第91話 勘違いされたおっさん

 ヤマトがキズナ遺跡に現れた事により、遺跡がどう変化するのかを調べる為に、動力室へと向かう。

 フランは相変らずチアガール衣装のままで、誰かが俺達の横を通る度に、不審そうな表情で俺の事を見て来る。

 正直、俺はその視線が痛い。


「なあ、フラン。どうして着替えて来ないんだ?」

「だって、この格好の方が、ミツクニさんは嬉しいですよね?」


 嬉しいさ!

 嬉しいけれど! まるで俺が強制したような表情で見られて居るよ!?

 違うから! 俺が頼んだ訳じゃないから!


「それに、着替えて来る時間もありませんでしたから」


 それならば仕方が無い。黙って現状を受け入れるとしよう。


「さあ、目的の場所に到着ですよ」


 フランが俺の前に回り込み、ニコリと微笑む。

 目の前には、動力室に繋がる大きな門。

 魔物側の勇者ハーレムに破壊された一件を経て、余計な侵入者が入らないように、ボタン式のドアロックで施錠していた。


「ええと……暗証番号は」

「3292です」

「そうだった」

「ミツクニ、ですね」


 語呂合わせ。

 先に言っておきますが、その番号で設定したのは、俺では無くフランですので。


「それじゃあ、3・2・9・2っと」


 フランがボタンを押して扉が開く。

 予想外にも、今日は作業をして居る人間が.一人も居なかった。


「今日は休みの日なのか?」

「あれえ? おかしいですねえ」


 少しの不信感と疑問を胸に、動力室へと入る。

 故障中なので、各所に仮設の電灯を設置して居るのだが、誰も居ないので電灯が点いて居ない。今は外から漏れている光のおかげで、辛うじて先が見える明るさだった。


「こう暗いと、何かが出て来そうですね」

「止めてくれ。異世界でそう言う事を言うと、大抵何か出て来てしまう……」


 言葉の途中で声を失う。

 視線の先。動力室の中央にある、コントロールパネル。

 そのパネルの上に、誰かが座って居る。


「……フラン」

「ええ」


 腰の銃に手を置いて、フランを後ろに下げる。

 ゆっくりと歩を進める俺達。

 やがて、座って居る人物が見えて来る。


(あれは……)


 座って居たのは、老人。

 歳は60代後半くらい。髪の毛は真っ白で、ファンキーなアロハシャツにボロボロのジーンズ。目にはサングラスをしていて、全体的にファンキーな格好だ。

 何処かで見た事があるような……


「おお、やっと来たか」


 思考の途中で、おっさんがコントロールパネルからヒラリと降りる。

 顎髭を擦り、サングラスを取るおっさん。


(……まさか)


 やはり、このおっさんには前に会った事がある。

 そして、彼を見た場所は……


「城の謁見の間以来じゃの」


 人間側の城。中央にある謁見の間。

 その中央にある、玉座に座って居た老人。


「王……」

「ほっほ、こんな格好でも分かるもんか」


 ケラケラと笑いながら、サングラスを胸ポケットに入れる。

 完全に言葉を失う俺達。

 何故ならば、王は魔物に暗殺されたと聞いていたからだ。


「どうした? 豆鉄砲を食らったような顔をして」

「そりゃそうでしょう」


 元気に微笑んで居る王を見て、思わず苦笑いが出てしまう。

 なるほど。つまり俺達は、嵌められて居た訳か。


「彼方が死を偽装したせいで、戦争が起きました」

「うむ、そのようじゃの」


 軽く言って、再びコントロールパネルに座る。


「彼方は魔物と人間を、仲良くさせようとして居たんじゃないんですか?」

「そうじゃの。その通りじゃ」

「それじゃあ! 何で今まで……!」


 思わず叫んで突っ込もうとした時、フランが俺の腕を押さえ付けた。


「ミツクニさん、ここで感情的になっては駄目です」

「だけど……!」

「物事には必ず理由があります。王が健在なのも、何か理由があるはずです」


 フランに言われて、必死に冷静さを取り戻す。

 相変らずケラケラと笑って居る王。騙された俺達を見て、楽しんで居るのだろうか。


「世間が言って居る事が、必ずしも真実とは限らんと言う事じゃの」


 悟ったように語り、王が両腕を広げる。


「見ての通り、わしはここに生きておる。魔物に襲われたと言うのも嘘じゃ」


 王が口を開く度に怒りが湧き上がるが、今はそれをぶつける時では無い。

 聞かなくてはならない。

 彼が知っている、真実とやらを。


「どうして、死を偽装したんですか?」

「無論、必要があったからじゃ」

「それは、魔物と人間の戦争が必要だったという事ですか?」

「それは少し違う」


 王が懐からキセルを取り出して、ゆっくりと吸い始める。


「結果的に戦争は起こった。だが、わしはその戦争を起こしたかった訳じゃ無い」

「起こしたくなくても、起きたんですよ」

「そうか? 実際に今、魔物と人間は戦っておるのか?」


 王の言う通り、今は戦っていない。

 だけど、それは結果論だ。

 俺達が戦争に介入して、それが上手く行ったからこそ、戦争が膠着しているだけで……


「……まさか、こうなる事を、最初から計算していたと?」

「そうじゃのう。計画は立てて居たが、ここまで上手く行くとは思わんかった」


 それを聞いた瞬間、俺の怒りは限界を迎えた。

 フランの腕を振り払い、銃を抜いて王に向ける。


「おお、怖いのう。それで撃たれたら、わしなど簡単に死ぬだろうて」

「何を言いますか。この世界の人間なら、この銃くらいでは死にませんよ」


 お互いに黙り、見つめ合う。

 吸い込まれるような王の黒い瞳。

 黒い瞳。

 それを見て、鼓動がドクンと鳴り響く。


「……まさか」


 俺の思考を読み取り、王が小さく笑う。その微笑みが、俺の推測が真実だという事を告げていた。


「そう。わしはこの世界の人間では無い」


 額から汗が零れ落ちる。


「わしは……お主と同じ世界の人間じゃよ」


 王が異世界人?

 しかも、俺と同じ世界の?


「それじゃあ……」

「うむ。わしもこの世界を救う為に、四十年前に召喚された」


 頭が真っ白になる。

 この世界を救う為に召喚されて、今は人間側の王をしている?

 一体、過去に何があったんだ?


「さて、少し昔の話でもしようかのう」


 キセルをふかし、天井を見上げる王。

 そして、目を細めながら話し始めた。


「いきなりだが、わしの本名は大場一郎と言う」

「本当にいきなりだな」

「まあ、そうじゃのう」


 ふっと笑う王。


「だが、その名前こそ、今の状況が出来るきっかけだったのじゃ」


 王がこちらに視線を向ける。


「わしを召喚したのは、パフィ=レインハート。一世代前の人間領の女王じゃ。召喚された時に名前を聞かれてのう。召喚酔いしていたわしは、大場と言おうとしたのじゃが、言い切れずに大で止まってしまってのう」


 そこで、小さく笑う。


「そうしたら、パフィはそれを王様を示す『王』と勘違いしての。わしがこの世界の王になる人物だと勘違いして、あっという間に結婚させられてしまった」


 もの凄く強引な話だな。

 だけど、パフィはリズやウィズの祖母だ。それくらい豪気でも納得は出来る。

 むしろ、良くそれだけで、王はパフィと結婚をしたな。


「超可愛かったんじゃー。結婚せざる負えなかったんじゃー」

「その歳で超とか言うな」

「ええじゃろう? 王の時は使えんかった言葉なんじゃし」


 謁見の間で俺達と話していた時は、いかにも使いそうな言動だった気もするが、それは置いておこう。

 とにかく、今は話の続きだ。


「それで、その可愛い女王様と結婚して、王は世界を救おうとしたんですか?」

「そうじゃ。わしは王と言う立場を利用して、どうすれば世界を平和に出来るかを考えた」


 異世界召喚されて、いきなり王様か。

 ありがちではあるが、親友役として召喚された俺とは大違いだ。

 むしろそっちの方が面倒そうだから、俺は親友役として召喚されて良かったな。


「わしはお主のように、自由に世界は周れんかった。王と言う立場があったからの。じゃから、世界中に使者を送り出して、情報を収集した」


 王が白い煙を吐く。


「そして、世界崩壊の予言を知り、それを防ぎ続けて来た」


 その話を聞いて、ゴクリと息を飲む。

 王が召喚されたのは、四十年前だと言っていた。

 つまり、その頃から既に、世界崩壊の予言があったという事か。


(……待てよ?)


 世界崩壊の予言。

 現在は故障して見られないが、俺が召喚される前の予言が記されていない。

 これは、どういう事だ?


「王の予言と俺の予言は、違うのですか?」

「いや、同じじゃよ」

「それじゃあ、どうして履歴に王の予言が無いのですか?」

「隠す必要があったからじゃ」


 王が簡単に答える。


「お主が召喚される前の予言。それを見れば、お主は勇者の親友役として、素直に働いてくれると思わなかった。じゃから、意図的に履歴を消して、まっさらな状態から世界を救わせようとした」


 その言葉を聞いて、鼻で笑ってしまう。


「世界を救うというか、俺は勇者ハーレムを集めて居ただけですが」

「そう言えばそうじゃのう」


 ケラケラと笑う王。


「じゃが、それが重要じゃった。世界を救うのはお主じゃなくて、勇者であるヤマトじゃからの」


 そこまで聞いて、やっと話に筋が通る。


「つまり、俺は王とは違って、ヤマトに世界を救わせる為に召喚されたと?」

「そう言う事じゃの。と、言うか、最初からそうじゃったろう?」


 言われてみればその通り。最近は世界を救う為に自ら行動して居たので、当初の目的を忘れていた。

 しかし、そうなると、当然この疑問が浮かんで来る。


「ヤマトの仲間を集める事くらい、この世界の人間でも出来たはずです。それなのに、どうして俺が召喚されたんですか?」


 それを聞いて、静かに目を閉じる王。

 キセル畳んでを胸ポケットにしまうと、ゆっくりと立ち上がり、こちらを真っ直ぐに見つめて来る。

 そして、ハッキリとした口調で言った。


「それはまだ秘密じゃ!」

「散々語った挙句にこれかい!」


 ここまで引っ張って置いて! 肝心な事を秘密とか! このおっさんは間違い無くリズの祖父だよ!


「まあ、そう急ぐな。この答えを言うには、まだ時期が早すぎるのじゃ」

「早いも遅いもあるか!」

「あるんじゃよ」


 真面目な表情で答える王。

 どうやら、冗談では無く本気で言って居る様だ。


「……分かりました」


 仕方なく、俺は食い下がる。

 これ以上の質問をしても、王は答えてくれないだろう。

 とにかく今は、王が教えてくれた事を、素直に受け入れる方が賢明だ。


「さて、わしの昔話はこれくらいにしておこうか」


 え? これで終わりなの?

 まだ王が回避して来た予言の話とか、聞いてないんですけど。


「あの……」

「分かっとる。じゃが、今は先に知らなければならない事がある」


 そう言って、ひょこひょこと歩き出す王。


「どこに行くんですか?」

「楽しい所じゃよ。付いて来なさい」


 俺達の間を素通りして、出口へと向かう。

 その背中を眺めながら、俺は小声でフランに話し掛けた。


「なあ、フラン」

「何ですか」

「王の話、信じて良いと思うか?」


 世界中の人間を騙して、戦争の火種を振りまいた男。そんな男が語った言葉を、全て鵜呑みにして良い物だろうか。


「信じるか信じないかは別として、話を聞く価値はあると思います」


 考えていた事と同じ意見を言うフラン。

 彼女もそう思って居るならば、やる事は一つだ。


「行くか」

「そうですね」


 俺達は歩き出す。

 俺と同じ世界から召喚されたという人物から、予言の真実を聞き出す為に。

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