第83話 恋に生きるハーレム達と愛の狂信者

 予言の秘密を知っていた遺跡は、勇者ハーレムの獣人達の攻撃により、機能を失った。

 これによって、真実を掴む手掛かりは一時失われたが、フランやミリィが復興工事を始めてくれた事により、遺跡の機能は少しずつ回復している。

 しかし、それを抜きにしても、今は予言の真実を追う事が出来ない状況にある。

 理由は、ただ一つ。

 娘を嫁に出すお父さん化した魔物達が、強硬派や穏健派に関係無く、遺跡に攻めて来て居るからだ。


「……全く」


 風吹く広く荒野に、男と機械が一体ずつ。

 一体は魔物達の娘を奪おうとしている異世界人、ミツクニ=ヒノモト。

 もう一体は、それを唯一手伝ってくれている、未来型ドローン、ベルゼ。

 さて、何故俺達が二人だけで、攻めて来ている魔物達と戦って居るのか。

 それは、先日彼女が言った一言が原因だった。



「負けてしまえば良いのよ」


 これからの行動方針を話し合う為に、勇者ハーレムが集まった食堂内。

 その中心で、彼女はそう言い放った。


「そうすれば、万事解決じゃない」


 いつもの冷静な表情で簡単に言い切ったのは、俺の(元)偽許嫁、リズ=レインハート。

 そんな彼女が言ったまさかのセリフに、食堂内に居た全員が息を飲んだ。


「……あのなあ」


 沈黙に耐え切れなくなり、自ら口を開く。


「負けるっていうのは、一歩間違えば俺が殺されるって事で……」

「殺されそうになったら、仕方ないから助けてあげるわ」

「そこまでは見殺しって事かよ」


 苦笑いで答えた俺に対して、平然とリズが頷いて見せる。


「今回の戦いは、魔物と人間の対立には関係無いもの。むしろ負けてしまった方が、両者の蟠りが解けて、友好関係を築ける可能性が高いわ」

「それは、そうかも知れないが……」


 苦笑いのまま全体を見渡す。

 俺達の会話に対して、何も言って来ない勇者ハーレム。

 ……もしかして、全員がリズの言葉に迷っているのか?


「待て待て。どんな戦いにせよ、負けるのは駄目だろう」

「どうして?」

「負けた事が人間側に知られたら、また攻めて来るかも知れないだろ?」

「それはどうかしら?」


 リズが鼻で笑う。


「ミツクニ一人が負けた後で、私達がその魔物達を撃退すれば、この遺跡が落ちた事にはならないでしょう?」

「それは、確かにそうだが……」


 釈然としない提案に納得出来ない俺。

 それを見越して居たかのように、リズが畳みかけて来る。


「大体、この戦いに勝ったら、ミツクニはミントとウィズの婚約者と認められてしまうのよ? ミツクニはそれで良いの?」

「いやいや、勝ったからって、絶対にそうなる訳じゃ無いだろ」

「なるわ。魔物達が既にそう思っているのだから」


 残念だが、彼女の言う通りである。

 ここは素直に負けて婚約を解消する事が、平和への近道なのかも知れない。

 そう言う事だから、今回は大人しく俺だけがボコられて、次の戦いに備える……


「……みつくに?」


 そんな俺の考えを揺るがす、子供の声。

 振り返った先に居たのは、黒羽の先をいじりながら俯いている幼女。

 魔王、ミント=ルシファー。


「みつくには、ミントの事が嫌いなの?」


 瞳に涙を一杯に溜めて、俯いたまま言う。


「みつくには、ミントと一緒じゃ嫌なの?」


 トボトボと歩き、足に抱き着いて来る。

 震えている小さな手。

 俺は我慢が出来なくなり、ミントの頭を優しく撫でた。


「大丈夫。俺はミントの事が大好きだよ」

「でも、ミツクニは負けるって……」


 そうです。

 負ければこの場は万事解決。

 魔物と人間の友好度も高まり、勇者ハーレムの指揮も上がるでしょう。

 ……だがしかし。


「負けないよ」


 ハッキリと言い切る。


「俺は……絶対に負けない」


 俺の事を見上げながら、ポロポロと涙を流しているミント。

 そんな彼女を、優しく抱え上げる。


「例え世界の全てを敵に回しても、俺はミントの為に戦うよ」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ」


 ミントが俺の肩で涙を拭き、笑みを浮かべる。

 そう、これだ。

 この笑顔こそ、俺が守りたいものなんだ。


「私は手伝わないわよ」


 そんな温かい雰囲気をぶち壊す、冷たく鋭い声。

 言ったのは、横で本気の殺気を放って居るリズ。


「戦うというのなら、ミツクニ一人で戦いなさい」


 それを聞いて、改めて周りを見る。すると、勇者ハーレムも呆れた表情していて、手伝ってくれるという雰囲気では無かった。


「……なるほど」


 小さく息を付いて瞳を閉じる。

 世界の平和を目指すのであれば、俺は負けるべきなのだろう。

 ……しかしだ。

 目の前で泣いて居る彼女の姿を見て、心が痛まないか?

 そんな彼女の思いを無視して、大人しく負けるべきなのか?


 答えはNOだ!!!!


「上等だぁぁぁぁぁぁ!」


 勇者ハーレムの中心で、天井に向かって叫ぶ。

 この選択によって、本当の意味で世界の全てが敵になるだろう。

 しかし、それでも俺は戦う。

 俺の腕の中で震えている、彼女の心を守る為に!



 ……と、言う事で、俺は唯一の協力者であるベルゼと、今から魔物の軍と戦う事になった。


「何だかなあ……」


 荒野の中心で遠くを眺める俺達。

 見えるのは、数百もの魔物の群れ。

 その全てが異様な殺気を放ち、ゆっくりとこちらに向かって来ている。


「今までも一人で戦う事はあったけど、ここまで戦力差があるのは初めてだな」

「確かに。そして、マスターの戦闘力から考えれば、分が悪いと言えるだろう」


 はっきりと言い切るベルゼ。

 そんな事は最初から分かっている。

 だけど、あの状況で引き下がる訳には行かないだろう?


「それにしても、私は少々驚いている」


 ベルゼが上下にフワフワと動く。


「まさか、勇者ハーレムの全員が、協力を拒否するとは思って居なかった」

「だよなあ。俺もシオリやミフネくらいは、手伝ってくれると思って居たんだけど」


 完全に当てが外れてしまった。

 勇者ハーレムの皆さんは、思って居たより甘くは無かったようです。


「ヨシノ師匠との戦いは何だったんだ……」


 ぽつりと呟き、大きくため息を吐く。

 そんなに俺とミント達が、婚約者認定されるのが嫌なのか?

 それで絶対に結婚する訳でも無いのに。


「女心と言うのは……難しいなあ」


 ポツリと言って空を仰ぐ。


「でもまあ、俺は男だから、分からなくても仕方ないかなあ」

「そんな事はありません」


 横に居る女性が口を開く。


「男だからと言って、女性の気持ちを考えないのは、愛に反して居ます」

「愛? 俺は別に、勇者ハーレムを愛してる訳じゃ無いぞ?」

「恋愛だけが愛ではありません。情愛や恩愛、母性愛など、愛には沢山の形があるのです」

「そうか。それじゃあ俺は、ある意味で皆を愛してるのかな……」


 やっと気付いて横を向く。

 そこに居たのは、青い修道服を着た愛の伝道者。

 シスター、ティナ=リナ。


「シスター……どうしてここに」

「愛の呼び声が聞こえましたので」


 ニコリと微笑むティナ。

 この人は初めて会った時も、とんでもない場所に居たな。


「あの、ここは今から戦場になるんですが」

「はい。愛の試練ですよね」

「……え? いや、どうなんだろう?」


 ミントの心を守る為の戦いだから、親愛の戦いとも言えるのか?

 ……だからと言って、ティナがここに居る理由は無いのだが。


「とにかく、ここは危険ですから……」

「愛のある場所に、私は現れるのです」


 そう言えば、初めてティナと会った時も、恋愛相談をしたんだっけ。

 あの時にティナが言った言葉は、壮絶すぎて全く為にならなかったな。


「今回も、複数の女を手籠めにする為に、戦うのですよね?」


 ほらな! これだよ!


「全ての女を手籠めにしようとして居るミツクニさんにとって、これは通過点……」

「違う! 断じて違う!」

「良いのです。私は愛を信じて居ますから」

「信じれば良いってもんじゃねえよ!?」

「それに、男は狼ですから」

「結局それ言いたいだけじゃねえか!」


 全力で叫んだ後、肩で大きく息をする。

 この人は他の勇者ハーレムとは違った意味で、危険な人だ。

 

「あの、悪いんですけど、もう帰ってくれませんか……」

「ほら、見て下さい」


 ティナが指を差す先。

 攻めて来ている魔物達の中に居る、一人の女子。

 赤い髪、赤い目、竜の皮膚。


(……最悪だ)


 ウィズの事を心から愛している、かつての強硬派の副将軍。

 勇者ハーレム、竜人ニール=アルゼン。


「あの方から、とても強い愛の波動を感じます」


 そりゃそうだろうよ。

 初めて会った時も、ウィズの事が好き過ぎて、危うく殺されかけたからな。


「それに、あの方」


 ティナが再び指を差す。

 その先に居たのは、砂漠のオアシスに居た勇者ハーレム。

 淫魔、サキュ=バリオン。


「あの方は、愛の権化そのものですね」


 そりゃそうだろうよ。


「それに、ほら」


 ええ? まだ居るんですかぁ?


「あの方からは、強い親愛を感じます」


 ずっと後方で全体を指揮している、紫長髪の綺麗な女性。

 穏健派第二師団団長、ナタリ=ウォーク。

 ……ここまで勇者ハーレムが揃って居ると、流石に笑えないな。


「愛憎! 愛欲! 愛情! まさに愛のジェットストリーム……!」

「ストップ! 著作権侵害!」


 大声で叫んでティナの言葉を封じる。

 しかし、ティナの言う通り危険な布陣だ。

 明らかに、ウィズとミントへの愛を試すような布陣じゃないか。


「惜しみないと言うか、勇者ハーレムのバーゲンセールと言うか……」

「面倒だから一気に登場させた感じですね」

「それを言ってしまう!?」


 違う! 断じて違う!

 きっと魔物達の綿密な作戦によるものだ!

 ご都合展開とか! そう言う事は口にしてはいけないのだよ!


「まあ、とにかく……」


 コホンと息を付き、相手を見渡す。

 色々と疑惑はあるが、とにかく敵は大勢。

 それに対して、俺達は二人(ベルゼは一機だから実質一人)だけ。

 ご都合展開だとしても、その戦力差は歴然だ。


「やるしかないか」


 全ては我が愛しのミントの為。

 そして、ほんの少しだけウィズの為。

 この身朽ち果てるまで戦おうじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る