第3話  ツンデレヒロインは鉄板

 初日に連絡先を交換した四人は、リズの裏工作によって同じ班となり、講義だけでは無く、実習も一緒に行動する事になった。

 最初は俺達に慣れていなかったヤマトも、行動を共にする事で仲良くなり、次第に打ち解けて話せるようになっている。

 ヤマトとシオリも仲良くなってきたし、勇者ハーレム計画は順調に進んでいるかのように思えた。



 いつものように、屋上でヤマトを監視する俺達。ヤマトはシオリと一緒に、中庭の芝生に座ってお昼ご飯を食べていた。


「……不味いわね」


 食後のパックジュースを飲みながら、リズが不穏な表情を見せる。


「シオリが優しすぎで、他の女子とのフラグが立たないわ」


 正直な所、俺もそう思っている。

 あの幼馴染ヒロイン、面倒見が良すぎる。

 あそこまで一緒に居られると、他のヒロインがヤマトに近付く事が出来ない。


「どうする? 無理やり引き離すか?」

「駄目よ。下手に動いたら、シオリとヤマトの関係も悪くなるわ」

「でも、このままじゃ世界が滅んじまうんだろ?」


 その言葉を聞き、リズが小さく唸る。

 これが恋愛ゲームであれば、勇者が成長すると共に他のフラグが立つのだが、ここではそういう事が起きない。

 初日にも感じたように、俺達が何とかしなければ、勇者ハーレムを作る事は出来ないのだ。


(……ったく、仕方無いなあ)


 このままではらちが明かないと思い、双眼鏡を目から外してリズを見る。


「リズ、何か投げる物持って無いか?」

「突然何を言うのかしら?」

「まあ、良いからさ。何か持ってないかな」

「残念だけれど、今は鉄球くらいしか持って居ないわ」

「うん。何でそんな物を持っているかは、怖いから聞かないでおこう」


 冗談だろうと思って手を差し出すと、リズが懐から鉄球を取り出す。

 まさか、本当に持って居るとは思わなかったよ……


「受け取りなさい!」


 間髪入れずにリズの手から放たれる速球!

 それを腹に受けて吹き飛ぶ俺!

 そして、俺はゆっくりと、その場に崩れ落ちた。


「情けないわね。男ならこれくらいしっかりと受け止めなさいよ」

「あ、あのなあ……俺はこの世界の人間と違って……体が弱いんだよ」

「知っているわ。キモオタな上に貧弱男なのよね」

「分かってるなら……やるなよ」


 地面に転がる鉄球を手に取り、震える足で何とか立ち上がる。

 この鉄球、軽く三キロはあるぞ? どうやって懐に隠し持っていたんだ?


「それで、どうやって二人を引き離すの?」


 首を傾げるリズにふっと笑って見せる。


「少々きっかけを作ってやれば良いのさ」


 ヤマトは曲がりなりにも勇者だ。今はシオリにベッタリだが、きっかけさえ作れば、簡単に別のフラグが発生する。

 つまり……こういう事だ!


「ああああああ! 手ぇが滑ったぁぁぁぁぁぁ!」


 大声で叫んだ後、鉄球を校舎下に落とす。


「何してるの! 下に人が居たらどうするのよ!」

「居た方が好都合だ! しかし! リアルでは絶対にマネするなよぉぉぉぉ!」


 重力をその身に受けて加速していく鉄球。これを受けたら、軽い怪我では済まないだろう。


「ヤマトォォォォ!」


 俺が力の限り叫ぶと、ヤマトが鉄球に気付いて走り出す。

 これぞ勇者! これぞ正義の味方!

 どんな時でも他人の危険に敏感だ!


「危ない!」


 ヤマトが小さく叫び、鉄球の下に居た女子を抱えて茂みへ飛び込んで行く。

 良くやった! これで新たな出会いが発生だ!


「馬鹿!」


 振り向きざまにリズのビンタ!!


「やって良い事と悪い事があるでしょう!」

「仕方なかったんだ! これしか無かったんだ!」

「黙りなさい!」


 問答無用の往復ビンタ。そして、止めのアッパーカット。それらを綺麗に食らった俺は、流れるような動作で地面に伏した。


「とにかく見に行くわよ!」


 俺の首根っこを掴んで、屋上から飛び降りる。

 普段なら恐怖する高さなのだが、俺は意識が朦朧として、それ所では無かった。



 中庭の端に降り立ち、生徒達が集まっている事件現場へと足を運ぶ。鉄球の下に居た女子は無事だったが、それとは別の事件が既に発生していた。


「どうして助けようとして、胸を触るのよ!」

「そ、そんなつもりはなかったんだ……!」


 来たぜ! ラッキースケベイベント!

 そして、それを発生させてしまうヒロインと言えば……!


「この私の胸を触るなんて! 死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね!」


 金色ツインテールに鋭い青瞳! お高くとまった絶世美女!

 間違いない! ツンデレヒロインだ!


「覚悟しなさい!」


 両手から炎を放出するツンデレヒロイン。それを見た野次馬達が、悲鳴を上げてその場から逃げていく。

 ……もしかして、ヤバい状況なのか?


「不味いわね。エクスプロージョンよ」

「エクス……何それ?」

「爆炎系の上級呪文。発動すれば、この一帯は火の海になるでしょうね」

「なん……だと?」


 ツンデレヒロインが強いのは定番だが、登場していきなりこれか。


「リズ! 止められないのか!」

「止められるけど、それをしたら魔法学園ごと崩壊するわ」

「お前の方が危険じゃねえか!」


 どちらに転んでも死ぬ! 止められない!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ツンデレがゆっくりと両腕を空に掲げる。

 駄目だ……これ死んだ。


「エクスプロージョン!」


 ツンデレの手から放たれる炎の渦。

 渦は空を駆け巡りながら周囲の空気を飲み込み、爆発的に膨れ上がる。

 そして、辺りは炎の海に飲み込まれた。

 ……かのように見えた。


「……あれ?」


 ゆっくりと目を開けると、いつもと変わらない景色が広がっている。


「これは……どういう事だ?」


 呆気に取られている俺に対して、不機嫌そうな表情をしているリズ。顎で方向を指示されたので、そちらを向いてみる。


(あれは……)


 視線の先に居たのは、魔法防壁を展開しているシオリだった。


「もしかして……」

「ええ、シオリが炎をかき消したわ」


 流石は清純派ヒロイン。魔法の扱いも超一級か。


「大丈夫!?」


 魔法防壁を消して、倒れているヤマトに駆け寄るシオリ。大して怪我もしていないのに、何故か膝枕をされている。勇者だったら自分で魔法をかき消すとか、耐えるとか、もっと根性を見せて欲しいものだ。

 しかし、これはチャンスでもある。今こそ親友役としての腕の見せ所だ。


「おいおい、これはどういう事だ?」


 白々しく言いながら、何も知らなかったかのように、その輪に入って行く。


「シオリ。何かあったのか?」

「うん……ちょっと、ね」


 困った表情で説明をしてくれるシオリ。この事件を起こしたのは俺で、こうなったのも全部俺のせいなのだが、ここは黙って話を聞く。

 そして、全ての説明が終わった後、俺は小さく頷いて見せた。


「なるほど。それは大変だったな」

「うん。でも、全員無事で良かった……」


 ホッとした表情で胸を撫で下ろすシオリ。

 何て良い子なんだろう。ますます勇者ハーレムに入れたくないぞ?


「ヤマト、大丈夫か?」

「うん。ごめん、心配かけて……」


 立ち上がろうとするヤマト。俺のせいなので、手を貸してあげる。

 と言うか、本当にごめんなさい。こんな大事になるとは思わなかったんだ。


「それじゃあ、昼休みも終わりそうだし、そろそろ教室に戻るか」


 俺の言葉に頷き、三人で教室に向かって歩き出す。

 世界を救う為とは言え、やはりこういうやり方は良くないな。これからはもっと気を付けて行動しよう。


「待ちなさいよ!」


 そんな事を考えて居たら、後ろから俺達に向かって声が響く。

 振り返った先に居たのは、先程の金髪ツンデレガール。


「どうしたの?」

「あの、その……」


 ヤマトの問いかけに対して、モジモジしながら見詰めているツンデレ。

 少しの間を置くと、彼女が大げさに頭を下げてきた。


「ごめんなさい! 私、周りの事も考えないで……!」


 予想外の行動に、全員が言葉を失う。


「もし良かったら、何か謝罪をさせて欲しいのだけれど……」


 俯いている彼女を見て、ヤマトが小さく首を横に振る。


「気にしないで。みんなが無事なら、僕はそれで良いんだ」


 流石は勇者。優しくて真っ直ぐだな。

 しかし! それだけじゃあこの世界は救えないのだよ!


「それじゃあ、とりあえず名前くらい教えて貰ったらどうだ?」


 ヤマトに言って小さく微笑む。

 少々軟派な発言ではあったが、初日にリズが軟派野郎のフラグを立ててくれたおかげで、自然と話を進められる。

 いや……もしかしてリズは、ここまで予測して、あれを言ったのか?


「……エリス=フローレン」


 そんな事を考えている間に、ツンデレが恥ずかしそうな表情で名乗った。


「……あ、彼方達の名前も教えなさいよ」

「僕はヤマト=タケル」

「私はシオリ=ハルサキです」

「俺はミツク……」

「リズよ」


 自己紹介の途中でリズが肘打ちを入れて来きた。


「折角だし、番号も交換しようよ」


 シオリグッジョブ!

 そして俺は、肘打ちされた腕がとても痛いです!


「……し、仕方ないわね」


 エリスが生徒手帳を取り出して、順番に番号を交換する。俺が交換しようとすると、リズが鬼の形相でこちらを睨んで来たが、見て居ないフリをして番号を交換した。



 放課後。いつものように屋上からヤマトを監視する。

 今日は偶然を装って待っていたエリスと合流して、楽しそうに会話をしながら、学生寮へと帰って行った。


「金髪ツンデレとラブラブ下校かよ! あの受け身野郎がぁぁぁぁぁぁ!」

「なりふり構わず鉄球をぶん投げた、ゲス野郎よりマシよ」

「……本当に済みませんでした」


 リズに突っ込まれて素直に反省する。

 改めて今考えると、あれは本当に危険な行為だった。

 例え世界の命運が掛かっていても、ああいう行為は二度としないように心掛けよう。


「とりあえず、二人目ね」

「ああ、そうだな」


 リズがパックジュースを投げて来て、いつものようにそれを受け取る。


「繰り返し言っておくけど、ミツクニが勇者ハーレムに手を出したら、殺すから」

「分かってる。気を付けるよ」


 不機嫌そうに見つめて来る偽許嫁。俺は今日の教訓を胸に刻み、苦笑いを返した。

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