第139話 パイナップルが空を舞う

 世界崩壊の予言と共に、帝都を悪魔達が襲う。

 街中には地を這う犬型の悪魔が大勢。空には小型のドラゴンのような悪魔が数十体。

 そして、その中心に居るのが、異世界から召喚された日本人、姫神雫だ。


(結局戦うのか……)


 彼女はこの異世界を救う為に、『異世界自身』が召喚した人間だ。役目を果たすのであれば、この星の魔力を吸い取って居る人間達を滅ぼすのが、彼女の道理と言えよう。

 しかし、例え異世界人とは言え、同じ人間を殺める事に抵抗が無いはずが無い。


(雫は誰も殺して居ない……か)


 城のテラスから小さく見える雫の姿。

 兵士達に攻撃こそしては居るが、致命傷に至る攻撃はして居ない。

 キズナ遺跡を攻めて来た時もそうだった。

 勇者ヤマトに拘束された悪魔を開放して、悪魔達を主として戦うスタイル。

 今回も攻撃は悪魔達に任せて、自分はサポートに徹する戦い方だった。


「何ぼうっとしてるんじゃ」


 声が聞こえて振り向く。

 そこに居るのは、俺を不審そうな表情で見つめて居る王。


「先ほど働くと言うたじゃろうが。リズ達の為にとっとと働かんかい」


 そう言って、ニヤリと微笑む。

 リズ達の為に戦う。それは、この帝都を救うと言う、王の望みを叶える事と同意義だ。

 正直、この男の為には働きたく無いのだが、このままではリズ達が悲しむと思い、仕方無く行動する事にした。


「おい、爺さん」

「何じゃ」

「あんたが帝都の上に張っている魔法壁。あれは両面に張られて居るのか?」

「まあそうじゃが、ワシが操作すれば、内から外への攻撃だけを可能にする事は出来んでもない」

「なるほど」


 その言葉を聞いて、俺は空中の敵を倒す方法を思い付いた。


「ええと……」


 足元に置いた便利袋に手を突っ込む。

 そこから取り出したのは、すやすやと寝息を立てて居た幼女。


「ミント。起きてくれ」

「ふぁ?」


 小さな羽根をパタパタさせながら瞼を擦り、俺の胸に飛び込んで来る。

 


「みつくにぃ……おはよぉ」

「うんうん。ミントは本当に可愛いなあ」


 肩まで伸びた白い髪を撫で回す。

 我が愛しきロリ魔王、ミント=ルシファー。

 何度でも言うが、絶対に嫁にはやらんぞ。


「それで、その魔王っ子を取り出して、どうするんじゃ?」


 ミントの団欒に割り込んで来る王。それをガン無視しながら、便利袋の縁を持つ。


「よっこいしょ」


 便利袋をひっくり返す。

 ゴロゴロと音を立てて出て来たのは、大量のパイナップル(手榴弾)。


「……物騒なもんが入っとるのお」

「異世界は危険が多いからな」


 程よい数のパイナップルが出て来たのを確認して、便利袋の紐を閉じる。

 これで、準備は完了だ。


「もう一度聞くけど、内側からの攻撃は出来て、外に出たものは戻って来ないんだよな?」

「うむ。それは保証しよう」


 王にとって帝都は、無き妻が守って居た大切な場所だ。それを傷付けるような嘘は吐かないだろう。


「それじゃあ……」


 ミントを地面に降ろして空を見上げる。

 空に居るのは、魔法壁が破壊された時に、街に入りそびれた悪魔達。


「やるか」


 この世界の人間達が倒せない魔物は、この世界の規格から外れた、俺達が倒す事にしよう。


「お主等、それを持って上に行くのか?」


 王が言った通り、普通に考えればこのパイナップルを持って、上で戦うと思うのかも知れない。

 だがしかし、それには二つのリスクが存在する。


(一つは、俺がまだミントの魔力を、制御出来て居ないと言う事)


 これに関しては、帝都に来る間に空を飛び回って実証済み。あのドラゴン型悪魔に対して生身で戦うのは、どう考えても現実的では無い。


(もう一つは……)


 目の前に居るジジイ。

 俺達が魔法壁の外に出たら、そのまま締め出されてしまう可能性がある。

 目的の為ならば、自分が大切にして居る街人でさえ騙す様な人間だ。例えこのような切迫した状況でも、きっとやってくるだろう。


(と、言う事で……)


 地面に転がるパイナップルを手に取る。


「ミント!」

「はーい!」

「今からこれを投げて遊ぶぞ!」

「うん!」


 はい、始まりました。

 パイナップル投擲祭の始まりでーす。


「俺がピンを抜いて渡すから、ミントは直ぐに上の悪魔達に向けて投げるんだ」

「楽しそう!」

「はっはっは。楽しいぞお」


 上がるのは汚え花火だけどな。


「お主達……」


 王が呆れた表情でこちらを見て居る。

 言いたい事は何となく分かる。

 でも、この作戦を選択したのは、アンタの事を信用出来ないからだからな!


「よーし、行くぞー!」

「はあい!」


 持って居たパイナップルのピンを外して、ミントにひょいと投げる。

 豪快にキャッチしようとするミント。

 その手からポロリとパイナップルが落ちて、テラスに転がった。


「……」

「……」


 一瞬の静寂。


「ああああああああ!!」


 速攻で時間を止める。

 全力で走ってパイナップルを手に取り、空に投げて時間を動かす。

 しかし、貧弱な俺の力では魔法障壁まで届かず、街の上で爆発してしまった。


「あ、危なかった……」


 冷汗を拭い、ミント達の方を見る。ミントはてへへと笑い、王は苦笑いをして居た。


「お主……本当に瞬間で移動するのう」

「ああ。分かったら、下手な事はするなよ」


 警告だけしておいて、ミントの元に戻る。


「よし、ミント。次は手渡しにする」

「はい!」


 ピッと手を上げるミント。

 うーむ、可愛いなあ。

 さっきの爆発のせいで、街の戦闘が激化してしまったけど、それは気にしないで置こう。


「改めて行くぞ!」

「はーい!」


 元気な返事に頷きを返す。

 そして、足元にあるパイナップルを手に取り、ピンを外した。


「はい」


 ミントにパイナップルを渡す。


「はい!」


 ミントが受け取って空に投げる。

 勢い良く魔法壁を突き抜けるパイナップル。

 密集する悪魔達の中心で爆発して、悪魔達は灰になって消えた。


「はい次」

「はあい!」


 手渡す。投げる。手渡す。投げる。

 爆破。爆破。爆破。


「……凄まじいのお」


 黒煙で染まって行く空を見詰めながら、王が言葉を漏らす。


「お主達、こんな事ばかりしておったのか?」

「そうだな。こんな事ばかりしてたよ」


 帝都に来るまでの長い道中。

 世界中に点在する街を悪魔から救う為に、様々な無茶をして来た。

 それらに比べたら、この作戦はむしろ平和な方と言えるだろう。


「ほい」

「ほい!」


 パイナップルが空を舞い、爆発しては消える。

 それと同時に悪魔達も消える。

 気が付けば、空に居る悪魔は全滅して居た。


「よし、終わり!」

「わーい! 楽しかったあ!」


 ミントが笑顔で胸に飛び込んで来る。その頭を撫でながら、俺はふうと息を付いた。


「爺さん。こんなもんで良いか?」

「……ああ、そうじゃな。上出来じゃ」


 小さく微笑みながら頷く王。

 その額には、ジワリと汗が滲んで居る。


 これで分かっただろう。

 俺はもう昔のような、貧弱で扱いやすいキモオタじゃないんだよ。

 だから、昔みたいに暗躍するんじゃねえぞ?


 王に目で訴えた後、街を見下ろす。

 一時は騒然として居たが、リズ達が乱入した事によって、戦いは終盤へと進んで居た。


(流石は師匠達だな)


 悪魔達は大方殲滅されて、既に街人の介抱や避難が行われて居る。


(後はリズ達に任せても……)


 周囲を見回して、ハッとする。

 見えたのは、街の中心にある中央広場。


(あれは……!)


 中央広場の真ん中で、追い詰められて居る一人の女子。

 異世界少女、姫神雫。

 羽織って居たマントは既にボロボロで、今にも倒されそうだ。


「くそっ……!」


 ミントを抱えてテラスから飛ぶ。


 殺させない。

 人々から魔女と呼ばれて、人類を滅ぼす存在だったとしても。

 彼女はここで死んではいけない人間だ。

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