第150話 キモオタ、愛を語る
異世界テンプレをなぞるのであれば、この場面はお互いの信念を掲げた二人の勇者が、それを貫く為に戦うシーンだろう。
それに対して親友役の役割は、黙ってそれを見届ける事。
それは、十分に分かって居る。
分かって居たのだが、俺は我慢が出来なかった。
「愛。それは時に……冷静な感情を失わせる」
蒼天のごとく青い光を身に纏い、静かに愛を語る一人の男。
勇者の親友役、ミツクニ=ヒノモト。
愛の天使から受けた魔力が己の体を焼き、今にも何かがはち切れそうだ。
「そう言う事だから、覚悟しろよ」
言葉と共に、指をポキポキと鳴らす。
そのテンプレとも言える威圧行動に、ヤマトはごくりと息を飲み、剣を構えたまま動けずに居た。
「どうしたヤマト? サラは簡単に攻撃出来たのに、俺には出来ないのか?」
分かり安い挑発。
本来ならこんな事をするキャラでは無いのだが、今回だけは特別だ。
「くっ……!」
ヤマトが俺に向けて走り出す。
直ぐに雫がフォローに入ろうとしたが、ヤマトの方が一手速い。
「ああああああ!」
叫び声と共に振り下ろされる剣。
しかし、俺はその刃を左指一本で受け止めた。
「……!?」
驚きのあまり硬直するヤマト。雫も目の前で起きた出来事に呆然として居る。
「……足りないな」
吐き捨てるように言って、微笑む。
「この攻撃には……愛が足りない」
指に触れている刃を軽々と弾き、ヤマトもろとも吹き飛ばす。
ヤマトは完全に予想外だったようで、受け身も取らずに尻から地面に落ちた。
「お前の愛は、本当に薄っぺらいな」
本来の俺であれば、愛などと言う言葉は、恥ずかしすぎて使えない。
しかし、今は愛の天使の魔力が体中を巡っているせいで、愛がオーバーヒート中だ。
「それがお前の愛の限界なのか?」
無傷の指を軽く振り、鼻で笑って見せる。
歯を食いしばり立ち上がるヤマト。
俺のわざとらしい挑発は、しっかりと効いているようだ。
(まあ、ヤマトだからなあ)
単純で真っ直ぐな王道勇者。
戦って居る相手が勇者ハーレムであれば、こう言われて終わりだろうな。
「ミツクニさん……気持ち悪いです」
思って居た事を突然言われて、ガックリと肩を落としそうになる。
振り返って見ると、いつの間にか魔法学園に居た面子が大集合して居た。
「気持ち悪いのお」
「気持ち悪い!」
「気持ち悪いですね」
畳みかけるように言葉を投げて来る裏ボス達。
しかし、俺は屈しないぞ。
何故ならば、今の俺は愛を語る使者だからな!
「愛。それは時に……非難されるもの」
「ミツクニさんが言っても締まりませんねえ」
「よーしフラン、少し黙ろうか」
「仕方ありませんね」
ため息を吐いて静かになるフラン。他の仲間達もやれやれと言った表情で口を紡ぐ。
そんな俺達のやり取りを見て、気に入らなそうな表情をして居るヤマト。
「馬鹿に……」
ヤマトの周りに光が集まる。
「馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」
放たれる精霊魔法。
数多の光が飛び回り、俺に向かって収束する。
爆発。
発生した炎は空気を取り込みながら膨れ上がり、やがて俺の全てを包み込んだ。
「はあ、はあ……」
肩で息をしながら、炎の先を見つめるヤマト。
そんな炎の中から、何事も無かったかのように男が現れる。
「愛。それは……燃えさかる炎」
最早キモいだけの人、ミツクニ=ヒノモト。
「あ、ああ……」
「分かるかヤマト。これが、真の変態だ」
不気味に笑いながらヤマトに近付く。
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁ!!」
ヤマトが後ずさりしながら精霊を投げつけて来るが、蚊を払うかのようにそれを弾き飛ばす。
「ヤマト、スカートの中が見えてるぞ」
「ひっ!!」
「馬鹿め! 冗談だぜ!」
すかさずヤマトに向かって走る。
一気に距離が詰まる両者。
ヤマトは半泣き状態で剣を抜き、俺に向かって全力の横薙ぎを放つ。
だけど、それでも。
ヤマトの刃は、俺の体に届かなかった。
「……ヤマト」
ポツリと言って、ゆっくりと拳を振り上げる。
ヤマトは剣を握り締めたまま、体を震わせて動けない。
そんな、ヤマトの顔に目掛けて。
「これが、俺からの……愛だ」
思い切り、拳を叩き込んだ。
「っ……!!」
巻き起こる土煙。
地面が派手に割れて、周囲にある建物のガラスが弾け飛ぶ。
その凄まじい一撃を受けて、ヤマトは……
「……」
無傷。
正確に言えば、俺がヤマトの顔から拳を外して、空を殴って居た。
「……何で」
唖然とした顔で言葉を溢すヤマト。
俺は握って居た拳を開くと、そのままヤマトの頭にポンと乗せた。
「俺が憎いのなら、こんな回りくどい事をしないで、真っ直ぐに俺に来いよ」
ふうと息を付き、ヤマトに微笑みかける。
「そしたら、仲間の為に全力で抗って……最後に死んでやるから」
ヤマトは勇者。
俺は親友役。
もし本気で戦ったら、親友役なんて簡単に死んでしまうだろう。
だけど、それでも良い。
お前がそれを望むのなら。
俺は……それでも良い。
「あ、ああ……」
ヤマトが剣を地面に落として、顔に手を当てる。
「ああ……! ああ……!」
二歩、三歩と後ろに下がり、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
そして……
「ああああああああ!」
壊れたように叫んだ。
(……!!)
ヤマトが叫んだ途端、急に大気が震え始める。
それに少し遅れて、今度は地面がゆっくりと崩壊を始めた。
(これは……!?)
ヤマトの体から噴き出す青い光。
……いや、違う。
青い光は地面からヤマトに吸い込まれて、周囲へと拡散されて居る。
(魔力の暴走か!)
ヤマトが初めて魔法学園に来た時にも、魔力が暴走した。
しかし、今回のそれは、あの時の比では無い。
成長したヤマトは、大地から異常なまでの魔力を食い尽くし、周囲にある物を枯渇させる。
「くそっ!」
咄嗟に靴の魔力ストッパーを外して、ヤマトの手を握る。
「ぐうううううう……!」
ヤマトから俺へと流れ込む大量の魔力。
その流れは、ヤマトが大地から吸い取って居る魔力のスピードを上回り、やがてヤマト自身の魔力も大地へと還して行く。
「ああああああああ!」
魔力が俺の体を駆け巡るのと同時に、ヤマトの感情が流れ込んで来る。
悲しみ。痛み。恨み。
その全てを受け入れて、俺は歯を食いしばりながら、魔力を地面に落とし続けた。
「ヤマトおおおおおおおお!!!!」
叫ぶ!
心の底から!
親友であるヤマトに向かって!
……そして、その叫びは。
放心して居たヤマトの耳に届き。
やがて、魔力を収束させた。
「……ミツクニ……君?」
呆然とした表情で俺を見つめるヤマト。
どうやら、放心状態の事を覚えて居ないようだ。
(やれやれ……)
俺は何事も無かったかのように微笑み、大きく息を吐く。
勇者が闇落ちするのは仕方ない事だが、頼むからこれ以上恥ずかしい真似はさせないでくれ。
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