第51話 メイドと泥棒とパルクール

 水攻め作戦の首謀者を探す為に帝都に来て、一週間が経った。

 シオリの家に居候している俺達は、情報収集をしながら、各々の私生活を送っている。

 肝心の俺はというと、シオリの母であるヨシノを戦闘訓練の師匠に迎えてから、訓練に明け暮れる毎日を送っていた。



 早朝訓練を終えて朝食を食べた俺は、街に出る為に自室で着替える。

 本当は水攻めの事を調べなければいけないのだが、この街が初めての俺とベルゼは、街の構造を知る事が重要だと認識して、空いた時間はとにかく街に出る事にしていた。

 着替えが終わって玄関に向かうと、入り口に立って居る人物が見える。

 そこに居たのは、この屋敷の使用人、零。

 零は小さく頭を下げると、青い髪をサラリと払い、俺達に向かって口を開いた。


「出かけるのか?」

「ああ。夕方の訓練までに戻って来るから」


 それだけ言って、既に用意されていた自分の靴を履く。

 履き終わって玄関の扉を開けると、いつの間にか零が玄関の外で待っていた。


「出かけるのか?」


 先程と同じ言葉を言う零。一瞬双子かと思ったが、靴を履いている時に回り込んだようだ。


「夕方までには戻って来るから」


 俺は同じ事を言うと、玄関の扉を閉めて敷地の入り口まで足を運ぶ。

 入り口に辿り着いて脇の小扉から外に出ると、再び零が待っていた。


「出かけるの……」

「夕方までに帰って来るから」


 同じ事を言った後、街に向けて歩き出す。

 百メートルほど歩いて零が見えなくなった時、ベルゼがついに口を開いた。


「マスター。彼女は着いて来たいのでは無かろうか?」


 実は俺もそう思っていた。

 だが、あえて誘う事はしなかった。


「零は勇者ハーレムの一角だからな。あまり仲良くするのは不味い」


 親友役と勇者ハーレムは、仲良くなり過ぎてはいけない。魔法学園を離れたこの場所でも、そのルールだけは絶対だ。


「それに、ここにはリズとシオリが居る。二人とも自分の用事で忙しくして居るけど、間違って街で鉢合わせしたら危険だ」


 正直、俺は勇者ハーレムのルールよりも、この二人を怒らせる方が怖い。

 ただでさえ零とは訓練で一緒に居るのだ。プライベートまで一緒に居たら、面倒に巻き込まれるのは火を見るより明らかだ。

 そんな事を考えながら、中央街に繋がる大門をくぐる。

 すると、正面に女子が立っていた。


「出かけるのか?」


 表情を変えずに声を掛けて来る零。それを見て、ついに俺はため息を吐いてしまった。


「……零」

「何だ?」

「暇なのか?」

「暇では無い。私はお前の警護を、奥様から頼まれている」


 その言葉、今までに何度聞いた事か。

 零は俺達が何かをする度に、その言葉を使って一緒に行動しようとする。

 最初は真面目な人だと感心したのだが、途中で異世界人である俺に興味があるだけなのだと悟った。


「何度でも言うけど、護衛は要らないから」

「お前の意見は関係ない。私は奥様に頼まれた命令を実行して居るだけだ」


 何度も繰り返したこの問答。きっと何を言っても、零はこの言葉を繰り返すのだろう。

 

(……面倒だなあ)


 これからも同じ事が起こるのであれば、最終的にリズ達に怒られるのは確定だ。

 それならば、せめてそれまでの時間を楽しむべきだろう。


「それじゃあ、一緒に行こう」


 それを聞いた零が目を丸める。


「どうせ断っても、陰から見てたりするんだろ? だったら、一緒に居た方が効率的だ」

「しかし、迷惑では……」

「本当に迷惑だったら、最初にヨシノさんに言って追っ払って居たよ」


 そう言って、零に微笑みかける。

 すると、予想外にも零が嬉しそうに微笑んだ。


(くっ! 可愛いな! 流石は勇者ハーレム!)


 普段表情を変えない女子が急に微笑むと、凄く可愛く見えたりする。

 それを噛みしめながら、俺達は三人で街に出た。



 人込みで賑わう中央通りを抜けて、影の差す裏路地へと入る。

 そこは、初めて帝都に来た時に、リズに入るなと言われて居た場所。

 この街に来て数日はその言いつけを守っていたが、それではこの街の全景を知る事が出来ないと感じて、最近は進んで裏路地に入る事にしていた。


 狭い裏通路を抜けて、広い場所へと出る。

 そこあったのは、下民達店を開いて居る、寂れた商店街。

 この街には三段階の人民階級があって、ここは最下層の商店街だった。


「今日はどんな掘り出し物があるかな」


 この商店街は、上の二階級の商店街とは違い、思わぬ掘り出し物が沢山ある。

 それらは恐らく盗品なのだろうが、それを口にしてはいけない。

 自分の物は自分で守る。それが、この街で生きる為のルールだった。


「ベルゼ。何か良い物ありそうか?」


 そう言って、頭上に居るベルゼを見上げる。

 その瞬間、何者かが上を飛び去り、ベルゼを小脇に抱えて空へと消えて行った。


「……」


 何が起こったのか分からずに、少しだけ黙ってしまう。


「……ベルゼがパクられた!?」


 やがて起こった事に気が付き、身体中から冷汗が引き出した。


「やばい! 追わないと!」

「私が行こう」


 言葉と同時に飛び立つ零。

 屋台や壁を使って、器用に屋根へと上って行く。

 なるほど。これがパルクールと言う奴か。


(とは言え、俺にはそれが出来ない訳で……)


 そう思いながら、便利袋の中に手を突っ込む。

 取り出したのは、ベルゼが作ってくれた改造銃。


「はっ!」


 空に向けて引き金を引くと、ワイヤー付きの弾丸が発射されて、屋根の先に引っ掛かる。固定されたのを確認してから銃のボタンを押すと、ワイヤーが巻き取られて、俺を屋根の上へと運んだ。


(さてと、零達は……)


 屋根の上に辿り着き、周囲を見渡す。

 すると、遠くにある屋根の上で、零と泥棒が格闘して居る姿が見えた。


(おお、凄いなあ)


 武術家である零と張り合って居る泥棒。その格闘技術は相当なものだ。


(俺が乱入しても、邪魔をするだけだな)


 ふう吐息を吐き、泥棒を見つめる。

 目の前の戦闘に必死で、こちらに注意を向けられない泥棒。

 その泥棒に、先程の改造銃を向ける。


「零!」


 俺の声に反応して体を翻す零。それと同時に銃の引き金を引く。

 真っ直ぐ泥棒に向けて飛ぶ銃弾。

 泥棒がそれに気付いて躱そうとしたが、零が蹴りを入れて弾道に体を戻した。


「くっ……!」


 泥棒に当たった銃弾が弾けて、粘着物が泥棒を拘束する。同時に銃からワイヤーを外すと、零がそのワイヤーを掴んで、泥棒を煙突に縛り付けた。

 完全に動けなくなる泥棒。俺はゆっくりと屋根を飛んで、二人の元に辿り着く。


(これは……)


 茶髪のショートカット。褐色の肌。小さい背丈。

 ファンタジーアニメで良く見る、子供泥棒って感じだった。


「くそっ! ほどけよ!」


 ジタバタと暴れる少女。口が悪いのもテンプレ通りのようだ。


「ほどけほどけほどけぇぇぇぇ!」

「ふっふっふ……さーて、どうしてやろうか」


 少女を上から見下ろして、ニヤリと笑う。


「最近はシリアスな展開が多かったからなあ。ここで少しお色気とかがあった方が、面白いかもしれないなあ」

「お、お前! 何する気だ!」

「なあに。ちょっと法に触れない程度のお仕置きを……」


 零が一瞬で間合いを詰めて、俺の腹に掌底を入れて来る。

 鉄球とは一味違う、全身に響く一撃。

 ……最近の勇者ハーレムは、俺に対して本当に容赦が無いなあ。


「……まあ、冗談はこれくらいにして」


 腹を擦りながら泥棒を見る。


「お前、名前は?」

「……」

「名前を言わないと、法に触れない程度のお仕置きを……」

「カミュ! カミュ=ウインドだよ!」


 流石は子供だな。こんな簡単に名前を言ってしまうとは。

 後はこの名前を利用して、色々と悪さを……


「ミツクニ。真面目にやれ」


 再び掌底!

 深くて重い! やはり鉄球とは違うぜ!


「よ、よおし……」


 腹を擦りながら仕切り直す。


「俺の名前はミツクニ=ヒノモト。お前が盗んだ丸いのはベルゼ。そっちに居る怖いメイドは零だ」


 丁寧に自己紹介をした後、カミュと同じ目線になるように屈む。


「なあカミュ。お前は自分が悪い事をして居るって、分かってるか?」

「う、うるさい!」


 カミュが真っ直ぐに俺を見て口を開く。


「私達には働き口が無いんだ! こうでもしなきゃ生きていけないんだよ!」


 まあ、そうだよな。

 生きる為に、ただ精一杯なだけなんだよな。


「……そうか」


 それだけ言って、カミュの拘束を解いてあげる。

 完全にワイヤーを外した時、カミュはポカンとした表情をしていた。


「ほら、これ」


 便利袋からヤマトと作った名刺を取り出して、カミュへと渡す。


「俺達は郊外にあるハルサキ家に居る。もし困った事があったら、そこを訪ねてくれ」


 カミュは少しの間呆然としていたが、我を取り戻して街の中へと消えて行った。

 静けさを取り戻す屋根上。

 やがて、零が口を開く。


「これで良いのか?」


 その質問に小さく頷く。


「彼女を警備隊に差し出した所で、何も変わらないさ」


 とは言え、彼女を更生させる時間も無い。だから、助けを求めて来るまで待つ。

 彼女は必ず来る。

 だって、勇者ハーレムの一角だからな!


「さて、帰るか」


 せっかく屋根に上ったので、ワイヤー銃の練習をしながら家へと帰る。


 この街に存在する三つの階級。

 そこに広がる、貧富の差による犯罪。

 今の俺に出来る事は、自分に降りかかった犯罪を防ぐ事くらいだ。

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