第151話 片鱗の緑

 思い出が詰まった魔法学園の訓練場は、ヤマトの魔力暴走により砕かれて、元の面影を完全に失った。

 平地だった地面は所々割れて段差になり、ベンチや木々も倒壊している。


 しかし。

 その光景は、その場に居た全員に、新たな気持ちを湧き上がらせた。


「これは……」


 全員が息を飲んで見て居る景色。

 それは、月から注ぐ光にキラキラと照らされている、溢れんほどの緑。


(どういう事だ……?)


 現在ここに存在する自然は、明らかに魔力が暴走する前よりも多い。

 それはまるで、何かの力を受けて、急成長したかのような……


(まさか……)


 頭に浮かんだ理由を考察して、静かに息を飲む。

 魔力は人間の生命の源。

 そして、この世界の生命力も……


「ミツクニ君……」


 突然声を掛けられて我に返る。

 視線を戻した先に居たのは、顔を真っ赤に染めたヤマトだった。


(おおっと!?)


 しっかりと握られた両手。

 それを素早く放して、そのまま頭を掻く。


「まあ、何だ……」


 恥ずかしさを必死に抑えながら、明後日の方向を見て口を開く。


「もう回りくどい事はやめろ。俺に用があるなら、俺に向かってきちんと言え」


 モジモジした後、上目使いで俺を見るヤマト。

 ううむ、困ったぞ。

 しおらしくなったら、急に可愛く見えて来た。


「……ごめんなさい」


 しまった。謝らせてしまった。

 そんなつもりでは無かったんだけど。


「でも……」


 ヤマトが真剣な瞳を向けて来る。


「それでも僕は、悪魔を許す事は出来ない」


 その言葉は、我を取り戻したヤマトが言った、強い想いを秘めた言葉。

 それを聞いた俺は、やっと安心の息を吐いた。


「それで良いんだよ」


 小さく頷いて微笑む。


「どんな理由があるにせよ、悪魔は人間を殺そうとする。それを止めるのは勇者として……いや、人間として当たり前の事だ」


 真の意味で世界を救う為に、俺は悪魔側である雫と行動を共にして居る。

 だけどそれは、悪魔の行動を容認するという事では無い。

 悪魔が人間を襲って居たら、俺は助ける。

 俺が目指して居る『世界救済』は、人間を滅ぼす事では無いんだ。


「でもな」


 真面目な表情をヤマトに向ける。


「仲間を救う為に、ヤマトと戦わなくてはいけない状況になったら、俺は躊躇しない」


 これだけは、ハッキリと言っておく。

 俺にとって何よりも大切なのは、周りに居る仲間達だ。

 これを守る為ならば、例え『人類側の勇者』であっても、手を抜く事は無いだろう。


「うん、分かってる」


 俺の言葉に対して、あっさりと頷くヤマト。


「でも、僕は負けてあげないよ」


 その言葉を聞き、声を出して笑う。

 ああ、そうだ。

 これこそが、俺が望んだ勇者の姿。

 これまでに何度も道を外したが、結局こいつはここに帰って来てくれる。

 だからこそ、俺はこいつが勇者で、本当に良かったと思えるんだ。


「ふっふっふ……随分と上から目線だが、今の俺に勝てると思って居るのか?」

「うん、勝つよ」

「なるほどねえ……」


 ふっと鼻を鳴らして首を折る。

 示した先に居るのは、俺の新しい仲間達。

 その全員が、ニヤニヤしながらヤマトの事を見て居た。


「ヤマトには悪いが、今の俺のパーティーは、この世界で最強だぞ」

「俺のじゃ無くて『俺の勇者の』でしょ?」


 おっと、確かにそうだ。

 俺は勇者の親友役。

 主人公気取りは避けなければいけない。


(しかし、ヤマト自らそんな事を言うとはね……)


 先程ヤマトが言った言葉。

 改めて考えてみれば、雫を勇者として認めた言葉とも取れる。


 それは、人類側の勇者として、あえて口に出した言葉か。

 それとも、自分が既に俺の勇者では無いという事を、指した言葉か。


 何にせよ、ヤマトの成長と少しの闇を、垣間見た言葉ではあった。


(だ、大丈夫だよな……)


 無邪気に微笑んで居るヤマト。

 そのいつも通りの微笑みに、少しだけ不安を覚えてしまう。

 しかし、今考えても仕方の無い事だと思い、その不安は空の彼方へと吹き飛ばした。


「それで、ヤマトはこれからどうするんだ?」

「僕はキズナ遺跡に帰って、仲間と悪魔の討伐を続けるよ」


 その言葉を聞いて、やれやれと息を吐く。


「帰るのは良いけど、サラにきちんと謝ってから行けよ」

「あ……」


 俺の言葉を聞き、慌ててサラの元に走るヤマト。

 完全回復してこちらを見て居たサラ。

 その前で立ち止まり、何度も何度も頭を下げる。


(きっとサラなら……)


 俺が思って居た通り。

 サラはヤマトの言葉を優しく止めて、黙って抱きしめた。


(まあ、そうなるよなあ)


 母に抱きしめられたかの如く、安らぎを噛み締めるヤマト。その光景は、ハーレムにチヤホヤされる勇者そのままの姿だった。


「何か、羨ましいですね」


 そう言ったのは、いつの間にか俺の横に立っていた雫。


「私もハーレムが欲しくなって来ました」

「作れば良いじゃないか」

「それじゃあ、手伝ってくれますか?」

「……それは勘弁してくれ」


 勇者ハーレムを集めるのは、もうこりごりだ。

 仲間を作りたかったら、勇者として自分の力で頑張って下さい。


「所で……」


 楽しそうに会話して居るヤマト達を見詰めながら、軽い口調で言う。


「俺はさっきの戦いで、世界を救う方法の片鱗を見付けてしまったんだが」

「あ、ミツクニさんもそう思いました?」


 俺を見てニヤリと笑う雫。


「これって、完全に世界を救うテンプレですよね」

「ああ、ベッタベタの王道展開だ」

「そうそう! オラに元気を分けて……!」

「はいそこまでぇぇぇぇ!!」


 著作権注意報発令ぃぃぃぃ!


「でも、一番の問題は、どうやって皆に元気を分けて貰うかですよね」

「うんうん。頼むからそれ以上は、絶対に踏み込まないでくれよ」


 そんな事を言いつつも、俺は元気を分けて貰う方法を考え始めて居た。


(うーん……)


 色々と考えてみたが、今は答えがまとまらない。

 それ以前に、まだ情報が足りない。


「これに関しては、一度あの人に相談した方が良さそうだなあ」

「あの人?」

「ああ。こっちの世界の住人でありながら、何故か異世界テンプレを知って居て、俺の問題をいつも解決してくれる人だ」

「それって……」


 雫がゆっくりと視線を動かす。

 その先には、風景の変わった訓練場を見ながら、ニヤニヤして居る女子。


「……やっぱり居るんですね。そう言う人」


 その言葉に鼻で笑う。

 『やっぱり』か。

 話が分かる勇者が現れてくれて、本当に助かるなあ。


「そう言う事だから、ヤマトが帰ったら一回会議だな」

「そうですね」


 そう言った後、少し間を空ける雫。


「……ねえ、ミツクニさん」

「何?」

「私って、勇者として召喚された意味、あるんでしょうか?」


 その言葉を聞いて、小さく笑ってしまう。


「ヤマトを見て自信を無くしたのか?」

「そうですね……」


 人類側の勇者を見ながら、苦笑いを見せる雫。

 そんな彼女に対して、俺は。


「大丈夫だよ」


 ハッキリと言い切った。


「雫が勇者として召喚された限り、雫が何かをしなくてはいけない時が、必ず来る」

「そう……ですかね」


 自信なさげに言葉を返して来る。

 日本から召喚された『異世界テンプレ』を知る勇者。それを知って居るからこそ、彼女は不安に思うのだろう。


「雫なら、きっと大丈夫」


 もう一度、同じ言葉を繰り返す。

 勇者の親友役として。

 そして、何よりも、彼女の仲間の一人として。


「……はい」


 静かに微笑む勇者。


 今はまだ、人類側の勇者が輝きを放って居る。

 だけど、俺の横に居る勇者も、いずれ輝く時がくる。

 何故ならば、彼女はこの『異世界』に召喚された勇者なのだから。

 

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