやれ。


「まず、アーサーさんの件についてだけど」

「黙秘権を行使するわ」

「ああ、行使しろ。それでも俺は話す」


 黙ってしまったリズを無視して話を続ける。


「アーサーさんが俺を刺した時、リズは勇者ハーレム側じゃなくて、アーサーさん側で戦ってたよな? あれは、どういう事だ?」


 それは、この遺跡で先日起きた事件。

 突然現れたアーサーが、俺に質問を投げかけた後、攻撃をして来た。

 その攻撃によって俺は瀕死の状態となり、それを見た勇者ハーレムが我を忘れて反撃したのだが、その時リズはアーサー側で戦って居た。

 リズにも何か理由があったのかも知れないが、今までの事から考えると、流石に疑問を感じずには居られなかった。


「答えてくれ。どう言う事なんだ?」

「……」


 何も答えないリズ。

 それでも、俺は話し続ける。


「あの時アーサーさんは、俺に含みのある質問をして来たよな」


 あの時は、何の気なしに聞いて居た。だけど、今はしっかりと頭の中に残っている。


「世界の崩壊を、誰か一人の犠牲で止められるとしたら……だったか」


 俺達しか知らないはずの、世界崩壊の事実。

 偶然なのかも知れないが、アーサーは確かにそう口にした。


「どうしてアーサーさんが、世界崩壊の事を知って居たんだ?」


 相変らず何も言わないリズ。


「それを言う前に、ゼンさんに話を聞いた。とも、言ってたよな?」


 ゼン=ルシファー。魔物の大将でミントの祖父。

 彼ならば世界崩壊の予言を知って居ても、何の不思議も無い。


「もしかして、俺達以外にも、世界崩壊の事を知っている人が居るんじゃないか?」


 本来ならばアーサーに直接聞けば良いのかもしれないが、アーサー達は戦闘後に行われた宴のどさくさに紛れて、いつの間にか居なくなった。

 そう言う事で、今リズに聞いて居る。

 いや、むしろこれは、俺を召喚したリズに聞くべき事なのだろう。


「なあ、答えてくれよ」


 立ち上がり、リズを見下ろす。

 俯いたまま黙って居るリズ。

 しかし、ゆっくりと口を開く。


「私は……何も答えないわ」


 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 予想外にも、彼女は微笑んで居た。


「私はミツクニに、不審がられる事をしたわ。だから、今更信じてくれとも言わないし、詮索するなとも言わない」


 晴れ晴れとした表情で語るリズ。


「だけど、忘れないで。私は世界を救いたい。それだけは、紛れもない事実よ」


 それだけ言って、再び黙る。

 俺は彼女の事を真っ直ぐに見詰める。

 彼女の微笑みは……崩れなかった。


「……分かった」


 ポツリと言って、ため息を吐く。

 これ以上の事は、彼女には聞けない。

 いや、聞かない。

 何故ならば、俺自身がまだ彼女の事を信じているから。


「それじゃあ、俺は勝手に色々調べるぞ」

「良いわ。私もミツクニの邪魔はしない」


 相変らずの笑顔。

 どうして笑って居られるんだ?

 事によっては、今まで築き上げた信頼が、全て崩壊するかも知れないんだぞ?


「それじゃあ、私は自分の部屋に帰るわね」


 リズが部屋から出て行く。

 残されたのは、焦燥感が湧き上がって居る俺と、恥ずかしい日記が書かれた手帳。

 その手帳をポケットにしまい、黙って天井を見上げた。


「邪魔はしない……か」


 遠い。

 近くに居ると思っていたリズが、今はとても遠くに感じる。

 どうして俺は、こんな事をやって居るのだろう。


(本当に、知らなくてはいけない事なのか?)


 世界崩壊の予言。

 それに関与して居る人達。

 そして、真実。

 それらが霧のように頭の中を駆け巡り、何が正しいのかを分からなくさせる。


(……それでも、俺は)


 知りたい。

 例え、どのような事になっても。

 だって、それを知らないまま世界が救われたら、まるでそいつらが裏で手を引いて、ヤマトや勇者ハーレムに、世界を『救わせた』みたいになるじゃないか。


(そんなのは御免だ……!)


 勇者はヤマト=タケル。

 そして俺は、それをサポートする親友役。

 リズがその為に俺を召喚したという事を、否定したくない。

 だからこそ、止まれない。


「よし! やるか!」


 声を出して気合を入れ直す。

 散々フラグが立ったのに、それを回収しないで世界が救われるだなんて、物語としてはお粗末過ぎるだろう。

 全てを知った上で、きっちりとヤマトに世界を救わせる。

 それこそが、親友役である俺の役目なんだ。

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