第58話 精霊街道の幽霊

 国王の勅命を受けたヤマトと共に、魔物の領地へと向かう事になった。

 当初、ヤマトは穏健派の領地だけに行くはずだったが、俺達が強硬派の領地にも行く事が分かると、一緒に行くと言い出す。

 俺達はそれを拒否したのだが、ヤマトが言う事を聞いてくれなかったので、仕方なく一緒に連れて行く事にした。



 ヤマトをバイクの後ろに乗せて走り、魔物領と人間領の狭間にある、精霊王が住んで居た森へと辿り着く。

 本来であれば、簡単に足を踏み入れる事が出来ない場所なのだが、精霊王から貰ったペンダントを持って居たので、迷う事無く森の中を通り、精霊王が居た大樹の元まで辿り着く事が出来た。


「ふう……」


 テントを張ってたき火を起こし、肉を焼きながらヤマトと暖を取る。

 今この場に居るのは、俺とヤマトのみ。他の仲間達は偵察やら暇潰しやらで、どこかに行ってしまった。


「綺麗な森だね」


 そう言って、ヤマトが大樹を見上げる。

 大樹の周りには小さな精霊達が無数に飛び回っており、クリスマスツリーのようにキラキラと輝いていた。


「ミツクニ君は、この森でポラリスに会ったんだよね」


 ポラリス。勇者ハーレムの一角で精霊王の孫娘。

 初めて精霊王と会った時、精霊王は俺の旅にポラリスを同行させようとしたのだが、彼女は俺を見るなり同行を断り、ヤマトの居る魔法学園に旅立って行った。


「僕は魔法学園で自分の出来る事を頑張っていたけど、ミツクニ君も旅をしながら、色々と頑張ってたんだね」

「別に頑張ってないさ。全部成り行きだ」


 その言葉を聞いてヤマトが笑う。


「それよりヤマト」

「何?」

「本当にこれで良いのか?」


 首を傾げるヤマト。


「確かにヤマトが女とバレるのは不味いけど、国王はお前の為に、わざわざ魔道車とかを用意してくれて居たんだろ?」


 それを言うと、ヤマトは寂しそうな表情で俯く。


「ミツクニ君は、僕と一緒に居たくないの?」

「いや、そういう事じゃ無くてだな……」


 一呼吸おいて、続きを話そうとする。

 しかし、ヤマトが急に俺の横に移動して来たので、言葉が出なくなった。


(な、何だ……?)


 夜空に輝く星々。

 キラキラと煌く精霊達。

 綺麗な森の中に、俺とヤマトが二人きり。


「……僕、本当に魔法学園で頑張ってたよ?」


 俺に体を寄せて、ヤマトが話し始める。


「攻めて来る強硬派の攻撃を防いだり、魔法学園に居る生徒達の、魔物達への偏見を解いたり……」


 ヤマトが瞳を閉じる。


「その間にも仲間達が集まって来て、更に学園の状態が良くなって……気が付いたら、僕達が目指してた、魔物と人間が共存する学園が出来ていた」


 ヤマトが瞳を開けて、たき火を眺める。

 そして、少しの沈黙。


「だけど僕は……何か物足りなかった」


 ポツリと言った後、ヤマトが俺の肩に頭を乗せて来る。

 このシチュエーション。まさか……


(こ、これは不味い……非常に不味い)


 ヤマトの体温を肩に感じながら、内心焦る。


(確かにヤマトはハーレムの人間では無い。だが、それ以前に勇者であって……)


 そんな事を考えている間に、ヤマトが俺の腕に手を回そうとする。


「僕はきっと、ミツクニ君の居ない学園が……」

「おおっと!? どうやら肉が焼けたようだぞ!」


 俺はその手をするりと抜けて、目の前の肉を両手に掴んだ。


「いやー! やっぱりキャンプと言えば肉だよなあ! ほら、ヤマト!」


 無理やり肉を差し出して、ヤマトに持たせる。それに続いて俺自身も肉を持ち、豪快に食べ始めた。


「うーん、美味い! やっぱり外で食べる肉は最高だぜえ!」


 口元が汚れるのを無視して、とにかく肉にかぶりつく。ヤマトはそれを見て楽しそうに笑った後、自分の肉を食べ始めた。

 ヤマトが肉を食べ切らないうちに、次の肉を焼き始める。とにかく今は、ヤマトの気を逸らす事が重要だ。


「しかし、皆遊びに行ったまま帰って来ないな」

「遊びに行った? 偵察じゃなかったの?」

「ベルゼはそうだろうけど、他の奴らは基本自由だからな。下手をすれば戻って来ない可能性もある」

「……それで良いの?」

「ああ。仲間って言っても、強制的に集まっている訳じゃ無いからな」


 小さく笑って空を見上げる。


「他にやる事が出来たのなら、俺の事なんて放って置いて、そっちに行ってくれれば良いさ」


 それを聞くと、ヤマトが少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「ミツクニ君は、本当にそれで良いの?」


 その言葉に首を傾げる。


「どういう事だ?」

「だって、大切な仲間なんでしょ?」


 それを聞いて、俺はやっとヤマトの表情が変わった理由が分かった。


「……良いんだよ」


 ポツリと言って、たき火に添えた肉を回転させる。


「大切だからって、ずっと一緒に居なければいけない訳じゃ無い。むしろ俺は、皆が自由に、自分のしたい事をしてくれている方が楽なんだ」


 貧弱な俺は、いつも仲間達の力を借りて生き延びて居る。

 そんな仲間達が俺の事を心配して、常に一緒に居たらどうなるか。

 きっと俺は、皆の優しさに耐え切れずに、逃げ出してしまうかも知れない。

 むしろ、この旅こそが、その逃げの一端だったのかも知れないと、今は思う。


「ミツクニ君……」


 寂しそうな目で俺を見ているヤマト。

 そんな目で俺を見ないでくれよ。

 別に、今が仲間達との別れの時でも無い。

 現に向こうから、誰かがこちらに飛んで来て……


(……んん?)


 飛んで来て……?


「おーい!」


 遠くから手を振って来る一人の女子。

 水色の髪。真っ白な肌。黒色のドレス。

 そして、その全てが透けていた。


(……誰だ?)


 まるで知り合いを見つけたかのように、笑顔でこちらに迫って来る。見た目は可愛いのだが、嫌な予感しかしない。


「ヤマト」

「何? ミツクニ君?」

「透ける人間って、この世界に居るのか?」

「居ないはず……だけど」

「それじゃあ、あれは何だ?」


 透明な女子が空を飛んで居る光景。

 その光景を見たら、誰しもがこう言うだろう。


「幽霊!?」

「どーん!!!!」


 大きな掛け声と共に、俺にクロスチョップを喰らわせる幽霊。

 ……もの凄く痛いけど、触れる事が出来たから、きっと幽霊じゃ無いな。


「こんばんはー! 恨めしやーでーす!」

「呪いの言葉をピザの配達みたいに言うんじゃねえ!」


 倒れたままツッコミを入れると、女子が嬉しそうに微笑んだ。


「わーい! やっと触れる人見つけたー!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねた後、再びクロスチョップをしてくる。

 透明系女子の間では、出会い頭に攻撃するのが流行って居るのか?


「お、おい!」

「どーん!」

「止めろって!」

「どんどーん!」

「いい加減に……」

「ミツクニ君! 伏せて!」


 ヤマトの声が聞こえて咄嗟に伏せる。

 その瞬間、ヤマトが剣を横に振り、透明な女子を真っ二つにした。


「はれぇ……?」


 呆けた表情で、その場に倒れる透明女子。

 殺ってしまったのか!?


「ヤマト! お前……!」

「大丈夫だよ」


 慌てる俺に対して、冷静な表情のヤマト。

 少しすると、真っ二つになったはずの女子が、元気に立ち上がった。


「うわー! びっくりしたー!」


 自分の体をペタペタと障り、えへへと笑う女子。

 幽霊が冷静さを取り戻した所で、俺は改めて彼女に声を掛ける。


「それで、君は一体誰なんだね?」

「私はノイン=メイティア! 幽霊です!」


 俺に敬礼をしてくるノイン。

 自ら幽霊宣言とは……本当に恐れ入るぜ。


「それで、その幽霊がどうして、俺にクロスチョップをして来たんだ?」

「それはですねー……」


 ノインがフフッと笑う。


「やっと同じ人間を見つけたからです!」


 それを聞いて、大きく首を傾げる。


「……はい?」

「だから! 幽霊仲間を見つけたから!」

「待て待て。俺は別に幽霊じゃないぞ?」


 今度はノインが首を傾げる。


「幽霊じゃないの?」

「ああ」

「でも、魔力が無いよね?」

「そういう人間なんだ」


 少しの沈黙の後、ノインが目を見開いた。


「そんな人居るんだ!?」

「居るんだって! 知らなかったのかよ!」

「そうだよ! だって! 魔力が無くなったら普通死ぬんだから!」


 初めて聞いた事実に、一瞬言葉を失う。


「……え? 死ぬの?」

「うん。死ぬよ?」


 俺はゆっくりとヤマトを見る。


「ヤ、ヤマトさん……?」

「……え? うん。普通は死んじゃうんだけどね」


 苦笑いで頬を掻いているヤマト。

 それは、つまり……


「俺はこの世界ではゾンビって事か!」

「違うよ! ゾンビは魔力があるから!」

「じゃあ一体何なんだよ!」

「ええと……魔力の無い人間!」

「そのまんまじゃねえかぁぁぁぁぁ!」


 大声で叫んだ後、やれやれとため息を吐く。

 どうせ俺は別の世界の人間なんだし、その辺はどうでも良いか。


「そういう事だから、俺は幽霊じゃない。だから、放って置いてくれ」

「やだ。やっと触れる人間を見つけたんだもん」


 それを聞いて、やっと気が付く。

 見る事も話す事も出来るのに、触れる事が出来ないと言う……孤独に。


(そうか……)

 

 俺は考えを改めると、胸ポケットから名刺を出してノインに見せる。


「これは?」

「魔法学園への招待状だ」


 ノインが名刺をしっかりと確認したのを見てから、名刺を胸ポケットに戻す。


「今の紙に書いてあった場所に、魔法学園があるから、そこに行ってフランという女子を訪ねてくれ」

「その子を訪ねると、どうなるの?」

「多分、ノインが色々な物に触れられるようになる」


 ノインが目を輝かせる。


「本当!? 触れるようになるの!?」

「ああ、俺も彼女に色々と世話になった」

「分かった! すぐ行くね!」


 嬉しそうに空を飛び回り、魔法学園の方に飛び去るノイン。学園に着いたら狂科学者の楽しい研究が待っているのだが、それは知らなかった事にしておこう。

 無事に勇者ハーレムの一角を送り届けて、ふうと息を吐く。


(まさか、勇者が触れないハーレムが現れるとは)


 とは言え、ゲーム等でも幽霊ヒロインは居るので、これでアリなのだろう。

 それよりも、問題はヤマトだ。


(さて、どうするかなあ……)


 ノインが飛び去った方向を見ているヤマト。

 今回は何とか誤魔化せたが、これからも恋愛フラグは発生するだろう。

 親友役としてそれをどう躱すか。今はその事で頭が一杯だった。

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