第61話 魔物達のホープ
スケルトン部隊を全滅させた俺達は、ネクロマンサーであるネクロを仲間にした。
ネクロは勇者ハーレムなので、魔法学園に誘導しようと思ったのだが、召喚したスケルトンの後処理が残って居て、まだここを動けないらしい。
そこで俺達は、後処理が終わったら合流する約束をして、再び強硬派の拠点を目指す事にした。
小高い丘をバイクで駆け上がり、バイクを止めて先を眺める。
見えたのは、石の外壁に囲まれた大きな街。
どうやら、目的地である強硬派の拠点に辿り着いたようだ。
「意外と遠かったな」
便利袋から双眼鏡を取り出して、街の入り口を凝視する。
入り口には、竜人の門番が二人。その赤と青の竜はピカピカの鎧を身に纏い、大きなバトルアックスを持っている。その出で立ちは、明らかにそこら辺に居る魔物達とは格が違った。
「さて、どうやってあそこに入ろうか」
双眼鏡をしまいながら言うと、ヤマトがえっという表情でこちらを見る。
「もしかして、何も考えてなかったの?」
「ああ、来てから考えようと思ってた」
頭を掻く俺。言葉を失うヤマト。
「……普通に考えたら、門に近付いた時点で、人間は拘束されると思うんだけど」
「だよなあ」
中身のない会話を繰り返しながら、再び門付近を眺める。
普通であれば、ヤマトの言っている事の方が、正しいだろう。
しかし、ここは異世界だ。
今までもそうだったので、きっとこの後、勇者に都合の良い展開が起こるはず……
(……来たぜぇ)
門を見ながら小さく笑う。
俺の視線の先に現れた一人の女子。
女子はこちらに気付くと、ふっと笑って手を振って来た。
「よし、行くか」
「え……?」
理解していないヤマトをよそに、俺達は丘から滑り降りる。地面に辿り着いて前を見ると、門の前に居た女子が既に目の前まで来ていた。
「よう」
俺の短い挨拶を聞いて、ふっと笑う女子。
リズの姉、ウィズ=サニーホワイト。
「いやあ、異世界ってのはご都合展開で、本当に助かるなあ」
「それは、ミツクニが勝手にそう思っているだけだ。こちらはお前達が強硬派の領地に入った時点で、ずっと監視して居たんだぞ?」
「へえ、全く気が付かなかったな」
そっけない言葉に、ウィズがやれやれと言う表情を見せる。
「それで、ミツクニはどうして、こんな敵地にまで来たんだ?」
「観光」
「ほう。それは面白いな」
「大体、俺にとってここは敵地じゃ無いし」
「そう思って居るのは、ミツクニだけかも知れんぞ?」
それを聞いて、後ろに振り向く。
後ろに居た仲間達は、流石に警戒しているようだった。
「……ウィズ。街に入るのは危険なのか?」
「そうだな……」
顎に手を当てて考えた後、ウィズがふっと笑う。
「面白い事が起こるだろうが、まあ大丈夫だろう」
「面白い事って……場所から考えると、悪い事しか考えられないんだが」
「そう言うな。何かあったら私が守ってやる」
「そうか。それじゃあ、行ってみるか」
そう言って、俺達はウィズの背中を追って、強硬派の街へと足を進めた。
門の前に辿り着くと、門番のドラゴン達がこちらを睨んで来る。
ギラつく細い瞳。殺気は放って居ないようだが、何処かソワソワしている。
襲って来るか不安ではあったが、ウィズが守ってくれると言っていたので、そのまま門の奥へと入って行った。
(これは……)
無事に門を抜けて最初に見えたのは、賑やかな商店街。人型の魔物や獣達が楽しそうに働いて居る。
強硬派の街と言うくらいだから、武装された魔物達が蔓延っていると思って居たのだが、まるで帝都のような賑やかさだった。
「強硬派の魔物は、全員ここで暮らしてるのか?」
「ああ。ここは人間側との国境の最前線でな。昔は領土を守る戦士達が暮らして居たんだが、今は強硬派の魔物しか住んで居ない」
なるほど。つまり、この大陸の今の領土は、こんな感じか。
北、穏健派の領地。
西、人間の領地。帝都。
南、魔法学園。人間と穏健派の街。
東、強硬派の領地。
領地の規模は北と西が大きいが、戦力はある程度バランスが取れているようで、それほど大きな戦は起こって居ないようだ。
「何か、群雄割拠って感じだな」
「群雄? 何だそれは?」
「それぞれの領地に英雄が居て、国の覇権を狙ってるって感じの意味だ」
「なるほど。確かにそうだな」
ウィズが街を眺めながら頷く。
「今はまだ静かだが、各領地では戦に向けて戦力を高めている。きっかけさえあれば、いつでも戦争が起こるだろう」
それを聞いて、少し悲しくなる。
今目の前に広がっている光景は、とても平和に見える。
しかし、ここに居る人達はそれに満足しておらず、争いの準備をしている。
どうして、今の状況で満足出来ないのだろうか。
(まあ、色々と事情はあるんだろうけど……)
俺が戦争を望まなくても、他の誰かは戦争を望んで居る。そして、俺がそれに対してどう思おうが、戦争は止まらない。
だからこそ、せめて争っている各領土を、見て回りたかったんだ。
(それにしても……ここは本当に平和だな)
改めて街を見回す。
帝都では各所で小競り合いがあったのに、ここではそれらしいものは全く無い。
一番殺伐としていると思って居た強硬派の街が、今まで見て来た場所の何処よりも平和に見えた。
「……おっと」
ぼうっと街を見て居たせいで、対面を歩いて居た魔物に肩が当たってしまう。
「すみませ……」
謝ろうとして相手の方を見る。
そこに居たのは、ライオンの獣人。
(お、おう……?)
身長は軽く二メートルを超え、体格も俺の倍以上はある。
これは、非常に不味い。
彼が怒って軽く腕を振ったら、俺の頭など簡単に吹き飛んでしまうだろう。
「んん……?」
ライオンの獣人が身を屈めて、真っ直ぐに俺を見つめて来る。
「お前……」
口元からはみ出ている牙がきらりと光る。
ヤバい……殺される。
「……ミツクニ! お前! ミツクニ=ヒノモトだな!?」
え! 俺を知ってるんですか!?
これは本格的に殺されるタイムですか!?
「お前等! ミツクニだぞ!!」
ライオンの叫びで、商店街に居た全員が俺の事を見る。その瞬間、仲間達が警戒態勢に入った。
(来るか!?)
そう思って居る間に、ライオンの両腕が俺の両脇を掴む。
そして……!
「俺達のホープが街に居るぞぉぉぉぉ!!」
俺を天高く持ち上げた。
(……え? 何?)
訳が分からないまま、周囲の様子を窺う。
「ミツクニって……水攻めを止めたミツクニか!」
「捕虜救出のミツクニ!」
「おい! 死の天使様達も居るぞ!」
笑顔で集まって来る強硬派の魔物達。
やがて、商店街一帯は、完全にお祭り状態になってしまった。
「良く来たな! お前等の事を歓迎するぜ!」
ライオンが俺を地面に降ろすと、他の魔物達も続々と集まって来る。
「うちで作ったリンゴだ! 食え!」
「喉乾いてない? ジュースあるわよ!」
「天使様! 死の天使様ぁぁぁぁぁ!」
両手に持てないほどに食料を渡されて、動けなくなる。仲間達も食料を貰ったり五体投地されたりで、完全に動けなくなって居た。
「ウ、ウィズ! これは……!?」
もみくちゃにされる俺達を見て、ウィズが嬉しそうに微笑む。
「お前達は知らなかっただろうが、強硬派の間では、お前達は希望なんだ」
「き、希望?」
「ああ。魔法学園に攻めた時は、自分が傷付きながらも捕虜を助けてくれた。水攻めの時は、最善の形で魔物達の命を救ってくれた」
「でも、俺達はお前達の仲間を……」
殺した。
リズ救出作戦の時も、魔物の隠れ里防衛の時も。
俺達は躊躇せずに、強硬派の魔物を……殺した。
「ミツクニ」
俺の思いを察したかのように、ウィズが口を開く。
「戦場での死は必然だ。それなのに、お前は敵である魔物の身を案じて、何度も命を救った。私達の間では、そう言う者を希望(ホープ)と呼ぶんだよ」
嬉しそうに話すウィズ。
だけど、俺は全く笑えない。
(……やめてくれ)
唇を噛み締めて俯く。
(俺は……そんな人間じゃないんだ)
魔法学園で魔物を救ったのは、俺がただ救いたかったから。水攻めを阻止したのも、ウィズが率いていた魔物達に、生きて欲しかったからだ。
全ては俺個人の我儘であり、人間側や魔物側の総意では無い。
だから、俺が褒められる事なんて……何一つ無いんだ。
「ミツクニ君。凄いね」
俺の横でヤマトが微笑む。
「ミツクニ君が助けたいって思った気持ちが、皆にも伝わったから……」
「やめてくれ!」
持っていた果物を落として、思わず叫んでしまう。その瞬間、周りが一気に静かになった。
「……あ」
呆然とする周囲を見て、慌てて苦笑いを作る。
「いや、俺こういうの苦手で……」
そう言いながら、苦笑いを作り笑顔に変える。
「俺の事を良く思ってくれて、本当に感謝します。でも、気にしなくて良いので」
そう言った後、落としてしまった果実を便利袋にしまい、無言で歩き出す。
少しすると、後ろから声が聞こえて来た。
「流石だな。あれがホープの佇まいか」
「驕らないのね。素敵……」
「俺達も負けねえように頑張らねえとな!」
再び賑やかになる商店街。
その雰囲気を背中に受けて、小さくなる。
(……そんなんじゃない)
ゆっくりと両手を見る。
少しだけ土がこびりついた両手。
その手の先に映る、殺した魔物の数々。
(そんなんじゃ……ないんだ)
懺悔はしない。
後悔もしない。
だけど、俺が希望などと言う事だけは……絶対に無い。
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