第60話 蹂躙のネクロマンサー

 穏健派との会談を終えた俺達は、早々に街を離れて、強硬派の領地を目指す。

 道中は再びジャングルだったが、途中で霧が出てきたので、俺達はバイクを降りて強硬派の領地を目指す事になった。



 鬱蒼とした森を抜けて草原に出ると、急に霧が深くなる。

 視界はそれほど悪くは無かったが、遠くを見渡す事が出来なかったので、警戒しながら徒歩で進む。

 そして、歩き続けて三十分。

 同じ景色と先の見えない状況が続いたせいで、俺は精神的に参ってしまっていた。


「はあ……」


 地面にドサリと座り、水を取り出して飲む。


「異世界ってのは、何でこう大自然かね」


 愚痴を言っても仕方ないのだが、ついつい口から漏れてしまう。

 そんな俺の姿を見て、ヤマトがフフッと笑った。


「ミツクニ君の世界は自然が無いの?」

「いや、あるけどさ。人の住む場所は整備されているから、こういう自然の多い場所を歩く事は少ないんだ」

「ふうん。そうなんだ」


 そう言いながら、横にちょこんと座る。


「ヤマトも水飲むか?」

「え? う、うん」


 ヤマトに持っていた水筒を差し出す。

 ヤマトはそれを受け取ったのだが、一向に飲もうとしない。


「ヤマト?」

「いや、その……」


 モジモジとしながら俯くヤマト。その仕草を見て、俺は気付いてしまった。


(ああ! 間接キスか!)


 予想外のラブコメイベントに慌ててしまう。


「悪い! つい流れで……!」


 そう言いながら、水筒に手を伸ばす。すると、ヤマトはその手をひょいと躱し、勢い良く水を飲み干した。

 飲み口から口を放して微笑むヤマト。少し赤くなった頬を見て、思わず目を逸らす。


「……あ、ありがとう。ミツクニ君」

「お、おう……」


 ううむ……まずまずの時は経ったのだが、まだヤマトが女子という事に慣れて居ないな。

 カミングアウトしてからは、急にヤマトが女らしくなったし、少し気を付けなければ。


「それにしても、この草原はどこまで続くんだろうなあ」


 便利袋から双眼鏡を取り出して、目的の方向に向ける。しかし、霧が深いせいで全く見えない。


(まあ、見えない事は分かって居たどな!)


 これは、ヤマトとの微妙な雰囲気を誤魔化す為に行った行動。先など見えなくても良いのだ。


(それにしても、どうするかなあ)


 座って居る俺にピッタリと寄り添って居るヤマト。いつの間にか肩に頭が乗っているので、迂闊に動く事すら出来ない。


(色々な意味で、勇者ハーレムより厄介だぞ?)


 今はまだ良いが、これを勇者ハーレムが居る時にされると困る。

 いや、困るどころでは無い。最悪誰かに刺される可能性すらある。


(帰る前に何とかしないと……)


 そんな事を思っている俺の視界に、何かが映る。


(……あれは)


 遠くから迫って来る黒い物体。その物体が横へと広がりながら、段々と大きくなって来る。


(おいおい……)


 双眼鏡から目を離して息を飲む。

 既に肉眼でも確認出来る物体。

 それは、スケルトンの大軍勢だった。


「ミツクニ君」

「ああ、分かってる」


 素早く立ち上がり、歩いて来る軍勢を眺める。

 その数、軽く見積もって千以上。


「まあ、ここは魔物の領地だからな」


 そんな事を言っていると、急にスケルトンが歩みを止める。

 黙って見ていると、スケルトンの中から白いローブを着た人間が現れて、こちらに手を振って来た。


「こ、こんにちはー!」


 震える声で挨拶をしてくる人間。


「わ、私はネクロ=ネイター! ネクロマンサーでーす!」


 そう言って、深く頭を下げるネクロ。

 頭を上げると同時にフードが取れて、彼女の容姿が現れた。


(……うん、鉄板だな)


 紫の髪。白い肌。薄紫の唇。

 勇者ハーレムである事は、もう言うもでも無い。


「それでー! どうしてネクロは俺達を襲うんだー!」

「襲いたくないんですけどー! ここに足を踏み入れた人を襲っちゃうんですー!」


 意味不明な答えに首を傾げる。


「私ー! 術を上手く使えなくてー! スケルトンが暴走しちゃってるんですー!」


 なるほど。制御が出来ずに困っていると。

 おっちょこちょい属性は嫌いでは無いが、流石にこの数はやり過ぎだろう。


「こいつは、蹂躙のネクロマンサーだね」


 俺の前にぴょんと現れるリンクス。


「霧の深い場所に突然現れて、圧倒的な物量で相手を蹂躙する。魔物達の中では天災みたいに扱われている奴さ」

「へえ、そいつは困った存在だな」


 ふうと息をつき、ネクロに向かって叫ぶ。


「おーい! ネクロー!」

「何ですかー!」

「どうすればこいつらを止められるんだー!」

「全滅させないと無理ですー!」


 やっぱりそうですか。

 それじゃあ、仕方ないよね?


「それじゃあー! 全滅させても良いんだなー!」

「是非お願いしまー……ええ!?」


 言葉の途中で目を丸めるネクロ。


「全滅させても良いんだなー!」

「よ、良いですけどー! そんな事一度も……!」

「よーし。やるぞー」


 俺の言葉を聞いて頷く一同。

 さて、ここで今の俺のパーティーを紹介しよう。


 勇者ヤマト。最強の魔法剣士。

 賢猫リンクス。猫族の長で全てを見通す風使い。

 魔王ミント。圧倒的な魔力と全てを切り裂く漆黒の翼。

 天使メリエル。死を司る癒しと破壊の死神。

 機械ベルゼ。最先端のマッピング技術を持つ未来型ドローン。

 異世界人ミツクニ(俺)。非力だがベルゼに貰った未来型兵器を使える。


 以上。これが今のパーティーだ。

 そんな奴らが集まったら、一体どうなるのか。

 つまりは、こういう事だ。


「はああああああ!」


 先陣を切ったのはヤマト。

 中央に飛び込んで剣を横に振ると、炎の風が巻き起こり一帯が吹き飛ぶ。


「わーい」


 次に飛び出したのはミント。

 無邪気な笑顔で空を飛び回り、黒羽でスケルトンをバラバラにしていく。


「私も行きましょう」


 ふっと笑って空を飛ぶメリエル。

 翼から羽根が舞い散り、その羽根からビームが放たれて全てを蹂躙する。


「はっ! 良い運動になりそうだねえ」


 スケルトンの中に歩いて行くリンクス。

 体から無数の風の刃が発生して、それに触れた骨を粉々にした。


「敵勢力、残り五百六十三」


 俺の横でベルゼがピピッと鳴る。

 既に全ての敵をマークしている。打ち漏らす事は無いだろう。

 そして、最後は……


「よーし。行くぞー」


 貧弱異世界人、ミツクニ(俺)。

 ベルゼの用意してくれたグレネードランチャーを撃ちまくる。

 はっきり言って、地獄絵図だった。


「はわわー!」


 気の抜けた声と共に、ネクロが俺の横に転がって来る。


「おう。大丈夫か」

「だ、大丈夫でーす」


 ネクロが埃まみれのローブを払い、ぽかんとした表情で戦場を眺める。


「何なんですか。貴方達は……」

「何だろうな。俺にも正直分からないんだ」

「そうなんですか……」


 グレネードランチャーを撃つのを止めて、戦場を眺める。

 楽しそうにスケルトンを蹂躙する仲間達。

 こうなると、スケルトンの方が可哀想に見えてくるなあ。


「所でネクロ。お前は魔物なのか?」

「え? はい、そうです」

「どう見ても人間にしか見えないけど」

「死霊使い族は外見が人間と同じですから」

「それじゃあ、何が人間と違うんだ?」

「魔力の質ですね」


 それを聞いて、俺は少し考える。


「質って言うのは、色が違うみたいなものか?」

「そうですね。そんな感じだと思います」


 なるほど。それで人間と魔物は区別されるのか。

 それじゃあ、魔物が人間の世界で生きるのは、難しそうだな。


(でも、リズは魔物と人間のハーフなんだよな)


 リズは人間達と普通に生活をしていた。どうやら、ひとえに魔力が違うと言っても、色々とありそうだ。


(まあ、ウィズに会ったら聞いてみるか)


 旅に出る前までは、こんな事を真面目に考えた事は無かった。

 しかし、これからを考えると、人間と魔物の違いは知っておかなければならない。

 そんな事を考えながら、勇者と魔物が一緒に戦っている姿を遠目に眺めていた。

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