第52話 帝都の確執と鉄球訓練
「ミツクニは何をやっているのかしら?」
午後の戦闘訓練を終えて、縁側で一息ついている時に、リズが現れて言った。
「何って、戦闘訓練だよ」
「そんなのは、見ればわかるわ」
リズはため息を吐くと、虫を殺すような目で俺を見下ろしてくる。
「でも、それは私達がここに来た、本来の目的では無いわよね?」
それを聞いた俺は、内心ドキリとする。
帝都に来て半月。
当初、俺達は予言の水攻めについて調べる為に、ここに来た。
しかし、最高の訓練環境を手に入れてしまったおかげで、俺は水攻めの調査よりも、訓練の方を優先して行っていた。
そして今日、遂にそれをリズに突かれてしまったのだ。
「い、いやあ。こんな良い訓練環境は、本当に久しぶりだから……」
「黙りなさい」
「ごめんなさい」
リズに言われて秒で謝る。
「それで、訓練の成果はどうなの?」
リズが訓練の事を聞いて来たので、思わず目を輝かせてしまう。
「それがさ! ここのメイド達が本当に凄くて! 為になる事を沢山……!」
「粋がらないで」
リズが鉄球を投げつけて来る。しかし、俺は直ぐに左手のシールドを展開して、鉄球の軌道を逸らした。
「ふっふっふ……」
ゆっくりと縁側から立ち上がり、砂利の敷き詰められた広場に足を進める。
「空手、柔道、合気道……俺はここのメイド達に、様々な武術の基礎を教わった」
広場の中央で足を止めて、リズの方に振り返る。
「そして! それを俺なりに応用した事により! 俺は高い回避力と防御力をぉぉ……!?」
顔面に鉄球直撃!
おおっと! 調子に乗ってしまったぜ!?
「御託は良いのよ」
吐き捨てるように言った後、リズが広場に降りて来る。
「言葉より行動で語りなさい」
ゆっくりとスカートをまくり上げるリズ。そのスカートの中から鈍い音を立てて、無数の鉄球が落ちてくる。
これは、まさか……
「殺すつもりで投げるわ」
やっぱりそうか!
地獄の鉄球訓練の始まりだぜ!!
「行くわよ」
足で鉄球を救い上げて、第一投を放つリズ。
いつもの二倍の速度で来たそれは、俺の横を通過して、後ろの壁に突き刺さった。
「シオリの家だぞ! 手加減しろよ!」
「許可は貰ってあるわ」
そう言って、次々と鉄球を投げて来る。
右、上、左……!
見える……! 俺にも鉄球が見えるぞ!!
「中々やるじゃない」
まさかの褒め言葉に顔がほころぶ。その隙をリズは見逃さなかった。
「ふっ」
袖から小さな鉄球を取り出して、死角から投げつけて来る。
突然の不意打ちに少し焦ったが、すぐに冷静さを取り戻して、シールドで小鉄球の軌道を変えた。
「どうだ!」
不意打ちを躱して調子に乗る俺。それを打ちのめすかのように、リズが鉄球を投げるスピードを上げた。
「な、ちょ、待って……!」
「あら、さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
高速で迫り来る鉄球。
避ける事が出来なくなってきた俺は、躱せる鉄球だけを躱して、残りの鉄球はシールドを使って軌道を変える。
「ぬおおおお……!」
「ほら、頑張りなさい」
薄笑いを浮かべながら、楽しそうに鉄球を投げ続けるリズ。
「リ、リズ! これ以上は無理……!」
「聞こえないわ」
「リズ様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
その場で躱せなくなった俺は、ついに移動しながら鉄球を捌き始める。
げ、限界だ! これ以上避ける事は……!
「そう言えば、水攻めの件なのだけれど」
リズが不意に言った一言。
それに気を取られた俺は、腹に一発鉄球を食らってしまった。
「くっ!」
一瞬体制を崩し掛けたが、リズが鉄球を投げ続けて居るので、頑張って立て直す。
「リズ……!」
「続きを聞きたかったら、死に物狂いで避け続けなさい」
聞きたかったら生き残れと言う事か!
やってやろうじゃないか!
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
限界を超えて鉄球を躱し続ける俺。そんな事をしているうちに、リズが話を始めた。
「あの水攻め。国王の本意じゃなかったわ」
「な、何だって……?」
国王。文字通り、この国の王様。
俺の聞いた話では、軍を動かすには王の最終決断が必要だと聞いていたが。
「提案したのは、この街の商業組合よ」
「商業組合って……街の一団体に、そんな権限があるのか?」
「ここの商業組合は、武器や食料の流通を一手に行って居るの。それに逆らったら、街の人達がまともに商売出来なくなるわ」
「なるほど、裏の支配者って訳か」
ここでリズの小鉄球。
躱せないと分かった俺は、シールドを大きく展開してそれを弾いた。
「大型シールドは訓練にならないわ」
「無理だから! 使わなきゃ死ぬから!」
「仕方ないわね」
そう言いながら、今度は小鉄球と大鉄球を同時に投げ始める。
それにしても、あの無数の鉄球……一体どこから出して居るんだ?
「それで、その裏の支配者とやらは、何で水攻めなんて提案したんだ?」
「勿論、戦争を続ける為よ」
それを聞いて、一気に気分が悪くなる。
「……戦争による利益って奴か」
「そう。商業組合は戦争を止めたくないの」
戦争は多くの物資を消費する。それを利用して利益を上げようと言う話は、何処の世界でも同じらしい。
「嫌な話だなあ」
「そうね。でも、悪い話ばかりでは無いわ」
リズが鉄球を投げるリズムを変える。
「さっきも言った通り、この水攻め作戦は、国王の本意では無いの」
「つまり、国王は戦争をしたくないって事か?」
「そう言う事ね」
足元の鉄球が無くなり、リズが一息つく。
「今の国王は今までの国王と違って、魔物と和平を結びたがって居るの」
「でも、水攻めの許可は出したんだろ?」
「仕方ないのよ。商業組合に逆らったら、街が荒れてしまうのだから」
訓練が終わったようなので、その場に倒れ込む。
と言うか、立って居るのも限界だった。
「……八方塞がりだな」
息を切らしながら空を見上げる。
どこまでも続く青空。燦々と輝く太陽。
この国の内情とは違って、晴れ渡っている。
「正直、俺達が何とか出来る規模の話じゃ無いな」
「そうね」
リズが庭に降りて来て、横にちょこんと座る。このシチュエーションは本当に久しぶりだ。
「それで、どうするの?」
首を傾げて来るリズ。それを横目で見ながら、俺は小さく唸る。
「とりあえず、ヤマトを一度帝都に呼ぶか」
「それに何か意味があるのかしら?」
「あるさ」
俺はゆっくりと起き上がる。
「ヤマトは勇者だからな」
この物語の勇者は、世界を救う役目を帯びている。それならば、その人物を渦中に引き込めば、物語は動く。
そして、物語が動けば、その先に活路を見いだせるかも知れない。
「ヤマトを帝都に呼んだら、魔法学園が危なくないかしら」
「その為の勇者ハーレムだろ?」
現在の勇者ハーレムは二十八人。その戦力は、相当なものとなって居る。
もしかしたら、こういう時の為に、勇者ハーレムが存在して居るのかも知れない。
「全く……」
リズがふっと笑う。
「この状況で、どうして簡単に案が出てくるのかしら?」
「まあ、俺にとっては、この状況はただのテンプレだからな」
そう言って、俺も微笑む。
漫画やアニメでは、こんな状況は日常茶飯事。
そして、ここはその漫画やアニメで良く見る、異世界なのだ。
「困った事があれば、勇者が解決してくれる」
それが、物語の必然。
まあ、勇者によっては、バットエンドもあるのだけれど。
……むしろ、それを防ぐ為に、俺が親友役として召喚されたのか?
(うーむ……)
答えの見えない疑問に頭を抱える。
異世界召喚されて、勇者の親友役を続けている。
だけど、何かを達成した所で正解は見えず、空を切っているかのようだ。
それでも、今はやれる事をやるしかない。
リズや大切な人達が、笑って過ごせる世界を作る為に。
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