第96話 始まりの紫月

 遺跡の外に現れた敵を表示するモニター。

 そのモニターの中央に描かれた、見覚えのあるメッセージ。


『紫月の第二夜、大地は枯れて、悪魔が躍り出る』


 それは、世界を滅ぼす予言。

 その場に居た者達は、モニターに映っている敵の大行進を眺めて、静かに息を飲んでいる。


 モニターに映って居る敵は、魔物では無い。

 異形の姿を身に纏う、漆黒の物体。

 一言で言うならば……悪魔。


 そう。始まり。

 これが、世界崩壊の本当の始まりだったのだ。


「ヤマト!」


 呆然としているヤマトに向かって叫ぶ。


「仲間達と一緒に悪魔の討伐だ!」


 俺の声に少し遅れて、ヤマトがこちらに苦笑いを向けて来る。


「でも……この数は……」


 圧倒的。

 モニター越しでも、悪魔の数は軽く万を超えているように見える。

 それでも、このまま指をくわえて見て居る訳には行かない。


「ここで戦わなくて! いつ戦うんだ!」


 そう叫び、ヤマトの肩を掴む。


「このままじゃ被害が広がるだけだ! 今はとにかく、皆で見える敵を討伐するんだ!」


 無茶なのは分かっている。

 だけど、ヤマトは勇者なんだ。

 この時の為に、牙を研いで来たんだ。


「勝てる! ヤマトなら! 絶対に!」


 俺は信じている。

 勇者の力を。

 その仲間達の力を。


「……うん! 分かった!」


 大きく頷き、微笑むヤマト。

 そうだ。

 それでこそ、俺の勇者だ!


「行こう! 皆!」


 ヤマトの号令が遺跡のスピーカー越しに流れて、遺跡内から声が湧き上がる。

 それぞれの場所から走り出す勇者ハーレム。その後ろから、猛スピードで前線に駆け抜けて行くヤマト。

 戦いの火蓋は、切って落とされた。


「いよっしゃああああ!!!!」


 思い切り叫んで気合を入れ直し、テンションを上げる。

 勇者は仲間を連れて戦に赴いた。

 俺も親友役として、一緒に戦うのだ!


「行くぞぉぉぉぉ!」


 気合十分で外へと走り出そうとする。

 しかし、急に足が動かなくなり、その場に倒れてしまった。


「……?」


 少し混乱しながらも、再び立ち上がろうとする。

 しかし、何故か立つ事が出来ない。


(な、何だ……?)


 立てないだけでは無い。

 体が全く動かない。


「……お主は、ここで待機じゃ」


 声と同時に、ゆっくりと現れた老人。

 それは、王だった。


「な、何を……」

「なあに。ちょっとばかし、金縛りの魔法をかけただけじゃよ」


 魔法?

 俺は魔法を使えないのに、王は魔法を使えるのか?


「それよりも、ほれ。モニターを見てみい」


 王に言われて首を捻り、モニターを見る。

 すると、予言は既に消えて、各地の戦況が表示されて居た。


(……これは)


 その光景を見て、言葉を失う。

 各地に現れた悪魔の軍勢。

 それに合わせたかのように、三国の都から兵が派遣されて、次々と悪魔を駆逐している。


「悪魔に対抗する術は、既に用意されて居たのじゃよ」


 王が死んだという偽情報により、各地で整備されていた軍隊。それらがここに来て、大きく作用している。


「まさか……」

「まあ、そう言う事じゃ」


 そう言って、王が微笑む。

 つまり、この状況を作る為に、王は死を偽って居たのか。


「本来ならば、もう少し兵が削られるはずじゃったが、お主のおかげで、万全の体制で悪魔を迎撃する事が出来た。礼を言うぞい」


 白い髭を擦り、満足そうにして居る王。

 一体彼は、どこまで予測して居たんだ?


「不思議そうな顔をしておるのう」


 当然だ。

 幾ら何でも、これは出来過ぎている。


「最初のポイントは、わしとレイジ=ヨマモリの関係じゃ」


 俺の思考を読んでいるかの如く、説明を始める。


「赤き月の第一の予言。大地が朽ちて、終わりの始まりが訪れる。しかし、その前に現れていた紫の第一の予言で、わしは既に悪魔が今後現れるであろう事を知っていた」


 王が歩き、モニターの前で立ち止まる。 


「そこで、次に現れた赤い月の予言を利用して、悪魔に対する軍備を整えて置く事にしたのじゃ」


 モニターを眺めながら、キセルを吹かし始める。


「しかし、突然軍を強化すると、魔物や街の者達が不安がる。じゃからレイジに頼んで、物資などの用意だけを先にしておいた」

「つまり、王とレイジは、最初から結託してた?」

「その通りじゃ」


 王が指を鳴らすと、俺に掛かって居た金縛りが解ける。

 静かに立ち上がる俺。

 本当ならば、すぐにでもヤマトの元に駆け付けたい所だが、今は王の話を聞かなければいけない。


「次のポイントは、クラウを助けた時じゃな。お主達はその襲撃の時にわしの話を聞いて、穏健派の魔物の都へと行く事にした。わしはこれを利用して、ヤマトに手紙を渡した」


 そこで、俺の中に一つの疑問が生まれる。


「ちょっと待ってくれ。姫が襲われる事は、予言で警告された事だ。悪魔が現れる事を既に知っていたのに、どうして悠長に予言を待てたんだ?」


 それを聞いた王が鼻で笑う。

 その姿を見て、俺は気付いてしまった。


「まさか……」


 俺の心を察した王が、大きく頷く。


「そう。あの予言は、わしの偽造じゃ」


 それを聞き、言葉を失う。


「それだけではない。お主が今まで見てきた予言は、最初の予言と今表示されているもの以外、全て偽造じゃよ」


 衝撃の事実。

 最初以外……全て偽造?

 じゃあ、今まで俺に予言を送って居たのは……


「そうじゃろう? リズよ」


 その言葉を聞いて、ゆっくりと振り向く。

 その先に居たのは、こちらを見て静かに佇んでいる、リズ=レインハート。


「まさか、お前……」


 俺の拙い言葉に、リズが小さく反応する。

 そして、真っ直ぐに俺を見ながら、言った。


「そうよ」


 リズが肩に掛かった紅黒髪を払う。


「今までの予言は、全て私と王の偽造よ」


 その言葉を聞いて、完全に言葉を失う。

 つまり、最初から全て仕組まれて居たと言う事か。


「……何で、そんな事を」


 失った言葉を必死に吐き出して、リズに答えを求める。すると、リズは少しも表情を動かさずに、いつもの拍子で答えた。


「世界を救う為よ」


 ああ、そうだろうさ。

 そのおかげで、今こうして、現れた悪魔に対抗出来て居る。

 だけど……


「俺はずっと……騙されてたって事か?」


 笑ってしまう。

 世界崩壊の予言?

 勇者ハーレム?

 結局俺は、自分で何かをして居たつもりで、二人に操られて居ただけ?


「騙されて居たという表現は、少し乱暴じゃのう」


 俺とリズの間に王が割って入る。


「お主達の行動は、今こうして悪魔に対抗する術に繋がっておる。それは、世界を救う為の予言と、同意義と言えるじゃろう?」


 確かにそうかも知れない。

 だけど、納得が出来ない。

 いや、したくない。


「……予言の時、月の色が変わっていた」

「ボタン一つで赤と青に出来る。予言システム自体が作り物じゃからな」

「王とリズはお互いに干渉して無かったのに、どうしてあんなに上手く、予言がリンクしてたんだ?」

「少し考えれば、予言を繋げる事ぐらい簡単じゃろう」

「どうして、わざわざ月の色を使い分けた?」

「リズが赤月を使っとったから、わしは青月にしたんじゃがの。途中でリズも青月を使い始めて、正直焦ったわい」


 つまり、月の色に関しては適当?

 そんな適当な事を、俺は真剣に悩んで居たというのか?


「でも……だけど……」


 王の言葉を否定したい。

 しかし、出来ない。

 予言の偽造を否定する言葉が、全く浮かんで来ない。


「さて、話を続けようかのう」


 王がキセルをしまい、モニターの前に座る。

 モニターに映っているのは、悪魔とこの世界の住人達の戦い。


 戦況は、この世界の住人達が優勢だ。

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