第152話 握手から始まる生体実験

 ヤマトがキズナ遺跡に帰った翌日。

 俺は雫を連れて、昨日戦いがあった訓練場へと足を運ぶ。

 ボロボロになった訓練場。

 その中心に、俺達が探して居た女子が、しゃがんで何かをしていた。


「フラン」


 彼女の後ろから声を掛ける。

 それに反応して、フランはゆっくりとこちらに振り返った。


「ふっふっふ……来ましたね」

「来ましたよ」

「ええ、ええ、来ると思っていましたとも」


 ニヤリと笑い、素早く立ち上がるフラン。

 最近はコスプレばかりして居た彼女だが、今日は魔法学園の制服に白衣と、いつもの恰好をしていた。


「それでは、世界救済の話をしましょうか」

「いや、まだ何も話して居ないんだけど」

「でも、それを話しに来たんでしょう?」


 段取りも無しに主題を当てるフラン。やはりフランも昨日の戦いで、同じ事を感じたようだ。

 それならば、話は早い。


「昨日の戦いの最後、俺がヤマトの魔力を放出した時なんだけど……」

「ええ。この地の緑が蘇りましたね」

「やっぱりそれって、地面に魔力を還したからなのかな?」


 ストレートに聞くと、フランは少し迷って居るような表情を見せた。


「普通に考えるとそうなんですが……」


 一度言葉を詰まらせた後、口を開く。


「ミツクニさん。実はこの世界には、自然を操る魔法が無いって、知ってました?」

「そうなのか?」


 俺の言葉にフランが頷く。

 そう言えば、過去に色々な魔法を見て来たが、自然を操ったり生やしたりする魔法は、見た事が無かったな。


「でも、植物の魔物は居たよな」

「それはあくまでも生き物です。魔法とは違うんですよ」


 ハッキリと区別を付けられて、少しだけ残念になる。それを見たフランはふっと笑い、魔法の解説を始めた。


「この世界の魔法は、基本的に火、水、風、光、闇の属性しかありません。勿論、大地や植物を操る研究はされて来ましたが、どうしてもその魔法を発現するまでには、至らなかったんです」


 そこまで言って、フランが腕を組む。


「だけど、今回は大地に魔力を還す事によって、緑が生まれました。これは、今まで人間が魔力を放出して、炎等の自然現象を生み出していた魔法構造とは違い……」

「うん、難しいから簡単に頼む」


 話を切ると、フランはやれやれと言った表情で両手を広げた。


「要するに、誰も魔力を大地に還した事が無かったんですよ。だから、植物を操る魔法は存在しなかった」


 その言葉に首を傾げて見せる。


「普通に考えれば、思いつきそうな事だよな」

「そこなんですよ」


 俺の疑問にピンと人差し指を立てる。


「ミツクニさんはその体質ゆえに、普通に魔力を大地に還して居ますけど、そんな事が出来る人間は存在しなかったんです」


 その言葉を聞いて、やっと納得する。

 それを知った上で、俺は次の疑問について、フランに聞く事にした。


「その魔力の事なんだけどさ」


 話の発展にフランが目を輝かせる。


「実は俺、他の人間の魔力も、何度か地面に還した事があるんだ。だけど、その時は緑は発生しなかったんだよ」


 それを聞いて、フランがふっと笑う。

 どうやらフランには、その答えが既に分かって居るようだ。


「ふっふっふ、それはですねえ……」

「魔力が足りなかったんじゃないですか?」


 それを言ってしまったのは、横に居た雫。

 予想通り、目の前に居たフランはガッカリとした表情を見せた。


「……ええ、そうですねー。魔力が足りなかったんですよー」


 適当に言って黙ってしまう。

 雫はしまったという表情を見せたが、俺にとってはどうでも良い事だった。


「でもなあ。俺が魔力を貰った人って、ミントとかティナだぞ? まあ、シオリの時は、全部攻撃に使っちまったけど」

「へえ、シオリさんからも魔力を……」


 相変らず俯いているフラン。


「良いなあ。皆ミツクニさんとイチャイチャ出来て、良いなあ」


 不機嫌そうな表情で地面にある石を蹴る。

 そんなフランに対して、俺は無造作に手を伸ばし、右手を優しく掴んだ。


「ひうっ!?」


 同時に魔力吸引開始。


「ああ……! み、ミツクニさぁん……!」

「うーむ。緑は咲きませんなあ」

「これはぁ……らめですう……」


 フランが顔を真っ赤に染めて崩れ落ちる。

 それでも、俺は魔力吸引を止めない。


「やっぱり魔力が足りないのか?」

「ええ……? まだまだいけまふよお」


 フランがうっとりとした表情で答える。

 これ以上は健全さに欠けるので、止めておく事にした。


「やっぱり他の条件があるのか?」


 地面に膝を付き、肩で息をするフラン。

 表情こそ幸せそうだが、今にも気を失ってしまいそうだ。

 やっぱり、魔力の吸い過ぎはいけないな。


「全く……ミツクニさんは……」


 何とか持ち直して、フランが睨み付けて来る。

 そんなフランに対して、俺は彼女が喜びそうなネタを提供する。


「そう言えば、今フランの魔力を貰って、一つ気が付いたんだけど」


 予想通り、その言葉に食い付く。


「何ですか! 何に気付いたんですか!」

「うん。それがさ、フランやシオリに魔力を貰った時と、ミントやティナに魔力を貰った時って、何か感じが違うんだ」

「それは……!」


 元気な表情を取り戻して、フランが飛び跳ねる。


「種族! 種族の違いですよ!」

「種族?」

「そう! ミントさんやティナさんは、人を超えた存在! 私達は一般人!」

「ヤマトは一般人と同じ感覚だったぞ?」

「ヤマトさんはただの勇者ですから!」


 ただの勇者って……

 まあ、確かに勇者なんて、一般人の二つ名のようなものだけど。


「要するに! 一般人の大量の魔力を得る事で! 緑は蘇る!」


 それを聞いて、帝都での出来事を思い出す。

 そう言えば、シオリから魔力を借りて戦った時は、桜の花が舞って居たな。

 もしかしたら、一般人は各々が独自の自然能力を持って居るのかも知れない。


「そうなると、きちんと検証したいな」


 腕を組んで小さく唸る。


「でも、今ここに居るメンバーは、ほぼチートキャラだからなあ。ヤマト並みの魔力を持って居て、しかも普通の人間なんて……」

「いますよ」


 あっさりと答えを返して来るフラン。


「……そうだっけ?」

「ええ、一人だけ」

「いやいや。ヤマト並みだぞ? あいつの魔力はそれこそ魔王クラスの……」


 俺が言い切る前に、フランが俺の後ろを指差す。

 そこに立って居た一人の女性。

 完全回復した、サラ=シルバーライト。


「サラさんの魔力は、ヤマトさん以上です」

「……マジか」

「ええ。私の手作り魔力カウンターが、爆発した位ですから」


 便利なもの作ってるなあ。

 でも、それなら話は早い。


「サラ」


 くるりと振り返り、サラに事を促す。

 ゆっくりと近付いて来るサラ。

 そして、俺に向かって手を差し出して、小さな声で言った。


「初めてなので……優しくお願いします」


 押し黙る一同。

 当然のように、俺も何も言えなくなる。


「……これ、倫理的に大丈夫ですかね」

「ギリギリだな。これ以上にならないように、注意はする」

「本当にお願いしますよ」


 フランに念を押されて、俺は深く頷いた。

 準備が整ったので、深く深呼吸をしてから、サラの手を優しく握る。

 サラの手から流れ始める魔力。

 その色は……翡翠。


(これは……)


 かすかに感じる森の香り。

 体内で脈打つ水の鼓動。

 サラから流れ込む魔力は、自然の恵みそのものだった。


「み、ミツクニさん……!」


 フランに声を掛けられて、辺りを見回す。

 大地に流れ落ちる魔力に答えるように、ゆっくりと育ち始める草木。

 そして、俺達の目の前に、小さな芽が噴き出す。


(ああ……温かいな)


 サラの優しさに触れて、静かに空を見上げる。

 キラキラと輝く大気。

 それを受けて育つ芽。

 やがて、その芽はすさまじい勢いで育ち、一本の大樹となった。


「……サラの魔力は、この星の生命そのものだな」

「いいえ。この暖かさは、ミツクニさんの優しさがあってこそのものです」

「そうかな?」

「ええ、そうです……」


 嬉しそうに俺を見るサラを見て、微笑みを返す。

 とても綺麗だ。

 彼女の微笑みは、まるで木々を優しく揺らすそよ風のように……


「はいそこまでぇぇぇぇ!」


 フランが強引に割って入り、魔力の供給が切断される。それでも、育った木々が枯れる事は無く、今尚活き活きと生い茂って居た。


「……これで、証明されたな」


 二人で育てた大樹を見て、小さく頷く。


「そしてこの大樹は、俺とサラの絆の証として、永遠に語り継がれて……」

「燃やしてしまおうか」

「この大樹の下で告白すると、その二人は永遠に結ばれると言う……」

「ミツクニさん?」


 おっと、暴走してしまった。

 だけど、暴走したくもなるだろう。


 この世界に生まれてから今まで、全く見えて居なかった本当の意味での世界救済が、今明確に見えたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る