第59話 孫という名の宝物
精霊王がくれた首飾りのおかげで、安全に森を抜けられた俺達は、穏健派の領地に辿り着く。
そこは、人間の領地とは違い、自然溢れる緑豊かな場所。
言ってしまえば、ジャングルに近い。
そんな場所を無理やりバイクで走り抜けて、俺達は何とか穏健派の首都まで辿り着いた。
森と川に囲まれた綺麗な街、ベネス。
人で溢れていた帝都と違って魔物の数は少なく、すれ違う魔物達も俺達に声を掛けて来ない。
きっと、人間が居る事が珍しいので、距離を置いて居るのだろう。
「流石に襲って来る事は無いんだな」
そんな事を言いながら、魔王の城に続く中央通路を歩く。
「今の魔王が魔物達に御触れを出したからねえ。襲いたくても襲えないのさ」
そう言ったのは、ベネスでの道案内を買って出てくれたリンクス。
「だが、裏通りに行けば襲って来る魔物も居る。迂闊に行くんじゃないよ」
「ふうん。そこは人間の街と同じか」
人間だろうが魔物だろうが、光の裏には必ず闇が存在する。その闇に太刀打ち出来ない者は、最初から近付かない方が賢明だ。
「所で、ミントとメリエルはどこに行ったんだ?」
精霊の森で一度解散してから、二人は一度も戻って来て居ない。メリエルはいつも通りなのだが、ミントに関しては少し心配だった。
「面倒事に巻き込まれて居なければ良いけど……」
「巻き込まれた所で、あの二人がどうにかなると思うかい?」
「……まあ、言われてみればそうか」
二人の戦闘能力は一騎当千。小細工すら通用しない、圧倒的な力の持ち主だ。
そんな彼女達の事を考えると、面倒に巻き込んだ方が、きっと痛い目を見るだろう。
「そういう事だから、ミツクニはもっと自分の警戒をしな」
確かにその通り。
何かあった時に一番危険なのは俺だ。
周りに迷惑を掛けない為にも、余計な行動は控える事にしよう。
穏健派の城門前に辿り着き、ゆっくりと城を見上げる。
その全景は、岩を積み上げて作られた要塞。
いかにも魔物の城らしいその雰囲気に、思わず息を飲んでしまった。
「……好んで入りたい雰囲気では無いな」
ポツリと言ったその言葉に、ヤマトが微笑む。
「ミツクニ君はいつも正直だね」
「そうか? 嘘を吐くのは得意な方なんだが」
「嘘を吐くのと正直なのは別物だよ」
「それはそうか」
そんな事を言い合って、二人で笑い合う。
しかし、足は一向に進まない。
「ミツクニ、行かないのかい?」
「え? ああ、そうだな。それじゃあ行くか……」
「みつくにぃー!」
上から声が聞こえて、空を見上げる。
空の果てから高速で飛んで来る何か。
その姿が段々と大きくなり、俺めがけて真っ直ぐに突っ込んで来る。
(おいおい……)
このパターンは散々見て来たなあ。
だけど、今回はスピードが速すぎないか?
「みーつーくーにー!」
全く速度を下げない物体。むしろ、スピードは増すばかりだ。
(待て待て!)
あいつは遠慮を知らない!
そして、多分俺の身体強度も知らない!
このままじゃ本当に死ぬぞ!?
「ぬおおおおぉぉぉぉ!」
落下のタイミングを見極めて、思い切り横にジャンプする。次の瞬間、ミントが地面に突き刺さり、辺りに爆風が巻き起こった。
土埃で咳き込む俺。
そんな俺の状態を無視して、ミントが地面から飛び出て来る。
「みつくにー!」
ミントの頭が腹に突き刺さった。
「へぐぅ!」
「みつくに! 変な声!」
顔を腹に押し付けて、無邪気に笑うミント。
この感じ……本当に久しぶりだな。
「全く……可愛い奴め!」
「へへぇ。みつくにぃ」
ミントはゆっくり俺から離れると、横に立って手を伸ばして来る。
俺はその小さな手を優しく掴み、笑顔で魔王の城へと足を運んだ。
ミントに手を引っ張られて、城の中心へと進む。
辿り着いた先にあったのは、赤いドラゴンに守られている大きな扉。
どうやら、ここが謁見の間のようだ。
「それじゃあ、入るか」
ミントが翼で扉を開ける。
最初に目に映ったのは、高級そうな赤い絨毯と、主を守る沢山の魔物達。
そんな部屋に入って恐る恐る進むと、その先に一人の老人が座っていた。
「よう来たのう」
髭を擦りながら、ニヤニヤと笑って居る老人。
黒い半袖シャツに茶色の短パン。その風貌は帝都に居た国王とは違い、近所に居るちょい悪ジジイといった印象だった。
「ワシはゼン=ルシファー。一応穏健派の長じゃ」
一応という言葉が少しだけ引っ掛かったが、言葉の綾なのかも知れないと思いスルーする。
「僕はヤマト=タケルです。人間側の王の命で、ここに来ました」
「ああ、話は聞いとるよ」
ゼンはひょいと玉座から降りると、軽い足取りでヤマトに近付く。
「ほう? ほうほう……」
左右に動き、ヤマトをジロジロと眺める。
この動き。恐らく次の行動は……
「ほっほー」
突然ヤマトに抱き着こうとするゼン。
その行動を読んで居た俺は、ゼンに電気警棒を叩き込んだ。
「あぎゃー」
変な悲鳴を上げてその場に倒れる。
「……むう。お主、やるな」
虫を殺すような目でゼンを見下す。
「見た目が可愛いからと言って、男に抱き着くのはどうかと思うが?」
「ワシャ可愛ければ何でも構わん」
「やめろ。倫理に触れるような事を言うな」
ゼンはニヤリと笑うと、その場にドスリと座る。
そして、俺を見上げながら言った。
「お前がミツクニか?」
「ああ、ミツクニ=ヒノモト。ミントには本当に世話になってます」
「気にするな。どうせミントが好きでやっとる事じゃからの」
その口ぶりは、まるで今までの俺を見て居たかのようだ。
まあ、魔物の王なのだから、どこかで情報収集をして居たのかも知れない。
「それじゃあ、とっとと要件を済ますかの」
そう言って、ゼンがヤマトに手を差し出す。
「ほれ、書状を持って来とるのじゃろ?」
その言葉を聞いて、ヤマトが書状を取り出すと、ゼンが翼で瞬時に奪い取った。
「どれどれ」
羽根先で封を器用に破り、手紙を見つめるゼン。やがて全てを読み終わると、その書状を翼で切り刻んだ。
「あのジジイ、変わらんのぉ」
そんな事を言いながら、胸ポケットから紙を取り出し、羽根先で何かを書く。
全て書き終わると、それを封筒に入れてヤマトに差し出した。
「ほれ、こいつをあのジジイに届けてくれ」
一連の動作に圧倒されていたヤマトだったが、間を置いて小さく頷き、手紙を鞄の中にしまった。
「さて、用事はお終いじゃ。そろそろ本題に入るとするかのう」
ゼンがふうと息を吐き、俺の事を睨み付ける。
「ここからは、ミツクニだけに話がある。他のモンはちぃと出て行ってくれ」
それを聞いたヤマトが、不安そうな表情を向けてくる。俺が笑顔で頷いて見せると、ヤマトは黙って部屋から出て行った。
周りに居た魔物達も全て出て行き、部屋に俺とゼンだけが部屋に残る。
「それで、俺に何か用ですか?」
声を掛けると、ゼンは地面に座ったまま話を始めた。
「ミントは元気かの?」
「ええ、たまに殺されそうになりますけど」
「そりゃ良かった」
いや、良くは無いよ?
「あの子は自由じゃから、お前さんも苦労するじゃろうて」
「いえ、いつも助けられてばかりで、いくらお礼を言っても足りません」
「そうかい」
ゼンが嬉しそうに微笑む。
しかし、その微笑みの奥にある寂しさを、俺は見逃さなかった。
「あの……ミントの事なんですが」
「何じゃ?」
「このまま俺と居て良いんですか?」
それを聞いたゼンが、ふうとため息を吐く。
そして、語り始める。
「……お前さんが現れるまで、ミントは静かな子じゃった」
高い天井を見上げるゼン。
「百年前に両親が死んでのう。それが原因で……」
「よーし、ちょっと待とうか」
ゼンの言葉を止めた後、額に手を当てる。
「……ミントって、何歳なんですか?」
「百二十歳じゃ」
「お、おう……?」
予想外の年上っぷりに、言葉を失ってしまった。
「魔物は長生きじゃからのう」
「それにしては、ミントは幼い気もしますが……」
「ああ。ミントは両親を失ってから、自分でその成長を止めたんじゃ」
そう言って、ゼンが俯く。
「本当ならば、お前さんと同じくらいには、成長して居るはずなんじゃがの」
「ま、まぢですか……」
「うむ。そして、魔物の長になって居た」
その言葉を聞いて、ゼンが最初に行っていた『一応』の理由が分かる。
「本来ならば、ワシはとうに引退の身なのじゃが、後継者が居なくての。こうやって、まだ魔物の長に居付いている訳じゃ」
明らかになる魔王のお家事情。
どの世界でも、統治者というのは大変なんだな。
「それで、彼方はこれからどうするんですか?」
「そうじゃなあ……」
ゼンが再び天井を見上げる。
「ミントに王を継がせたいのじゃが、ワシにもまだやる事が残っているみたいじゃから、辞められそうに無いのう」
ほっほーと笑い、俺を見つめて来る。
「そう言う事じゃから、ミントの事を頼む」
深く頭を下げて来るゼン。
この光景……帝都の国王の時にも見たな。
この世界の王達は、どうしてそう簡単に、下の者に頭を下げられるのだろう?
……まあ、ゼンに言われなくても、俺はミントの為ならば何だってするのだが。
「大丈夫ですよ」
俺の言葉を聞いて、ゼンが頭を上げる。
「俺が何もしなくても、ミントは勝手に強くなりますから」
「……そうかの」
ポツリと言って、ゼンが小さく笑う。
その姿は魔物の長では無く、一人の祖父の姿だった。
「まあ、それは置いておいてじゃの……」
ゼンがゆっくりと立ち上がる。
そして、漆黒の翼を部屋一杯に広げた。
「ミントに手を出したら殺すぞい!」
「またこのパターンかよ!」
「コロス! 跡形も無くコロス!」
「黙れ! むしろミントに手を出した奴は! 俺が殺ぉぉす!」
「違う! ワシが殺す! 殺すんじゃぁぁぁぁ!」
全身から殺気を放つ魔王。
これが本気の殺気だったら、多分死んでいたな。
「とまあ、話はそれだけじゃ」
そう言って、二人で笑う。
どんな世界でも、どんな種族でも、家族を思う気持ちは変わらない。
俺も自分の家族の事を朧気に思い出して、少しだけ寂しい気持ちになった。
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