第84話 シスター最強説

 荒野にジリジリと照り付ける太陽。

 怒りに燃える魔物軍から湧き上がる熱気。

 そして、それらを静かに見つめる三人。

 婚約解消を賭けた戦いが、今始まろうとしている。


「ベルゼ、相手の正確な人数は?」

「三百三人だ」

「成程、百人の部隊が三つか」


 ため息を吐き、敵の大軍を見つめる。

 漆黒の重鎧に身を包むトカゲの獣人。布のような物を纏っただけの猫の獣人。銀色の軽鎧を装備して居る犬の獣人。

 特に統一された装備は無く、それぞれが個々に武具を揃えて居るようだ。


「寄せ集めの軍に見えるけど、普通に強そうだな」

「魔物の軍は人間側と違って、個々に修練を積んだ者が集まって居るようだ」

「ふうん、集団戦闘力は苦手だけど、個々の能力が高いって事か」


 この世界では、魔物より人間の方が強い。

 しかし、それは魔力と言う要素があるからであって、純粋な体力や五感の鋭さは、魔物の方が上回っている。

 よって、魔法が使えない俺にとっては、人間よりも魔物の方が格段に手強い。


「中々に絶望的だな」

「普通に戦えばそうだろう」


 含みのあるベルゼの言葉。

 勿論、その意味を俺は分かっている。


「なあ、ベルゼ」

「何だろうか」

「流石に、もう良いよな?」


 俺の一言に、ベルゼがピピッと鳴る。


「それを決めるのは私では無い」

「そうか……まあ、そうだよなあ」


 頷いた後、小脇にぶら下げている便利袋から、手榴弾を取り出す。

 それは、前に使った事のある、魔物の五感を刺激する手榴弾。

 しかし、威力は以前使った物とは全く違う。

 一歩間違えれば、発動した時点で魔物が失神する、高火力の手榴弾だ。


「魔物達、驚くだろうなあ」


 呟きながら手榴弾を右掌で転がす。

 これから使う武器は、この異世界の文明を完全に超越した武器。

 今までは余計な波風を立てないように、使う事を避けていた。

 だけど、それも今日で終わりだ。


「大切な者を守る為なら、俺は何でもする」


 ホルスターの銃を抜き、天に掲げる。

 放たれる一発の銃弾。

 それに反応して、魔物の群れが走り出した。


「行くぞぉぉぉぉ!!!!!」


 力の限り叫んだ後、手榴弾を思い切り投げる。

 魔物達の前にコトリと落ちる手榴弾。

 爆発。

 その瞬間、走って来た魔物達が、一斉に地面に転がった。


「おおおおおおおおおお!」


 空いた右手にも銃を持ち、左右同時に打ちながら魔物の群れへと飛び込む。

 一撃、二撃、三撃……

 放たれた弾丸は魔物達の鎧を貫通して、鎧の内側で爆発した。


「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 阿鼻叫喚する魔物達の間をすり抜けて、魔物を次々と蹴散らす。

 十撃、十一撃、十二撃……

 弾が減らない超文明の銃は、撃つ毎に魔物達の戦力を削り取って行く。


「こ、この……!」


 体制を立て直した獣人が斧を振り上げる。

 頭上に振り下ろされる一撃。

 同時にシールドが勝手に作動して、振り下ろされた斧が頭上で止まった。


「はっ!」


 がら空きになった腹に弾丸を打ち込む。

 爆発。

 獣人は周囲の魔物達を巻き込んで吹き飛び、だらりと地面に転がった。

 迂闊に近付く事の危険性に気付き、一度距離を開ける魔物達。

 俺は肩で息をしながら、それを眺める。


「……ベルゼ」

「何だろうか」

「あと何体だ?」

「二百六十二体だ」

「まだまだ居るなあ」


 息を整えながら苦笑いを見せる。

 超文明の武器とベルゼのサポートのおかげで、何とか戦えては居る。

 しかし、圧倒的な物量の前に、俺の体力が持つかどうかが問題だ。


「最初にバズーカでも撃っとくべきだったか……」

「効率を考えるのであれば、そうするべきだったろう」


 はっきりと言い切るベルゼ。

 当然のように、俺もそれは分かっていた。

 だけど、それは出来なかった。


(魔物達も、ミントとウィズの為に戦っているからなあ……)


 想いを込めて挑んで来て居る相手を一掃するという行為は、俺の中の武士道的な感情が許さなかった。


「よし! 次行くぞ……!」


 銃を構え直して、攻撃に入ろうとする。

 しかし、魔物達が奪った五感を取り戻して、一斉に襲い掛かって来た。


「くっ……!」


 降り注ぐ大量の攻撃を、シールドや回避で何とか躱す。

 躱した後に反撃しようと試みたが、圧倒的な攻撃量で反撃する暇が無い。


(このままじゃ……!)


 殺られる。

 そう思った、次の瞬間だった。


『愛!!!!』


 戦場に木霊する叫び声。

 それに少し遅れて地面が爆発して、周囲に居た魔物達が派手に吹き飛んだ。

 ボタボタと地面に叩き付けられる魔物達。

 その中心で静かに佇む、青き衣の修道士。


「愛。それは……勝ち取るもの」


 シスター、ティナ=リナ。


「ミツクニさん、大丈夫ですか」


 こちらに向き、にこりと微笑むティナ。青い闘気をその身に纏い、大気を震わせて居る。


「……し、しすたぁ?」

「良かった。無事のようですね」

「いや、無事だけど……」

「ミツクニィィィィィィ!」


 叫び声と共に空から飛来する赤き竜。

 ウィズを深愛して居る勇者ハーレム、ニール=アルゼン。


「今日こそお前をぶっ殺してぇぇ……!!」

『愛!』


 いつの間にかニールの懐に潜り込み、拳を振り上げるティナ。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、ニールが錐揉みしながら空を舞い、地面に叩き付けられた。


「愛。それは……奪うもの」


 ああ……やってしまった。

 久々に登場した勇者ハーレムなのに、一瞬で退場だよ。

 シスター最強説は、やはり健在なのか。


(この展開から考えると……)


 などと思って居た俺の肩に、ふわりと白い腕が巻かれる。

 振り向いた先には、ここに居ないはずのリズの姿があった。


「リ、リズ……?」


 フフッと笑い、前へと回り込むリズ。

 その衣装は、何と水着だった。


(これは……!?)


 普段隠れている胸がビキニによって強調されて、健康的なくびれとスラリと伸びた足が、俺の網膜を焼き尽くすかの如く……


「どうかしら? ミツクニさん」


 ミツクニ……さん?

 あ、違うコレ! リズじゃ無い!


「まさか……サキュか?」

「ふふ、どうでしょう?」


 魅力的な姿でゆっくりと近付いて来る、サキュ=バリオン。

 彼女は淫魔なので、相手の好みの女性に変身出来るとか出来ないとか。

 つまり、そんな姿で来られたら、流石に俺も攻撃が出来ない……


『愛!』


 躊躇なく放たれる、ティナの重い掌底。

 サキュは魔物達を巻き込んで吹き飛び、元の姿へと戻った。


「愛。それは……心」


 クルクルと目を回して居るサキュ。

 勇者ハーレムが多いせいで、個々の出番が少ないというのに、本当に容赦が無いな。


「何ですか? そのチートキャラクターは」


 取って付けたかのように俺達の前に現れる、紫長髪の女性。

 魔族第二師団の団長、ナタリ=ウォーク。


「私達はミツクニさんの覚悟を、試しに来て居るんですけれど」


 全く持ってその通りだと思います。

 だからこそ、俺は単身で敵に飛び込んで……


「愛は一人にしてならず。それを守る者が、必ず近くに居るのです」


 ふむ、ティナが勝手に話を進めて居るぞ?


「先ほどから愛などと語って居ますが、貴女は一体何者ですか?」

「ティナ=リナ。ミツクニさんの愛の守護者です」

「誤解される言い方は駄目だよ!?」

「成程。それならば、仕方ありませんね」

「納得しちゃったよ!?」


 小さく息を付き、剣を手に取るナタリ。

 ティナとナタリの間に、殺気が溢れ出す。


(や、やるのか? やる気なのか……!?)


 ジリジリと間合いを詰めるナタリ。

 自然体で動かないティナ。

 まさに、強者同士の一騎打ち……


「はああああ……!」

『愛!!!!』


 ナタリが剣を振り上げた刹那、ティナの右拳がナタリの腹にめり込む。

 そして、一瞬の静寂。


『愛ぃぃぃぃぃぃ!』


 叫び声と同時にティナがナタリの懐に潜り込み、左拳で腹を突き上げる。

 バラバラに弾け飛ぶ銀鎧。それに遅れてナタリが空へと舞い、風に舞う紙切れのように、地面へと落とされた。


「愛。それは……見守るもの」


 決め台詞を言うティナ。

 こうして、勝敗は決した。


(……良いのか?)


 三方向に吹き飛ばされて、各々に伸びて居る勇者ハーレムの三人。

 その中のサキュを、ティナが片手で持ち上げる。


「彼女は愛の証人として、私が預かります」


 周りでガタガタと震えている魔物達。まだ二百体以上居るのだが、全員が戦う気力を失って居た。


「他の者は魔物の里に戻り、この愛戦の顛末を伝えなさい」


 その言葉を聞いて、一斉に逃げ出す魔物達。ナタリとニールも魔物達に担がれて、そのまま帰ってしまった。

 静けさを取り戻す戦場。その中心には、何もして居ない俺と愛を語る修道士。


「愛の戦は……まだ始まったばかりです」


 空を仰ぎ、左手で十字を切るティナ。

 そんな彼女を遠目に眺めながら、俺は苦笑いをする事しか出来なかった。

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